――その頃、地球のどこか。
深夜。
モニターの光だけが、暗い部屋に浮かび上がっていた。
ヘッドホンをつけた若者が、食い入るようにパソコンの画面を見つめている。
画面に映し出されているのは、I TUBEチャンネル**「デザインと日常のマイクロワールド」**。
彼はこのチャンネルのかなり初期、まだ投稿者が地味な自身のVlogや、日常のマイクロ撮影動画――苔とか水滴とか、マニアックだが息をのむほど美しい映像だった――を上げていた頃からの、数少ないチャンネル登録者の一人だった。
丁寧な映像作りとデザインへのこだわりに好感を持っていたのだ。
だが、そのチャンネルは数日前から奇妙な変化を遂げていた。
本人のアナウンスもなく、異世界の光景としか思えない、リアルすぎる映像が淡々とアップロードされ続けている。
まだ、ごく一部の者しか知らない変化だ。
当初は手の込んだCG作品か何かの企画かとも疑われた。
しかし、映像の異常な生々しさや、時折聞こえる投稿者の演技とは思えない反応を見るうちに、「まさか本物では?」という、ありえない考えが頭をよぎるほどだった。
今、若者が再生しているのは、例の異世界映像の中でも特にインパクトのあった動画。
雷を纏う白い獣が、天変地異のような巨大な雷撃を呼び出そうとしている(?)かのごとき瞬間だ。
超高画質の映像が、神々しい獣の姿と、空間を歪めるほどの雷光の明滅を克明に映し出している。
(CG……いや、違うな。なんだ、この生々しさは……?)
若者は眉をひそめる。
ヘッドホンからは、臨場感あふれる風の音や放電音。
そして、撮影者自身の恐怖が伝わる息遣いが聞こえてくる。
個人制作とは思えないクオリティ。手間がかかりすぎている。
本物では?……いや、それはないよな...と。
若者は何度も過る思考を打ち消すように首を振った。
コメント欄は……まだ空っぽ。
路線変更と説明不足に、既存の視聴者も戸惑っているのだろう。
若者は少し迷った後、意を決してキーボードを叩いた。
この映像が本物であれ偽物であれ、このクオリティと、画面の向こうで必死に生きようとしている(ように見える)投稿者への、敬意と応援の気持ちからだった。
『今回の神獣?みたいなやつ、マジでヤバかった! 雷のエフェクト、ハリウッド映画かと思ったわw 個人でこれ作れるの凄すぎだろ……。投稿主さん生きてる?w 無理しないでくださいね!』
エンターキー。
静かな部屋に、クリック音だけが響いた。
「このオッサン、マジで異世界に行っちゃったんじゃないか?」
半信半疑ながらも、そんな思いが強くなっていた。
「最初の動画から、もう一回見直してみるか……。なんか、伏線とか、ヒントとかあるかもしれんし」
若者は、異世界シリーズ最初の動画をクリックした。
二つの月が浮かぶ、あの不思議な夕景へ。
画面の向こうで繰り広げられる、一人の男の孤独な記録。
それが作り物なのか、本物の異世界の記録なのか。
まだ誰も、真実を知らない。
異世界動画への、記念すべき最初のコメントが書き込まれた瞬間だった。
ただ、その冒険に、初めて地球からの「声」援――コメントが届いたのだ。