十四話
「――確認のため、今一度お聞きいたしますが、その侍女の名は、ヘルタ・クロースで間違いございませんね」
「そうだよ。だから僕はヘルタって呼んでた……」
「彼女がどこかへ行ったとか、出かける予定があるなどの話も、なさったことはないのですね?」
「そんな話、したことない。いつもおやつのこととか、何して遊ぶとか、そういうことしか話してなかった……」
城内、レイナウトの私室――ソファーに背を丸めて座るレイナウトの前には、二人の調査官が立っており、かれこれ一時間ほど事件について王子から聴取していた。事件とはもちろん、ヴェンデルに起きたことだ。
国王が突然意識不明になった原因は当初、過労からの病の発症だと思われた。だが詳しく調べられた結果、原因は毒物による中毒だと判明した。植物から抽出した猛毒と思われ、ヴェンデルに表れていた痺れ、めまい、発汗、脱力感などがそれを裏付けた。それはつまり、何者かがヴェンデルの口にするものに毒を混ぜたということだった。
ではいつ混ぜられたのか。ちなみにこの毒は体内に入ってから十五分から三十分の間に症状が表れるもので、その時間内にヴェンデルが口にしたものはただ一つ、レイナウトが持って来たドライフルーツのみだった。その中に毒が入っていたことは間違いなく、よってレイナウトは王子でありながら犯人と疑われる立場に立たされた。しかし話を聞けば、ドライフルーツを用意したのは侍女のヘルタであるとして、調査官は彼女にも話を聞こうとしたものの、すでに城内から姿を消していた。伝えられていた出身地や住所もでたらめとわかり、犯人はヘルタである可能性が高まった。しかし行方知れずの彼女を見つけ出すには手掛かりが乏しく、調査官は王子を含めた城内の関係者に、こうして聴き取りを繰り返していた。
「まいったな。こんなに手掛かりがないとは……」
「侍女が犯人なのは間違いなさそうだ。こうも綺麗に姿を消せたのは、やはり計画していたのだろうな」
二人の調査官は眉間にしわを寄せながら小声でボソボソ話し合っている。それを上目遣いに見やってレイナウトは聞いた。
「……ねえ、お祖父様に会いたいんだけど、いつになったらお見舞いに行ってもいいの?」
これに調査官達は気まずそうに王子を見た。
「お見舞い、ですか……ご心配なお気持ちは重々承知しておりますが、その、陛下の容体は未だ思わしくないようでして、医師以外は誰もお通ししてはならないと……」
毒で倒れてから二日、ヴェンデルは医師によって懸命の治療を受けていたが、意識は戻らず、今も危険な状態に置かれていた。かろうじて脈はあったが、それもひどく乱れ、いつ心臓が止まってもおかしくないほど命の瀬戸際にいた。国王がこんな状態でいることは一部の臣下や側近しか知らず、レイナウトは原因が毒だということも知らずにいた。
「頑張ってって声をかけるのも駄目なの?」
「おそらく、無理でしょう。我々が陛下にできるのは、ここからご回復を祈らせていただくことだけです」
「そう……早く、会いたいな……」
寂しそうにうつむくレイナウトに、慰めの言葉もかけられず、調査官達は同情の眼差しを向ける。
「……それでは、我々は行きます。お話をお聞かせくださり、ありがとうございました」
丁寧に会釈をして、二人は足早に部屋を出て行った。それと入れ違いに侍女がやって来て、盆に載せたジュースと焼き菓子を机に置いた。
「レイナウト様、長くお話を聞かれてお疲れでしょう。こちらで喉を潤してはいかがですか?」
「ありがとう……」
ラズベリージュースの入ったコップを手に取り、一口だけ飲む。
「……ねえ、ヘルタはどこへ行ったの? お祖父様にどんな悪いことをしたの?」
これに侍女は困惑の表情を浮かべて答える。
「さあ……私共は何も聞かされておりませんので……」
知らないという侍女に小さな溜息を吐き、レイナウトはコップの中の赤黒い液体を見つめた。そこには光に反射する、不満のありそうな顔をした自分が映っていた。
それから数時間後の夜――ベッドで寝息を立てていたレイナウトの周囲がにわかに慌ただしくなっていた。懸命の治療の甲斐もなく、ヴェンデルが亡くなったのだ。国王の崩御という一大事は、戦中の国には大きな痛手であり、敵国に知られてはいけないことだった。なので宰相を始め、王国中枢の人物のみが知るところとなり、戦を続ける兵士や民は何も知らされないまま、ヴェンデルの死は夜の闇に密かに隠された。
