【報告】オッサンは実験、始めます
――言葉を、失った。比喩じゃなく、本当に。
スマホの画面に表示された「アップロード動画」の一覧。
そこにズラリと並んでいたのは、紛れもなく、俺がこの異世界に来てから「共鳴録画」アプリを使って動画で記録してきた映像の数々だった。
異世界に来た初日の、あの二つの月が浮かぶ光景。
今朝、湖畔で撮ったボサボサ頭の自撮りVlog。
崖の上で見つけた、虹色に輝く鳥を捉えた短いクリップ。
そして、さっきコメントが付いていた、神獣ヴォルトラとの遭遇シーン……。
問題は、俺がこれらの動画をアップロードした記憶が、全くないということだ。
それだけじゃない。動画のタイトルは、まるでファイル名みたいに、撮影した日付と時間らしき数字の羅列になっている。しかも……その横には再生数と「いいね」まで表示されてる!
『20240915_183055』(再生 23・いいね 2)
『20240916_071520』(再生 18・いいね 1)
『20240916_134811』(再生 31・いいね 3)
『20240916_150245』(再生 54・いいね 5)
「な……なんだこれ……再生されてる!?」
勝手にアップロードされて、無機質なファイル名みたいなタイトルが付けられて……。
いや、笑いごとじゃない。正直、気味が悪い。再生数こそ少ないが、確かに「見られている」という数字がそこにある。
(まさか……勝手にアップロードされてるのか?)
疑念が確信に変わりつつあった。でも、確かめないことには……。
俺は視線を彷徨わせた。さっき見つけた羽根付きトカゲは……あ、まだ近くにいた! のんびり地面を這っている。よし、あいつで試してみよう。
俺は再び「共鳴録画」アプリを起動し、今度は動画モードで、羽トカゲにカメラを向けた。
「えー……っと、テスト、テスト。これは実験です。この動画が、勝手にアップロードされるかどうか、確認しています……。目の前には、なんか羽根の生えたトカゲがいます。以上」
数秒だけ撮影し、録画停止ボタンを押す。
そして、固唾を飲んでスマホの画面を見守った。
すると……。
画面上部に通知のようなものが現れ、「アップロード中… 0%」というプログレスバーが表示された! バーはみるみるうちに伸びていく……!
「うわっ! やっぱり自動だ! マジかよ!」
確信した。このスマホ――いや、この「エテルネット」とかいう謎のシステムは、俺が「共鳴録画」アプリで動画として撮影したものを、俺の意思とは関係なく、勝手にI TUBEチャンネルにアップロードするらしい。
タイトルは、味気ない日付と時間の羅列になるみたいだが。
プライバシーはどうなってんだ?
もし、もっと個人的な……例えば、寝てる間のイビキとか記録してたら、それもアップされちまうのか? いや、それはさすがに……考えたくないな。
少しだけ冷静になって、アップロードされているのが「共鳴録画」で動画撮影したものだけ(のはず)だと自分に言い聞かせる。写真や、アプリを起動していない時の映像は大丈夫……だよな? なら、撮影する時だけ気を付ければ、とりあえずは大丈夫……か?
不安と疑念が渦巻く中、もう一度、コメントの付いていたヴォルトラの動画(タイトル『20240916_150245』)を開く。再生数54回。俺のチャンネルにしては、異様な数字だ。いいねも5つ付いている。
『今回の神獣?みたいなやつ、マジでヤバかった! 雷のエフェクト、ハリウッド映画かと思ったわw 個人でこれ作れるの凄すぎだろ……。投稿主さん生きてる?w 無理しないでくださいね!』
「……ははっ」
思わず乾いた笑みが漏れる。スマホの画面に向かって、俺は独りごちた。
「『エフェクト』……か。まあ、CGで作った映像とか、そんな風に思われてるんだろうなぁ。……だよな、異世界だなんて、普通は信じるわけないもんな」
うんうんと一人で頷く。……ちょっと虚しいけど。
でも。
それでも。
「……見てる人が、いるんだ」
少なくとも54回、この動画は再生された。そして、コメントをくれた人がいる。
その事実が、さっきまでの恐怖や動揺を、ゆっくりと溶かしていくようだった。
胸の奥で、忘れかけていた何かが、ポッと小さく灯る感覚。
地球で、俺は燃え尽きた。
仕事に追われ、動画制作への情熱も失って。
自分には才能がないんだって、そう思い込んで、全部投げ出した。
もう二度と、本気で何かを作ることはないかもしれないって、思ってた。
なのに、今。
この訳の分からない異世界で。
俺の撮った映像が、誰かに届いている。再生されている。
「……今度こそ」
呟きが漏れる。
あの時の失敗は、もう繰り返さない。
評価とか、再生数とか、そんなものに振り回されるのはやめだ。(……いや、今ちょっと再生数見てテンション上がったけど! それはそれ!)
楽しもう。
このあり得ない状況を。
この、驚きと危険に満ちた世界を。
俺自身の目で見て、感じて、そして、記録する。
それが、今の俺にできることだ。
「最高の素材が、目の前に無限に広がってるんだもんな」
神獣、不思議な生き物、未知の植物。これから出会うかもしれない人々。
この世界の全てが、最高のコンテンツになるはずだ。
自動アップロード機能は、正直言ってまだ気味が悪いし、不安もある。
でも、見方を変えれば、これはチャンスだ。
面倒なアップロード作業をしなくても、勝手に世界に発信してくれるんだから。これを利用しない手はないだろう。
「よし……!」
俺は意を決して、スマホを操作した。
チャンネル設定画面を開き、長年放置していたチャンネル名を削除する。
そして、新たな決意を込めて、新しい名前を入力した。
『エテル探索者の実験室』
うん、悪くない。
この異世界「エテルニア」(仮称)を探求し、色々なことを試してみる「実験室」。
今の俺には、これがしっくりくる。
この瞬間から、俺は異世界動画クリエイター「エテル探索者」だ!
……よし、今度はちょっとだけ、しっくりきたぞ! 気のせいか?
これから、どんな動画を撮っていこうか。
まずは、やっぱりこの世界の風景や生き物を紹介していくのが基本かな。
サバイバルの様子も、リアルに伝えれば需要があるかもしれない。「崖っぷちオッサンの異世界奮闘記」って感じで。
アザリア村に着いたら、村の人たちとの交流も撮りたい。言葉が通じるか分からないけど、そこも含めてドキュメンタリーだ。
考え始めると、自然と口角が上がる。
地球じゃ、もう忘れていた感覚だ。このワクワク感。
もちろん、不安がないわけじゃない。
俺みたいなオッサンが、今さらクリエイターとしてやっていけるのか。
そもそも、この異世界で生き延びられるのか。
でも、今は、やれることをやるだけだ。
「さてと!」
スマホをポケットにしまい、俺は顔を上げた。
目の前には、どこまでも続く異世界の森。
「まずは、腹ごしらえと寝床の確保! 生存、最優先!」
希望と、たくさんの謎と、ほんの少しの恐怖を抱えて。
俺は再び、未知の森へと歩き出した。
オッサンの異世界サバイバル、セカンドシーズン(仮)。
どんな波乱が待っているのか、楽しみになってきたぜ!