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十五話

 窓は閉められ、燭台の灯りだけが照らす広い作戦会議室――丸い机を臣下や指揮官など大勢が取り囲み、喧々諤々の話し合いが行われていた。その上座にいるレイナウトは、一応聞く努力はしていたが、どんなに聞いてみても理解できるのは二、三割程度で、あとは何の話をしているのかさっぱりわかっていなかった。なので皆が白熱した様子を見せるのとは対照的に、レイナウトは首と口を曲げ、退屈そうに座っているだけだった。

「――ですから、北の国境にも前もって兵を配置しておくべきです! ……陛下、これにはご賛同いただけますか?」

 臣下から不意に聞かれ、レイナウトはうろたえつつ、隣に立つ宰相のトゥーニスに目をやった。

「……どう思う?」

「私は良いことと思います。多くの数は割けずとも、警戒監視として使うこともできるでしょうから」

「そう……じゃあ、僕も、いいと思う……」

「ありがとうございます陛下。ではこちらで進めさせていただきます」

 臣下は満面の笑みを浮かべ、また話し合いへ戻る。レイナウトは溜息を吐きたい気分だった。

 国王になったからには、こういった会議には出なくてはならず、これも王様の仕事と頑張ってはいるのだが、子供にはまだ難しいことばかりで、右腕となる宰相にほとんど頼らざるを得ない状況だった。臣下達はレイナウトに判断を求めはするが、結局は宰相が決めてしまうとわかっていて聞いてくる。レイナウトを見ているようで見ていないその対応は、自分はここにいなくてもいいのではないかと強く思わせ、国王としてのやる気を削がせた。

 そもそもレイナウトは作戦会議には出たくなかった。多くの命を失う戦は早くやめさせたかったから、戦を上手く進める話し合いなどに加わりたくなかったのだ。しかし戦いが続いてしまっている以上、国王として出席するのが当然と言われ、こうして席に着くしかなかった。九歳という幼さに加えて王位を継いだばかりで右も左もわからない。そんな時に頼りたい家族の存在もない。国王でありながらも、レイナウトは周りの者達の言うことに従わざるを得ないのだ。

 けれど、平和を望む気持ちは今も変わっておらず、諦めてもいなかった。時折耳にする戦場での悲惨な様子や民の困窮具合に、レイナウトはどうにかできないかと考えはするも、言われたことに頷くだけの身では妙案などあるわけもなかった。

「――前週に比べ、今週の我が軍の損害数は微増しており、各隊の再編成を早めて――」

 話し合いは 戦での損害報告に変わっており、気付いたレイナウトは思い切って口を開いた。

「あの……」

 国王が珍しく自ら発した声に皆の視線が集まる。それに気後れしそうになりつつ、言葉を続けた。

「戦は、いつまでやるの?」

 これに全員の顔がきょとんとする。

「戦をやめれば、損害もなくなるよ? 誰も死なないし、民も苦しまないよ? それなのに何で――」

「陛下、何を仰るのですか。そのような後ろ向きなご発言は慎んでいただきたい」

「そうです。損害が微増しているとは言え、現在の我が軍は優勢と言える状況です。悲観する材料はございません」

 臣下達は半笑いの表情で言う。

「だけど、ずっと戦が続いたら死んじゃう人がもっと――」

「犠牲は致し方ないこと……これは我が国の平和を勝ち取るための戦いなのです。犠牲なくしては得られないもの。それに貢献し、命を落とした者は、手厚く葬っております」

「戦わなくたって、平和にはできるでしょ? だって戦が始まる前はダーメル王国と仲良く――」

「恐れながら陛下……」

 横から宰相のトゥーニスが話しかけてきた。

「全軍の指揮権を持たれる国王というお立場から、その軍の士気に害となるようなお言葉はお控え願いたく……」

 口調は穏やかに、だが視線に強く注意され、レイナウトは口を閉じた。正面を見れば、皆も同じような目を向けていた。何もわかっていない、困った王だとでも言いたそうな表情を浮かべている。そんな空気に畏縮し、会議が終わるまでレイナウトはうつむいて自分の両手を見つめ続けるのだった。

