第4話 重い女?
結局、尊たちはその後もなんやかんや理由をつけては勉強を先延ばしにして、ほとんど何もしないまま帰って行った。
テスト前に自分の家で遊んでいたのでは親にうるさく言われるから、うちに避難してきただけなのではないか?
そもそも勉強するつもりなんてなかったのではなかろうか?
そういう疑問はあったけれど、なんだかんだ言いながら楽しかったので怒る気もないが……テスト前の貴重な勉強時間は削られてしまった。
勉強できなかったのは飾も同じだ。
しかし、今の成績は、わずかに飾の方が上。どちらも勉強できなかったのなら、時間の浪費は飾の有利に働く。
テストまであと三日。
このままでは勝てる確率は低い。
逆転の秘策が必要だ。
もちろん、飾の邪魔をするような卑怯なことはできない。
まぁ普通に考えれば、自分よりできる人に教えを乞うのが手っ取り早い。
これから俺たちが通る道をすでに歩き終えた先達に聞くのも良い。
つまり上級生の、しかも成績上位者から教えてもらうことができれば最高だ。
俺の知っている上級生というと、サッカー部の先輩たちくらいだが……いるかな、そんな都合の良い人がサッカー部に。
とりあえず部長に探りを入れてみるか。
【湖川が学年三位になったことあるらしいから聞くといいよ】
という情報をもらえた。
「マジかよ……あの人、頭良い人だったのか。もっと適当に生きてる人なのかと思ってた」
衝撃の事実に驚かされたが、期待以上に好成績な先輩がいてくれてありがたい。
それに湖川さんは、教えるのが上手だ。サッカード素人の俺にも優しく教えてくれて、ヘタでも楽しく練習させてくれる。
教えるうまさを加味すれば、湖川さん以上に先生に向いている二年生はきっといないだろう。
しかし、ただ一点問題が……。
湖川さんに教えてもらえば、間違いなく飾が嫉妬する。
やきもちを焼かれるのはうれしいが、わざわざ焼かせることもない。
不機嫌にさせるとそれはそれで厄介だしな。
どうするか……まぁ、言わなきゃいいか。テストに向けて勉強を教えてもらうだけなんだから、遠慮する方がおかしいもんな。
と結論付けて、湖川さんに連絡する。数分後【いいよ。放課後、図書室で勉強する予定だから来なよ】と返事がきた。
「今日は学校で勉強してくから、飾は先に帰ってて」
授業が終わった後、飾にそう伝えた。
「わかった。珍しいね、わざわざ学校に残って勉強するなんて」
たしかにそうだ。基本的に、俺は放課後に学校に残って勉強したりはしない。
さっさと家に帰り、自分の部屋でやるタイプだ。
「たまには環境を変えてみようと思って。脳はいつもと同じことでも、違う場所ですると新鮮味を感じて記憶に残そうとするらしいぞ」
「そうなんだ。じゃあ、あたしもいつもと違う場所でやってみようかな。どこで勉強するの? 図書室とか? あたしも一緒に行っていい?」
やべっ、居残り勉強に興味を持たせてしまった。
飾まで残られたらまずいんだが……。
「男子バスケ部の部室。だから女子はご遠慮願いたい」
「バスケ部って、尊くん繋がり?」
「そうそう」
「大丈夫? 尊くんの仲間たちってことは、あんまり勉強できない系が集まってるんじゃない?」
なかなか辛辣なことを言うじゃないか。
まぁ尊が「オレの成績はバスケ部の一年じゃ真ん中より上」って言ってたから、実際に低いんだろうけど。
「教えると復習になって自分の勉強になるからさ」
「それで日曜日は勉強にならなかったじゃない」
「うん……」
「正直に言いなさい。どうしてわざわざバスケ部に行くの? 怒らないから」
「いや、それは……」
正直に言えるはずがない。
絶対に怒るのわかってるし。
だって、今の時点でもうウソついているし。
「バスケ部の部室にエッチな本がたくさんあるからでしょ? そういう話聞いたことあるよ。女子はまず入って来なくて、先生もめったに来ないから最高の隠し場所になってる、って」
「そ、そうそう。実はそうなんだけど……こんなこと正直に話せないだろ」
「まったく。まぁ、みんなで鑑賞会するくらいなら許してあげましょう。でも、その手の本をうちに持ち込んだらダメだからね?」
「わ、わかった」
「それじゃお邪魔にならないように、あたしは先に帰ってるわ。るぅが遊んでいる間に勉強して、テストにボコボコに打ち負かしてやるんだから。大差ついたらどうする? 毎日の掃除機だけじゃなくて、窓ふきも追加しちゃおうかな?」
そう言い残し、飾は帰って行った。
助かったが……真相がバレたら大変だな。
尊に連絡して、口裏合わせしておくか。
飾と別れた後、図書室に行って湖川さんと合流。
部活の時の湖川さんは、動きやすいように髪をポニーテールにしている。だが、今日は勉強するだけだから、下ろしている。意外と長い髪が、思った以上に女子っぽい。
湖川さんだけでなく、他にも二年生の女子たちが数人した。
どうやら友人たちと一緒に勉強をしていたようだ。
そこに混ぜてもらうのは、さすがに少し気が引けた。しかし、
「女子ばっかりだからって気にしなくていいよ。私だって、普段は男子ばっかりの中でサッカーやってるんだもん」
そう言われてしまうと、今さら「帰ります」なんて言えない。
俺は飾が好きなのだ。他にどれだけ女子がいる場所だとしても、それが何だって言うんだ?
