8話 娘は外に、パパは過剰に
「今日は鬼ごっこをしよう!」
「うん、ニナちゃん、こっちこっちー!」
ニナと近所の子供達が笑顔で元気に駆け回る。
散歩を終えたところで、村の子供がやってきて……
一緒に遊ぼう? となったのだ。
ガルドとセルカは、少し離れたところの木陰に腰を下ろして、子供達を見守っている。
「ニナちゃん、楽しそうですね」
「ああ。子供の笑顔を見ていると、こちらも元気になるな。特効薬のようなものだ」
「……」
「どうした、変な顔をして?」
「いえ。先輩がまともなことを言うのに、なかなか慣れず……たまにで、不意打ちだから慣れないんですかね? むしろいっそのこと、変なことばかり言うようにしてくれませんか?」
「はっはっは、セルカは冗談がうまいな。俺は聖騎士なのだから、変なことなんて、一度も口にしたことはないぞ」
「……本当、なんで先輩は、聖騎士なんですかね……? 王国史上、最大の采配ミスだと思うんですが」
「なにを言っているんだ、セルカ。そんなこと、わかりきったことだろう」
「なんですか?」
「俺が、パパだからだ!」
「……」
ものすごく冷たいジト目が返ってくるものの、ガルドは気にしない。
というか、まったく気づいていない。
「聖女はフィーネ。ならば、パパである俺が聖騎士を務めるのはとても自然なことだ。世界の真理と言ってもいい。そう……つまり、パパは最強!」
「先輩って、戦闘力に関しては、本当に最強だから困るんですよね……戦闘力に栄養とか色々なものが全部取られて、頭に回らなかったことが残念でなりません」
「はっはっは、そう褒めるな」
「褒めてませんよ!? 耳、腐っているんですか!?」
「パパは知っているぞ。それは、ツンデレというやつだな?」
「ぜんぜん違う! というか、さりげなく私を娘扱いしようとしないでくださいね!? 聖女様がいなくて寂しいからって、キモいですよ!?」
「おっと、すまないな。娘欠乏症のせいで、つい」
「娘欠乏症とか新しい病気を勝手に……あーもう! 今日はゆっくりできるかな? なんて思っていたのに、ぜんぜんゆっくりできない!!!」
セルカ、渾身の叫びが響き渡る。
……とはいえ。
セルカは、こんな日常を悪いとは思っていなかった。
王都にいた頃とあまり変わっていないような、アホらしくて、でも呑気でどこか優しくて……そんな感じ。
こんな雰囲気を作り出せるのは、ガルド以外にはいないだろう。
だからこそ、フィーネの頼みを引き受けて、こんな辺境まで一緒についてきた、というところはあった。
「はあ……あたしって、ダメな人に貢いじゃうタイプなのかな……?」
「どうした、急に?」
「なんでもありません。先輩には一生、転生してもわからない話ですよ」
「ぼ、ボロクソに言うな……?」
さすがのガルドも、ちょっとたじたじになってしまうのだった。
……しかし。
その雰囲気は一変する。
「……」
ガルドは笑みを消した。
険しい表情を作り、周囲に素早く視線を走らせる。
立ち上がり、剣の柄に手を伸ばした。
「先輩?」
「……セルカ、剣を」
「ど、どうしたんですか? まさか、私のツッコミが気に入らないから、直々に成敗を……」
「違う、魔物の気配だ」
「えっ!?」
セルカは慌てて立ち上がり、同じく剣の柄に手を伸ばした。
周囲の気配を探るものの、魔物のものは感じられない。
しかし、セルカは構えを解かない。
ガルドが魔物の気配がする、と言っているのだ。
極度の親ばかで、愛が重すぎて、アホで、間抜けで、勘違い多数で……
そんなどうしようもない聖騎士ではあるが、その戦闘力は歴代一と言われている。
そのガルドが言うのなら、間違いはないのだろう。
……たぶん。
「来るぞ!」
「っ!? あ、あれは……!?」
空の彼方から、巨大な影が迫ってきた。
