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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

巻き戻り側妃の二・三周目

作者: 神田柊子

「クラウディア! ブラウアベルク王国へ我が国の情報を流していた罪は重い!」

 クラウディアの戸籍上の夫、ヴァイサーフルス王国の国王エッカルトが壇上で宣う。

 兵士に両腕を掴まれたクラウディアは、長い間牢にとらわれていたせいで顔を上げることもできなかった。

 朝飲まされた水に何か入っていたのか喉が焼けるように痛く、声が出ない。しかし、可能だったらこう叫んだだろう。

(私は情報を流してなんておりません!)

 冤罪だ。

(ローザリンデ王妃の策略? それとも側妃の座を狙っている他の貴族家?)

 誰一人として味方のいないクラウディアには何もわからない。

「何か最後に言いたいことはあるか?」

 エッカルトがクラウディアに尋ねたため、兵士の一人が彼女の髪をひっぱって顔を上げさせた。

「うぅ……あ、わ……」

 痛みを堪えて声を出してみたけれど、言葉にはならない。そのうめき声すら集まった者たちの罵り声にかき消された。

 エッカルトの隣でローザリンデが嗤っている。

 クラウディアの喉を潰したのはきっと彼女だ。

 たとえ声が出て無実を訴えたとして、エッカルトにクラウディアの言葉を聞く耳があるのだろうか。

(無駄でしょうね……)

 全て諦めたクラウディアはぼうっとエッカルトを見上げる。

 太陽を背後に彼の金髪が輝いている。どんな表情をしているのかはよく見えない。

 屋外の処刑場は、いっそすがすがしいほどに天気が良かった。

 何も言わないクラウディアに、エッカルトは「もうよい」と手を振り、兵士に指示を出す。

 クラウディアは引きずられて、断頭台の上に座らされ、身体を押さえ込まれた。

 存外力が強いのは、兵士も緊張しているからかもしれない。

(抵抗するつもりなんてないのに……)

 自嘲に少しだけ唇が歪むと殴られた傷が痛む。首を切られる直前に些細な傷を気にするなんて、と思ったら余計に笑えてきた。

(これで終わりね)

 クラウディアの二十七年のつらい人生がついに終わるのだ。

 ――一七二七年六月十日。ヴァイサーフルス王国の側妃クラウディアは、祖国への情報漏洩の罪で処刑された。


「はっ!」

 飛び起きたクラウディアは思わず首を両手で押さえた。

(え? 痛くない? え?)

 両手を離して見る。無意味に開いたり閉じたりしてみるが、クラウディアは生きているようだ。

「どういうこと……?」

 あの段階で助けられたとは思えない。

 ここは死後の世界なのだろうか。

 それとも……。

 辺りを見回すと、結婚前まで生活していた祖国ブラウアベルク王国の自室のようだ。

 国王が平民のメイドに手を付けて生まれたクラウディアは、一応は王女だったが、血のつながった国王からも粗雑に扱われていた。母が亡くなってからは、ひとりで王宮の敷地の端にある旧教会の建物の一室に住んでいる。元は教会の神父が使っていた部屋だが、三十年も前に使われなくなった建物なのであちこち痛みがひどい。これでもなんとか暮らせる最低限の補修はしたが、自力ではどうにもならない部分も多かった。

