【衝撃展開】新生物を激写!→即バレで大ピンチ!
俺は昔から、異常なほど目が良かった。
視力検査ではいつも一番下のランドルト環まで判別できたし、その観察眼はデザインの仕事でも役立った。
その視力が、崖の上から見下ろす遥か遠くの草原――森の手前あたりで、陽光を反射して白くうごめく巨大な影を捉えたのだ。
目を凝らす。瞬きも忘れ、全神経を視覚に集中させる。
かなりの距離がある。普通の視力なら、ただの白い点か背景の染みにしか見えないだろう。
白いこと、そして大きな四つ足の獣のようなシルエットであることだけがかろうじて分かる。
だが、それだけではない。放つ雰囲気が尋常ではなかった。
後光が差すような神々しさと、近寄りがたい威圧感。気のせいか、体表自体が淡く発光しているようにも見える。
「……なんだ、あれは……?」
正体不明の存在は、猛烈な好奇心を掻き立てた。危険かもしれない。それでも、確かめたいという欲求が抑えられない。
(そうだ、こんな時のためのスマホじゃないか!)
俺は咄嗟に崖の縁から少し下がり、ごつごつした岩陰に身を隠す。慎重にポケットからスマホを取り出した。バッテリー残量は68%。まだいける。
「こんな規格外の存在……記録しないわけにはいかないだろ!」
クリエイター魂なのか、記録魔の性なのか。この常識を超えた光景を映像に残したい。震える指で「共鳴録画」アプリを起動し、動画撮影モードにした。
息を止め、岩陰からそっとレンズだけを覗かせる。ファインダー越しに遠方の白い影を捉え、画面上のズームスライダーを慎重に、震える指で最大まで引き上げた。
瞬間、息を呑んだ。
スマホの画面いっぱいに、信じられないほど鮮明な姿が映し出されたのだ!
「うおっ……!? なんだこの解像度は……!?」
(さっきの小鳥も綺麗に撮れたが、レベルが違う! これもエテルアプリのおかげか!?)
手の中のデバイスがただの通信機器ではないことを改めて痛感する。裸眼では曖昧だった白い影の、驚くほど詳細な姿がそこにあった。
——【白い生き物の詳細】——
それは、優美な馬のようにしなやかな四肢を持つ体だった。しかしどこか龍を思わせる気高い顔立ちをしている。頭部からは、まるで古木の枝のように複雑に分岐した、白く輝く巨大な角が見事に天を突いていた。
体表は磨き上げられた真珠のように純白の光沢を放つ。たてがみや豊かな尻尾は、それ自体が発光しているかのように青白い光を帯びて風に美しくなびいていた。神聖、という言葉がこれほど似合う存在を、俺は知らない。
さらに目を凝らすと、その白い体表には、キラキラと輝く無数の光の粒子が集まり、吸い込まれていくのが見える。まるで光を呼吸しているかのようだ。
俺はただ、ファインダー越しの非現実的な光景に圧倒されていた。
「神獣……とか、そういう存在なのかな……?」
漏れ出た声には、畏敬と少しの恐怖が混じっていた。
見ていると、白い生き物の周囲で輝く光の粒子が、徐々に密度を増していくのが分かった。
それはやがて輪郭を持ち始め、目に見える青白い電光となって体表を激しく走り出した。
バチッ! バチバチッ!!
優美なたてがみや立派な角の先端からも、激しいスパークが絶え間なく散っている。
遠すぎて音は聞こえないが、画面越しにもそのエネルギーの凄まじさが伝わってくる。空気が歪んでいるようにすら見える。
「うわっ、電気……!? 放電してるぞ!」
(やっぱり見た目通り、ただものじゃない! ヤバそうだ……!)
「バチバチ言ってる……。あれに触れたら、一瞬で黒焦げだろうな……」
何が起こっているのか理解できないが、この光景は記録しなければならない。異世界に来たからこそ見られた奇跡だ。祈るような気持ちで、俺は録画を続ける。
画面の中の白い生き物は、依然として激しい放電現象を纏い続けている。
一体、あれは何なんだ……。ただの獣でないことは明らかだ。普通の生き物のはずがない。
その正体が気になって仕方がない。
(……そうだ! 図鑑機能!)
俺は一旦、動画の録画を停止し、データを保存した。
「『知恵の書庫』の生物図鑑……! これで名前だけでも分かれば……!」
カメラモードを写真に切り替える。『知恵の書庫』の図鑑登録機能は、静止画の撮影で自動的に発動するはずだ。
再びカメラを構え、慎重に白い生き物へとレンズを向ける。
ちょうどその時だった。
白い生き物の真上の空が、まるでインクを垂らしたかのように、急速に暗転し始めたのだ。
分厚い暗雲が渦を巻き、その中心部が禍々しい紫色の電光を帯びて、激しく明滅している。
ゴゴゴゴゴ……!!!!
地響きのような重低音が、この崖の上まで明確に届いてくる。空気がビリビリと震え、肌が粟立つような強烈なプレッシャー。本能的な恐怖がこみ上げる。
「な、なんだ……!?」
(さっきの放電とは違う! 天気が急変した!? 雷、来るのか!?)
空に渦巻く暗雲の光は収束し、凝縮し、今まさに巨大な一本の稲妻となって、眼下の白い生き物めがけて落ちようとしていた!
天罰、という言葉が脳裏をよぎるほどの凄まじいエネルギーだ。
(この瞬間を、撮るしかない!)
俺は息をのみ、スマホを構える両手にグッと力を込める。手汗で滑りそうだ。
落ちる――!
「――今だッ!!」
心の中で絶叫し、シャッターボタンを強くタップした!
カシャッ!
