【解読】古代の文字と帰還の可能性
目の前の壁にびっしりと刻まれた、複雑な幾何学模様。
文字なのか、模様なのか……さっぱり分からないが、明らかに人工的なものだ。
そして、何か得体の知れない雰囲気を放っている。
「……なんだこれ、気味悪いな」
独り言が漏れる。
ここは洞窟の奥の、さらに奥。湿気も少なく、手前の空間よりはマシだが、この壁画(?)のせいで、なんだか落ち着かない。
(……記録、しておくか)
こんな奇妙なもの、そうそうお目にかかれるもんじゃないだろう。
後でじっくり観察するためにも、写真に撮っておこう。
俺はスマホを取り出し、「共鳴録画」アプリを起動。写真モードに切り替えた。
壁全体を収めようと、少し後ろに下がり、カメラを構える。
ファインダー越しに、壁の模様を捉えた、その瞬間。
ピロリン♪
軽快な電子音が鳴り、画面表示が切り替わった。
カメラのプレビュー画面の真ん中に、緑色の四角い枠が表示され、その枠が壁の模様全体を捉えている。
「は? なんだこれ? まるで……QRコードリーダーみたいだ」
壁の模様が、単なる「絵」としてじゃなく、何かの「コード」として認識されている?
意味が分からない。俺が何か操作したわけじゃない。カメラを向けただけだ。
次の瞬間、画面中央にメッセージウィンドウが表示された。
『古代エテル・ノードを検出しました』
『保護されたデータ領域へのアクセスを試みますか?』
『[はい] / [いいえ]』
「古代エテル・ノード……? データ領域へのアクセス……?」
ますます訳が分からない。
エテル……? そういえば、スマホに勝手に入ってたアプリ群のフォルダ名も『エテルネット』だったな。何か関係があるのか?
保護されたデータ領域、ってのも気になる。アクセスして大丈夫なのか?
下手に触ると、スマホが壊れたり……いや、それよりヤバいことが起こったりしないか?
……でも。
ここで引き返すのは、性に合わない。
好奇心が、恐怖心を上回った。この先に、何か重要な情報がある気がする。
俺はゴクリと唾を飲み込み、意を決して、画面上の『はい』をタップした。
ゴゴゴゴゴ……
低い地響きのような音が響き渡る。
驚いて顔を上げると、目の前の壁が、ゆっくりと横に開き始めた!
「うわっ!? 開いた!?」
隠し扉だ! まるで映画やゲームの世界じゃないか!
壁は完全に横に移動し、その奥には新たな、小さな空間が現れた。
広さは……四畳半くらいだろうか。石造りの、シンプルな小部屋だ。
そして、その部屋の奥。正面の壁に立てかけるようにして、一枚の巨大な石板が置かれていた。
高さは俺の身長よりも高く、幅も両手を広げたくらいあるだろうか。黒っぽい、滑らかな石の表面に、例の壁画と同じような、複雑な古代文字がびっしりと刻まれている。
「……石板……? なんだこれ……」
恐る恐る近づき、表面をライトで照らす。
びっしりと刻まれた文字は、やはり全く読めない。だが、単なる模様ではなさそうだ。明らかに何かの情報を伝えようとしている。
石板の上部には、ひときわ大きく、何かを象徴するような紋章のようなものと、その下にタイトルらしき文字が刻まれている。そして、本文らしき細かい文字が続く。いくつかの図形……腕輪のような円環や、星図のようなものも描かれている気がする。
(古代の……記録か何かか? この世界の歴史とか……?)
