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その後(修正済)

自分の意思を強く持つことなく、受け身でいることは、どんなことも受け入れるしかなく、何が起こっても結果的には、責任は自分にあるのだと知らされることになります。


満月を見ながら、修二とLINEで話したあの穏やかな夜から2か月が過ぎた。


修二から連絡はない。彼はまもなく転勤の日が来て去って行くのだろう。もしかしたらもう遠くに行ってしまったのかもしれない。


少しほっとしていた矢先、修二から、辞令によりもう一年この地で勤務することになった、とのLINEが来る。もう修二のことで思い悩むのは終わりにできるはずだったのに。などと勝手な事を思う。


年が明けて洋子は、今年はもう修二にとらわれないようにしようと思った。


それなのに、修二からは相変わらず中身のない丁寧なLINEが時々くる。LINEのやり取りは春まで続いた。

洋子は、修二がなぜ用事もないのに挨拶だけの丁寧なLINEを送ってくるのか分からなくてずっと靄がかかった気分だった。


そんな状態が続くのが嫌になった洋子は、

「とくに用事はなく意味はないが、久しぶりにあなたに会えたら嬉しい」とLINEを送ってみた。


修二からは、やんわり断られることを予想したが、あっさり会うことに決まった。


思えば最後に修二に会ったのは一年前。ジムの駐車場で、二言三言、言葉を交わしただけで終わっている。

正直なところ、それから洋子はずっと修二のことを気にかけていた。だからこそ、ただ会ってもう一度話したかった。

修二と、どんな話でもすれば、彼の心のうちがわかるような気がしたからだ。


約束の日曜日、現れた修二は一年前と変わっていなかった。大きな声で「お久しぶりです」と笑いながら言った。ファミレスに入り、これまでの出来事をお互いに話し合えて楽しかった。洋子は今度こそ話しすぎないようにしようと心がけた。


はじめはお互いに話し合えたのだが、途中から洋子は、自分の内面的な話をしてしまった。

多分、修二には興味のない事であっただろう。


最後には「住む世界の違うあなたにこんな話を聞かせてしまってごめんなさい」とまで言うことになった。

彼はにこりとして「いえいえ!」と言って手を顔の横で小さく振った。


別れたあと、修二はどう感じたかはわからないが、洋子はスッキリした気分になった。もうこれで修二にはとらわれないと思えた。


その後、一ヶ月経って、また修二から相変わらず丁寧な挨拶のLINEが届き、洋子はいつものように丁寧に返事をした。けれども、すっかり割り切れた気分だった。

なぜかわからないが、「最後」と決めて会ったのがよかったのかもしれない。



それからさらに一ヶ月。


洋子は、修二の顔を思い浮かべようとしてみた。


最初に会ったときから、ふと一人になると彼の顔を思い出そうとするのに、どうしても思い出せない。そして代わりに、いつも杉本の顔が浮かんでくる。


杉本は、7〜8年前のダンス教室の仲間で、転勤のため2年間だけこの町にいた人だ。当時の年齢は今の修二と同じくらいだ。この町にいる間に彼は、ダンスとサックスをマスターして奥さんを驚かせたいと言っていた。ダンスは熱心に練習しすぐに上達した。サックスも近くのカラオケルームで練習を積んでいたようだ。


杉本は洗練された雰囲気のなかにどこか可愛らしさもある人だった。大手企業に勤めていて、仕事は不規則であったため、日曜のダンス教室を休むことも時々あった。


洋子は杉本に頼まれて2週間に一度ほど、カラオケルームでペアダンスの練習をした。そのあとランチを一緒に食べ、お互いの仕事に行くのが常であった。


杉本は飾らない人だ。しかも愛妻家で、いつも嬉しそうに、奥さんや、中学生になる2人の娘の話をしていた。


あの頃の洋子は、誰かに期待したり執着したりすることもなく、ただ素直に楽しいだけの時間を過ごしていた。


杉本と修二は、単身赴任ということ以外には共通点がない。なのに、どうして修二の顔を思い出そうとするたび、杉本の顔が浮かんでくるのかはわからない。


時々、修二は仮面を被っているように感じる。ひらがなで表記されたLINEの名前も本当の名前ではないのかもしれない。

「不審」とまでは言わないけれど、違和感を覚えた瞬間はいくつかあったのは確かだ。

というのも、洋子には何も知られたくないのかなと思うことが、何度かあったからだ。知られたくないから、あれほど距離を感じさせる丁寧さだったのかもしれない。


丁寧すぎる言葉に、洋子は「尊重されている」と受け取っていた。でも、それは間違いだったのかもしれない。


自己肯定感を保つために、表向きは丁寧に接しながら、内心では相手を見下しているーーそんなあり方も、現実にはあるのかもしれない。そう思えるほど、修二の丁寧さは不自然だった。


洋子は、何度か修二のことを「完璧な人」だと言った。でも、洋子は彼のことをほとんど知らない。言いながら、それは浅はかな発言だと感じてもいた。洋子の話を最後まで黙って聞いて、質問までしてくれるーーその一点だけで、彼女は修二を評価していたのだ。


あまり会うことのない相手を、こんなふうに「完璧」と思い込んでしまうのは、やはりどこかおかしい。


もう接することはなくなったけれど、思い出すのは、あの不自然なほどの丁寧さだ。

丁寧すぎて、逆に「本心ではなかったのでは」と思わされるほどだった。


洋子は、自分の話すことばかりに夢中で、彼の内面を見ようとしていなかった。話しすぎてしまった分、軽く見られても仕方がない部分はあるのかもしれない。


相手をきちんと見ることができなかったのは、洋子自身の責任だ。

こうして気づけた今だからこそ、学べることはたくさんある気がする。


あれから、修二からの連絡はない。

どのような経験も、自分自身の学びになると考えることで救われると思います。

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