空を覆うかのような翼。
全てを噛み砕く牙。
鉄よりも硬い鱗。
天空の支配者……ドラゴンだ。
「ど、どうして、こんなところにドラゴンが……!?」
セルカは愕然とした。
村人達もドラゴンに気づいて、騒然となる。
終わりだ。
相手は、単体で国を滅ぼせるような化け物。
抗う術はない。
ドラゴンは空高く、咆哮を響かせた。
そして、村の中央で遊ぶ子供達……ニナを目標とする。
ニナを含めた子供達は、慌てて逃げ出した。
しかし、ニナが転んでしまう。
「っ……ニナ!?」
ドラゴンが急降下。
牙を剥き出しにして、ニナにその悪意を叩きつけようと……
「邪魔っ!!!」
「ギャオオオオオーーーーーンッ!!!?!?!?!?」
ガルドが突撃。
ドラゴンは悲鳴を上げつつ、空の彼方に吹き飛ばされていった。
キラーン。
文字通り、お空のお星様となる。
魔物とはいえ、哀れすぎる末路であった。
彼の敗因は、ガルドに関わったこと……その一言に尽きる。
「ニナ、大丈夫か!? 転んでしまって、痛くないか!?」
「う、うん……というか、今、怖い魔物が……」
「……ん? そういえば、なにか殴ったような気がしたが……すまない。ニナが転んでしまったことで慌てて、まるで覚えていない」
さらりと恐ろしいことを言うガルドだった。
「今、一撃だったね……」
「すげえ……ドラゴンを殴り飛ばしてたぜ、このおっちゃん……」
「お星さまになっちゃったね……」
子供達は、ぽかーんと空を見上げた。
「……飛んでいったな」
「ものすごい勢いだったわね……」
「ドラゴンって、あんなに簡単に飛ぶものだったかしら……?」
村人達も、ぽかーんと空を見上げた。
「えっと……ガルドさん、すごいんだね……」
「うむ、見ててくれたか? これこそが、パパパワーだ!」
「ちょっと舌を噛んじゃいそうだね……」
「ニナ、怪我はしていないか? 大変だ、擦り傷があるではないか! くっ、あの魔物め……! よくもやってくれたな!?」
「あ、ううん。これくらい、特に……」
「待っていろ、ニナ。気をしっかり持つんだ! 今、エリクサーを……」
「やめてくださいよ!?」
「ぐはぁ!?」
セルカに剣の腹で頭を殴られて、さすがのガルドも悲鳴をあげた。
「エリクサーって、いくら知っているかわかります!? 金貨五百枚以上するんですよ!? それを、ただの擦り傷に使わないでくださいよ!」
「し、しかし、ニナが怪我を……」
「小さなかすり傷なら、洗って、清潔にしていれば問題ありません。というか、やたら無闇にポーションなどに頼ると、体の抵抗力とか色々と落ちてしまいます。その辺り、わかっていますか?」
「ぐむぅ……」
返す言葉もない、という感じでガルドはうめいた。
ただ、ニナはそんなガルドに笑みを向ける。
色々と過剰ではあったものの……
それでも、ガルドが自分のことを心配して、一番に考えてくれることは嬉しい。
「ありがとう、ガルドさん」
「……ニナ……」
「助けてくれて、ありがとう。みんなを助けてくれて、ありがとう……すごくかっこよかったよ♪」
「お、おおおおおぉ……」
ガルドは、ぷるぷると震えて……
「おおおおおーーー!!! そ、そんな風に言ってくれるなんて! ニナは、なんていい子なんだ! まるでフィーネのようだ!!!」
「が、ガルドさん……ちょっと恥ずかしいよ」
抱きしめられて、照れるニナ。
ただ、本気で嫌がっている様子はない。
セルカも、やれやれ仕方ない、という感じで、苦笑しつつ二人を見守る。
村人達も似たような感じだ。
温かな空気が流れる。
それは、心にゆっくりと染み込んでいく。
……ガルドは、ニナを抱きしめながら、遠く過去の光景を思い出す。
かつて守れなかった命。
届かなかった手。
「……今度は守れた、か……」
小さく呟いたその声を、誰も聞くことはなかった。