4話 親バカ、DIYに挑む
「私、ニナ・ラズベリーっていいます。お父さんとお母さんが留守の間、この『ひだまり亭』を守ろうと思っていて……あ、今年で六歳になります!」
「俺は、ガルド・エインズだ。パパと呼んでもぐはぁ!?」
「私は、セルカ・レミエルよ。気軽にセルカ、って呼んでね」
「は、はい……セルカお姉ちゃん……」
ニナは、倒れてぴくぴくと痙攣するガルドを見て、顔を引きつらせながら答えた。
「えっと……ところで、お二人はお客様、ということでいいんでしょうか?」
「ええ、それで大丈夫。部屋は空いている?」
「はい、大丈夫です! さっきも言いましたけど、全部屋空いていますから、選び放題ですよ!」
「それ、元気に言うことじゃないわよね。なら、二部屋。ごはんとお風呂付きで、えっと……ひとまず一ヶ月。先払いでいいかしら?」
「わ、わ。そんな、後で精算で構いませんよ」
「外からやってきた、よくわからない人で……しかも片方は頭おかしい人なんだから、こういう時は、ちゃんと先払いにした方がいいわ。後で問題になる可能性もあるんだから」
「えっと……はい、ありがとうございます」
ニナはぺこりと頭を下げて、代金の入った革袋を受け取った。
「しかし、ケチをつけるわけではないが、この宿は大丈夫なのだろうか? 色々なところが危ういように見えるが」
いつの間にか復活したガルドが、宿の中を見回しながら言う。
床と壁は、あちらこちらにヒビが入り。
テーブルやイスも、いくらか壊れていた。
掃除はバッチリらしく、埃一つオチていない。
ただ、その他、設備の問題が大きく表に出ていた。
「あはは……お父さんとお母さんが若い頃に建てたものらしくて、今は、けっこうあちらこちらにガタが来てて……で、でも、掃除はちゃんとしています! お花も飾っていて、朝とかほっこりできるんじゃないかな、と。あとあと……」
「大丈夫だ」
ぽんぽんと、ガルドはニナの頭を撫でた。
「今更、やはり泊まるのは止めた、なんてことは言わない。パパに二言はない」
「そこは、騎士に二言はない、じゃないんですね……」
「本当にケチをつけているつもりはないんだ。ただ、このままだと宿の運営が大丈夫か、少し心配になってな……ふむ。よければ、補修をさせてくれないか?」
「え!? お客さんにそんなことさせられませんよ!」
「なに、気にするな。親は、娘のためになんでもしてしまうものだ」
「ニナちゃんを、さらっと娘にしないでくださいよ!? キモいですからね!?」
「しまった!? 親心を刺激されたものだから、つい……くっ、フィーネ、すまない。お前というものがありながら、パパは、浮気をするようなことを……本当にすまない! かくなる上は腹を切り……」
「だからそういう重い愛がうざがられているって、いい加減に気づいてくださいよ! この親ばか!」
ガルドは、セルカに全力で止められた。
具体的に言うと、剣でフルスイングされて止められた。
それを見ていたニナは、もはや笑うしかない。
「と、とにかくだ。補修した方がいいと言うのは確かなことではないか?」
「それは……そうですね」
「どうだろう、ニナ。俺達に補修をさせてくれないか?」
「で、でも……」
「なに。どうしても気になるというのなら、その分、ごはんを贅沢にしてくれ。一品、スイーツを追加するとか、そんな感じだ」
「……はい、わかりました。お願いします!」
ニナはにっこりと笑い、元気な声でお礼を口にするのだった。
――――――――――
「さて……まずは、壁の補修からいくか。セルカ、ニナ、見ているがいい! この『ガルド式・超拘束宿屋補修術』が、今ここに炸裂するっ!!!」
「……はい?」
「やめてください!? もうその『〇〇式』って時点で、大体失敗フラグなんですよ!?」
本気の悲鳴をあげるセルカ。
しかし、ガルドは気にすることなく、ヒビの入った壁と向き合う。
「ガルドさん、本当に修理できるんですか?」
「もちろんだとも、ニナ! 俺はこれでも聖騎士……壁のひとつやふたつ、造作もない!」
「壊す方の意味で造作もなかったですよね?」
セルカの声が突き刺さる。
だが、ガルドは聞いていない。
というか、聞いていても理解していない。
「まずは、ヒビの入ったこの壁からだな。いくぞぉぉぉぉっ!!!」
「なんか気合の入れ方が多すぎません!?」
「はっ!!!」
バキィィィッ!!!
