第2話 日向のカミングアウト
固唾を呑んで日向の次の言葉を待つ光輝に比べて、優は多くの者が嫌がる発表を、一足先に終えたような余裕のある表情で見守っている。
「私は優君と逆でさ、女なんだよね」
意を決して告白をした後、日向は親に怒られる事を怯える子どものように、目を閉じてビクビク震えている。
「だろうな」
優は日向のカミングアウトに一切動揺しない。まるで最初から、それを知っていたかのような冷静さ。
「え、マジすか?確かに、男にしては顔が可愛いなとは思ってたけど」
光輝は多少の落ち着きを失ったが、女だと思っていた優が男だと知った時に比べれば、冷静と言っても過言ではない。
「えー?マジで女の子なの?」
「うん」
光輝の再確認に頷き、日向は財布から学生証を取り出した。
「うわっ!可愛い」
光輝は本心を大幅に漏らす。学生証の写真の日向は髪が長く、ワイルドで少しヤンチャなお姉さん感がある。学生証の写真と違い、今の日向は髪も短く少年味の溢れる少女という感じだ。程よく焼けた肌がワンパクさを助長している。
「へえ〜、髪を伸ばすと日向さんは、こうなるんですね」
「え、何で敬語?」
「いや、そりゃあさ、今まで男だと思ってた友達が女の子って分かったら、緊張しちゃうじゃん」
「そうなの?せっかく仲良くなったんだから、呼び捨てでいいよ。もちろん、タメ口でもいいし。今まで通り接してよ」
「や、やったー。あ、なんか、日向から急にいい匂いして来たー」
言われた光輝は、アクセル全開でいつも通りを取り戻す。
「ちょっとやめてよー。気持ち悪いよ」
日向は軽く笑いながら言う。日向の表情と声を見れば、冗談で言っていると分かるはずなのに、光輝の心には『気持ち悪い』という言葉が重くのしかかる。今までして来たやり取りが、相手が女子というだけで心に与える影響が違う。光輝は心に負った傷を日向に悟られぬよう、泣くように笑ってから俯いた。
「日向、お前自信満々で学生証出したけどよ、これには性別なんか書いてないぜ?」
フェードアウトした光輝に代わり、優が日向の相手になる。
「え?」
優の指摘に、日向は机の学生証を手に取り確認する。
「あれ?本当に書いてないじゃん。ずっと性別書かれてるもんだと勘違いしてた」
「つまり、お前が女って証明はまだ出来てないって事だ」
突然敵意を剥き出しにする優に対して、日向は怪訝な表情を浮かべてから、呆れたように笑いながら話す。
「何?私疑われてるの?アンタみたいに証拠を見せろってこと?可愛い顔して変態ね。中身はちゃんと男ってことね」
「もうそんなのに興味なんてねえよ」
「そっか。アンタは男を好きになるような、女装をしてる男だもんね。女に興味なんて無くて当然か」
優と日向の会話は、険悪な方向へヒートアップしていく。
「ちょ、ちょっと。2人とも喧嘩とかしないでよ。喧嘩より旅行の行く先決めようよ」
光輝は、睨み合う優と日向の間に割って入る。
「コイツと一緒に行くなんて嫌だよ!」
「私こそお断りよ」
2人はそっぽを向く。対立する2人を見てアタフタする光輝に、優はとろけるような甘い声で話しかける。
「日向なんかほっといてさ、2人で行こうよ旅行。私たちなら一緒にお風呂も入れるよ?」
優は大きな目を細めて光輝を見つめる。蛇ののように絡みつく優の視線に、光輝の顔はすぐに赤くなる。
「ちょっと!何で私がハブられる側にならなきゃいけないの!?アンタが喧嘩売ってきたんじゃない!?」
自分を仲間外れにしようとする優に、日向は黙っているわけにはいかない。
「うるさい。俺は光輝の事が大好きなんだよ。お前はどうなんだよ?」
