第3話 水族館
浜辺を満喫した後は、バスに乗って水族館に移動した。
「海で遊んでからの水族館。小学生の頃、夏休みで毎年やったパターンね」
「他のところの方がよかった? たしかにプレーンすぎるプランかと思ったけど、初デートだし王道で行こうかな、と考えたんだけど」
「いいわよ、ここで。何度も来たことあるけど、久しぶりだからこれはこれで楽しみだし」
そう言ってくれてよかった。
まぁ嫌がられはしないとは思っていた。
そもそも毎年水族館に来ていたのは、飾の要望だったからだ。
「あら? なんか記憶にあるのと結構違うような?」
「去年の秋から冬にかけて大規模な改修をしたらしいよ」
「そうなんだ……新しい魚も増えているのかしら?」
「きっとすごいのがいるよ。さっそく行ってみよう」
まだ新しいピカピカの通路を歩き、魚を眺めて行く。
入り口付近には大型の水槽。何十種類もの魚がまとめて展示されており、水槽というよりは海のミニチュアのようだ。それらは日本近海に住む魚ばかり。食べたことがある魚も多く、馴染みのある名前が並んでいる。
少し奥に行けば、食卓には並ばない珍しい魚が並ぶエリアになる。
毒を持つ魚の展示エリアは、壁が紫色に塗られていて雰囲気がある。
「ねぇねぇ、これに刺されると痺れて動けなくなるんだって。あと激痛。どのくらい苦しいのかな?」
大型水槽も楽しんではいたが、毒エリアに来ると、飾の目は輝きを一層増した。
「毒のある生物好きだよな。ゲームでもよく毒属性のキャラを使うし」
「ゲームだとさ、じわじわ追い込んでる感じが好きなんだよ。とどめを刺さないで、有利な状況が長く続くのを楽しんでるんだよ」
なかなか性格悪い楽しみ方だな……。
というか、いつもじわじわ追い詰められてるのは俺だ。
「そういえば毒蛇とかも好きだな」
「毒蛇いいよね! 一匹のヘビがゾウを倒しちゃうような毒を持ってるなんてカッコいいよ」
「夏になると蚊に悩まされてるくせに」
「…………毒のある魚も蛇も、普段は関わることないからね。テレビとか、こうしてガラス越しに見るだけだから毒の話もリアルじゃないんだよ。蚊とかさ、リアルそのものだから」
「身近かどうかか。それはあるな。最強の毒蛇がどれだけ強かろうと、日本で普通に生きてたら一生遭遇することないしな。一生どころか、ひと夏遭遇しない方がムリな蚊とは違うな」
別のフロアに行くと、淡水魚がいるエリアだったり、数センチしかいないような小型の海洋生物のエリアなどがある。
貝類、ヒトデなどがいる水槽を見ながら、この水族館最大の目玉エリアに向かう。
ラッコ、アザラシ、トド、マナティ、ペンギン――水辺の哺乳類や鳥類の展示エリアだ。
「前はペンギンしかいなかったのに! すごい、こんなにたくさん大きな動物が増えてる!」
飾のテンションは一気に上がり、水槽にギリギリまで顔を近づけ、かじりつくように見る。
「ラッコって……生で観ると意外と毛深いね」
「マナティって人魚のモデルって言われてる動物だよね? これが人間の女に見えるって、船乗りたちはどれだけ飢えていたんだろうね」
なんて、あんまりかわいくないことを言っている。まぁ楽しそうだからいいか。
中でももっとも気に入ったのはペンギンだった。ペンギンは前からいたが、俺たちが来なかった間にペンギンの“恋愛相関図”というのが加わっており、ペンギンたちの恋愛遍歴がわかるようになっていた。
「ペンギンたちは自由恋愛の達人です。か……」
「あの若いメスのペンギンの今カレ、お母さんの元カレだって。しかもお父さんの弟」
「地獄絵図じゃねぇか。ペンギンの世界はすげぇや」
「……まぁ、元兄妹でデートしてるあたしらは、人間世界じゃなかなかやべぇ方な気がするけど」
「ペンギンと比べたらたいしたことないよ」
「人間と比べてんのよ」
なんて話をしながら外に出る。
屋外スペースはショーエリアだ。あと十分ほどでイルカショーが始まる。
席に座り、時間を待つ。
イルカショーは昔からのイベントなので、これまで何度も見たことがある。しかし、いつ見てもおもしろい。
ショーを見てから再び展示されている魚を見て回る。
あらかた見終わってから、一番上の階にあるカフェに足を運ぶ。
「うわっ、なにコレ! すごっ!」
と飾が驚くのもムリはない。
そこは天上も壁も床も、すべてがガラス張りになっているカフェだ。当然、ガラスの向こうでは魚が泳いでいる。
海の中でお茶を飲んでいる気分に浸ることができる海中カフェとして、結構人気になっているそうだ。
「あ、魚がこっち見てる……外側が水槽になってるからか、なんか魚と立場が逆転した気分になるわね」
「なに注文しようか? この南国の海をイメージした真っ青なドリンクとかおもしろそうじゃないか?」
「そんなのただの着色料でしょ」
「だろうけど。夢がないな……」
「そもそもこの辺って全然南国じゃないし。それよりこっちの海鮮丼がいいよ。カフェの外側の水槽で展示されている魚と同じ種類のを使用してるんだって」
「攻めてるなぁ」
「牧場で自家製ソフトクリームを売ってるのと同じだよ」
「そうか……そうか?」
なんか違うんじゃない?
