四話
巷では今、旅回りの音楽団が人気を博していた。彼らは世界各地を巡り、その土地の音楽を取り入れながら、しかし伝統にはこだわらない、独自の音楽を作り出し奏でていた。その真新しい音楽に、人々の心はつかまれ、弾まされ、彼らの存在は瞬く間に話題になるようになった。もちろん、ヴェンデルの治めるジュスクムント王国も例外ではない。
地方の町村や城下町でも彼らのことは知られていた。娯楽の少ないここで音楽と言ったら、祭や教会などでしか接する機会はないが、それらは儀礼的なものであって、楽しむ目的で聴くものではない。しかし彼らは音楽そのものを娯楽として提供していた。聴くだけでウキウキして踊り出したくなる音で皆を楽しませるのだ。仕事や旅から帰って来た者達が、隣国でその音楽を聴き、その素晴らしさを語って聞かせるなどして、彼らの評判はまだ耳にしていない人々へ口伝えに広がっていった。今まで聴いたことのない音楽を演奏する者がいると――そして、ついに彼らの演奏を聴ける日がやって来た。音楽団が王国へやって来るというのだ。
楽しみにしていた人々は喜んだが、それは何も庶民だけではない。王侯貴族の間でも彼らの音楽は話題にされていた。各地で民を夢中にさせる音楽とは一体どのようなものなのか、興味を抱いている者は多くいた。そこで臣下の中から城へ呼んで陛下にお聴きいただくのはどうかという提案がなされた。毎日忙しい国王に一時でも心を癒し、休んでもらえればという理由だったが、本音では自分達も聴きたいとか、ただ国王に気に入られるためとか、下心があるのは誰もが気付いていることだった。しかしそれ抜きでも、国王の機嫌が少しでもよくなるならと皆が賛成した。この提案を聞かされたヴェンデルも、その時はレイナウトが喜ぶだろうと承諾し、予定の組み立てを指示した。
それから二週間が経ち、音楽団が訪れる今日――準備万端で待つ臣下達の顔は青ざめていた。
「陛下のご様子はどうだ?」
「あまり、よろしくないようだ」
「こちらには来られるのだろう?」
「ロイテル殿がどうにかお連れするとは仰っていたが……」
金銀の装飾が施された明るく美しい広間。普段は宴などが行われるここで音楽団は演奏することになっている。舞台側と客席側とにそれぞれ椅子が並べられているが、開演時間まではもう少し時間があるため、人影はまばらだった。そんな広間の片隅に数人の臣下が集まり、コソコソと話し込んでいた。その様子はこれから話題の音楽を楽しもうという雰囲気ではない。心配そうで不安げで落ち着きがない。彼らが気にしていることはただ一つ、ヴェンデルの機嫌の状態だった。
それは今朝、判明していた。ヴェンデルは昨晩、よく眠れなかったせいか、目を覚ました直後から不機嫌だった。侍従には訳もなく怒鳴り、公務に付き添った宰相ロイテルには理不尽な不満や文句ばかりをぶつけた。どうにか爆発させないよう穏便に事を運んだ午前中だったが、昼食を済ませた午後になっても、ヴェンデルの機嫌は一向に直っていなかった。その報告を受けた臣下達は、音楽団の演奏が始まる前にどうにかしたかったのだが、もはや手の打ちようがなさそうだった。
「この演奏会を中止になど、するだろうか」
「陛下は芸術に対しては、昔からご興味がなさそうだからな」
「そうなのか? ではなぜ今回は音楽団を招いたのだ?」
「それはもちろん、レイナウト王子のためだろう。陛下は何かときっかけをお作りになっては、王子を城へお呼びしたがっておられるからな」
「王子に対する溺愛ぶりは、まるでお人が変わられたかのようだと聞いている。それを考えれば、お招きしている王子のためにも、中止にすることはないと思うが」
「そうだな……王子さえお側におられれば、陛下のご機嫌もよくなられるかもしれない。我々は静観し、まずはご様子を見るしかないだろう」