「は、はあ?そんなの好きに決まってるじゃん。友達としてね」
「好きって感情を分類分けするのはやめろよ」
優は眉を顰めて鋭い声で言い放った。日向はその声に気圧され、反論はやめて話の続きを聞く事にした。
「友達として好きとか、人として好きとか、恋愛的に好きだとか、好きを細分化する必要なんかない。好きって感情を細分化して、好きって気持ちを薄める行為なんかするな。好きが辿り着く答えは、死ぬまで一緒に居たいだ。つまり、お前は俺の恋のライバルになる」
優の素敵な自論を披露された日向は、自分の心と向き合い整理を始める。
「ダンマリか。だったら、お前は光輝と旅行する権利も資格もねえよ。旅行は俺と光輝の2人で楽しんでくる。土産話でよければ、くれてやるよ」
さっきまでの威勢はどこに、日向は俯いて黙り込む。
「優?そんなにね、強く当たらなくてもいいじゃんね?仲良くしようよ」
光輝は静かになった日向を気に掛けて、優に優しく注意をする。
「光輝、なんだよお前。女の味方か?」
「え?いや、そんなつもりじゃ」
「お前、俺のこと好きだったろ?」
「ギグゥ、急に何の話だよ?」
光輝の浮かべる表情は図星そのもの。
「結局、お前も女が好きなんだろ?女だと思ってた時の俺が好きなだけだったんだろ」
優は消え入りそうな震えた声で、光輝を問い詰める。
「そ、そりゃあ、俺は普通に男だもん。女の子が好きだよ」
涙目になる優にお構いなしに、光輝は素直な言葉をさらっと吐く。光輝は目が潤む優を見て、すぐ泣きそうになるところも、女の子っぽいなと最低な事を考えていた。
「俺はお前の好みに頑張って近づいたのに、この金髪だって、飯だって少なくして痩せたのに」
「俺の好み?」
「そうだよ。お前、わざと俺に聞こえるような声で日向に話してたろ。金髪ギャルが好きだって。だから俺は金髪にして、ギャルっぽくスキンシップを増やした」
光輝は冷や汗が体内で生まれる瞬間を自覚した。
「お前は卑怯な奴だった。全部、日向との会話の体にして、俺に要望を送りつけてきた。俺は努力した。好きな奴の願いにはなるべく答えたいから」
光輝は頭皮から汗がじんわりと滲み出てきた事を感知した。この汗の正体は夏ではない。
「お前は俺の事を、口約束を交わしてないだけの彼女だと思ってただろ。気持ち良かっただろ。勝手に自分に服従するような顔のいい女と過ごせて」
「いや、その、悪かったよ。完全に調子乗ってた。優が金髪になってさ、めっちゃ可愛かったから嬉しくて。その、色んな要望しちゃってた」
「でも、結局女が好きなんだろ?可愛くても男の俺じゃダメなんだろ?」
言って優は、表面張力の涙目で光輝を見つめる。少しでも心が動けば涙が溢れてしまう。
メンヘラかよ、コイツに男は向いてなかったな。これが光輝の率直な感想。だが、そんな汚い本心は誰にも見せない。
「正直びっくりしたよ。優が男だって分かった時はさ。でも、ガッカリはしてない。確かに優の見た目は好きだったよ。めっちゃ可愛いからさ。でも、俺が好きになったのは優の魂だ。好きって気持ちに何ら変化はないよ。優と死ぬまで一緒にいられたらなって、そう思うよ」
光輝の弁明を聞いて、優の目に溜まった涙はみるみる消えていく。
「これからは、俺も自我を溢れさせるからな」
優は目を擦りながら言う。
「うん。望むところ。今まで隠してた本当の優を見せてよ」
「うん!」
優は子どものように頷いて、最高の笑顔を光輝に見せる。
「やっと笑ってくれた。笑顔も可愛いね」
「ばか」
光輝に可愛いと言われ、優は小さな声で呟いて顔を赤くする。チョロいな。そんな思いを込めた笑顔を、光輝は披露する。




