9話 可愛いってそういう意味じゃない!
「またねー」
「今度はかくれんぼしよう!」
「うん、ばいばーい!」
ニナは笑顔で手を振り、友達と別れる。
色々とあったものの、散歩の続きをすることに。
セルカとニナは手を繋いで笑顔で。
それを見守るガルドは、空いた手を時折見つつ、どこか元気のない様子で。
三人で村を散歩して、出会う人に挨拶をする。
「やあ、ニナちゃん。散歩かい?」
「うん! ガルドさんとセルカお姉ちゃんと一緒だよ」
「そうかい、そうかい。最近は、元気そうでなによりだ」
「二人共、ニナちゃんを頼んだわよ」
「うむ、もちろんだ! 我が聖騎士の誇りと使命に賭けて、ニナを守ると誓おうではないか! はっはっは!」
「先輩の使命って、聖女様を守ることじゃあ……?」
「なにを言っている、セルカ。フィーネを守ることは、パパとしての使命だ。魂に刻まれた誓いであり、絶対不文律の生きる指針である」
「重っ……!? ってか、聖女様に会えていないのに、どうしてこう、愛だけは変わらず重くなっていくんですかね……? 時々、先輩の頭の中、どんな構造をしているのか気になりますよ」
「なんだ、そんなことか。見るか?」
「見れるんですか!?」
「見れるわけないだろう、はっはっは」
「……斬り捨てたい……」
セルカは、わりとガチ目な殺気を放つが、ガルドがそれに気づいた様子はない。
手を繋ぐことができなくても、三人の散歩は楽しい。
笑顔は絶えない。
「……」
ふと、ニナが足を止めた。
その視線の先にあるのは、村で唯一の衣服店。
ショーウィンドウに飾られていたのは、リボンとレースがあしらわれた、まるでお姫様のようなワンピースだった。
「わぁ……可愛い!」
「ふむ。ニナは、あのようなものが好きなのか?」
「うん! すごく可愛いよ」
「そう……なのか?」
「まったく。先輩は、見る目ありませんね。ニナちゃんくらいの年頃なら、ああいう服はとても好みなんですよ」
「セルカは好きなのか?」
「可愛いとは思いますけど、私が着るとなると、さすがにちょっと……」
「セルカなら似合いそうではあるがな」
『な!? ど、どういう意味ですか……!?』……なんて、照れることはなくて。
「……それ、私が子供っぽいって言っていますか?」
セルカは、ジト目を返した。
ガルドと一緒にいると、その言葉をまともに受け止められなくなる……もはや一種の病気であった。
「いいなぁ……」
恋する乙女のように、ニナはワンピースを見る。
歳に比べて賢く、落ち着いたところはあるものの、やはりまだ子供。
可愛いものには目がないようだ。
そんな姿に、ガルドは心を撃ち抜かれた。
父性に一撃!
これだ!
子供の夢を叶えることこそ、大人の役目であり、保護者である俺の使命!!!
なればこそ、やることはただ一つ!