「キャアアアアアアアアアア!!!?」
ニナの悲鳴とともに、壁が粉砕された。
薄汚れた壁板は見るも無残に吹き飛び、完全に『ただの穴』になった。
壁が息絶えた音が、どこかで鳴った気がする。
「……」
「……」
沈黙するセルカとニナ。
パラパラと落ちる木くずの音だけが無慈悲に響く。
「ふむ……少し力が強すぎたようだな。しかし、中途半端に壊すのも失礼だな。よし、次はこの梁だな!」
「もうやめなさいこのバカ!!!」
先輩とか偉大な聖騎士とか、そんなことはなにもかも忘れて、セルカは思い切りガルドを背中から蹴りつけた。
しかし、そこは最強の聖騎士。
軽くよろける程度で倒れることはない。
その頑丈さがやたら苛つく。
「あなたは! 力を使えば全部解決すると思っている!!!」
「しかし、力とは想いを伝える手段だろう?」
「なにその感動っぽいこと言って誤魔化そうとしているんですか!? 意味不明ですよ!? しかも伝わってるの木くずだけ!!!」
「ぐぬぬ……確かに、少しやりすぎたかもしれん」
「少しどころじゃないですよ! 宿屋に開けちゃいけないサイズの風通しですよ!?」
「だが俺は、宿を直して、ニナに笑顔になってほしかっただけなんだ……」
「……っ……そんな、ずるい言い方しないでくださいよ」
しょんぼり背中を丸くするガルドは、いたずらをして飼い主に怒られた犬のようだ。
そんな姿を見せられてしまうと、セルカとしても、これ以上、怒ることはできない。
ふと、ニナが小さく手を上げて言う。
「じゃあ、今度は私も手伝ってもいいですか? お父さんが昔、トンカチの使い方を教えてくれたから……」
「ニナ、なんていい子なんだ……! くっ、抱きしめてもいいか!?」
「ダメに決まっているでしょう。そういうの、年齢関係なくセクハラですよ。キモいです」
「セルカは最近、フィーネに似てきたな? 俺のおかげか?」
「なんで、そこで誇らしげな顔をするんですか……」
何度もツッコミを入れているせいか、疲れてきて、声から覇気が消えていくセルカであった。
――――――――――
その後。
ニナに手伝ってもらい。
セルカの指導が入り。
三人で協力して、ようやくまともな補修が始まった。
ガルドが、外で適当な木を切り倒して、適当なサイズにカットする。
聖騎士の肩書は伊達ではなくて、こういう力作業なら得意だった。
そして、セルカとニナが木材を打ち付けていく。
そうして、最終的には、なんとか壁が『壁』としての形に戻った。
「……完成、ですか?」
「ああ、ようやくな!」
真新しい板が貼られた壁は、見違えるように綺麗になっていた。
隙間風もなくなり、少しだけこの宿が暖かくなったような気がする。
「うわぁ……ありがとうございます!」
「なに、気にしないでくれ。ニナの笑顔が見られるのならば、この命、惜しくない!」
「いや、惜しんでくださいよ!? DIYに命賭ける聖騎士とか、歴史史上初の珍事じゃないですかね!?」
「セルカ」
「な、なんですか……? 急に真面目な顔をして」
「どのような物事であれ、全力で取り組むのは当たり前だろう? 手を抜くことはいけない」
「うわぁ……先輩にまともなことを言われると、とても腹が立ちますね♪」
セルカはにっこりと笑い、腰の剣に手を伸ばした。
その意味を理解せず、ガルドは機嫌よさそうに笑うだけ。
なかなかにカオスな光景ではあったが……
「ふふ♪」
ニナは楽しそうに笑っていた。
「ニナ?」
「なんか、こんなにたくさん笑ったの、久しぶりかもしれません。お父さんとお母さんが出かけてから、ずっと、家に一人だったから……」
「……そうか」
「だから……ありがとうございます」
「どういたしまして。その笑顔がなによりも報酬だ」
ニナが笑い。
ガルドも笑う。
この瞬間、二人の心は確かに通じ合っていた。
「なんだか、ガルドさんとセルカさん、お父さんとお母さんみたいです」
「先輩と夫婦だけは本当に勘弁して!」
「セルカ!?」
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