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これ以上のモノは味わえない【至高の異世界スープ】

 フィーラが俺の額に自分の額を当ててきた。


 熱を確かめる動作だとわかってはいる…が、これほど美しい少女の顔がすぐ間近にあると、さすがにドキドキしてしまう。


「ちょっと、近い近い……」


 思わず呟いたが、当然伝わるはずもない。年甲斐もなく頬が熱くなるのを感じる。熱が再び上がったと勘違いされないことを祈るしかなかった。


 熱を確認したフィーラは、小さく頷くと薬草の棚へと向かった。手際よく数種類の葉や根を取り出し、調合を始める。その動作は無駄がなく、何度も繰り返してきた慣れた様子だ。


 調合が終わると、フィーラは木製のカップに緑がかった液体を注ぎ、俺に差し出した。


「ナーヒラ・シュドゥナ」


 そう言いながら、くいっと自分の口に運ぶような仕草をする。どうやら「飲んで」という意味らしい。


 オッサンになると健康診断や薬を飲む機会も増えてくるもので、薬への抵抗はそれほどない。「良薬は口に苦し」と覚悟して一気に飲み干す。


 予想に反して、薬は驚くほど飲みやすかった。味はほぼ無味だが、柑橘系の爽やかな香りがどこか心地よい。


「うまい! もう一杯!」


 「まずい! もう一杯!」とどこかで聞いたセリフを言うつもりだったのに、思いがけず美味しかったので言葉が変わってしまった。オッサンは一度言おうと思ったネタは、たとえ滑っていても言わずにはいられないんだよな。これがさらにオッサン化を加速させている気がしてならない。


 額に乗せるような湿布を用意する気配がないところを見ると、熱は下がったということだろう。


 そのままフィーラは、もう一度休むようにと横になるジェスチャーをした。俺は素直に従い、再び眠りについた。


 * * *


 次に目を覚ましたのは、おいしそうな食事の香りに誘われてだった。外は暗くなっている。夕食の時間らしい。


 周りを見渡すと、最初は単なる薬草庫かと思っていたこの部屋には、意外と生活用品が揃っていることに気づく。棚には様々な容器や布、壁にはかご細工や木彫りの装飾品がかけられている。


 目が覚めた俺に気づいたフィーラは、すぐにパタパタと駆け寄り、また額を合わせてくる。この行動だけは何度やられても慣れない。どうにか他の方法はないものだろうか。


 熱を確認した後、フィーラは部屋の端にあるテーブルに小走りで向かい、椅子を引いて手招きした。


「リュン・セト・ゥラ」


 たぶん「座って」という意味だろう。スマホがなくても言葉がわかるよう勉強しなくては。


 俺はベッドから立ち上がる。昨日のだるさが嘘のように体が軽い。椅子に座ると同時に、平たい皿に入った白いスープがテーブルに置かれた。


「おお、これはおいしそうだ」


 スープには見慣れない形の野菜と肉らしきものが入っており、ミルクのような濃厚な香りが漂う。色合いからして、シチューに近いものだろうか。


 俺は木で削られたスプーンで食事を口に運んだ。その瞬間、思わず涙がこぼれた。この世界に来てから初めての、まともな食事だ。無理もない。


 突然の俺の涙にフィーラは慌てた様子で、何やらジタバタとジェスチャーを始めた…が今度は何をしているのか全くわからない。うん、でも可愛いからよしとしよう。


「フィーラさん」


 少女の名前を呼び、俺は親指を立てて「グッド」のポーズをとった。


「美味しいよ」


 言葉は通じなくても、気持ちは伝わったようだ。少女は俺を見て、笑顔でグッドサインを返してくれた。


 そして俺たちは向かい合って、静かに食事を続けた。時折視線が合うと、お互いに微笑み合う。言葉が通じなくても、なぜか居心地の悪さはなかった。


 食事を済ませた後、フィーラは俺に一連のジェスチャーを見せた。まず両手を重ねて頬に近づけ、目を閉じる——寝るという意味だろう。次に起きるジェスチャー、そして自分と俺を指差し、歩く仕草。


「アオヤマ・タクト、フィーラ、ヴィレ・アザリア メロ」


 俺たちの名前に続いて「アザリア」という言葉が聞き取れた。まぁ、要約すると、明日、二人でアザリア村に出発するということで間違いないだろう。


「わかった」


 俺はうなずいた。これでようやく目的地に向かえる。フィーラの助けがなければ、湖畔で命を落としていたかもしれない。そう思うと感謝の気持ちでいっぱいになった。


 バッテリー問題は解決できるかわからない。もしかしたら、このままスマホは使えなくなるのではないか。そんな不安がよぎる。


「大丈夫だ! きっとなんとかなる!」


 暗い寝床の上で、天井を見つめながら自分に言い聞かせる。


 スマホの謎のアプリ「エテルネット」と、この世界の名前「エテルニア」。この偶然とも思えない一致が、何かの糸口になるかもしれない。こんな漠然とした理由だけで、なんとかなると思い込む自分もいる。


 まるでラノベみたいに招かれた世界で、ここまでご都合接待は全くなかったけど、どうか明日こそは幸運が訪れますようにと願いながら、俺は目を閉じた。

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