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3話 アステナ村の少女

 空は青く澄み渡り、白い雲がゆっくりと泳いでいた。

 降り注ぐ陽の光を深緑の葉が受けて、風に揺れている。


 なだらかな丘が広がり、その向こうに湖が見えた。

 夏なら泳いでみたい、と思えるような、とても綺麗な湖だ。


 そんな自然豊かな場所に、アステナ村はあった。


「はい、到着しました。この小さな村が、アステナ村ですよ」

「……そう、俺はあの時、心から感動した! フィーネが立ち上がり、よたよたとしながらも初めて歩いたのだ! あの光景は、今になっても鮮明に思い出すことができる……同時に、ハラハラした気持ちも思い出せるな。転ぶのではないかと、いつでも受け止められる体勢を取り……」

「聖女様の話はもういいですからね!?」


 だいぶ大きな声で、セルカは本気で嫌そうに叫んだ。

 その表情は、フィーネそっくりだ。


 それも仕方ない。

 アステナ村に到着するまでの一週間の旅路……セルカは、ずっとフィーネの話を聞かされていたのだ。


 他に話題はないのか?

 ガルドの頭を疑うほど、ずっとフィーネの話を聞かされた。


「……すでに先輩の頭は手遅れでしたね」

「なんの話だ?」

「いえ。それよりも、アステナ村に到着しましたよ。いい加減、妄想は止めて現実に戻ってきてください。ってか、戻れ」

「おおっ、ここがアステナ村か! 空気がうまいな! それに、小鳥のさえずりが心に染みる……そう、まるでフィーネの寝起きボイスのような……」

「もうそれやめろ」


 ガルドが上司で先輩ということも忘れて、フィーネはジト目を向けた。


 ついでに、腰に下げた剣に手を伸ばす。


 もうこの親ばか先輩、斬ってしまおうか?

 たぶん、怒られないと思う。

 むしろ称賛されるような気がする。


 いいよね?

 いいよね?


「さあ、いくぞ! このアステナ村で、俺達の新しい生活が待っている!」


 ……フィーネの心が闇堕ちしそうになっていることにまったく気づくことなく、ガルドはひたすらに明るい声で言う。


 セルカがため息をこぼして。

 心労で胃がキリキリと傷んだのは言うまでもない。


 彼女は、旅を始めてから日課になった、胃痛の薬をぱくりと飲んだ。




――――――――――




「おや? あなた達は……」


 村の入り口に行くと、衛兵が不思議そうな顔をした。


「突然、すまない。俺は、聖女様の親衛隊、隊長で聖騎士を務めているガルド・エインズという者だ」

「先輩、初めての人には普通で余所行きの顔ができるから、厄介なんですよね……」

「セルカ?」

「いえ、なんでもありません。私は、同じく親衛隊所属、セルカ・レミエルと申します」

「え? ……あっ、は、はい!? ガルド様とセルカ様ですね!?」


 衛兵が慌てて敬礼した。

 こんな辺境に、突然、親衛隊がやってくれば当然の反応だろう。


「いや、なに。そうかしこまらないでくれ。突然、やってきたのはこちらなのだからな」

「んー……」

「どうしたんだ、セルカ? 突然、空を見上げて」

「いえ。先輩がまともなことを言うので、嵐が来るんじゃないかと思いまして」

「おおっ、そうか! そんなことも心配してくれるなんて、セルカは、やはりよくできた後輩だな!」

「嫌味ってことに気づいてくださいよ……」


 セルカのため息が止まらない。

 旅を始めて、通算、千回くらいのため息をこぼしただろうか?


