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洞窟の奥の奥

 森の中を、俺は半ば駆け出していた。

 鉛色の空がますます低く垂れ込め、生暖かい風が木々を激しく揺さぶる。

 遠くで轟く雷鳴が、確実に近づいてきている。


「くそっ、どこか……どこかないのか!?」


 焦りが全身を支配する。このまま森の中で嵐に遭うのはマズすぎる。

 必死に周囲を見回し、雨風をしのげる場所を探す。


 ゴロゴロゴロ……ドォォン!


 ひときわ大きな雷鳴が轟く。もうすぐそこまで来ている!

 その時、崖のような場所の下に、黒い影を見つけた。洞窟だ!


「あった! あそこだ!」


 最後の力を振り絞り、崖下の暗がりへ駆け込む。

 洞窟に飛び込んだ直後、ザァァッと激しい雨が降り出した!


「はぁ……っ、はぁ……! 危ねぇ……!」


 間一髪。外は暴風雨だ。洞窟の中から見ると、滝のようだ。

 息を整え、洞窟の中を見渡す。入り口は狭いが、中は思ったより広い。

 だが、鼻につくのは湿気とカビ、そして獣の糞尿のような嫌な臭い。


「うへぇ……快適とは言えねぇな」


 壁も床もジメジメしている。まあ、外の嵐よりはマシか。

「……仕方ない。今夜はここで我慢だ」


 俺は少しでもマシそうな場所を探し、入り口から数メートル入ったところに腰を下ろした。

 獣の気配は……なさそうだ。


 湿った地面に落ち葉を敷き、寝床を確保。

 次に火起こしだ。体を温めたい。

 サバイバル知識として知ってはいたが、実際にやるのは初めてだ。

 洞窟の中で比較的乾いていそうな木の枝を拾い集め、火種になりそうな枯れ葉や木の皮も用意する。


 そして、原始的な方法――木の棒を別の木の板に当てて、ひたすら回転させる「きりもみ式」を試みる。


「……う、腕が……!」


 慣れない作業に、すぐに腕がパンパンになる。煙は少し出るものの、肝心の火種がなかなか生まれない。洞窟の中は湿気がひどく、条件が悪すぎる。


「くそっ、これじゃ埒が明かない……!」


 きりもみ式を諦め、今度は火打石になりそうな硬い石を探す。いくつか拾ってきて、石同士を勢いよく打ち付けてみるが、たまに小さな火花が散る程度で、枯れ葉に移るほどの火は起こせない。


「ダメだこりゃ……。火も諦めるか」


 結局、火を起こすことはできなかった。

 冷えた体を温める術はない。


 諦めて、今日の収穫を取り出す。

 ゴツゴツポテトは生じゃ無理だ。酸っぱいファイアベリーをいくつか口に放り込んだ。


「……すっっっぱ!!」


 顔をしかめながら飲み込む。空腹は……少しマシになった、か?


 外は激しい雨音と風の音、そして時折響く雷鳴。

 落ち葉の上に横になり、パーカーを体にきつく巻き付ける。

 地面からの冷気と、洞窟の嫌な臭いがキツい。

 疲れているはずなのに、なかなか寝付けそうになかった。


(……ん?)


 横になっていると、顔に微かな空気の流れを感じた。

 入り口からじゃない。洞窟の奥からだ。


(風……? 奥から吹いてる?)


 最初はただの浅い洞窟だと思っていた。奥行きは……せいぜい8メートルくらいか?

 入り口から少し入ったところで休んでいたから、奥はよく見ていなかった。


 好奇心がむくむくと湧いてくる。

 目が暗闇に少し慣れてきた。俺はゆっくりと体を起こし、洞窟の奥を凝視する。

 ……やっぱり、壁だ。行き止まりに見える。


(気のせいか……? いや、でも確かに風を感じる)


 気になって仕方がない。俺はスマホを取り出し、ライト機能をオンにした。

 白い光が、湿った洞窟の壁を照らし出す。


 入り口から数メートル入った地点にいた俺は、そこからさらに奥へと、壁際を伝いながらゆっくり進んでみた。

 最初に目測した通り、洞窟全体の奥行きは8メートルほどだろうか。すぐに突き当りの壁が見えてきた。


「……なんだ、やっぱり行き止まりか」


 ライトで壁全体を照らしてみる。ただの岩壁だ。風を感じたのは気のせいだったのか……。

 そう思った瞬間。


 壁の右下あたり。地面から少し浮いた高さに、縦に細長い亀裂が入っているのを見つけた。

 幅は……人一人がギリギリ横向きになれば通れるかどうか、というくらいだ。


「なんだ、これ……?」


 スマホのライトで、その隙間の奥を照らす。

 中は真っ暗だが、光が届く範囲で見る限り、通路はそれほど長くない……ように見える。2メートルか、3メートルか。その先は少し広がって、スペースがあるように見えた。

 そして、この隙間から、さっき感じた微かな風が、確かに吹き出してきている!


「……通路になってるのか?」


 危険かもしれない。狭い場所で何かに出くわしたら逃げ場がない。

 でも、好奇心には勝てなかった。もし、この先に安全でマシな空間があるとしたら?


 俺は意を決し、スマホを片手に、その狭い隙間に体を横向きにして滑り込ませた。

 壁に背中とお腹を擦り付けながら、カニ歩きのように慎重に進む。息苦しいほどの閉塞感だ。


「うっ……せまい……!」


 予想通り、通路は短かった。2メートルほど進むと、体が不意に自由になり、少し開けた空間に出た。

 広さは……さっきまでいた洞窟の手前部分と同じくらいだろうか。

 そして、驚いたことに、ここはさっきまでの場所と違って、嫌な臭いがほとんどしない。空気も乾燥している。


「なんだ……? こっちの方が全然マシじゃないか」


 俺はスマホのライトで、その新しい空間の壁をぐるりと照らしてみた。

 すると、正面の壁に、何かがあることに気づいた。


 それは、文字……なのか?

 あるいは、何かの模様……?


 壁一面に、俺の知らない、複雑で幾何学的なパターンが、びっしりと規則的に刻まれていたのだ。

 明らかに、自然にできたものではない。

 誰かが、意図を持ってこの壁に刻んだとしか思えない、人工的なデザイン。


「なんだよ……これ……」


 古代文字? 魔法陣? それとも……?

 分からない。だが、この無機質で、それでいて何か強い意志を感じさせる模様は、ただならぬ雰囲気を放っていた。


 俺は、ライトに照らされた謎の模様から、目が離せなくなっていた――。

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