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大好きな義妹が他人になった  作者: 宵月しらせ
第5章 風邪を引いた日
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第7話 隣にいてくれる

 体を拭いてスッキリしたからか、だいぶぐっすり眠れた気がする。

 小一時間ほどの短さではあったが、体が軽くなった気がする。


「おかゆとうどんなら、どっちが食べられそう?」


 そう聞かれた時、


「じゃあ、うどんで」


 と答えるぐらいには回復していた。

 飾はすぐにうどんを作ってくれた。

 ごくシンプルなカツオ出汁の汁に、生卵を一個投入したオーソドックスな月見うどん。

 丸一日ぶりの固形物とあって、食べた次の瞬間には、栄養が体に染み渡るような感覚がした。

 汁まで飲み干すと、飾は、


「それだけ食べられるなら、ピークは越えたみたいね」


 と微笑んだ。

 医者に行って、少し寝ただけなのだが……まぁ医者に行ったことで不安が取り除かれて、それで良くなったというところもあるかもしれない。病は気からって言うしな。

 それから医者で処方された薬を飲み、もう一度眠ることにした。

 次に起きる時には、もっと良くなっているはず――だと思ったのだが。

 今回の風邪は、そう甘くなかった。




 目を覚ましたのは夜中。午前二時を回っていた頃だった。

 心地よい目覚めではない。

 まるで冬の日の朝みたいに体が震えて、起きてしまったのだ。

 だが、今は六月だ。日中は三十度を軽く超え、夜になっても二十度を切らない。眠れないほど寒いなんてことあるはずない。

 つまりこれは、世の中が寒いのではなく、俺だけが寒さを感じているということだ。

 まだ熱が上がるのか?


 いつもの布団だけでは足りないので、調整用に部屋の隅に置いていた毛布を取り出してくるまる。

 だが、それでも寒気がなくならない。歯がカタカタなっている。

 こうなったら、電気毛布を使うしかない。

 あれを最強設定にすれば、氷点下の日だって温かく寝られるんだから、この寒気にも対抗できるだろう。


 電気毛布は廊下の物置にしまってあるはずだ。

 俺の部屋を出てすぐ目の前に引き戸がある。押し入れと言ってもいい程度の広さで、そこにいろいろな物を突っ込んでいるのだ。

 夜中だから、飾も父さんももう寝ているだろう。邪魔をしないように、静かに取り出そう。


 廊下の電気をつけ、物置から電気毛布を探す。

 取り出しやすい場所にあればいいのだが……くそっ、ただでさえ高いところにあるのに、さらに上になんかいろいろ乗っかっている。

 上の荷物をどかしているほどの体力はない。なんとか電気毛布だけを引っ張り出せないものか。


 とにかくやってみよう。

 電気毛布の入った箱を掴み、上を崩さないようジェンガのように引き抜く……だが、うまく行かなかった。

 上の荷物がバランスを崩し、それに合わせて下にある物も雪崩を起こし落ちてきた。

 ドドドド―ッ! と大きな音がする。夜中で静かだったせいで、その音は家中に響き渡った。


「どうした、なにかあったのか?」

「なになに?」


 父さんと飾がそれぞれの部屋から出てきた。


「ごめん、起こしちゃった。ちょっと物置から荷物を取り出そうとして」

「なにを探してたの?」

「……電気毛布」

「寒いの?」

「……ちょっと」


 そう言うと、飾の表情が強張った。

 あまり心配させたくなかったから、言いたくなかったのだが。とはいえ、夜中に起こしておいて黙っているわけにもいかない。


「お父さんは体温計を持ってきて。るぅはベッドに戻って。ここの片付けはあたしがやるから」


 飾は俺を起こし、ベッドまで引っ張って行った。

 俺を寝かせ、電気毛布をセットして、上から布団をかけてくれた。

 俺が体温を測っている間に、テキパキと廊下を片付ける。

 寝ている途中で起こされたというのに……すごいな。


「何度だった?」

「えっと……」


 表示された数値を見て、言葉に詰まる。

 すると、すぐに飾に体温計を奪われた。


「三十九度八分……ここからまだ上がるの?」


 おそらく四十度の大台を超えるだろう。

 今までそこに近づいたこともない数字なだけに、かなり恐ろしい。


「どうしよう、救急車呼ぼうか?」

「落ち着いて、お父さん。昼間に医者に行って、ウイルス性の風邪だって診断されてるから。インフルエンザとか他の病気でもないらしいから、解熱剤で様子を見ていいと思う」

「あ、ああ、そうか。そうだな」

「薬はキッチンにあるから、水と一緒に持ってきてくれる?」


 なんか父さんより飾の方がしっかりしているように見えるな。


「はい、るぅ。これ飲んで」


 解熱剤と水が入ったコップを渡され、一緒に飲み込む。


「心配だから、朝まで様子を見守るか。飾は部屋に戻って休んでていいぞ」

「ううん、あたしが残るから、お父さんが寝て。明日、っていうかもう今日か、遠くの取引先まで車を運転して行くんでしょ? 寝不足だと大変だよ」

「しかし――」

「いいから休んで。るぅが寝込んでるのに、お父さんまで事故でケガしたらどうするの? ここはあたしに任せて。それに、あたしはこの前風邪にかかって免疫もあるだろうから、うつる心配もないと思うしね」

