2話 親バカ、酒場で語る
「……で、なんで私まで来てるんですかね?」
その夜。
酒場『三日月亭』。
王都の裏通りにひっそり佇む老舗の酒場で、ガルドは木のカウンターに肘をつきながら、しみじみとグラスを揺らしていた。
隣には、銀髪ポニーテールの女騎士、セルカ・レミエル。
ガルドの部下であり、将来を期待された新人騎士だ。
ガルドに武勇に憧れて騎士団の門を叩いた。
しかし、実際のガルドは親ばかで……
色々な想い、憧れが木っ端微塵に打ち砕かれたのは苦い記憶だ。
「セルカ……聞いてくれるか?」
「またですか」
「娘に、『パパうざい』って言われたんだ」
「……知ってますよ。というか、それ見てましたし」
ガルドはグラスを傾ける。
中身はアルコール度数の低いハーブ酒だ。
フィーネ子供の頃に、「パパにはこれ!」と決めたものだ。
以来、ずっとハーブ酒だけを飲んでいる。
親ばか、ここに極まれり。
「フィーネの成長は嬉しい……ようやく訪れた反抗期。今まで、それらしいものはなかったから、もしや成長が遅れているのではないか? と不安に思っていたのだ」
「え? 聖女様、かなり露骨にうざいオーラを日頃から発していましたけど、まさかそれ、気づいていなかったんですか?」
「フィーネの成長は嬉しい……そう、本当に嬉しい! しかし、娘にうざいと言われるのは、なかなかに堪えるものだな……」
「私の話、聞いてませんね?」
セルカがジト目を向けるものの、ガルドは構わずに酒を煽る。
「俺は、フィーネのことをとても大事にしてきたんだ。毎朝、手作り弁当を作り。昼は、聖女の任務の邪魔にならないように、柱の影からこっそりと見守り。そして夜は、健康に影響がないかどうか寝相を記録して……」
「もうやめてください。聞いているこっちが辛くなってきます」
「娘の成長記録、生まれた時から毎日欠かさず日記に綴ってきたんだぞ?」
「いやだから気持ち悪いんですよ!! それ!!」
周囲の客がちらちらとこちらを見る。
セルカは顔を赤くした。
視線から逃げるように、セルカもぐいっと酒を飲む。
「はぁ……こうして先輩のお酒に付き合うだけじゃなくて、どうして、私も辺境に行かないといけないんですかね?」
『パパだけだとなにをやらかすか心配だから、悪いけど、セルカも一緒についていってあげてくれる? お願い。ずっと追放するわけじゃないし、戻ってきたら、それ相応の待遇にするから』
そうフィーネに頼み込まれて、セルカもガルドについていくことになったのだ。
聖女の頼みとあれば断ることはできない。
セルカは、自分の性格をこの時ばかりは本気で呪った。
「やっぱり、王都で静かに任務をしていた方がよかったかも……」
「しかし俺は、セルカが一緒で嬉しいぞ」
「え? そ、そうなんですか……?」
「セルカは、いつも楽しいツッコミを入れてくれるからな!」
「それを求めないでくださいよ!!!」
このおっさん、酒瓶で殴り倒してやろうか。
セルカは本気でそんなことを考えて、酒瓶をぐっと握った。
「おや。あんた達、来てたのかい」
奥から女将がやってきた。
おかげで、セルカは蛮行を思いとどまる。
年季の入ったエプロンに、包み込むような笑み。
ガルドとは旧知の仲だ。
セルカも、こうしてガルドの付き合いで飲みに来ることが多く、顔を覚えてもらっている。
「ガルド。あんた、またフィーネちゃんの話で周りを困らせているんじゃないの?」
「? おかしなことを言うな、女将は。俺は、そのようなことで周りを困らせたことなんて、一度もないぞ」
「「……」」
セルカと女将は、この男マジか……?
と、戦慄した表情でガルドを見た。
もちろん、ガルドは本気である。
冗談などではなくて、心の底から出た、嘘偽りのない本心である。
娘に対する愛が上限突破して、バグっていた。
「女将……聞いてくれ。フィーネが、俺のことをうざい、と……ようやく反抗期が来たことは、とても嬉しい!」
「私が見る限り、ずっと昔から毎日来てましたけどね」
「しかし、しかしだ! うざいと言われてしまうのは、父親として、なかなか切ないところがある!」
「実際、うざいから仕方ないですよね」
「俺は、なにがいけなかったのだろう……?」
「全部じゃないですかね」
カラン、とグラスの中の氷が鳴る。
「セルカは、今日はなぜか厳しいな? 酔っているのか?」
「先輩の頭と比べたら、ぜんぜん正常ですよ。酔ってません」
「はっはっは、そう褒めるな。照れるだろう」
「……私、聖女様の苦労が理解できた気がします」
飲まなきゃやってられない。
そんな感じで、セルカは酒を飲んだ。
二人を見て、女将は苦笑して。
それから、どこか遠い目をして言う。
「……あの子も我慢していたのかもね」
「えっ」
「母親を早くに亡くして、頼れるのはあんただけ。だけど、あんたがいつまでも子供扱いをするから、早く自立しなきゃ、って思ったんじゃないの? それで、ついつい、うざいとか言っちゃったんじゃないのかね」
「……」
ガルドは黙った。
グラスの中で、ハーブの葉が静かに沈む。
「……そうなのだろうな。なんとなくは、わかっていた。娘が大人になろうとしている、と」
「先輩、それなら……」
「しかし、止められなかった。止められるわけがないだろう? だって……フィーネが可愛すぎるのだから!!!」
「うわ、重」
「ふふ。フィーネは、まだ親になったことがないからな。こういうところはわからないのだろうな」
「うわ、むかつきますね」
「セルカ!?」
「でも、まあ……ちょっとだけ、同情してあげなくもないですよ」
愛が重すぎて。
度々、暴走して。
人の話を聞かなくて。
ガルドは困った人ではあるが、しかし、『良き親』であると、セルカはそう思えた。
女将に追加の酒を頼み、ガルドとグラスを合わせる。
小気味いい音が響いた。
「で、明日からどこへ行くんです? 本当に辺境なんですか?」
「……地図の端にある、アステナ村というところだ。人は少ないが、自然が豊かで動物もたくさんいて、静かなところらしい」
「ふーん……ま、付き合いますよ。どうせ放っておいたら、辺境のどこかで親バカ爆発させてトラブル起こすでしょうし」
「ありがとう、セルカ。優しいな……キミは、俺の二番目の娘みたいだ」
「誰が娘だああああああああああぁーーーーー!!!」
今日一のツッコミが炸裂した。
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酒場の夜は深く。
ガルドとセルカの奇妙な旅が、今、始まろうとしていた。
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