臣下達はうんうんと頷き合い、現時点での答えを出してひとまず散って行った。機嫌を損ねている国王に近付けば、どんなに有能な臣下であっても、決して大袈裟などではなく、命や人生を終わらせることもあるのだ。だがそんな国王を唯一御せるのがレイナウトだった。彼のまったく臆さない物言いは臣下達にも知られ始めていた。そして国王は怒るどころか従うというのだから、対応に苦慮する者からすれば切り札的存在と言えた。今はとりあえず王子に任せる他に、彼らに方法はなかった。
開演時間が近付き、広間には音楽団が到着した。総勢二十名の楽士がそれぞれの楽器を調整し準備を始める。まだ音楽になっていない音が鳴り響く中、観客席にも次第に人が集まり出す。臣下はもちろん、その親族や学者など、王国に仕える者達が席を埋める。
「わあ! 楽器がいっぱいある!」
子供らしい声を上げてレイナウトが広間に入って来た。その後ろには母コルネリアと父ヘインが続く。その姿に先に着席していた者達はすかさず立ち上がり、うやうやしく頭を垂れる。
「レイナウト、こういう場でははしゃがず、小さな声で話しなさい。周りへ迷惑になるでしょう?」
「あ、はい。そうだね。気を付ける」
王族の席は音楽団の真正面に並び、三人がそこに腰を下ろすと他の者達も静かに座る。だが一番大きく立派な椅子はまだ空いたままだ。
「母上、ここはお祖父様の席?」
「そうよ。時間になれば、じきに来るわ」
「お祖父様、忙しいのかな」
「国王なのよ? もちろん忙しいわ。だからたまにはこういう息抜きをさせてあげないとね」
「休んでもらうってこと? 音楽聴きながら休めるの?」
「音楽は心を昂ぶらせたりもするけれど、逆に穏やかにさせてもくれるのよ。陛下をそうさせてくれる、素晴らしい演奏が聴けるといいわね」
親子でそんな会話をしていた時だった。
「陛下がいらっしゃったぞ」
誰かがそうささやいて皆の視線が広間の入り口へ向く。そこにはヴェンデルを先頭に宰相ロイテルと、数人の側近が歩いて来る姿があった。座っていた者達は一斉に立ち、国王が席に座るのを見届け、再び腰を下ろす。
「……お祖父様、僕達を呼んでくれてありがとう!」
隣に座るレイナウトはヴェンデルが座ると同時に笑顔で礼を言った。だがそれにヴェンデルは笑みを返すも口は開かず、正面へ向き直るとむすっとした表情に戻した。そこからは明らかに不機嫌さが伝わって来る。見ていたコルネリアは早くも心配になった。
「お祖父様、忙しくて疲れてるの?」
いつもと違う様子にレイナウトは聞く。これにヴェンデルはゆっくり視線を向けた。
「ああ。疲れている上に、面倒事ばかりで大変なのだ」
「ふーん……じゃあ音楽聴いて休めばいいよ」
「休めるようなものならいいがな……」
ふんっと鼻を鳴らし、さほど期待のなさそうな口調で言う。そこには音楽への興味は感じられない。ここへ来たのはやはり、孫のためだけのようだった。周囲で二人のやり取りをうかがっていた臣下達だが、王子と話しても機嫌が直る様子がないことに、コルネリアと同様、心配や不安を募らせるのだった。
そんな観客の気持ちなど知る由もない音楽団は演奏準備を終えると、開演時間ぴったりに演奏会を始めた。
「最初に陛下、このたびは私共、トリアベルク音楽団をお招きいただき、心よりお礼を申し上げます」
団長であり、指揮者であるペルクは舞台から一歩前へ出ると、正面に座る国王へ向けて感謝の言葉を伝え始めた。
「このような名も知れぬ、若輩者の集まりである私共の音楽を、陛下にお聞かせすることは多少の恐れもございますが、それ以上に光栄であり、陛下の貴重なお時間を素晴らしいものとするために、私共、最高の音楽を――」
「無駄話はいい! 演奏を聞かせに来たのならさっさと始めないか」
苛立った声がさえぎると、広間は一瞬静まり返った。国王の背後に座る臣下達は顔には出さないものの、ピリッと引き締まった緊張感を覚える。