「…………わかった。飾は本当に頼もしくなったなぁ」

「もう高校生ですので。じゃ、おやすみ」


 父さんを部屋に戻してから、飾も一度自分の部屋に行き、掛け布団を持ってきた。

 それにくるまり、俺のベッドの隣に座る。


「俺は大丈夫だから、飾も自分の部屋に行って寝ていいよ。そこじゃ寝られないだろ?」

「あたしの心配はしなくていいから。寒くない?」

「……まだ体が震えてるけど、電気毛布が温かいからなんとかなりそう」

「そう、よかった。でも、また寒くなったら言ってね。あたしの電気毛布を持ってくるから」

「わかった」

「それじゃ電気消すね」


 部屋の電気のスイッチが切られ、真っ暗になる。

 寒気がだいぶ和らいだおかげで、これならなんとか眠れるかもしれない。解熱剤が効いてくれば、きっともっと楽になるだろう。

 だから、隣で見守られる必要はないと思うのだが……。


 しかし、心強いのは間違いない。

 ウイルスと戦うのは自分自身に他ならないが、隣に誰かがいてくれるだけでなんとかなりそうな気がしてくる。

 ああ、そうか。

 だからこの前、飾は俺のベッドで寝ていたのか。あの時、俺は学校に行って隣にいなかったから、代わりにベッドで寝ていたのか。


 眠りに落ちる直前のうとうととした頭でそう考え、元気になったこのお礼をちゃんとしよう――と決めた。




 翌朝、俺の熱は三十八度八分まで下がっていた。

 下がっていた、と言っていい温度かと言えば微妙だが……少なくとも、救急車を呼ぶかどうかを検討するレベルではなくなった。


「今日一日休んでいれば、明日は大丈夫かな?」

「そうかもね。でも、ここで気を抜くと悪化するから、しっかり休むのよ」


 おかゆを食べながらそういう話をした。

 メニューは違えど、基本的にいつもの朝の風景だ。

 だが、いつもと決定的に異なる部分が一点。

 飾が制服を着ていない。いつもは起きてすぐに制服に着替え、それから洗濯などの朝の家事をするのだが。


 それに、朝食の時間もいつもより遅い。

 すでに八時を過ぎている。

 うちから学校までは徒歩圏内だから、まだ間に合う時間ではある。だが、あまりのんびりしている余裕はないはずだ。


「今日は休むから」

「……もしかして、俺よりはマシなだけで飾も具合が悪いのか? 風邪がぶり返した?」

「いいえ、あたしは健康よ。でも、今のるぅを放っておけないからね。今日は自宅学習にするわ」

「そこまでさせられないよ。今から行けば遅刻で済むから行くべきだって。もう熱もだいぶ下がったから、ここから寝てればすぐに良くなるはずだから、もう看病してもらうほどじゃないって」

「解熱剤がまだ効いてて熱が下がってるだけかもしれないでしょ?」

「かもしれないけど、でも――」

「授業の遅れなら気にしないで。うちの高校って、家族の事情で休む場合、オンラインで授業を受けさせてもらえる制度があるんだって。英語とか数学とかだけらしいけど、クラスの友達のスマホとビデオ通話を繋いで、一緒に授業受けていいんだって。便利よねぇ。中学の時もこの制度があれば、転校しないで済んだんだけど」


 飾はもはや懐かしささえ感じる中学時代の話をしながら、食べ終わった食器を洗い始める。


「食べたならまた寝る? それとも、また体を拭いておこうか。……その方がいいかもね。高熱のせいでかなり汗をかいてるみたいだから」




 それから昨日のように浴室で体を拭いてもらい、部屋に戻ってまた眠りについた。

 昨日から寝てばかりだな。

 元気な時は、毎日寝てばかりいられたらどれだけ快適かと思う。しかし、実際に寝てばかりになると、起きて学校に行っている方がよほど楽しいような気がしてくる。

 夏は冬になってほしいと願い、冬になると夏が恋しくなるのと同じだ。



 昼にはかなり元気になっていて、体温は三十七度台まで下がっていた。

 おかゆではなく、白米で食べられるまでに回復した。

 ここまで来れば、全快まであと一歩という気がしてくれる。

 すると、退屈が押し寄せてきた。


「飾さん、ゲームでもしませんか?」

「あのね……学校休んでゲームって、典型的なダメな人じゃない」


 そう言われると反論できない。

 とはいえ、退屈なものは退屈なのだ。

 ちなみに、今日のうちのクラスの午後は、体育と芸術系科目で占められている。

 これらはオンラインでは受けられないので、飾もやることがなく退屈しているはずだ。


「治りかけが肝心、ってよく言うでしょ? おとなしくしていなさい」

「でも暇で」

「じゃあ、お話しでもする?」

「何の話しようか……ああ、そうだ。今回のお礼をそのうちしたいんだけど、何が良い?」

「お礼? そんなのいらないよ」

「させてよ。本当にすごく助けてもらったから、お返ししないと」

「困っている時に助けるのが家族だよ。どうしてもしたいなら……そうだね、去年、あたしはるぅにすっごく助けてもらった。だからこっちに戻ってこれた。今回のは、それに対するお礼ってことでいいよ」

「まぁ、たしかにそれだと理屈は通るけど……」

「不満?」

「お礼にどこか連れて行こうかな、と思ってたんだけど」

「お礼にかこつけてデートに誘うつもりだったの? そういうこと考える余裕が出てきたなら、本当に良くなったみたいね」


 飾は半分呆れたように、半分安心したように頬を緩ませた。

 それから俺は、行きたい場所の案をいくつも出した。

 飾は行くとは言ってくれなかったが、俺の話をいつまでも聞いてくれた。

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