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第3話 光輝の選択

 表面上はハッピーエンドを迎えた。光輝と優、2人の笑い声に誘われて、机に突っ伏していた日向が顔を上げる。


「ちょっと!私を置いてきぼりにしないでよ」


「ごめんね。置いてきぼりにしたつもりはないんだけど」


 光輝は暴れ出しそうな日向をなだめる。


「私と優、どっちがより光輝君を知っていて、どっちがより光輝君を好きかって話でしょ?」


 置き去りにされ過ぎた日向は、少しズレた対戦を始めようとする。


「いいわよ。その対決買った」


「そんな対決するまでもない。俺の方が絶対好きだし。俺の方が知ってるよ。男同士で理解してきたこともあるし」


 日向に売ってもない勝負を買われた優は、既に勝利を手に入れた者の表情で迎撃する。負ける事など想定していない、余裕と自信が見て取れる。


「確かに同じ性別だから理解できることもあるかもしれないけど、私は今日まで男として光輝君と過ごしてきたのよ?だから、濃密な話を沢山聞いてきたわ。男同士としてね」


「日向ちょっと待って。何を話す気?」


 日向の言う濃密な話に、光輝は心当たりがある。日向と2人きりだったから話してきた事もたくさんある。今まで男だと思ってした会話がたくさんある。それに気付いた光輝は青ざめるしかなかった。


「光輝君、大丈夫だよ。やばい話は隠しといてあげるから」


 言って日向は、得意気にバッチリとウィンクをした。


「まず、光輝君のタイプね。光輝君は、ボーイッシュな女の子と男の娘が好きなんだよ。ねえ?」


 日向の問い掛けに、光輝は声は出さず頷きのみで答える。日向が持ち出した性癖の話。光輝にとっては、気安く掘られたくないデリケートな部分。


「ボーイッシュな女の子って完全に私の事でしょ?だから光輝君は、優より私の方が好きなんだよ」


 日向はエッヘンと言わんばかりの誇らしげな顔で語る。


「それなら俺は男の娘だぜ?」


 光輝の好みの該当者はもう1名いる。男の娘である優だ。光輝が男の娘が好きな事を隠せば、この対決を有利に進められたかもしれない。日向の正直な性格が仇となった。


「た、確かに。ここは一旦引き分けね」


「いや、俺の勝ちだよ」


「どうしてよ?」


「そもそも、光輝が1番好きなのは間違いなく金髪ギャルだよ」


 優は確信を持って話す。光輝は真顔で観戦する。


「何で決めつけられるのよ?ボーイッシュな女の子が1番好きかもしれないでしょ?そんな金髪ギャルなんて安直な存在、光輝君の1番な訳ないよ!実際、光輝君もそう言ってたし!金髪ギャルは2軍だって。ねえ?」


 日向に向けられた視線に、光輝は歯を食いしばり目を背ける。過去の自分に追い詰められる気分は最悪だと知った。口を閉ざした光輝に代わって、優が日向に説明を始める。


「いいか?男は男相手には、性癖を少しだけ尖らせたくなるもんなんだよ。男の娘にボーイッシュ。尖り度で言えば中の上程度だが、光輝にしては全力だったんだよ。未熟な男ほど、異端なモノを好めばデカい顔できると思い込んでるんだ」


「そうなの?じゃあ結局、光輝君の1番は金髪ギャルって事なの?」


「そうだ。光輝は異端なモノを好きでありたいと思ってるだけのミーハーな男だ」


 優と日向、2人の視線が集まり光輝は堪忍して口を開く。


「そうだよ。俺は普通の感覚を持ってる、つまんない男だよ」


 生気を失った光輝はボソリと呟く。


「私はそんな見栄っ張りな光輝君も好きだよ」


「ありがと」


 純度の高い日向の笑顔に、光輝の荒んだ心が晴れる。


「それは置いといて、話を戻そう。いいか日向?俺は今、金髪ギャル男の娘状態だ。世界的に見てもかなり需要のある存在だ。対して日向、お前は少年味溢れる褐色少女。せめて1人称を僕にでもして、僕っ子にでもなれば顧客は増えるんじゃないか?何にせよ、俺の勝ちだろ」


「私は光輝君以外求めてないし。胸より器の大きい女が好きって言ってたけど、これ足してもちょっとアンタには勝てそうにないわね」


 日向は自分の胸部を見て、ショボくれながら言う。追加情報を聞いて優は、勝ちをより自分のものにしていた。胸より器の大きい女、それは絶対に光輝に男だって知られる前の自分の事だろう。そう確信していた。