ただ勉強するだけ。やましいことなんて何もしないんだから、堂々としていればいい。
そうして、自信がない英語を中心にみっしり教えてもらった。
曖昧だった文法が、これでしっかりと理解できた。五点か十点の底上げになったはず。
下校時間にまで勉強し、家に帰った。
父さんもすでに帰って来ていて、夕食の準備も終わっていた。
三人で食事をして、片づけをして、食後にまた少し勉強して……ここまでは、何事もなく過ぎた。
ここまでは。
平穏にピリオドを打ったのは、一緒に勉強している時に、飾のスマホに届いたメッセージだった。
「尊くんから? 珍しいわね。なにかしら」
そのメッセージを読んだ飾の表情が変わる。
笑顔だが……目はまったく笑っていない。楽しくて笑っているのではなく、怒りを原動力にした禍々しい笑みだ。
「どうした?」
「うん、ちょっとね」
直後、俺にも尊からメッセージが届いた。
そこにはこう書かれていた。
【ごめん、誤爆した】
誤爆? どういうことだ?
続けてこんなメッセージが。
【涙衣に口裏合わせを頼まれたから、それに話を合わせてくれ……って紬に連絡しようとしたんだけど、間違えて飾ちゃんに送っちゃった】
なるほど。きっと尊は、今日の放課後も三島さんと過ごしていたのだろう。
で、俺と口裏を合わせるために、三島さんはひとりで先に帰ったというストーリーにしようとしたのだ。
なのに、ついうっかり飾に真相をぶちまけちゃった、と。
あはは、おっちょこちょいのうっかりさんだなぁ。
……あの野郎。
「るぅ? お話ししてもらえるかな。口裏合わせが必要ななにをしていらしたのでしょうか?」
「な、なんでしょうね……」
そこから俺はなんとか誤魔化そうとした。
思い付く限りの言い訳をして、物語をでっちあげた。
だが、すべてはムダだった。
「サッカー部の先輩から勉強を教えてもらうだけなら、最初からそう言えばいいのにね。どうしてウソをついたりするのかな?」
俺を正座させ、笑顔で詰め寄って来る。
「特に意味はないんですが……ちょっとしたいたずら心で」
「あら、そうなの? ウソをごまかすためにウソをつくと、罪は加算じゃなくて乗算、いいえ、べき乗になるってご存知?」
べき乗?
罪指数100の悪いことをみっつしたら、足し算なら100+100+100で300だけど、べき乗だと100×100×100で100万になるって、そういうこと?
ちょっとえげつなくない?
「もう一回チャンスをあげるわ。どうしてウソをついたのかしら?」
「……湖川さんから教えてもらうと知ったら、飾が嫉妬するかもしれないと思ったからです」
「なるほど、正直に答えられて偉いわね」
「許してもらえるでしょうか?」
「それとこれとは話が別よね?」
「……ですよね」
「ねぇ、るぅ? たしかに、あたしはちょっと嫉妬深いかもね。るぅが他の女の子と仲良くしているのを見たら、おもしろくないわ。でも、るぅの気持ちを知りつつも、付き合わないことに、多少の罪悪感を抱いているの。だから、怒っても止めはしないわよ? まして勉強しに行くのを邪魔するほど愚かでもないわ」
「そうかなとは思ったんだけど、バレなきゃそれが最高かな、と……」
「バレたら怒りが何倍にもなるとは思わなかった?」
「尊の誤爆がなければバレなかったから、方針としては間違っていなかったかな、と……」
「ダメよ、そういうズルいことを考えちゃ。あたしは、ウソをついて他の人のところに行く人は大嫌いよ。お母さんがそうだったでしょ? 誰にも気付かれないように、外に恋人を作って……ああいう裏切りは絶対に許せない。たとえるぅでも、あんなことしたら嫌いになるから」
言われて気付かされた。
星宮家は、母さんの裏切りによって、一度終わりを迎えたのだ。そして、その被害を最も大きく受けたのは飾だ。
隠れてこっそり異性に会うことに、過剰なまでに敏感になるのは当然だ。
自分が怒られたくないからって、ウソをつくのはあまりに自分勝手すぎた。
やましいことがないなら、最初から堂々とすべて話していれば良かったのだ。隠せば、そこにやましいことがあると疑われてもしかたない。
「反省した?」
「しました。これからは、包み隠さずすべて話します」
「別に女の子がいないところでの話なら、話さなくていいけどね。男子だけでエッチな話をしたりとかもあるでしょ? そういう話は別に聞きたくないので黙っていてくれて結構。でも、そこに女子がいるなら……報告くらいはして」
「わかった」
「ならよし。じゃあ勉強に戻ろうか……ねぇ、あたしってちょっと重い?」
「まぁまぁ重いと思うよ。でも、そういうところもかわいい。それに、重くなっちゃうほど俺のことが好きってことだろ?」
「るぅはポジティブだね」
お、否定されなかった。
ってことは、そういうことなんだろう。
もちろん、好きなのはすでに知っていたけど、思っていた以上に愛されているのかもしれない。
しかし、付き合っていないのにこの重さだとすると、付き合ったらどうなるんだろう?
少し怖いけど、飾になら束縛されてもいいかな。