「ひとりだと多そうだから、ふたりでシェアしない?」
「それはつまり、またあ~んを……」
「ここではしないけど」
カフェを出ると、水族館はもうほとんど終わりに近づいていた。
楽しかっただけに名残惜しい。
すべて見たけれど、まだ足りない。もっといろいろ展示されていたらいいのに……そんな感傷を狙い撃つかのように、そこにはお土産コーナーがあった。
水族館限定のTシャツやお菓子などの定番に混ざり、魚の干物やイカの塩辛なども売っている。カフェが顕著だったが、鑑賞用だけでなく、食用としての魚とも真剣に向き合ってるな。
「あれは……」
飾が注目したのは、お土産コーナーの端に設置されているクレーンゲームの筐体だった。
中には大きなペンギンのぬいぐるみが並んでいる。
この筐体、たしかずっと昔からあったはずだ。
「毎年来るたびに中身は変わってたけど、必ずぬいぐるみだったよね?」
「そうだった気がする」
「五十センチはある大きなアザラシぬいぐるみがいたことあってさ、それがどうしても欲しかったんだよ。それを思い出した」
「あったな。これがほしい! って言って、離れようとしなかったこと」
「うん。でも、やらせてもらえなかった。お母さんがクレーンゲーム大嫌いなんだよね」
「いくら払っても取れるかどうかわからないなんてバカバカしい。それなら納得できる金額でネットで買った方が良い、って言ってたな」
「そこまで言うんだから、ネットで買ってくれるんだと思ったら買ってくれなくて。あれは泣いたなぁ」
たしかに、そんなことがあった。
もう帰るよ、と言われても飾はクレーンゲームの前に居座り続け、何十分も粘ったことがあった。最終的に大泣きして、母さんに「後でネットで探してあげる」と言われ、それでも納得しようとせず、父さんに担がれて車に運び込まれたんだった。
まだ就学前の時期か、それとも一年生くらいの頃か……もしかしたら、あれが初めてここに来た時だったのかもしれない。
「このペンギンのぬいぐるみはどう思う?」
「これ? かなりかわいいね」
「じゃあ挑戦してみてみるか」
「やるの? るぅってクレーンゲーム得意だっけ?」
「いや、すごい苦手。一度も取れたことない。でも今日はイケる気がする」
「大丈夫かな……引くに引けない状態にならないでよ? あたしはもうぬいぐるみくらいで泣いたりする年じゃないんだから」
「わかったわかった。まぁ任せておけって」
ということでクレーンゲームに挑戦したのだが……イケる気がしたのは、単なる気のせいだった。
なかなか取れず……というか惜しいところまでも行けず、金だけがどんどん溶けて行った。
「これは……ムリかもしれない」
「だから言ったのに。でも、ここまでやったなら、もう少しがんばってみようよ。今度はあたしがやってみるよ」
飾に操作を交代する。
しかし飾もヘタで、最初は俺よりひどい有様だった。
「るぅ、反対側から見て指示出して」
「わかった」
「この辺?」
「もっと奥」
「ここだ!」
「少し右!」
という感じで、ふたりでずいぶん長い時間をかけてクレーンゲームに挑んだ。
そしてついに、ペンギンが景品口から出てきた。
「やったぞ! ついにやった!」
「うん、やったね! クレーンゲーム難しかったぁ。達成感はすごいけど、お金のこと考えたらもう二度とやらない!」
たしかに、想像よりはるかに多くのお金がかかった。これなら買った方が楽だっただろう。
昔、母さんの言ったように、これはバカバカしい遊びなのかもしれない。
俺も二度とやらないだろう。
だけど、ぬいぐるみを大切にそうに抱きしめる飾の笑顔を見たら――やらない方が良かったとは思えない。




