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大好きな義妹が他人になった  作者: 宵月しらせ
第4章 初デート
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第2話 海遊び

 電車から降りると、暖かな潮風が俺たちを出迎えてくれた。

 寄せては返す波の音が聞こえてくる。

 家族で来ていた頃は車だったからわからなかったが、こんなに海のすぐ傍に駅があったのか。

 三年ぶりの海なので、今すぐ駆けだしたい。波打ち際までダッシュしたい。

 しかし、今日はデート。そういう子どもっぽいところを見せるのは良くない。

 ……まぁ幼稚園の頃から一緒にいる飾相手なので、今さらな気がするけど。

 いやいや、だからこそ、いつもと違う一面を見せなくては。


「じゃあ行こうか」


 ゆっくりと落ち着いた動作で飾の手を取る――この方が大人っぽい。

 なのだが、どうも飾の様子がおかしい。

 うずうずとしているように見える。

 もしかして、俺と同じく、実は駆けだしたいのか?


「いくらデートだからって、俺たちの間で変な遠慮はなしだよな?」

「……そうね。むしろデートだからこそ、らしくするのが一番よね?」

「ってことで」

「ええ」


 ふたりで同時に手を離す。

 そして――


「海だーーっ!」

「いやっほーーっ!」


 砂浜に向かって駆けだした。

 子どもっぽいと笑うなら笑え。

 というか、同じようにデートで海に来たらしい大人のカップルたちが、微笑ましいまなざしで俺たちを見ているような気がするけど。

 別にいいか。その人たちから認めてもらうためにここに来たわけじゃない。

 飾と俺が楽しむのが一番なんだから。




 砂浜手前のコンクリートの階段で靴と靴下を脱ぎ、荷物を置いて砂浜に降りる。

 三年ぶりに踏む砂浜の感触。

 足の指の間に砂が入り、すっと抜けていくこの感覚――たまらないな。

 ついつい指をうねうね動かして楽しんでしまう。日光に当たっている砂の表面は熱いくらいだが、砂の下に足を潜らせると急に温度が低くなり、ひんやりとした感触がする。そうそう、こういう変化が海ならではって感じがするんだよな。

 飾も同じように、足の指を動かして砂の感触を楽しんでいる。

 海のような濃い青色のペディキュアが砂浜によく似合っている。


「あれ、ペディキュアなんてしてたっけ?」


 同じ家で暮らしているとはいえ、飾はあまり裸足にならないので足の指の印象がない。

 とはいえ、足の爪を塗っていたら多少は記憶に残っているはずだが……。


「最近始めたんだ」

「今日のためのおしゃれ?」

「調子に乗るな。テスト勉強のストレス解消のためだよ」


 さて、真相はどうなのか?

 ストレス解消って線はたしかにそれっぽいけど、デートのためって可能性もあるよなぁ。

 というか、ストレス解消なら、たぶん俺に見せびらかしてくるよな? わざわざこのタイミングでお披露目ってことは……?

 まぁあまり詮索すれば野暮になるな。


「このまま波打ち際まで行ってみるか? 海水かかってペディキュアは大丈夫?」

「知らないけど、ダメになったらまた塗りなおせばいいだけだから。せっかくの海なんだから、足だけでも海に入らずには帰れないよ」


 太陽の光は強いとはいえ、海開き一か月以上前の海水温は低かった。

 それでも、数年ぶりの波にテンションが上がって冷たさなんて気にならない。


「ねぇねぇるぅ、足元の砂がさ、波でぐい~っと持ってかれるこの感触。いいよねぇ」

「わかる。なんかいつまでもここに立っていたくなるよな」


 たまにくる大きな波が脛まで濡らし、勢いよく砂を持っていく時などなお良し。

 ふたりで波打ち際に立ち、その感触を楽しむ。

 海に向かって並んで立ち、手を繋ぎ、最高の波が来るのを待つ。


「……なかなかいいの来ないね」

「そろそろじゃないかな?」

「あっ、次のすごそう。お、おお~っ……って、期待ハズレじゃんかよ」

「次こそ次こそ」


 そうやって三十分以上も海を眺め続けた。


「なんでこんなことを、こんなに長くやっちゃったんだろうね?」


 なんて、後から飾と話した。でも、もっと有意義な使い方があったかどうかはちょっと疑問だ。

 特に意味があった行動ではないが、この時の俺たちは、他の何よりもこれをしていたいと思っていたのだ。

 おそらくだが、“こんなこと”に費やした三十分を、そしてこの時の気持ちを、俺たちは一生覚えているのだろう。




 砂浜からコンクリートの階段に戻った。

 そこに座ると、飾はバッグの中からケースを取り出した。


「そろそろお昼にしようか。っていうか、本当は砂浜に行く前に食べるべきだったんだよね。日光が当たって痛んでないといいけど」


 ケースの蓋を開け、恐る恐るにおいを嗅ぐ。


「大丈夫そうね」

「せっかく飾が作ってくれたんだから、ちょっとくらい痛んでいても食べるよ」

「やめなさい。サンドイッチくらいいつでも作ってあげるから」


 飾は卵サンドを取り出し、ラップを剥がす。

 そして、それを俺の口元に近づけてきた。


「え?」

「なにが、え? なのよ。あ~ん、をしてほしいって言ってたでしょ」

「まさかしてくれるとは」

「言ってみただけだったの? うわぁ、やらなきゃよかった。でも、ここまでしておいて今さら引き下がれないわ。ほら、食べなさい。あ~ん!」


 たしかに、してもらえるならしてほしいことではあったが……いざやってみると、思った以上に恥ずかしいな、これ。

 海開き前の海なんて人がいないだろうと思っていたのだが、とんでもない。周囲には同じようにデートをしている人や、お弁当を食べている砂遊びをしにきた家族連れが結構いる。

