第5話 デート決定
二日間に渡る中間テストが終わり、答案が返却されるようになった。
「早川飾」
「はい」
先生に名前を呼ばれた飾が立ちあがり、教壇のところに行って答案を受け取る。
点数を見る前に折り畳んで、自分の席に戻って来る。
すぐに俺の名前が呼ばれ、俺も同様に点数を見ないように受け取る。それから、自分のではなく、飾の席に移動する。
「さぁ勝負だ」
「ここで決着をつけてあげるわ」
お互いに答案を裏返したまま机に伏せておく。
それから、せーので表に返す。
「八十七点、どうだ⁉」
「……九十点。そんなバカな」
点数が高かったのは飾の方。
だが、ショックを受けているのも飾の方だった。
それもそのはず。これは飾が得意な英語だ。ここで大差をつけて、苦手強化をカバーして逃げ切るというのが、中学時代の飾の勝利パターン。
なのの英語でたった三点差……飾からすれば、勝ったとは言えない状況だ。
一方、俺にとっては、勝利に等しい敗北と言える。
「ま、まだあたしの方が勝ってるし……」
「たしかに、これで飾のリードは八点に広がった。だが、まだ俺の得意な数学を残してる。むしろ俺が有利じゃないかな?」
「その数学で点が取れなかったらそれまでじゃん。うん、まだあたしの方が有利」
そんな煽り合いをしていると、尊と三島さんがやってきた。
「なんだなんだ、お前たちの成績はそんなもんか?」
「思ったほどじゃないわね」
ふたり揃って腕を組んで、強キャラムーブをしている。
ふりだな、これは……。
「そっちは何点だった?」
「驚くなよ? びっくりするような点数だから」
「じゃあ驚くよ。で?」
「ふふふっ、これだっ!」
尊は自信満々に答案を見せてきた。
三十八点。
「うわぁ……」
「えぇ……」
「あれ、涙衣も飾ちゃんも驚いてないな」
「いや、驚くっていうより引く点数というか……」
「赤点よね、それって」
うちの高校は、四十点未満が赤点となっている。
「三島さんは?」
「ふふっ、これよ」
そして見せられた点数は、こちらも三十八点。
「うわぁ……」
「ふたりとも、まだ一年生の一学期の中間テストなんだけど……これ以上に点数が取りやすいテストって、もうないと思うんだけど。どうするつもりなの?」
「そんなことより、同じ点数だったことに注目してよ。英語だけじゃないよ。他にも同じ点数があるし、なんと合計点も一緒なんだから」
「オレたちの相性の良さがこんなところにも出てるってことだな」
へぇ……そっちの方が“そんなこと”な気がするけど。
まぁ本人たちがそれでいいなら、何も言うことはないか。
補習を受けなければいけないのに、そんなに嬉しそうなんて。バカップルっていうのはある意味最強だな。
俺たちもこんな風に――ならなくていいか。
っていうか、一応勉強会をしてやったのに赤点とかさ。やっぱりタコパしてる場合じゃなかったんじゃないか。
もし期末テストの時に泣きついてきたら、俺が尊を教えて、飾が三島さんを教えて――って感じでふたりを分けないとダメだな。ふたり一緒だとすぐにいちゃいちゃし出して収集がつかなくなる。
会うのを制限して、それ以外の時間は勉強に集中させないと――織姫と彦星みたいだな。
数日以内にすべての教科が返却された。
過去最大級の激戦になったが、わずか二点差の接戦を制したのは俺だった。
飾から怒られながらも、湖川さんに教えてもらった甲斐があったというものだ。
というか、これで負けていたら怒られ損だった。
「ということで、俺の勝利です! デートをすることになりました!」
勝敗が決まった日の夜、俺は高らかに宣言した。
俺たちの間にはタブレット端末が置かれている。当日、どこに行って何をする、という日程がそこに表示されている。
いわば俺の考えた“理想のデートプラン”だ。
「文句はないな?」
「負けた以上は従うけどさ。本当にこの日程でやるの? 移動距離えぐくない?」
その懸念は理解できる。
なにせ、朝から夜まで続き、何度も電車やバスを使うプランになってしまった。
だって、一緒に行きたいところはたくさんあるのに、いくらデートに誘っても応じてくれないから。
この機会を逃したら、次はいつになるかわからない。
だからこそ、飾が断れないこのタイミングで、なるべく多くのことをしたいのだ。
「たしかに、ちょっと大変かもしれない。でも、その分記憶に残るよ」
「まぁそうでしょうけど」
「大丈夫、絶対に楽しい一日になることを保証する。少なくとも、俺は絶対に楽しめる」
「自分だけ楽しむんじゃなくて、あたしも楽しませてくれないとダメよ? 今回のるぅのご褒美は、“るぅの遊びにあたしが付き合うこと”ではなくて“デートに行くこと”なんだからね。あたしはるぅのご機嫌取りなんてしないから、ちゃんとあたしを楽しませること。わかった?」
「さすが飾だ。俺の希望をよくわかってる。俺は接待してほしいんじゃなくて、飾に楽しんでほしいんだよ。飾の心からの笑顔を見れたら、すごく楽しくなる。つまり、俺が絶対に楽しめるっていうのは、飾が絶対に楽しめるってことだ」
「そんなにハードル上げて大丈夫かしら?」
「期待するだけしてくれ。絶対に裏切らない」
「そう? なら楽しみにしておくわ…………なによ?」
「なにが?」
「なんでそんなにニヤけてるの、って」
ニヤけていただろうか? 自分では気付かなかったが。
まぁ俺の顔を見ている飾が言うなら、そうなんだろう。
「嬉しくてつい表情に出ちゃったかな」
「デートに行けるくらいでそんなにうれしいの? 安上りでいいわね」
「デートに行けるのもそうなんだけど、飾が楽しみにしてくれてるっていうのが嬉しくて」
「……あたし、楽しみにしてるって言ってたかしら?」
「言ってた」
「そう……ま、まぁ、楽しみは楽しみだから。ちゃんとそれに応えてよね」
どうやら期待を態度に出さないようにしていたつもりらしい。
それがうっかり言葉に出ちゃうってことは、きっと内心では相当楽しみにしているのだ。
思えば、ふたりで出かけることはよくあるが、最初からデートとして計画して出かけるのはこれが初めてだ。
今さらながら、初デート――うん、飾が期待している以上に楽しい一日にできるように、さらに気合を入れよう。
当日が楽しみだなぁ。