 厩番からこっそり融通してもらった藁に廃棄寸前のシーツをかぶせただけのベッドから降り、クラウディアは立ち上がる。

 記憶にある最後、クラウディアは歩けなかったが、今は問題なく歩ける。手足は細いが折れてはいない。

「どういうこと?」

 再び同じ言葉を繰り返したとき、どんどんっと荒々しく扉が叩かれた。

 返事をする前に扉が開かれる。

「陛下がお呼びです」

 そう言ったメイドの顔は記憶にある。親しいわけでも優しくされたわけでもないのに、懐かしさが募る。

「クラウディア様?」

 立ち尽くしたまま何も答えないクラウディアにメイドは不審げな表情を浮かべた。

「え、ええ」

「陛下がお呼びですから、早く支度をしてください」

「わかりました……。あの、今日って何年ですか?」

「はい? 一七二二年ですけれど?」

 眉間にしわを寄せたメイドはそれだけ答えてから、扉をぱたんと閉めて去って行った。

「一七二二年? 五年前に戻っている? そんな、まさか……」

 五年前といえば、クラウディアはまだヴァイサーフルス王国に嫁いでいない。

「夢かしら……?」

 そんな思いはすぐに吹き飛ぶことになる。

 クラウディアは国王からヴァイサーフルス王国に嫁げと命令され、前と同じ道に足を踏み出すことになったからだ。

 そもそも発端は、祖国ブラウアベルクがヴァイサーフルスに攻め入ったことだ。両国の間で発見された鉱山を巡る争いだった。両国で協力して資金を出して採掘し、利益も分割しようと提案したヴァイサーフルスに対して、ブラウアベルクは占有しようとして戦争をしかけた。しかし、ブラウアベルクの負けで終わった。

 和平交渉の際に、王女の輿入れを提案したのはブラウアベルク王だ。ヴァイサーフルス王には国内の有力貴族から娶った王妃がいるが、側妃でもいいからとずうずうしくもねじ込んだ。

 王妃から生まれた王女もいるが、ブラウアベルク王が選んだのはクラウディアだった。

(何かあっても、私なら切り捨てることができるからでしょうね。厄介払いもできるし)

 クラウディアが冤罪をかけられたとき、ヴァイサーフルスはブラウアベルクに申し開きを求めたが、「情報など受け取っていない。勝手にクラウディアが画策して失敗したのだろう」と返答が届いたと聞いた。

 誰一人として見送りのいない中、クラウディアはヴァイサーフルスに向かう馬車に乗せられて、祖国を旅立った。

 最初から人質の価値がないと思われるのは得策ではないからか、輿入れが決まってからクラウディアはまともな王女に見えるように毎日手入れされた。部屋も旧教会から本館に移されて、常に侍女がつき、扉の前には護衛もいた。――逃げ出さないように監視されていたのだ。

 一度目は結婚したら幸せになれるかしら、と淡い期待があり、粛々と従っていた。二度目の今回は何とか逃げ出せないかと隙をうかがったが、無理だった。

 旅の間も、同乗の侍女の目があったし、護衛も多い。

 このころにはクラウディアも、時間が巻き戻ってやり直していると確信を持つようになった。

 起こる出来事全てが記憶通りなのだ。

 しかし、クラウディアが違う行動をすると一度目と違う結果が出るのもわかった。

(結婚するのは仕方ないわ。もう逃げられないもの。だから、ヴァイサーフルスでうまくやっていく方法を探りましょう)

 夫となるエッカルトは、敵国から嫁いできたクラウディアを警戒していたけれど、それなりに丁重に扱ってくれた。

 問題は、王妃ローザリンデだ。

 クラウディアは王女――公的には貴族家出身の側妃から生まれたことになっている――だから、いちおうは気を使ってくれたのに、社交を全くしてこなかったクラウディアはうまく対応できずに不興を買った。

 言い返せないしやり返せないクラウディアは、王女といえども大したことはない相手だとすぐに見切られた。結果、放置されていた祖国よりもひどい嫌がらせを受けることになった。

(ローザリンデ様におもねったらどうかしら? 敵対しないように、こびへつらってみるの……)

 できるかどうかわからないけれど、ローザリンデに対抗して打ち勝つよりはずっと可能性がありそうに思える。

 クラウディアは今後の方針を決めたのだった。


「クラウディア! 私のデザインを盗んだのはお前かぁぁぁ!」

 どんっと横から誰かに突き飛ばされて、クラウディアは床に倒れた。

 脇腹が熱い。

 きゃあー! と周囲で叫び声が上がり、夜会の会場は騒然とした。

「な、何?」

 脇腹に触れた手を見ると赤い。

「どう、して……」

 呆然と見上げたクラウディアを、髪を振り乱した女が見下ろしている。女の手には血塗られた短剣があり、それで刺されたのだと察した。

 彼女の顔は知っている。一度目の人生で何度か目にしたことがあった。

(ダニエラ夫人?)

