旅立ちの朝
キュッキュッキュッ キュロローーン
聞いたことのない鳥のさえずりで目を覚ました。
「よく寝れた……と言いたいところだが、あまり寝れなかったな」
俺は横で、いまだ寝息を立てて眠る少女に目をやる。そして、頭をポリポリとかく。
「なんで、こんなことになったんだかなー」
いや、変なことは断じてない。ないのだが……。
こんな美少女が隣で寝ていると、変な気持ちになってしまうのは男の性なので許してほしい。それに、何も思わないのもフィーラに失礼だろう。
きっとこういう思考が、女性にとってはセクハラにあたるんだろうな。
ミニスカートをはいている女性の話もそうだ。自ら楽園を覗かせながら、見てしまうと実は地獄でした、というのが世の理。
「見られたくなければミニスカートをはくな!」なんて声をあげた先代のおっさん達もいた。その意見には十二分に納得ではあるが、それによって失うかもしれない社会的信用に比べたら、見ないに越したことはない。
ちなみに隣のフィーラはと言うとしっかり着込んでいる。上下茶色の、布の服。この世界のパジャマ的なものだろうか?
見えるか見えないかで言えば……見ようと思えば見える、かもしれない。ただ、さっきも述べた通り、信用を捨ててまで見ようとは思わない。
「っていうか、知らんヤツの横で普通に眠るとか、無防備すぎないか?」
その声が聞こえたのか、フィーラがゆっくりとまぶたを開けた。
目が合うと、彼女は「んー」っと伸びをしながら言葉を発した。
「リュン・モルナー・ダ」
「ああ、おはよう」
お互い、それが挨拶なのかもわからない。だが、何となくちゃんと通じ合えている気がした。
それはフィーラも感じているようで、俺の返答ににこりと笑顔で応えてくれた。
よし、この笑顔は裏切らないようにしよう。俺が紳士であろうと決めた瞬間だった。
**朝食を終えて**
フィーラが身支度を整え始めた。
身支度と言っても、荷物は少ない。昨夜作っていた薬らしきものと、黄色にぼんやりと輝く石、そして弓だ。
「おおお、やっぱりエルフと言えば弓だよなー!」
思わず漫画やゲームの知識で反応してしまった俺に、フィーラは首を傾げて「?」という表情を浮かべる。
とりあえず、フィーラにグッドサインを送っておく。何度も同じ行動を繰り返す、これがおっさんの習性だ。テストに出るから覚えておくように。
フィーラは用意した輝く石――正確には、輝く石がはまったキーホルダーのようなもの――を俺に差し出した。
そして、自分の持つ似たような輝く石をぎゅっと握りしめ、大切にしまうジェスチャーをする。
「大切に持ってろってことだな! わかった」
これが一体何なのかはわからない。きっとお守りか何かだろう。もしかしたら、身を守るための魔法道具的なものかもしれない。
俺は、スマホの入ったポケットに一緒に入れることにした。ちょうどチャックが付いているポケットなので、貴重品はそこに入れるようにしている。
フィーラは自分の荷物を肩にかけると、小屋の扉へ向かう。
そして振り返り、手で「行くよ」と促すようにジェスチャーをした。
「よーし、出発だな」
俺は一つ深呼吸をして立ち上がった。
バッテリーの切れたスマホをポケットに押し込み、フィーラのお守りが入っていることも確認する。
アザリア村まで無事にいけるだろうか…いつか充電の方法は見つかるだろうか…
不安と期待が入り混じる気持ちを抱えながら、俺たちは小屋を出た。
耳をくすぐる鳥のさえずり。木々を揺らす風の音。足元を濡らす朝露。
全てが地球とは違う、異世界の朝の風景だ。
フィーラは森の小道を行く手に指差し、俺に続くようにと微笑んだ。