7話 まるで親子のよう……それは失言です
ガルドとセルカがアステナ村に来て、三日が経った。
最初こそ、突然現れた親衛隊に村人達は警戒していたものの……
「ガルドさん、昨日は本当にありがとうね。重い荷物を運んでもらって、とても助かったわ」
「セルカさん、ニナちゃんのこと頼みました。俺達も気にかけていたんだけど、なかなか、どうしていいかわからず……」
「ガルドさん、セルカさん。今度、うちに遊びに来ませんか? もちろん、ニナちゃんも一緒に」
今ではすっかり馴染んでいた。
散歩をすれば、にこにこと笑顔で声をかけられて。
買い物をすれば、これも持っていきなさい、とおまけをつけてもらえる。
二人の実直な性格もあるが……
なによりも、ニナが懐いていることが、村人達に良い印象を与えたようだ。
とはいえ。
「くっ……今日で生フィーネを見ることができず、十日か……まずいな、そろそろ禁断症状が出てしまいそうだ。生フィーネの代わりを妄想で補うことにしよう。よし、瞑想を……」
「聖女様を生クリームみたいに言わないでください、不敬ですよ!!!」
「ぐは!?」
ガルドが暴走して、セルカがしばいて。
その光景にも慣れてしまったらしく、村人達は笑っていた。
――――――――――
そんなある日のこと。
セルカとニナは、手を繋いで村を散歩する。
毎日、宿の仕事ばかりでは息が詰まってしまうと、セルカが誘い出したのだ。
ニナは楽しげに笑い、セルカも穏やかな表情を浮かべていた。
「セルカお姉ちゃん、あっちにね、大きなリンゴの木があるんだよ!」
「ふふ、じゃあ一緒に見に行こうか?」
「うん!」
ニナは、今まで一人だった分、その寂しさを埋めるようにセルカに甘えていた。
姉がほしいと思っていたのかもしれない。
セルカは理想的な姉だろう。
優しく聡明で、そして美人だ。
その光景を、ガルドは木陰に隠れつつ、遠巻きに見つめていた。
頬を引きつらせて、手をぶらんぶらんと下げる。
「……いいな……」
完全に嫉妬である。
いい歳をしたおっさんが、若い女性と幼い子供の後をつけて、物陰からそっと様子を窺う。
完全に不審者案件である。
本来ならば、即、衛兵に通報されるところなのだけど……
「おや、ガルドさんじゃないか」
「あらあら。今日も、ニナちゃんを尾行しているの?」
「ほんと、ガルドさんはニナちゃんとセルカさんのことが好きだなあ」
「「あっはっはっは」」
村人達は慣れた様子で、楽しそうに笑っていた。
最初こそ顔をひきつらせたものの、三日も経てば慣れて、こんなものか、と納得したらしい。
アステナ村の人達も、わりと大概であった。
寛容を通り過ぎて変人の域に突入している。
だからこそ、ガルドを受け入れられたのかもしれないが。
「……突然、すまない。子供から好かれるには、どうしたらいいと思う?」
「なんだい。ガルドさん、セルカさんに嫉妬しているのかい?」
「もちろんだ!」
なぜか、堂々と胸を張り、肯定した。
セルカに嫉妬する=ニナへの想い。
そんな図式がガルドの中にあるらしく、まったく恥じるものではないらしい。
この話をセルカが聴いていたら、「少しは恥じてください!」と、鉄拳が飛んでいただろう。
「ニナちゃんは、ガルドさんのことも好きだと思うけどねえ……まるで親子のようだ」
「そうよねえ。この前も、にこにこと嬉しそうにガルドさんのことを話していたわ」
「そ、そうなのか!? その話、もっと詳しく! 詳細を細部まで丁寧に、その場を再現して、感情豊かに情緒たっぷりに教えてくれないか!?」
「無茶を言うな」
「そうか、そうか! ニナがそのようなことを……よし、村のために何か手伝えることはないか!? パパの力、見せてやろうではないか!」
途端にごきげんになり、やる気をみなぎらせるガルド。
実にちょろい男である。
「え、えっと……じゃあ、畑仕事を手伝ってもらっても……?」
「任せておけ!!!」
張り切りすぎて、村人が引くほどの声量。
……そして数分後。
「いくぞっ! 土よ、耕されろ! 聖騎士ガルド・エインズ、全力、開墾拳!!!」
ドガァァァァァァン!!!
畑に巨大なクレーターが出現した。
「畑がああああああ!?」
「先輩いいいいいいいいいいいいい!?!?」
セルカが怒涛の勢いで駆けつけてきた。
「セルカ!? な、なぜここが……?」
「あんな爆音立てられたら、誰でもわかりますからね!? ってか、今度はなにを……あああああぁ!? 畑が!?」
「い、いや。えっと、これは違う。そう、違うんだ! えっと……とにかく違うぞ!?」
「言い訳するなら、せめてもっと語彙力ある言い訳をしてくださいよ! それでも聖騎士ですか!?」
「無論! この俺は、愛しいフィーネを守護する聖騎士ガルドだ!」
「そういう時だけ誇らしげにするの、やめてくださいね!? 勢いで乗り切れると思わないでくださいよ!」
セルカが全力で突っ込んだんだ。
あまりにも全力でツッコミを入れるものだから、げほげほ、と咳き込んでいた。
彼女の気苦労は計り知れない。
辺境の村ならガルドの奇行も収まるかもしれないと思っていたが、さらに上を行く始末。
胃薬の量は、王都にいた頃の二倍に増えていた。
「先輩!? あなた! なにをどうしたら畑にクレーターを作ることになるんですか!? ここは敵の砦じゃないんですよ!?」
「いや、耕そうとしただけなのだが……むむ、少し力を入れすぎたか」
「少しってレベルじゃないですよ!? もはや自然災害ですってば!」
村人達が顔を引きつらせて集まってくる。
ニナが慌ててフォローに走る。
「あ、あの、ごめんなさい! でも、ガルドさん、悪気はないんです……たぶん? えっと、たぶん、悪気はないと思いますっ!」
村人達はしばらく唖然としていたが、やがて一人が吹き出して、それが連鎖するかのように、あちこちから笑い声がこぼれ始めた。
「ま、まぁ、今どきこんな派手な耕し方も見られんしなぁ!」
「ちょっとした観光名所にしちまうか?」
そんな冗談を交えながら、村人達はガルドの暴走を笑って受け止めた。
「ふっ……結果よければ全てよし、だな」
「元凶の先輩が言わないでくださいよ!!!」
ガルドがセルカの鉄拳制裁を喰らい。
それを見て、ニナが笑い。
セルカも、やれやれと苦笑する。
こうして今日もまた、アステナ村には穏やかで、ちょっぴり騒がしい、幸せな一日が訪れていた。
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