 有名なオーダーメイドのドレス店のデザイナーだ。

「私がずっと前から温めていたデザインだったのに! どこから漏れたの? どうやって盗んだの!?」

 ダニエラが指さしたのはローザリンデのドレスだ。

 クラウディアはローザリンデに気に入られるために、一度目で流行した品々を先取でローザリンデに提案した。社交界で流行を作ることに成功したローザリンデは、クラウディアの後ろ盾になってくれ、二度目のヴァイサーフルス城はとても過ごしやすくなった。

 ローザリンデがこの夜会で着ているドレスは、一度目で冤罪をかけられる直前に流行ったドレスだった。それをクラウディアが提案し、あっという間に貴族の女性に浸透した。今夜も半分以上の女性がローザリンデと同じデザインのドレスを着ている。

(流行るのは四年も後だから、まだ誰も知らないと思ったのに……。一度目であのドレスを作ったダニエラ夫人がそんなに前から考えていたなんて、知らなかった……)

 兵士に取り押さえられたダニエラは何かを叫んでいる。

 ローザリンデは、汚物を見るようにクラウディアを一瞥すると踵を返した。

(気に入られたと思ったけれど……。役に立たないとわかればすぐに見放される……)

 クラウディアは段々と気が遠くなる。

(これで終わりね)

 こうして、クラウディアの二度目の人生は二十三歳で幕を閉じた。

 ――一七二三年六月十日。ヴァイサーフルス王国の側妃クラウディアは、夜会で襲われて亡くなった。


「はっ!」

 飛び起きたクラウディアは思わず刺された脇腹を押さえた。

(え? まさかまた?)

 脇腹は痛くもないし、血も出ていない。

 辺りを見回すと、懐かしい祖国の自室だった。

「三度目なの……?」

 呆然とつぶやくクラウディアに容赦なく、部屋の扉は叩かれる。

 返事をする前に扉を開けたメイドはこう言った。

「陛下がお呼びです」

 ――そしてまた、クラウディアはヴァイサーフルス王国に嫁ぐことになったのだった。

 二度目のときよりも必死に逃げ出す機会をうかがったけれど、今回も無理だった。

 今、クラウディアは輿入れの馬車の中にいる。

(ローザリンデ様に媚びるのもダメだった……。対抗するしかないの? でも、勝てるとは思えないわ……)

 クラウディアが嫁ぐより前に、ローザリンデはすでに自分の地位を確固たるものにしている。

 そこでクラウディアがのし上がるには、夫であるエッカルトの寵愛を得るくらいしか思いつかない。

(二度目も陛下とは距離があったわ。ローザリンデ様の不興を買わないように陛下に近づかないようにしていたから当然だけれど。寵愛なんてどう考えても無理だわ……)

 顔を上げると、同乗している侍女がこちらを見ていた。

(動いている馬車から逃げようなんて思わないわよ)

 クラウディアはため息をついて窓に目を逸らす。

 逃げようとしたのがバレたらしく、今回は一度目や二度目よりも監視の目が厳しい。

(放っておいてくれたらいいのに……)

 そう思ってから、クラウディアは、それだわ、と思いついた。

 婚礼を上げた、初夜。

 クラウディアはエッカルトとふたりきりになると、さっそく切り出した。

「陛下、お話がございます」

 エッカルトは眉をひそめたものの、何も言わずにクラウディアが座るソファの正面に座った。

「私に人質の価値はありません。私の母は側妃ということになっていますが、実際は平民のメイドから生まれました。ブラウアベルクではない者とされ、廃墟のような建物に放置されていました。ブラウアベルクから再度攻め入られたときの盾にはなり得ません」

