10話 パパの愛は重く、そして、でかい
王都。
聖女の住まう神殿。
フィーネの私室に侍女が入ってきた。
「失礼します」
「あー……はいはいはい。また、パパからの手紙でしょ? そっちの予備の机に置いておいて。今、書類仕事でちょっと手が離せないから」
「いえ、それがその……」
「あれ、違うの?」
「はい。今日は、ちょっと特殊なお荷物が届きました」
「荷物? ……まあ、とりあえず部屋に入れて」
「かしこまりました」
侍女は、一度部屋を出て……
ズシンッ!
やたら重い音が響いた。
「でかっ!?」
振り返ると、そこにあったのは人よりも大きなぬいぐるみ。
ベースは、愛らしいシロクマ。
ただし、なぜか翼が生えていて尻尾が生えていて、おまけに角もついていた。
そして、顔はガルドにそっくり。
聖騎士ガルド・エインズ似の謎クリーチャー。
「ものすごくでかくてキモかわ……かわいい? 妙な愛らしさはありそうだけど、でも、やっぱりキモい……妙な迫力もあって怖いわ。ってか、これ、どうやって神殿に入れたの!?」
「兵士の方々が涙を流しながら、十人がかりで……」
「パパあああああああああっ!! またかあああああっ!!」
フィーネは、思わずその場にひっくり返った。
ショックを受けた動物が、ショックを受けて死んだふりをするのとよく似ていた。
「えっ、なんでこんなものが贈られてくるわけ!?」
「こちらのぬいぐるみ……ぬいぐるみ? これと一緒に、メッセージカードが添えられていました」
「見せてちょうだい」
フィーネは、侍女からメッセージカードを受け取る。
『最愛の娘フィーネへ パパより、はぁーと』
いつものうざい挨拶。
間違いなくガルドからだった。
フィーナは口元を引きつらせつつ、反射的にメッセージカードをビリビリに破りそうになるが、なんとか耐えた。
とりあえず、状況を知りたい。
『誕生日おめでとう。
少し早いが、パパからの贈り物だ。
ぬいぐるみの名前は「パパ神くん」だ!
パパと思って可愛がってほしい。
これなら、遠く離れていても寂しくないだろう?
パパより』
「ネーミングセンスが地獄!!!」
「地獄以上ではないかと」
ついつい本音がこぼれる侍女だった。
「では」と一礼して、部屋を後にする。
「……まったく」
頭を抱えるフィーネ。
その顔は赤く、ぷるぷると震えている。
怒りと羞恥、その両方だろう。
ただ、フィーネは、そっとぬいぐるみの手を握った。
「……ほんっと、こういうのばっかりだけど」
思わずくすりと笑みが漏れた。
ガルドはうざい。
とてつもなく過保護で、愛が重すぎて押し潰されてしまう。
愛の方向性もおかしく、暴走しないことを見たことがない。
それでも……
いつでもどんな時でも、ガルドは、フィーネの誕生日を忘れたことはなかった。
こうして、行き過ぎた暴走は見せるものの、ちゃんと祝ってくれる。
「……ママも、毎年ぬいぐるみくれてたわよね。もっと、普通のやつだったけど。あたしはすごく喜んで……で、それを見たパパが真似をして、パパもぬいぐるみをプレゼントするように……」
フィーナは、棚の奥から、小さな白うさぎのぬいぐるみを取り出した。
母からもらった最後の誕生日プレゼント。
「……あの時、なんであたしは……聖女なのに、ママを……」
ポツリとこぼれる独り言。
うつむくフィーネの肩が、小さく震えた。
誰にも見せない聖女としての苦しみ。
強く在ろうとする、少女の決意の裏にある影。
けれどそれは……
「だからこそ、あたしは……今度は、絶対に間違えないわ」
うさぎのぬいぐるみを胸に抱きしめて、フィーネはぽつりと呟いた。
「見守っていてね、ママ……」
――――――――――
「……ふぅ」
しばらくして。
フィーネは吐息をこぼして、ぬいぐるみを棚に戻した。
ぱちん、と自分の頬を軽く叩く。
「弱音はおしまい! あたしは聖女なんだから、もっともっとがんばらないと!」
よし!
と、フィーネは拳をぎゅっと握る。
やる気をみなぎらせて。
聖女らしく、気高く前を向いて。
「……で、これはどうしようかしら……?」
ふと問題を思い出して、げんなりした表情で、ガルドからプレゼントされたぬいぐるみを見た。
捨てたい。
燃やしたい。
空の彼方に放り捨ててしまいたい。
わりと本気で思うものの、一応、父からの誕生日プレゼントだ。
さすがに、それは酷い。
それと、後々でガルドに知られたら泣かれてしまいそうだ。
ガルドが泣くのは構わない。
別にどうでもいい。
しかし、いつも泣いてすがりついてきて、どうしてなんだ!? と問い詰められてしまうので、それは避けたいところだ。
うざい極まりない。
「……よし、決めた!」
……後日。
神殿の参拝者の列はいつもよりずっと長かった。
その目的は、ただ一つ。
「……あの像って、新しい守護神?」
「おそらく?」
「聖女様が与えた名は『パパ神くん』らしい……」
「意味不明だが、なんかこう、妙な神々しさがあるよな」
「『パパ神くん』に栄光あれ!」
こうして、王都の聖堂に謎の神が一柱、加わったのだった。
ここで、一度更新を停止します。
ちょっとした考えで、まったく別方向の切り口で書いてみたのですが……
色々とわかってきたような、わかっていないような?
ひとまず今後を考えたいので、一度、更新を停止します。