 皆に望まれて国王になったはずが、自分の思い通りにできないことに、レイナウトは国王というものがわからなくなっていた。ヴェンデルを見るに、国王というのは臣下達に指示や命令を出して、より良い国にするために導く者という理解をしていた。しかしレイナウトは何もやっていない。もちろん政治のことなど素人以下の知識だから、周りの言いなりになってしまうのは当然とも言える。けれど、それでもレイナウトは国王なのだ。頭で思う正直なことを言っても許される存在のはずだ。だから戦をやめたいと言ったのに、臣下達はいい顔をせず、話し合いもないまま発言を聞き流した。現国王は、それほど軽い存在と化している。こんな国王が、本当に必要なのだろうか。玉座に座っているだけなら、犬猫にだってできることだ。決め事は全部周りの人間がやってしまうのなら、自分は何のために国王になったのだろう――九歳の国王は、その小さな胸に深い悩みを抱える。

 忙しい公務――と言っても、宰相や臣下の言うことに頷くだけのことだが、その合間の休息時間にレイナウトは私室へ戻って来た。

「では陛下、次のお時間にまたお迎えに上がりますので」

 侍従長はうやうやしく頭を下げてから部屋を出て扉を閉めた。一人にされたレイナウトは所在なさげに部屋をうろつく。公務をこなしても大した疲労感はなく、代わりにあるのはくすぶるむなしさだった。モヤモヤした気分は、以前なら母や侍女と遊んで忘れることもできたが、国王になってからはそういった時間は貰えず、侍女も簡単に部屋へ入って来ることはなくなっていた。部屋で一人できることと言ったら、昼寝か読書ぐらいだった。しかし今は眠くはないし、置かれている本も粗方読み終えていた。新しい本をねだってはいるが、まだ本棚には並んでおらず、読めるのはもうしばらく後になるだろう。視線を部屋の奥へ向けると、ソファーの前に置かれた机に菓子と水差しが置かれていた。休息時間に合わせて用意されたのだろうが、レイナウトは甘いものを飲み食いする気分になれず、それを無視して部屋内をふらつく。

 たくさんの陽光を取り込む大きな窓から外を眺めてみる。綺麗に刈り込まれた植木の頭越しに入り組んだ城の壁や屋根が見えるだけで、特に面白いものはない。すぐに興味を失い、カーテンを意味なく揺らしたり、飾り棚の動物の置き物を持ち上げてみたりと、ただ時間を潰すだけの動きを繰り返していた。やりたいことが見つからず、ぼーっとしながら部屋中を巡り、そうしてたどり着いた文机でレイナウトは足を止めた。

「……何だ、これ」

 重厚な色と作りの立派な文机。ヴェンデルが昔に使っていたもので、レイナウトにはまだ大き過ぎて使いづらいため、ほとんど使用していないのだが、その上に見覚えのない白い便箋がポツンと置かれていた。手に取って見てみるが、宛て名や差し出し人名などは書かれていない。部屋に来た誰かの忘れものだろうかと、閉じられていなかった封を開け、中をのぞいてみる。

 そこには折り畳まれた数枚の便箋が入っていた。他人宛ての手紙かもしれなかったが、これは何の手紙なのか知りたいレイナウトは躊躇なく開いて読み始めた。


『レイナウト国王陛下へ、このような形でお伝えすることをお許しいただきたいのと併せて、どうかこの手紙にお目をお通しくださることを強く願います――』


 名前が書かれていたことで自分宛ての手紙だと判明し、レイナウトは読み進める。


『我らジュスクムント王国は現在、隣国との戦を続けており、その終わりはまだ見えておりません。これにより民は疲弊し、国のあちこちで弊害が起きております。それでも民は辛抱強く国に従っておりますが、それも限界に近いでしょう。城からの通達や要求に応えられなくなった者は非国民として罰を受けているそうです。そのような扱いはあまりに理不尽です。戦は民が望んで始めたことではないのですから。先王がお隠れになり、状況が変わることを期待しましたが、中枢にいる者達に戦をやめる気はないようです。お話では、陛下は当初から戦に反対されていたとお聞きいたしました。争いを嫌い、平和を望むお方が新国王になられたことは、同じく平和を望む私共にとって大きな希望の光となり、喜ばしい限りです。この大義なき戦を一日も早く終わらせることを、私共は常に考え、探っておりました。そしてその中で、一つの方法を取ることを決めました。かつてノール王妃が行ったことです――』