「そういう計画があるのか?」

 エッカルトは慎重に尋ねた。クラウディアの告白に驚いているようには見えない。

「私は知らされておりません」

 あるともないとも言わずにクラウディアはそう答える。

 あのブラウアベルク国王のことだ、実際に再侵攻の計画があってもおかしくはないと思う。

「私に人質としての価値はありませんが、罠としての価値はあります」

「罠? どういうことだ?」

 剣呑な気配をまとうエッカルトにクラウディアは微笑んだ。

「公式には私は側妃の産んだ王女です。今ここで陛下が私を害すれば、それを理由にブラウアベルクは攻めてくるでしょう」

「……なるほど」

 エッカルトは顎を撫でて、クラウディアを見た。

 三度目の結婚だけれど、こんなにまっすぐに彼と目を合わせるのは初めてな気がする。

「それで? 私にどうしろと?」

「私をどこかに軟禁していただけませんか?」

「は? 軟禁?」

「死なないように目を配り、健康を保てるように世話をしてください。そして、罪をでっちあげられないように監視して、殺されないように守っていただきたいのです」

 一瞬ぽかんと目を見開いたエッカルトは、それから声を上げて笑ったのだった。


 三度目はうまく行った。

 二度目に殺された一七二三年六月十日も、一度目に処刑された一七二七年六月十日も無事に乗り越えた。

 クラウディアは、与えられた離宮でひっそりとひとりで祝杯をあげたものだ。

 そして今日は一七八五年、奇しくも六月十日である。

 自室のベッドでクラウディアは己の死期を感じ取っていた。

「クラウディア?」

 静かに、しかし心配そうに声をかけてきたのはエッカルトだった。

 狙ったわけではないのに、クラウディアは三度目の結婚でエッカルトの寵愛を得た。

(何がどう繋がるのか、わからないものね……)

 最初は興味、次は同情、それから愛に変わったらしい。クラウディアはエッカルト本人からそう聞いた。

 ローザリンデの不興を買いたくないと訴えたら、エッカルトは誰にも知られないように隠し通路から訪れるようになった。

 表向きには、クラウディアは国王命令で離宮に永久蟄居になっているから、ローザリンデが何かしてくることもなかった。

 またブラウアベルク王国に対してエッカルトは先制攻撃して勝利。鉱山を周辺の土地ごと取得し、さらに国王を交代させた。

「これでもう安心だろう」

 そう言ってくれたエッカルトの顔は何度でも思い出せる。

 子どもは作らなかったけれど、愛されていた実感があった。

 枕元でそっと手を握ってくれるエッカルトにクラウディアは微笑みを向ける。

「ありがとうございます……」

 一度目とも二度目とも違う、幸せな最期だ。

(これで本当に終わりね)

 八十五歳まで生きたクラウディアは笑顔を浮かべて目を閉じ、そのまま息を引き取った。

 ――一七八五年六月十日。ヴァイサーフルス王国の側妃クラウディアは、病にかかり、国王エッカルトに看取られて亡くなった。


「え……」

 目を覚ましたクラウディアは、何度も瞬きをする。

 何十年も前の記憶に残る、祖国の自室のみすぼらしい天井が見える。

 伸ばした両腕は、やせ細っているけれど老人のものではない。

(まさか、また……)

 のろのろと起き上がったクラウディアは頭を抱えた。

「四度目なの……?」

 あの幸せだった三度目は何だったのだろう。

「エッカルト様……」

 薬指をなぞるけれど、彼からもらった指輪は跡も残っていない。

 どんどんっと荒々しく扉が叩かれ、メイドが顔を出す。

「陛下がお呼びです」

「ああっ!」


終わり

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