「えっと……?」

「ああ、すまない。俺達は、ちょっとした任務でこちらのアステナ村にやってきたのだ」

「任務ですか? それは……」

「すまない。それを言うことはできない」

「そ、そうですよね。王都から……しかも、聖女様の親衛隊が……自分などにはとても口にできないような、恐ろしく高度で精密で、そして重要な任務なんですね!」


 実際は、「パパうざい」と娘に追放されただけなのだが……

 そんなことは欠片も表に出さず、ガルドは堂々とした態度で頷いた。


「どれくらいになるかわからないが、しばらくこの村に滞在したい。いいだろうか?」

「はい、問題ありません! むしろ、みんな、歓迎すると思いますよ」

「ありがとう。村に宿はあるだろうか?」

「えっと……」


 一瞬、衛兵は微妙な顔になる。

 ただ、すぐに表情を戻して、言う。


「あちらの方向に少し歩くと、『ひだまり亭』という宿がありますよ」

「そうか、ありがとう。セルカ、行こうか」

「はい、先輩」


 二人は衛兵に改めて礼を言い、その場を後にした。


 そして、歩くこと少し。

 

「ここが『ひだまり亭』か」

「……風情がありますね」

「ボロボロだな」

「私がオブラートに包んだというのに、この先輩という人は……!」

「すまない、誰かいるだろうか?」


 ぷるぷると怒りに震えるセルカに気づくことなく、ガルドは宿に入った。


 中は思っていたよりも広い。

 ただ、壁や床にヒビが入っているなど、宿としてはどうなのだろう? という有り様だった。


 静かで。

 そして、寂しさを感じさせる光景だ。


「はーい!」


 奥から、ひょこっと顔を出したのは、六歳くらいの少女だった。


 亜麻色の綺麗な髪を持つ。

 将来、とてつもない美人になって、たくさんの男を魅了するだろうと、そう思わせるような少女だった。


「って……あれ? 村のみんなじゃない……えっと、お二人は?」

「訳あって、今日から、このアステナ村で世話になることになった。そこで、しばらくここに泊まりたいのだが、部屋は空いているだろうか?」

「……」


 ぽかーん、となる少女。


「どうした? なにか問題が?」

「……ぶりの」

「うん?」

「村のみんな以外だと、半年ぶりのまともなお客様!!!」


 少女の瞳が、ゴゥッ! とやる気に燃えた。

 ……ような気がした。


「いらっしゃいませ! 部屋ならたくさん空いているので、好きなところをどうぞ。素泊まりなら、一泊銀貨一枚。食事ありなら、銀貨一枚と銅貨五枚。お風呂もセットなら、銀貨二枚になります! お風呂は薪焚きで、入りたい時は私に声をかけてください。ごはんは、朝と昼と夜の三回。もちろん、外で食べても問題ありません。その時は、やっぱり私に声をかけてくれると嬉しいです」

「おぉ……!? なんというプロフェッショナルな接客! この少女……やるな?」

「確かに……まだ幼いように見えるのに、とてもしっかりしていますね」

「えへへ、ありがとうございます」


 少女は照れくさそうに笑い、指先で頬をかいた。

 そんな仕草も愛らしく、庇護欲がそそられる。


「ところで……主人や女将は? キミが、今は留守番を?」

「お父さんとお母さんはいません。私一人で、宿をやっています」

「なんだって?」

「お父さんとお母さんは、今、ちょっと遠いところに行ってまして……二人が帰ってくるまで、私が宿を守っているんです!」

「なんと……くっ!」


 ガルドは、ふらりとよろめいて、片手で目頭を押さえた。


 このような少女が一人で宿を営んでいるなんて。

 家を空けている両親の帰る場所を守っているなんて。


 娘を持つ親として、ガルドの心に刺さりまくりの話だった。

 うるっと涙がこみあげてくる。


「あのー……お客さん?」

「キミ!!!」

「は、はいっ!?」

「今日から俺のことをパパと呼んでもいいぞ!」

「変態ですかっ!!!?」

「ぐは!?」


 今度はさすがに我慢できず、セルカは全力でガルドをしばいた。


 ……後に。

 パパと呼んでいい、という発言は、困っているのならなんでも力になる……という真意があったということが判明するのだけど、言葉のチョイスが最悪なので私は悪くないと、セルカはガルドをしばいたことを反省はしないのだった。

「楽しい!」と思ったその気持ちが、作者の原動力です。

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