「……お祖母様がやったこと?」

 出てきた祖母の名に首をかしげつつ続きを読む。


『そのために、私共は準備に万全を期してまいりました。同志を集い、城内の動きを把握し、以前のように途中でさえぎられることはないでしょう。すべてを成功させるためには、陛下のお力が必要不可欠となります。そこで陛下にお頼み申し上げます。私共の行動にご賛同いただき、今もって戦を終わらせたいお気持ちを強くお持ちでおられるならば、今宵、城内が寝静まった時間に、お部屋のバルコニーにお出ましください。陛下のお姿を確認できましたら、私共がお迎えに上がらせていただきます。陛下の御身には決して危険はございません。私共の心は、常に陛下と共にございます。ご不安をお感じになられるかもしれませんが、どうか、私共の声をお聞きくださることを切に願っております』


「戦を、終わらせる……」

 読み終えたレイナウトは、窓越しに見えるバルコニーを見やった。ここは二階であり、外に階段などは付いていないが、一体どうやって迎えに来るというのか。だがそれよりも、誰なのかわからないが城内にも戦を終わらせたい者がいるということに、レイナウトはわずかな勇気を貰った。自分と同じ思いの人がいるんだと知れただけで、落ち込んでいた気持ちが前を向いた。

 レイナウトは手元の便箋に再度目を通し、差し出し人の言葉を確認する。彼らも民の困窮を見てられず、戦を早く終わらせたがっている。そしてそのために行動すると言っている。同じ気持ちのレイナウトがそれを止めたり拒否する理由はどこにもなかった。自分が協力して本当に終わるのなら、ぜひとも手伝いたいと思った。けれど、これを書いたのが何者なのか、そこには疑念や不安が残る。相手の素性がわからないと、すべてが嘘という可能性も消えない。自分は騙されているのだろうか……だが疑う気持ちよりも、レイナウトはやはり同じ思いを示されたことのほうが嬉しく、大きかった。何もかもを信用したわけではなかったが、戦に反対する者は差し出し人以外にいない状況で、平和のために行動するという言葉を無視するなど、レイナウトには到底できないことだった。

「……夜に、バルコニーか……」

 三度便箋の文章を確認し、レイナウトは封筒にしまうと、本棚に並ぶ分厚い辞書を開き、そこに手紙を挟んで閉じ、戻した。子供ながらに、これは誰にも見せてはいけないものだと理解していた。見つかれば戦は止められず、手紙の差し出し人の大捜索が始まり、平和はさらに遠のくだろう。文中ではレイナウトを希望の光と言っていたが、レイナウトにとってはこの手紙が希望の光だった。やっと思い通りにできる――ソファーに腰を下ろしたレイナウトは、眩しい窓の外を眺めながら、数時間先のその時を心待ちにするのだった。

 公務を終え、夕食も済ませ、私室に戻ったレイナウトは、侍女の手を借りながら寝支度をして寝室のベッドにもぐり込んだ。

「それでは陛下、おやすみなさいませ」

「おやすみ……」

 会釈をして離れて行く侍女を見送り、レイナウトは目を閉じる。が、そっと片目だけ開けて気配を探る。遠くでパタンと扉が閉まる音がして、侍女が退室したのを確認しつつ、さらに物音を探る。辺りはしんと静まり、話し声も足音も聞こえない。ここにいるのは、ベッドで寝たふりをしているレイナウトのみ――一人になったのを確認すると、ランプのほのかな灯りを頼りにベッドからゆっくり出たレイナウトは、衣装部屋に行って外出着に着替え始める。普段は侍女に手伝ってもらっているため、少々時間がかかったが、どうにか一人で着替え終えると、再びベッドにもぐり込み、横になった。手紙には、城内が寝静まった時間にバルコニーへ出てほしいとあった。壁際に置かれた柱時計は現在、八時二十分を示している。寝静まるにはもう少し時間が経たないといけないだろう。それまでレイナウトは大人しく待つしかなかった。