「……か、かしこまりました。で、では、話はこの辺にいたしまして、私共の音楽を存分にお楽しみください」
笑みと怯えが混ざった表情を見せながらペルクは下がると、指揮台に上がり、指揮棒を持って待ち構える楽士達と向き合う。皆の視線が彼に集まったのを見て、ペルクは息を吸い込むのと同時に両手を振った。その途端、弦楽器が清らかに鳴り始め、打楽器、管楽器と続き、にぎやかに合わさった音が響いた。明るく軽快な音楽が広間を包み、その今までにないリズムと世界は観客達をすぐに夢中にさせた。宮廷音楽にはまったくない、速いテンポに気持ちを高揚させる旋律は、初めて聴く者達の心をあっという間につかみ、驚かせもした。
レイナウトもまさにその一人だった。音楽などまだよく知らない九歳でも、彼らの奏でるものは心をこれでもかと刺激してくる。初めて感じるその感覚に、レイナウトはただ夢中になって耳を傾ける。音の一つ一つが何を表現しているかなどわからない。わからないが、旋律に身をゆだねているだけで心地いいものだった。いつまでも聴いていたい――子供ながらに、そう思える素晴らしい音楽だった。
しかし、演奏が始まって二分ほどが経とうとした時だった。
「やかましい音楽など聴きたくないわ。別の曲にしろ」
熱が入り始めた演奏を国王の声が止めた。まさに鶴の一声だった。ペルクが「え?」と虚を衝かれた顔で手を止めると、演奏も中途半端に止まった。ヴェンデル以外の誰もがこの状況に困惑した。
「……あの、お気に召されませんでしたか?」
そろりと振り向いたペルクが恐る恐る聞いた。
「だから止めたのだ。違うものにしろ」
険しい表情を浮かべて苛立ちを見せる国王に、ペルクは何も聞かず、わかりましたと楽士達に指示を出し始める。
「お祖父様、何で止めたの?」
隣のレイナウトは素直な疑問をぶつけた。
「やかましかったからだ。まるでノールが耳元でしゃべっているかのような音楽だ」
「そんなにうるさかった? 僕はすごくよかったと思うけど」
「そうか。だがわしは好きではない。聞くに堪えない」
「僕は好きだったよ。だから止めてほしくなかったな」
これにヴェンデルは横目で孫をじっと見る。
「何がよかったというのだ? わしにはわからんが」
「何って聞かれると僕もわかんないけど、とにかく聴いてて、もっと聴きたいって気持ちになった」
「それでは陛下、改めまして、次の演奏をお聴きください」
曲目を急遽変えたペルクは、その指示を終えると国王に一礼してから指揮棒を構えた。息を吸い、しなやかに両手が動くと、今度は先ほどよりも静かな音がゆっくり響き始めた。やかましいと言われ、次は穏やかで落ち着いた曲調のものにしたようだ。先ほどと比べれば、夢中になるような旋律ではなかったが、しばらく聴いていると、その情緒的、感傷的な旋律はじわじわと胸に沁み込み、また違う雰囲気をまとって心を揺らした。不思議な魅力を感じ取ったレイナウトも、ぼんやりした顔で奏者を眺めながらも、その心はしっかり音楽に引かれていた。が、またしてもここで鶴の一声が上がった。
「辛気臭いぞ! 聴いていられん!」
演奏が止まり、二度目となるとさすがに場はざわついた。これにペルクはすぐに振り返り、国王へ謝罪する。
「申し訳ございません! 私共が至らぬために……」
「まったくひどいものだ。こんな音楽を聴いたところで時間の無駄というものだ」
「陛下、どうかお許しを。次こそはお気に召されるものを――」
「もう聴く気などない! 二度とつまらぬ音楽など聴かせるな!」
ペルクを始め音楽団の面々は、ただ萎縮して頭を下げ続けた。それを睨み、ヴェンデルは苛立ちをぶつける。
「こんな音楽家の端くれとも言えない連中がもてはやされるとは、呆れてものも言えない。……こやつらを城へ呼んだのは一体誰だ! わしへの嫌がらせでもしたかったか?」