これも記録しないと。後で何か解読のヒントが見つかるかもしれない。
俺は石板全体を収めるように、少し離れてスマホを構えた。
ピッ。
『古代文明の記録媒体(石板)を検出しました』
『対象物の解析を開始……完了』
『「古代図鑑」機能が知恵の書庫に追加されました』
『対象物の基本情報を古代図鑑に記録しました』
「古代図鑑! やっぱり!」
生物、植物、魔法、鉱物に続き、これで5つ目だ。
早速『知恵の書庫』を確認する。新しい「古代図鑑」フォルダの中に、今撮影した石板の情報が登録されていた。
表示されているのは……石板全体の画像と、上部のタイトルらしき部分の拡大画像。そして、その横には……。
『記録媒体:石板 / 年代:推定1万年以上前 / 内容:エテル文字による記述。解読不能』
「……だよなぁ! 分かってたよ!」
思わずツッコミを入れる。まあ、古代文字だもんな。現代(?)のスマホで簡単に読めるわけない。
だが、諦めきれず、俺は古代図鑑の画像を拡大し、タイトルらしき部分や、図形の部分を食い入るように見つめた。
(この円環のマーク……やっぱり腕輪に見えるよな……? こっちの星みたいな図は……世界、とかそういう意味か? で、この矢印みたいなのは……移動? 渡る?)
読めない文字の中から、形や配置でなんとなく意味を推測しようと試みる。
腕輪……世界……渡る……?
(……もしかして)
一つの可能性が、頭の中に閃いた。
(これって……何か特別な『腕輪』があれば、『世界』を『渡る』ことができる……って、そういう意味なんじゃないか……!?)
もちろん、根拠なんてない。ただの希望的観測だ。
でも、もしそうだとしたら?
世界を渡る……元の世界に、帰れる……?
「……!」
心臓が、ドクンと大きく跳ねた。
元の世界へ帰る方法。ずっと心の奥底で探し求めていた、その可能性。
それが、こんな場所で、こんな形で見つかるなんて……。
もちろん、まだ何も確定していない。解読不能な文字を前にした、俺の勝手な妄想だ。
でも、もし万が一、この推測が当たっていたら……?
(……調べる価値は、ある……!)
がっかりしかけた、その時。
スマホの画面に、さらに新しい通知が表示された。
『全系統の図鑑機能が解放されました』
『マスターキーの認証を確認。「共鳴録画」アプリの拡張機能がアンロックされます』
「ん? 拡張機能?」
図鑑コンプリートのボーナスか?
俺は「共鳴録画」アプリを起動し直してみる。
「お、なんかアイコン増えてる!」
画面の隅に、カメラと虫眼鏡が組み合わさったような新しいマークが追加されていた。
タップすると、ヘルプメッセージが表示される。
『拡張機能「リアルタイム・アナライズ」が有効になりました。動画撮影中に、被写体を自動認識し、関連する図鑑情報をリアルタイムで表示します。動画撮影を中断することなく、静止画キャプチャによる図鑑登録も可能です』
「……おお……!」
思わず感嘆の声が漏れる。
動画を撮りながら、同時に写真も撮れて、図鑑情報までリアルタイムで確認できる……。
「これ……かなり便利そうだぞ!」
今までは、何か見つけるたびに動画を止めて、写真撮って、図鑑見て……ってやってたけど、これがあればその手間がなくなる。動画を回しっぱなしで、スムーズに情報を提供できる。図鑑登録の撮り逃しも減るだろう。
これは……配信活動の質が格段に上がるぞ!
『エテル探索者の実験室』、いよいよ本格始動って感じだ!
興奮冷めやらぬまま、俺は改めて目の前の巨大な石板を見た。
こいつの解読が進めば、本当に元の世界へ帰れるかもしれない。
そして、手に入れたこの新機能があれば、探索も配信も、もっと効率的にできる。
「よし! やることが、見えてきた!」
外はまだ嵐のようだが、俺の心には確かな目標と、強い希望が生まれていた。
壁の模様、石板の謎、そして帰還への可能性……。やるべきことは山積みだ。
「……今日はもう、ここで休もう」
幸い、この隠し部屋は手前の空間よりずっとマシだ。臭いもないし、乾燥している。
俺は落ち葉の寝床をこちらに移動させ、石板の前に座り込むような形で壁にもたれた。
スマホの新しい機能をいじってみたい気持ちもあったが、さすがに疲労がピークだ。それに、バッテリーも節約しないと。
目を閉じると、すぐに睡魔が襲ってきた。
嵐の音も、ここでは少し遠くに聞こえる。
(明日起きたら、まずはこの石板を、新しい機能でもう一度しっかり記録しよう。そして……絶対に解読してやる……!)
そんな決意を胸に、俺の意識は深い眠りへと沈んでいった。