 ベッドで待つ必要はなかったが、万が一誰かが来た時、外出着を見られては言い訳が面倒なので、毛布で隠せるベッドにいるのだが、ただ待つだけだとやはり眠気が襲ってくる。その内なる敵と懸命に戦い続けること四時間――時刻は深夜十二時を過ぎた。

「……もう皆、寝ちゃったよね」

 まどろみとの戦いに勝利し、意識をすっきりとさせたレイナウトは、時計の針を確認するとノソノソとベッドから下りた。こんな真夜中に起きて動くことは初めての経験で、その緊張や興奮でレイナウトは気持ちを昂ぶらせていた。靴を履き、寝室を出て居室へ行くと、薄暗い窓際に近付いた。今夜は月がなく、代わりに星明かりが見えたが、その弱い光では足下まで照らすことはできていない。それでもぼんやりとだが、浮かび上がっている窓の取っ手をつかみ、レイナウトは引き開いた。その途端、冷たい風が吹き込んできたが、それはすぐにやみ、レイナウトをバルコニーへ進ませた。

 さほど広さはなく、片隅に机と椅子が置かれていたが、レイナウトは未だ使う機会はなく、バルコニー自体も久しぶりに出る場所だった。景色は暗闇に覆われているが、遠くにちらほら灯りが見える。城外の警戒のためのかがり火だろう。その他には何も見えない。バルコニーの真下にも目をやってみるが、こちらも真っ暗で、わずかに植木の葉が風でこすれる音がするだけだった。

「誰か、いる……?」

 そこへレイナウトは呼びかけてみたが、返事はない。まだ迎えは来ていないようだ。本当に手紙通りに来てくれるのだろうか――不安と心細さを感じながら、レイナウトはバルコニーに座り込んで、しばらく待ってみることにした。

 風に吹かれながら格子状の手すりに寄りかかって待つこと三十分――身体も冷えてきて一旦部屋へ戻ろうか考えていた時だった。背後でカタカタと物音がした気がして、レイナウトは振り返ってみる。バルコニーの下、その暗闇の中で何かがうごめいている。立ち上がったレイナウトは手すりにのしかかるようにして下をのぞき込んだ。するとそこから何か細長いものが伸びて来る。

「陛下、お迎えに上がりました」

 抑えた声が聞こえて、レイナウトは暗闇に目を凝らすも、姿はやはり見えない。が、下には確実に誰かがいるようだ。

「梯子を設置いたしましたので、それをご使用し、こちらまでお下りください。灯りをつけることができませんので、お足下には十分にご注意ください」

「梯子……?」

 レイナウトは手すりの外側を見る。そこに伸びて来た細長いものこそが梯子だった。バルコニーの縁まで届いた梯子は、その位置を調整するように動いていたが、固定できたのか動きが止まった。それを見てレイナウトは恐る恐る手すりを乗り越え、梯子に足をかけた。若干ぐらつきつつ、慎重に下って行く。二階から一階、そして芝の地面に無事着地し、安堵の息を吐く。