矛先が自分達へ向くと、臣下達は気配を消して黙り込んだ。広間には重い空気が充満する。
「こんなくだらんものはやめだ! さっさと片付けさせろ! わしは戻る」
そう怒鳴ってヴェンデルは椅子から立ち上がる。
「待ってよお祖父様、まだ片付けさせないで」
呼び止めてきた孫にヴェンデルは振り向く。
「レイナウトよ、こやつらの音楽など聴く価値は――」
「お祖父様は好きじゃないかもしれないけど、僕はこの人達の音楽、好きだよ」
これにヴェンデルは怪訝な表情を浮かべた。
「……本当にそう思って、言っているのか?」
「本当だよ。もっと聴きたいって思ってる。母上と父上もそう思わない?」
横に並んで座る二人は、息子に突然聞かれて戸惑いを見せる。
「え、ええ、まあ……」
「まだ、少ししか聴けていないから、それは、何とも……」
曖昧に答える娘夫妻に、ヴェンデルはジロリと目をやった。
「お前達は、こんな音楽が好きなのか?」
睨まれて言い淀む二人に代わり、レイナウトが言った。
「どんな音楽が好きかなんて、そんなの皆違うものでしょ? お祖父様が嫌いだからって、皆も嫌いなわけじゃないよ。僕みたいに好きな人だっているんだから、自分だけの気持ちで片付けろなんて言わないでよ」
国王に向かって堂々と注意する光景を目の当たりにし、臣下達は話に聞いていたのはこれかと内心で驚いた。王子が国王をたしなめる――それは確かに頼もしい姿ではあったが、しかし実際に目にすると、そんな感情よりもただハラハラするばかりだった。何せ今日の国王はすこぶる機嫌が悪いのだ。誰が聴いても見事な演奏に自分勝手な言いがかりをつけるほどだ。これではさすがの王子でも怒らせてしまうのではないか――そんな想像を誰しもがして、国王の怒鳴り声に身構えた。
しかしヴェンデルは苛立ちは見せるも、孫に怒鳴るまでには至らない。不機嫌な表情ながら口を開く。
「だがわしはこんな音楽、聴きたくはないのだ。それでも無理して聴けというのか?」
「無理することなんてないよ。聴きたくなきゃここから出て行けばいいんだよ」
ムッとした目がレイナウトを見つめる。
「国王のわしを、追い出すというのか?」
「追い出すんじゃないよ。演奏が終わるまで外で待っててもらうだけだよ」
「わしを待たせるのか? お前達のために?」
「待つのが嫌なら、寝ててもいいよ。お祖父様、疲れてるんでしょ?」
「そうだが、しかし、これではまるで、わしだけが除け者のような――」
「じゃあ、お祖父様と同じように聴きたくない人と一緒に出たらどう? 聞けばいるかもしれないよ」
レイナウトの視線が背後に座る臣下達へ向けられた。見られた者達の間に緊張が走る。
「お祖父様、聞いてみて」
孫に促され、ヴェンデルは全員を見回してから聞いた。
「わしと出て行く者は、付いて来い」
その号令に、ほとんどの者はうつむいていた。臣下達の頭には正直な自分と、損得を考える自分とがグルグル巡っていた。その葛藤に目を泳がせる臣下を見つけると、ヴェンデルはすぐに声をかけた。
「そこの者、退屈に思っているのならば付いて来るがいい」
目を付けられた臣下はビクッと肩で跳ねると、強張った表情を上げた。
「あ、私、でしょうか……?」
「そうだ。お前だ。付いて来る気はあるか?」
「は、はい。もちろんでございます。陛下と共に行かせていただきます……」
その言葉とは裏腹に、椅子から立ち上がろうとする動きは鈍い。
「おい! もたもたするな! わしを待たせるな!」
「はいぃ、ただちに参りま――」
「お祖父様、無理に連れてっちゃ駄目だよ。その人、行きたくなさそうだよ」
孫に指摘されてヴェンデルは臣下を見やる。
「……そうなのか?」
聞かれた臣下が正直に言えるわけもなく、オドオドとするばかりだった。
「皆、音楽を聴きたいんだよ。聴きたい人はここに残って、そうじゃない人は出て行けばいい。それでいいと思うな」