 そういう人たちに見られるかもしれないわけで……いや、その人たちも似たようなことをしているので、誰も気になんてしないだろうけど。


「るぅ、ここであたしに恥をかかせる気じゃないでしょうね? っていうか、食べてくれないと、いつまでもサンドイッチを持ってないといけなくて恥ずかしいんだけど?」

「そ、そうだな。食べないと……あ~ん」


 口を大きく開けると、そこにサンドイッチが入って来る。

 待たせてしまったせいか、ちょっと力を込めて押し込まれたような。

 噛むと、卵の甘い味が口いっぱいに広がる。

 柔らかさや味の加減は、その辺で売っているやつよりずっとうまい。俺の好みを理解しているから、調整してくれたのだろう。


「どう、おいしい?」

「今まで食べた中で一番うまい」

「あら、お世辞でもうれしいわね」

「お世辞じゃなくて、本当に」

「そこまで喜んでくれるなら、早起きして作った甲斐があったわ」

「あ~んしてもらったのもあるかもしれない。恥ずかしいけど、それが良い調味料になったっていうか……俺もしてあげるよ」

「え、いや、そこまでは別に」

「いいからいいから」


 BLTサンドを手に取った。


「ほら、あ~ん」

「あ、あ~ん……ぐぬっ、思ったより恥ずかしい」

「早く食べないと注目浴びるぞ」

「別に誰もこんなの見ないでしょ」

「いやいや、そこの赤ちゃんがなんかじーっとこっち見てる」


 俺たちの数メートル先にいる赤ちゃんが、抱っこしている母親の背中越しにこっちを凝視している。


「赤ちゃんなら別に。意味はわからないけど、見慣れない物を見つけて注目してるだけでしょ」

「ダメっ、子どもが見てるのに――みたいなことは?」

「そういうこと言わないの。ったく、わかったわよ。食べないとバカなこと言い続けるつもりなのね。食べる食べる。……あ、あ~ん」


 顔を赤くしながらも口を開ける飾。

 口の中なんて注意深く見るタイミングなんてなかなかないけど、改めて見ると……歯がちっちゃくてかわいいな。


「ねぇ、いつまで口を開いてないといけないの? 歯医者さんじゃないんだから」

「ごめんごめん。今度こそちゃんとするから。あ~ん」

「あ~ん」


 サンドイッチを口に入れる。

 飾は口を閉じ、それを噛みちぎったのだが……その時に、手に伝わった感触。

 食べる時の口の動きがダイレクトに伝わって来たのだが……なんだろう。妙に生々しい“命”を感じがした。


「なんかたまらないな、これ。ぞくぞくする。もう一度食べてもらっていい?」

「るぅが変なのに目覚めちゃったよ」

「あ~ん、あ~ん!」

「はいはい、わかりましたよ。一回やったんなら二回も同じね」


 また飾の口にサンドイッチを入れて噛んでもらう。


「ああ、やっぱりいいな、これ。食事は五感で楽しむというけど、本当にそうなんだな」

「そういう意味じゃないと思うだけど?」

「楽しいから大丈夫!」

「はぁ……今日は許すけど、普段はあ~んなんて、頼まれてもしないからね」

「じゃあ今日は存分に堪能しないとな。とりあえず、飾が食べる分は全部俺が口に運んであげるから」

「ヤバいな、るぅが変な趣味に本格的に目覚めちゃった」


 文句を言いながらも、飾は本当にすべてあ~んで食べてくれた。

 優しいなぁ。

 というか、実は食べさせてもらう喜びに目覚めちゃったとかないだろうか?


 食事が終わってから、また海を眺めた。

 目を閉じ、波の音に耳を傾けた。

 だんだんと眠くなってくる。


「眠い?」

「あ、いや、そんなことはないよ」


 ここは否定しておかないと。

 早起きして弁当を作ってくれた飾の方が眠いはずだから。


「そう? 膝枕してあげようかと思ったんだけど」

「え、マジで?」

「るぅってそういうベタなデートが好きかなぁって思ったけど、眠くないなら別にしなくていいわね」

「……実はちょっと眠いです」

「する?」

「おねがいします」


 少し緊張しながらも、飾の太ももに頭を乗せる。

 やわらかい。

 なんてふんわりした感触なんだ。

 幸せって概念を形にしたら、きっとこういうものになるんだろう。


「感想は?」

「すごくいい。でも、ドキドキして眠れなさそう」

「膝枕ってそういうのを楽しむものなんじゃない?」

「かもしれないな……じゃあ、しばらくこの胸の鼓動を味わうとするよ」

「あたしの太ももを味わいなさいな」

「なんかエロいな、今の」

「うるさい」


 そんな話をしながら、しばらく時間を過ごした。

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