「すまない、二人共。俺は、少々、急用を思い出した」
「え、先輩?」
「今日は外泊することになると思う。セルカ、すまないがニナと宿を頼む」
「いや、いきなりそんなことを言われても、いったいどういうことなのか……って、もういない!?」
ガルドは風の速度で消えていた。
図体はでかいが行動は速い。
残されたニナは、小首を傾げた。
「ガルドおじさん、どうしたのかな……?」
「どうせ、いつもの暴走よ。ろくでもないことを思いついたんだと思うけど……はぁあああ。追加の胃薬、買っておかないと」
「あ、あはは……」
――――――――――
その夜。
村に唯一の武具屋から、カーンカーンカーンと、なにか作業する音が遅くまで響いた。
――――――――――
翌日。
「ニナ!」
ガルドが宿に戻ってきた。
一睡もしていないらしく、やや目が危ない。
ストーカーのような暗い目をしていた。
とはいえ、ストーカーはいつものことなので、あまり違和感はない。
「どこに行っていたんですか、先輩? というか、その大きな包みは……?」
ガルドは、ちょっとしたサイズの包みを脇に抱えていた。
「ニナ、これを受け取ってくれ!」
「え? え?」
「ほら。昨日、服を欲しがっていただろう? あれを買うことはできなかったが、しかし、それに代わるものを俺が作ってみたんだ」
「えぇ!? ガルドおじさん、そ、そんなことをしていたの……?」
「鍛冶は久しぶりでな。一晩かかってしまったが、なかなかの力作ができたと思う。受け取ってくれないか?」
「で、でも、いきなりプレゼントされる理由なんて……」
「ニナには、宿のことなどで、いつも助けられているからな。そのお礼とでも思ってくれ」
「ニナちゃん、もらってあげてくれないかしら? 先輩なりの感謝の気持ちなの」
「ガルドさん、セルカさん……はいっ、ありがとうございます!」
ガルドが包みをテーブルの上に置いた。
ニナは、わくわくした様子で包みに手を伸ばす。
「あ、開けてもいいですか?」
「もちろんだとも」
「そ、それじゃあ……」
ニナは包みを開けて……
「わぁっ!? え? なにこれ……って、えっ!? 鎧!?」
出てきたのは、ガルドお手製の……フリルとレースがついた、ハート柄のピンク色の軽装鎧だった。
一晩、魂を込めて作った、特別製だ。
「……」
ニナの目がどんよりと雲る。
「……」
セルカが頭を抱える。
「さあ、着てみてくれないか!? きっと似合うぞ!」
「似合うか!!!」
「ぐほぉ!?」
セルカの全力のツッコミが炸裂して、ガルドが吹き飛ばされた。
……最近。
セルカは、言葉だけではなくて、こうして物理を伴うツッコミを入れるようになっていた。
それくらい、色々と溜まっていると理解してほしい。
「おかしいでしょ!? これ、可愛いじゃなくて、強そうでしょ!? ダンジョンに出てくる中ボスですよねこれ!」
「ガルドさん、服と鎧の区別ってついてます!?」
「もちろんだとも! ほら。フリルとレースがついているんだぞ?」
「確かについていますけどね! でもこれ、逆にいいアクセントになって、可愛いじゃなくてかっこいい感じになっているんですよ!」
「ははは、そんなに褒めないでくれ」
「誰がいつ褒めましたか!?」
「うぅ……ちょっと期待したのに……」
ニナは、しょんぼりと肩を落としていた。
その姿を見て、さすがのガルドも、なにか間違えた、ということは理解した。
しかし、『なにか』程度の認識であり、根本的な問題を理解していないところは、やはりガルドであった。
「だ、ダメか……? その、ニナに喜んでもらいたくて、一生懸命作ったのだが……」
「……ふふ」
くすりとニナが笑う。
「ありがとう、ガルドさん。でも、鎧はちょっと着れないかな? 重そうだし」
「はっ!? し、しまった……! 俺としたことが、重量の計算を忘れるなんて! こうなったら、もう一度……」
「しなくてよろしい」
セルカ、二度目のツッコミ。
ガルドが派手に吹き飛んだ。
そんなガルドのところに歩み寄り、ニナは、その手を握る。
「もう一回、ありがとう。気持ちはすごく嬉しいよ。でもね、次は一緒に服を選んでくれたら、もっと嬉しいかも」
「あ……ああっ、もちろんだとも! ニナに似合う服だな!? 身命を賭して選び抜いてみせようではないか!!!」
「だから、先輩はいちいちセリフが重いんですってば!」
「セルカも、助言を頼む! 頼れるのはキミだけだ!」
「……ま、まあ、仕方ないから、そういう時は付き合ってあげますけどね」
セルカは、ため息をこぼして。
それでいて、ちょっとだけ頬を赤くして。
そんな二人を見て、ニナはにっこりと笑うのだった。