ヴェンデルは不満そうな顔を孫に向ける。
「だが、この演奏会自体はわしが主催だ。その当人がいないなど、あり得ないではないか」
「でもお祖父様がいなくても、僕達は音楽を楽しめるよ? それじゃ駄目?」
ヴェンデルはさらに不満顔になると、広間に居並ぶ顔を見渡す。
「……わし一人が、聴きたくないというのか?」
皆、国王と視線が合わないよう、一斉に目や顔をそらした。
「そうみたいだね。ちょっと寂しいかもしれないけど、演奏会が終わるまで待っててくれる?」
ぐぐ、と苦い顔を浮かべたヴェンデルだったが、孫を横目で見ると、自分の中の不満を抑え込むように深い溜息を吐いた。
「そう言うのならば、演奏会は続けさせてやろう」
言ってヴェンデルは再び自分の席についた。これにレイナウトは首をかしげて聞く。
「お祖父様、聴きたくないんじゃないの?」
「ああ。だから聴きはしない。だが主催者として最後まで見届ける責任はあるからな」
「いいの? 嫌じゃない?」
「嫌でも仕方のないことだ。……さあ、演奏を再開しろ」
促されたペルクは困惑顔であたふたしつつ、楽士達とヒソヒソ言葉を交わして奏でる音楽を話し合った。
「……そ、それでは、私共の中でも優れた腕を持つ、バンショアによるチェロ独奏をお聞きいただきたいと思います」
ペルクの視線にチェロ奏者のバンショアは楽器と椅子を舞台の前方まで持って来ると、観客達に一礼してから座り、演奏の姿勢に入る。呼吸を整えると、弓を握った手がゆっくり動き、重厚な、しかし美しい音色が響き始めた。どこか星空を想像させるような旋律は、聴く者達の胸を低い音で振るわせ、それぞれの思う夜空を思い浮かべさせた。都会の灯りが照らす夜空か、はたまた自然に囲まれた田舎の夜空か……懐かしく、かつ穏やかな感情が皆の心を包んでいった。
コルネリアはチェロの音に聴き惚れながらも、国王の様子を気にしてちらとそちらへ目を向けてみた。ヴェンデルは腕を組み、険しい表情で正面を睨んでいた。そこにはなおも音楽への不満が見える。結局、不機嫌な時は何もかも気に入らないのだろう。だがそれを我慢し、ヴェンデルは大人しくしている。その姿にコルネリアはホッと安堵した。
演奏は続き、次の曲に変わってもヴェンデルは大人しかった。それどころか、気付けば背もたれに頭を預け、グーグーと寝息を立てていた。それに皆が気付くと、観客席に漂っていた緊張感はわずかに緩んだ。少なくとも今だけは国王の怒鳴り声を聞くことはなく、全員が聴きたい音楽に集中することができた。開演直後はごたごたしたものの、二時間の演奏会は観客達の耳と心に深く残る、素晴らしい時間となって終了した。
ペルクの指揮する手が止まると、直後、広間に大音量の拍手の音が鳴り響き、全員が椅子から立ち上がった。そして演奏を絶賛する声が上がる。
「……んん、終わった、のか……?」
騒がしい周りの音にヴェンデルは居眠りから目を覚ました。
「お祖父様、演奏会終わったよ。よく眠れた?」
笑顔の孫を見て、舞台の音楽団を見て、ヴェンデルは状況を理解すると言った。
「……ああ。心地よい眠りにいざなってくれる、いい音楽だった」
皮肉とも取れたが、ペルクはどうにか一仕事終えられた安心感で感無量の表情を浮かべた。
「陛下からのお言葉、私共の励みとして、これからも精進してまいります。このたびは誠にありがとうございました」
皆を束の間楽しませた時間は、こうして終わったのだった。臣下達は音楽で疲れた心に癒しを貰ったが、もう一つ得たのが王子の評判だ。機嫌の悪い国王さえも御してしまう言動は、目撃した臣下達を大いに驚かせた。それはこれまで言われていた王子の評判をさらに上げるものとなり、幼いながらも多くが注目する存在になろうとしていた。だがそれは当の本人だけが知らないことでもあった。