小さな電子音が鳴る。
まさに、その瞬間。
落ちてきたはずの、世界を焼き尽くさんばかりの紫電の稲妻が、地上に到達する寸前で、まるで幻だったかのように……。
フッ……。
消えた。
あまりにもあっけなく。
まるで、俺がシャッターを切ったことが、何かのトリガーになったかのように。
「え……? 嘘……消えた……?」
何が起こったのか、すぐには理解できなかった。俺は呆然と呟く。
見間違いじゃない。この目で、そしてスマホの画面越しにも、確かに捉えていたはずだ。あの凄まじい稲妻が、忽然と、跡形もなく。
その時、ブルルッ、とポケットの中のスマホが短く震えた。通知だ。
画面には信じられないメッセージが表示されていた。
『魔法図鑑機能が知恵の書庫に追加されました』
『解析可能な魔法パターンを検出。「雷霆震天」の基本情報を記録しました』
「……魔法図鑑? 追加機能だと?」
「雷霆震天……って、まさか、さっきの雷のことか!?」
「え、これも記録できんのかよ、このスマホ!」
驚愕と同時に、背筋を冷たいものが走る。嫌な予感が頭をもたげた。
「……ってことはだ……」
(まさかとは思うが、あのヤバそうな雷が消えたのって……俺が写真撮ったせい、とか……?)
写真を撮ったタイミングでの稲妻消滅と、このメッセージ。偶然にしては出来すぎている。
まるで、シャッターが魔法を「記録(あるいは吸収?)」したかのようだ。
「いやいやいや、まさかな……。そんな漫画やゲームみたいな……」
(……いや待て、もう十分、漫画みたいな状況にいるのか、俺は)
必死に否定しようとするが、この異世界では自分の常識など何の役にも立たない。
「……いや、それよりも、あいつは!?」
「あの白い生き物はどうなったんだ? 無事なのか?」
思考を切り替え、神々しい生き物の安否を確認する。スマホのカメラを起動し直し、再びズームで最大まで寄ってみる。
画面には、周囲の放電が嘘のように収まり、ただ静かに立ち尽くす白い生き物の姿が鮮明に映し出されていた。特に怪我をしている様子はなさそうだ……。
安堵しかけた、その時。
その表情――いや、その目に気づいた。
(……ん?)
なんだ? 今のは……気のせいか?
スマホの画面越しだぞ? それなのに……今、確かに目が、合った、ような……?
いや、断じて気のせいじゃない!
「……見てる。こっちを。間違いなく」
高性能ズームで捉えたその神秘的な顔は、明らかにこちらを認識している!
あの理知的で、底知れない力強さを秘めた輝く瞳が、真っ直ぐに、この崖の上に隠れている俺を捉えている!
ゾワッ!!
全身の毛が一斉に逆立つ。
本能が、脳内でけたたましく警鐘を乱打していた。
(マズい、マズいマズい! ヤバい、と!)
「なんで……!? バレた!? どうして!?」
(嘘だろ!? 直線距離でも相当あるはずだ! 岩陰に隠れて、レンズしか出してない! 見つかるわけがない……! なのに、なんで正確に俺の場所が分かったんだ!?)
パニックに陥った思考と、画面の中の白い生き物の姿がブレたのは、ほぼ同時だった。
青白い閃光が迸る。
まるで雷の筋そのものが走ったかのような眩い残像を残して――。
次の瞬間、その神々しい姿は掻き消えていた。
「えっ……!? き、消えたっ!?」
あまりの出来事に、思考が追いつかない。
慌ててカメラのズームを元に戻し、草原全体をもう一度見渡した。
だが、あの巨大で目立つ白い生き物の姿は、草原のどこにも見当たらない。
一瞬にして、完全に。
「どこいったんだ!?」
(も…もしかして逃げたのか? いや、あの様子だと……!)
混乱したまま、崖の縁ギリギリまで再び身を乗り出し、必死にその行方を探す。
ヒュー……。
崖の上は遮るものがなく、強い風が容赦なく吹き付け、バランスを崩しそうになる。必死で堪えながら、目を皿のようにして草原を見渡すが、影も形もない。
さっきまで確かにあそこにいた、あの圧倒的な存在感とプレッシャーは、完全に消え失せていた。
風の音と、自分の荒い呼吸音だけが、やけに大きく耳につく。
静寂が、逆に恐怖を煽る。
(一体どこへ……? あの速度は尋常じゃない。瞬間移動でもしたとしか思えない……!)
見つかった、という確信。そして、相手が常識を超えた存在であるという事実。
諦めきれずに、なおも草原を睨みつけていた、まさにその時。
「――バスヘト・ジャウクァン・イェルドゥラ?」
すぐ、真後ろから声がした。
何の気配も、足音も、存在感すらも、全くなかったはずの場所から。
凛とした、それでいて荘厳な響きを持つ、しかし全く意味の分からない異国の言葉が、俺の鼓膜を物理的に震わせた。
(声……!? いつ、後ろに!?)
(どんな声だ? 凛としてる? 荘厳? わからない、そんな分析、できるわけがない!)
(ただ、すぐ、すぐ後ろに『何か』がいる! あの白い生き物だ!)
(その絶対的な恐怖と、理解不能な状況だけが思考を真っ白に塗り潰していく!)
瞬間、全身の血が逆流し、凍りつくような感覚に襲われる。
「ひっ……!?」
声にならない、空気の漏れるような音だけが喉からかろうじて出た。
振り向けない。
体が、まるで石になったかのように完全に硬直し、鉛のように重く、指一本動かせない。
金縛り、というレベルではない。生命としての本能的なフリーズ。
ここは崖っぷちだ。
背後には、常識を超えた未知の存在。
逃げ場はない。
終わった、と。
脳が理解するよりも早く、意識が遠のきそうになる感覚だけが、やけに鮮明だった。