「じゃあ、次は光輝君をどれだけ知ってるかの勝負ね」


「望むところ」


 優は勝負に挑む前の顔つきを見せるが、先のやり取りの中で勝ちを確信していた。同じ男だ。異性の日向よりも、同性である自分の方が理解できる思考は多い。

 

「優、アンタ光輝君の夢は知ってる?」


「夢?悔しいが知らないな。お前は知っているのか?」


 光輝は心当たりのない、ピンとこない顔をしている。夢なんて照れくさい事を、日向に話した記憶はなかった。


「知ってるよ!とっびきりの奴をね!」


「聞かせてくれ」


 光輝は変な話を暴露されるのではないかと、息を呑んで見守る。


「光輝君が考える20歳になる年限定の恋人との理想の過ごし方ね。恋人の誕生日が自分よりも後なら、誕生日にお酒飲むのを我慢して、恋人の誕生日に一緒にお酒を飲みたいって」


「日向、ちょっといいかな?それ恥ずかしいアレだから話すのは、ちょっとやめて欲しいな~」


 光輝は思い出した。自分がした顔から火が出かねない話を。


「えー?何で?恥ずかしくなんかないよ。これ聞いた時、素敵な考え方だなって思ったもん」


「ま、まじで?」


 光輝は日向の言葉を疑いながらも考えを巡らせる。日向が馬鹿にせずに話を最後まで聞いてくれたからこそ、自分の中でこの話が印象強く残っていないのかもしれない。故に鎮火。


「続きを聞かせて欲しいな」


 優が話の続きを所望すると、日向は小動物にエサをやる時のような優越感を抱えた顔つきになる。話す気満々の日向を見て、光輝は諦めて静観することにした。


「で、恋人の誕生日が自分より先なら、ちょっと悪い一面を見せるつもりで、ルールを破ってお酒を一緒に飲むって。自分が恋人のためならルールすら破れる男だとアピールしたい。そして、それを止めながらも、最終的には受け入れるような人と付き合いたいって」


「悪くない。素敵だな」


 言って優は、高価な食事を噛み締めるように頷く。


「本気で言ってくれるの?こんなん完全に笑い者にされると思ってたんだけど。あー、ほら。顔が暑くてたまらない」


 光輝は立ち上がって、顔を両手であおぐ。


「夏だからね」


「じゃあ、そう言う事で」


 光輝は、季節に罪をなすり付ける日向に便乗する。


「あと私が光輝君について知ってるのは、生野菜が苦手なことかな」


「え?そうなの?」


 優は今まで無表情無関心を貫いていたが、堪らず興味津々で聞き返す。


「うん。優と一緒の時は頑張って食べてるけど、私と2人の時は光輝の分を私が食べてるんだよ」


「それは知らなかったな。だけど、俺だって色々知っている。次は俺の番だ。光輝と付き合うのは絶対に俺だからな」


 意気揚々と話し始めようとする優に、光輝は待ったをかける。


「え?僕との交際権を賭けて戦ってたの?」


「そりゃ、そうでしょ」


「私は別に、光輝君が優と付き合っちゃうのが嫌だから。そうなるくらいなら、私が光輝君と付き合う」


 急激に飛躍し混乱する中、光輝は1番気になる質問を2人にする事にした。


「そもそも2人はなんで性別偽ってたの?」


「女に飽きたから」


「私は告白されるのが鬱陶しくなっちゃったの。断るのも楽じゃないのよね」


 性別を偽るなんて、普通の人間がする事じゃない。そんな事をしている人間がいるのなら、よほどの理由があるに違いない。そして、その理由を話すのも、躊躇ってしまうほどの深い事情がある。光輝はそう考えていた。にも関わらず、何の躊躇いもなくあっさりと教えてくれた、優と日向の2人に光輝は驚いた。同時に伝えられた理由の大小は、自分には計りかねると思った。


「要するに、俺はモテる側の人間に弄ばれていたと」


「モテる奴を射止める奴が、恋愛的食物連鎖の頂点にいるんだよ」


 優は、熱い視線を光輝に送りながら言う。


「でさ、どっちと付き合うの?」


 日向の問いに光輝は即答する。


「どっちもはダメ?」


「それは絶対に嫌!」


 優と日向、2人の声と意見が重なる。この話し合いは昼休みの間どころか、一生を費やしても終わる気がしない。

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