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第1話 優のカミングアウト

 大学の昼休み。食堂の券売機に行列ができ、食堂内は人で溢れている。人混みを嫌う者や静けさを求める者たちは、大学の各階に設置されたテーブルに着いて昼食を取る。3階のトイレの近くに設置された丸いテーブル。そこにコンビニで購入したパンやおにぎりを食べながら、談笑する3人の男女がいた。


「ねえねえ。もうすぐ夏休みじゃん?3人で旅行とかいかない?」


 1個目のおにぎりを食べ終え、2個目のおにぎりのラベルを剥がしながら、奥村光輝が2人に提案した。


「んー、旅行か~」


 気乗りはしないが、それを相手に悟らせないための大きめの声。そんな小賢しい行為をするのは、サンドウィッチをネズミのようにチビチビと食べる宮本日向。前向きでないにしても反応を示す日向をよそに、会話に全く参加する気配を見せない人物がいた。日向の右横に座る松岡優は、光輝の提案に顔を上げることもなく、無心でヨーグルトを口に運ぶ。


「あれ?2人とも、あんまり遠出とかしたくないタイプ?」


 日向と優のお互いがお互いに返答を任せた結果、沈黙が生まれた。


「もしかして、俺たちって一緒に旅行するほど仲良くない?俺だけ盛り上がり過ぎてる?」


 青ざめた顔で確認する光輝の声は裏返っていた。光輝は旅行の提案が2人の好反応を得られなかったことに、焦りと後悔を感じていた。今まで経験したことのない心臓の鼓動を感じていた。距離を詰め過ぎたと後悔した。せっかく仲良くなれた友達2人と、これから若干の気まずさを感じて過ごさなければならない。


 光輝はすべてを失った気分だった。確実に失ったと把握できるのは世界の色と食欲。おにぎりの海苔がパリパリの間に完食するのは不可能だろう。楽しい雰囲気から一転、光輝の顔が曇り急激に老けていく。それを見かねた優が慌てて口を開いた。


「そんなことないよ!私達、めっちゃ仲良しだよ〜。じゃないと、毎日一緒にいないでしょ?でさ、日向は何で旅行が嫌なの?」


 優は光輝に優しい言葉を掛けると同時に、責任のすべてを日向に擦り付けた。


「は?はあ!?お前、ふざけんな。俺は旅行が嫌だなんて一言も言ってないぜ」


「良いんだよ2人とも。俺が少し調子に乗り過ぎたんだ。会ってから半年も経ってないんだ。普通は旅行なんか一緒に行かないよな。せめて、大学2年生からだったよな」


 光輝は笑顔で自分の無謀さを語った。その笑顔は健康的なものではない。日光に砂にされることを受け入れた吸血鬼のような、何かを悟って生まれてしまったかよわい笑顔。


「いや、光輝君違うんだって」


 優が何かを決意したように顔を引き締める。


「あのさ、2人にカミングアウトしたいことがあるんだけど」


「え?カミングアウト?」


 優は一言で、光輝と日向の目を引く。


「そう。2人にずっと秘密にしてたことがあってさ。実は私、男なんだよね」


 光輝と日向の2人は硬直する。硬直して、優の話した内容を必死に噛み砕く。言葉は理解できても、簡単には飲み込むことの出来ない告白。


「男?まじで?男?え」


「え?嘘だー。俺がもし一国の主だったら、きっと優ちゃんが傾国の美女だぜ?そんくらい可愛いのに男だって?」


 安っぽい反応しかできなかった光輝に対して、日向はオシャレな口説き文句のような言葉を吐く。光輝は男としての敗北感を勝手に味わい、再び心が沈む。


「うん。男だよ。あっ、あっ、あっ。ほら、声は男だろ?これで信じた?」


 優は喉を軽く揉んでから声を出した。その声は以前より、少しばかり低く聞こえた。だがその声は、男にも女にも聞こえる絶妙な色をしている。


「でも、そういう声の女の子もいるぜ」


「そうだよ!声も顔も完全に女の子なんだけど!これ雑なドッキリ?軽い冗談?こんなに動揺してる僕がおかしい?」


 2人が簡単には信じられない理由がある。それは優の外見だ。小さな顔に大きな瞳。肩まで伸びた艶のある金色の髪。優が呼吸する度に、滑らかに追従する髪の毛からは、サラサラ感といい香りが漂う。おまけに肌まで白く透き通っている。肩の出るワンピースを着用しているが、男子特有の頑強さは全くない。二の腕からは、女子特有の柔らかさが触らなくとも伝わる。

 周りにいる女の子よりも女の子だ。そんな外見だからこそ、優が男であることは簡単には信じられない。


「そんなに信じれない?じゃあ、証明するよ。ここ見れば分かるでしょ」


 言って優は、股間に指を向けた。一見やけくそな方法に思えるが、証明する手段はこれくらいしか残されていない。


「よし!見る」


 光輝は反射で即決する。光輝と優の2人は、近くのトイレに視線を向ける。


「日向も見る?」


「い、いや、俺は遠慮しとくぜ」


 2人はトイレに消えた。取り残された日向は、テーブルの上のサンドウィッチに手を付けられず、ただ見つめていた。1分も経たずして、光輝と優がトイレから戻って来た。2人が椅子に座ってから、日向は話しかける。


「え、どうだった?」


「しっかり男だったよ。しかも、俺のよりデカい」


 ダブルの衝撃を受けた光輝は、誰が見ても分かるくらい落ち込んでいる。


「好きな奴に見られたらデカくもなるだろ」


 優のダブルで恥ずかしい発言を受けた光輝は、顎が外れた人くらい大口を開けて鼻呼吸に切り替えた。顔や耳を一切赤くする事なく言い切った。


「好き?好きって友情的な好き?」


 反応する話題の選択は全年齢向けだ。


「無粋な質問だな。俺は光輝が好きだ。結婚したいくらいな」


 間髪入れずに壁をぶち破る優に対して、光輝は早急に壁を建てる。


「ちょっと待ってくれ。1人称って俺なの?もしかして、これからずっと俺?」


「女のふりする必要なくなったからな。そんな事より、光輝は俺の事どう思ってんだよ?」


 ストレートな質問をぶつけられた光輝は、調子の悪い時のSiriくらいの間を使った。


「ちょっと待ってよ。僕、今まで彼女、じゃなくて、恋人できたことないんだよ。初恋人が同性ってのは、ちょっと考えさせてくれ」


 光輝の頭を捻って必死に絞り出した回答。その真摯さに、優はまた深く光輝に惚れる。


「そんな真剣に考えてくれるんだ。ドン引きされるのがオチかと思ってたよ」


「だって、俺も優のこと好きだし。人間的にな。見た目も死ぬほど可愛いし」


「そうか。お前やっぱり良い奴だな。改めて好きだよ」


「優ちゃんがお前とか言うなよ」


 光輝の頭に強く根付く優ちゃん。そう簡単には、女の子の優ちゃんが消えてくれそうもない。


「さっきのお前の旅行の提案に乗り気じゃなかったのは、こういう理由だから。お前らに伝えられてスッキリだよ。旅行どこ行くか決めようぜ」


「おお、やった!風呂も3人で入れるじゃん!部屋も一緒でいいし!最高じゃん!」


 光輝が元気を取り戻し盛り上がる中、日向はひとり覚悟を決めた。


「ちょっと待って!あ、あの、私もカミングアウトがあるんだけど」


 日向の変化した1人称と話し方からは、察せられるものがある。それでも光輝は侮る事なく身構える。

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