「このような危険なことをさせてしまい、申し訳ございません」

 背後からかけられた声に振り向いたレイナウトは、暗闇の中にうっすらと浮かぶ見覚えのある顔を見て声を上げた。

「……ロイテル、なの? 何でここに――」

「お声は小さく、陛下」

 微笑んだロイテルは優しくたしなめる。レイナウトはすぐに声を抑えるも、ヴェンデルに口うるさいと城から追い出されたはずの元宰相を不思議そうに見つめた。

「ロイテル、手紙はあなたが書いたの?」

「はい。私を含め、大勢の者達で書かせていただきました」

「大勢って……?」

 すると、暗闇から数人の人影が現れる。その見えた顔にレイナウトは目を丸くした。

「……フィティ! イエッテ!」

 そこには以前、レイナウトに付いていた侍女二人の姿があった。他にも城内で見かけていた顔がいくつもある。

「レイナウト様、何もお変わりがないようで、とても嬉しく存じます」

 フィティは感情をこらえるように笑顔で言った。

「またこうして、レイナウト様のお側に来られたことは、至福の極みです」

 イエッテも嬉しさを隠しきれない声で言う。

「この者達は全員、平和を望む同志……レイナウト様のお心と共にありたいと強く願う者達でございます」

 皆に静かに頭を下げられ、レイナウトはこの状況をどうにか理解しようとする。

「つまり、皆、僕と同じで、戦を止めたいってこと、だよね?」

「その通りでございます。表向きは、臣下も民も戦を続けることに賛成してはおりますが、実のところは望まない者が多数いるのです。それは城内も然り。私共陛下にお仕えする臣下にも、戦が続くことに疑問を持つ者は多くいるのです。しかし先王の遺志を継いだ者達により、平和への道が妨げられております。それを止め、修正するお力を持つのは、もはやレイナウト様しかおられず、私共はこうしてお迎えに上がった次第……」

「戦を止められるなら……また平和が戻って来るなら、僕は何でもしたい。でも、そのために何をやったらいいの?」

「陛下にはあるお方にお会いしていただいて、そこでまずはお話をお聞きください」

「話を聞いて、どうするの?」

「そのお方が提案される平和への道筋にご同意されるか、されるのならば、私共と終戦へ向けお動きいただきたい。よろしいでしょうか?」

 レイナウトは迷わず頷く。

「わかった。じゃあその人のところへ連れてって」

 かしこまりましたと、ロイテルを始め皆が動き始める。梯子は片付けられ、レイナウトは見知った臣下達に囲まれながら植木の陰を移動して行く。その途中途中で兵士が立っていたが、レイナウトに気付くと無言で敬礼し、そのまま見送った。

「……ねえロイテル、あの兵士達は僕達のしてること、知ってるの?」

「ええ。彼らも同志ですから。なのでこうして陛下をお連れすることができているのです」

 至る場所に立つ同志のおかげで、難なく城壁までたどり着いたレイナウトは、そこの通用門を抜けて城外に出た。すると離れた林の奥で松明を振る人影があった。

「あれも同志です。あちらに馬車をご用意しておりますので、行きましょう」

 促されるまま林へ入ると、暗闇の中に二頭立ての馬車が停まっていた。レイナウトが普段乗っているものより大分質素な見た目から、町などで使われている馬車を持って来たようだった。

「王家ご所有のものは、さすがにご用意できなく……乗り心地はご辛抱ください」

「そんなの大丈夫だよ。乗ろう」

 レイナウトは自ら乗り込む。そしてロイテルと兵士、臣下が一人ずつ乗る。侍女やその他の者達はここで別れるようだった。

「レイナウト様、どうか、ジュスクムント王国に平和を……」

 フィティの祈るような言葉に見送られて馬車は走り出す。林から森、そして丘を越えて草原を突っ切り、再び森の中の道を進む。城を出てから四時間以上走りっぱなしで、途中馬を休ませる時間はあったが、馬車に揺られ続けているレイナウトの疲労は濃かった。樹木の隙間からのぞく遠くの空は白み始め、夜明けが近いのを横目に森を駆け抜けて行く。それからさらに一時間後、馬車は薄暗い道の脇にある天幕の前に来て停まった。

「……陛下、到着いたしました」

 ロイテルに言われ、レイナウトは全身の疲れと戻って来た眠気でだるい身体をどうにか動かし、馬車から降りた。辺りは木しかない薄闇に覆われ、静まり返っている。そんな中にある白い天幕の存在はどうしたって異質で、気になるレイナウトは吸い寄せられるようにそちらへ近付いた。

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