異世界を旅して分かる非日常と希望
太陽の光が葉っぱの間からキラキラと差し込む森の中、俺はフィーラの後ろを歩く。
フィーラは慣れた様子で、ひょいひょいと先を進んでいく。
時々、振り返ってくるのは、「ちゃんとついてきてる?」って俺を気遣ってのことだろうか?
……まあ、勝手な思い込みかもだけど
足元の小道は、思ったよりも歩きやすい。
「誰かが手いれしてるのか?」
独り言を呟く。もちろんフィーラには通じない。だが黙って歩くよりは気が紛れる。
その時、前方を歩くフィーラがピタッと止まり、右手を上げた。
「え?」
なにかあったのか? 俺もその場で足を止める。
シン……と静かになった森の中で、草むらが揺れる音が聞こえた。
カサカサ……ピタッ。
カサカサ……ピタッ。
なにかが動く音…魔物か!?
もし、そうなら俺がフィーラを守らなくては!
そんな考えを巡らしていると、草むらからピョーーーン!と、勢いよく【ホーンラビット】が飛び出してきた!
「あいつは!」
最初に遭遇した時の恐怖が蘇る。あいつの突進、めちゃくちゃ速くてヤバいんだ!
なんとかフィーラを守らないと―――
俺がフィーラの前に出ようとすると、フィーラは片手で俺を静止した。
「レスタ・バクル・ナー」
ジェスチャーからして、たぶん「下がってて」みたいな意味なんだと思う。
内心焦りまくる俺とは正反対に、フィーラは背負っていた弓をゆっくりと構えた。
その動きには一切の無駄がなく、まるで水が流れるように自然だった。何百回、いや何千回と繰り返してきたんじゃないかってくらい、体に染みついている感じがする。
こちらに気付いたホーンラビットが、短い前足で地面をダンッ!ダンッ!と叩き始めた。突進してくる合図だ!
フィーラは冷静に、ギリギリと弓の弦を引き絞る。
森の空気が、ピンと張り詰めた。
一瞬の静寂。
ビュンッ!!
放たれた矢は、吸い込まれるようにホーンラビットの首筋へと飛んでいき―――深々と突き刺さった!
あれだけ勢いのあったホーンラビットは、声もなく、その場に崩れ落ちる。あっけないほどの幕切れだった。
「おおっ! すげえぇぇ!」
思わず大きな声が出てしまった。
フィーラは、俺の声に少し照れたように笑うと、すぐにホーンラビットに駆け寄り、手早く処理を始めた。その手際の良さを見ていると、こういう狩りが日常なんだと分かる。
肉は食料になるとして、毛皮は何かに使うんだろうか。角は……何に使うんだろう?
フィーラは処理を終えると、肉や毛皮を小さな袋に収め、背負っていた荷物に加えた。無駄なく、すべてに価値を見出す姿勢が印象的だ。
森の出口付近
再び歩き出して十分ほど経った頃だろうか。道が急に途切れた。
見上げるほど太い幹が、道を跨ぐように横たわっていたのだ。これじゃあ、どうやったって通れない。
「うわ、これじゃダメだなー…。迂回するしかないか…」
だが、周囲は密集した茂み、切り立った大きな崖がに囲まれている。
簡単に迂回できそうな場所ではない。
どうしようかとフィーラに目をやると、彼女は「任せて」と言わんばかりに自信ありげに微笑んだ。
フィーラは、倒木に向かって両手をそっと差し出し、静かに何かを唱え始めた。
「リュベル・ハレオス・ミンドゥラ」
その瞬間、倒木の周りが、淡い青色の光にふわりと包まれたかと思うと……巨大な木が、ゆっくりと地面から浮かび上がったのだ!
「うおおおおおっ!?!?」
思わず、変な声が出た。
フィーラは、まるで指揮者みたいに優雅な手の動きで、宙に浮いた巨木を道の脇へと誘導していく。
あんなにも重そうな木をいとも簡単に数メートル離れた茂みのまで移動させた。
「すごいなー」
あれは風の力を使ったものなのか?
いや、それなら周りにも風の影響があるはずだ。じゃ重力系か?
それとも上から力をかけて引っ張り上げている?
俺は、いろいろ考えを巡らせる。
この異世界に来て、魔法を見たのはこれで2回目だ。
一回目はヴォルトラの雷撃だった…が、あの時は、自分の命の危険もあったので、ゆっくり考察する事は出来なかった。
でも今は違う。安心安全な特等席で、フィーラの魔法を観察し考察できるのだ!
「もしかしたら、俺も魔法を使えるようになれるんじゃ!」
よし、またフィーラと喋れたら聞いてみよう。
一仕事を終えた、フィーラが近くに駆け寄ってくる。俺はフィーラに向かって親指を立てた。最高のグッドサインだ。
フィーラは、やっぱり少し照れくさそうに肩をすくめて、「これくらい普通だよ」と言いたげな顔をした。
「普通じゃないから! すごすぎるから!」と伝えられるなら伝えたい。
彼女にとっては当たり前のことかもしれないけど、俺にとっては衝撃的すぎる体験だった。改めて異世界にいるんだな、と強く実感する。
道が開けたので、俺たちは再びアザリア村を目指す。
森を抜けたそこは、空まで届きそうな崖に挟まれた一本道がつづいていた。
ありがたい事に、ここの道も非常に歩きやすく、移動は苦にならなかった。
その道をひたすら30分ほど歩く…すると崖の終わりが見えてきた。
先には白い煙がもくもくと立ち上っているのが見える。
もしかして……?
フィーラが満面の笑顔で、小走りで先へ行きながら俺を手招きしている。
「ま、待ってくれって!」
一本道の終わり。追いついた俺を待っていたフィーラが、前方を指差した。
そこには―――俺が想像していたよりも、ずっと大きな村が広がっていた。
「あ……」
思わず声が漏れた。
人の気配。生活の匂い。
茅葺の屋根が見える。石を積み上げた壁も。小さな家々がいくつも覗いている。
遠くからだけど、子供たちの楽しそうな笑い声まで聞こえてくる…気がする。
「やっと……やっと着いたんだな……」
不意に緩みそうになる涙腺を叱咤するように、ぐっと目頭を押さえた。
そんな俺の顔をフィーラが嬉しそうにのぞき込んでくる。
ちょっと!フィーラさん、今は空気を読んで見ないおくれ。
感情を落ち着け、改めて正面の光景を目にいれる。
「これがアザリア村か……」
まずはスマホのバッテリー問題だな!それをなんとかしないと始まらない!
そしてエテルネットの謎や、可能なら元の世界に帰る方法も…
「やることが山ほどあるな…」
その時フィーラが、ぽん、と俺の肩を軽く叩き、村の方へと歩き出す。
俺は一つ、大きく深呼吸をして、決意を込めてその後に続いた。