だが、それは一週間後には城内で、そして国中へ知れ渡っていた。一体誰が漏らしたのか、宰相らは裏切り者や、ダーメルのスパイを疑い、神経質になっていたが、国王の死が知れ渡った今、その犯人捜しをしている暇はなかった。士気の下がってしまった戦をどうにかしなければいけなかったのだ。停戦に持ち込むのが損害を抑える一番の案ではあったが、ヴェンデルの意志に忠実だった宰相や数人の臣下達はそれを拒否し、戦を続ける姿勢を見せた。これにより、城内では停戦派と続行派とに分かれ、連日怒号飛び交う話し合いが続いていた。その間も、国境の前線で戦う兵士達は、勢い付いたダーメル軍によって命を落としていた。
多くの者と同じようにヴェンデルの死を知ったレイナウトは、その衝撃で部屋から一歩も出ることがなくなっていた。両親に続き、祖父まで亡くし、側にはもう家族と呼べる人間はいなくなった。笑って遊んでいた、あの時間は二度と訪れないという現実に、心をえぐる悲しみがレイナウトを動けなくしていた。周りの騒々しさも耳に入らず、部屋で一人、孤独を耐え忍びながら世界が止まったような毎日を過ごしていた。
そんなある日の夜だった。いろいろな不安から眠りが浅くなっていたレイナウトは、部屋の扉が開く音を敏感に聞き取り、ベッドで目を覚ました。叩いたり声をかけることなく開かれた扉に、瞬時に警戒感を高める。誰が入って来たのか、確かめに行こうか迷っているうちに、見えない客はレイナウトのいる寝室に入って来た。恐怖に大声を上げて助けを呼ぼうとしたが、夜でも灯しているランプの灯りに照らされたその顔を見て、出かかった大声は喉の途中で留まり、代わりに驚きの声を上げさせた。
「……お祖母様!」
その姿は間違いなく、国外追放されたはずの王妃ノールだった。孫が起きていたことにノールのほうも驚きつつ、人差し指を口元に立てる。
「シッ……声を抑えて」
「何で、お祖母様が……追い出されて、もう帰って来られなかったんじゃないの……?」
久しぶりに会えた親しい相手に、レイナウトはベッドから下りて駆け寄った。
「本当は王国領内に入ることも許されないのだけれど、レイナウト、あなたのために……この国のために来たのよ」
ノールは膝を付き、視線を合わせて話す。
「夫が……ヴェンデルが亡くなったことは知っている?」
聞かれ、レイナウトは表情を硬くして頷いた。
「あの人はこの国を守ろうと、それは熱心にやってくれていたわ。けれど、戦を始めたことだけはよくなかった。築いてきた平和や、民の暮らしを壊してまでやることではないわ。だからヴェンデルが亡くなって、彼が始めた戦もすぐに終息へ向かうものだと思っていた。それなのに、国王亡き今も戦は続いてしまっているの。始めた張本人はいないというのに……」
「戦は、止められないの?」
「追い出され、王家の人間でなくなった私では無理なのよ。でもレイナウト、あなたは違うわ。あなたは王位を継承する身で、間もなく国王という立場に置かれるわ。新国王として、戦を止めることができるはずよ」
「でも僕、まだ王様じゃないよ?」
「そうでなくても、あなたはもう実質国王と呼べる存在よ。そこには誰も、何の疑問もないわ。だからあなたが動いて、戦を止めるのよ」
「止めるって、どうやって? 僕、何にもわかんないけど……」
「大丈夫よ。私が側で手伝うから。そのためにはまず、ここから出なければいけないわ。……出かける服装に着替えられる?」
「できるけど……どこに行くの?」
「ダーメル王国よ。国境の戦場を避けるから、少し遠回りをして行くわ」
これにレイナウトは丸くした目を向ける。
「戦ってる国へ行くの? そんなところに行ったら僕達、殺されたりしない?」
「心配はわかるわ。でも安心してちょうだい。ダーメル王家に通じる者と連絡を取っているから、間違って殺されることはないわ」
「ダーメル人の友達がいるの?」
「ええ。彼らも戦を仕掛けられて迷惑しているのよ。友好関係が崩れて、あちらの暮らしや経済にも影響が出ているとか。まあ当然ね。戦は破壊と死しかもたらさないもの。そんなことは一日も早く終わらせたいと思うのは彼らも私達も同じよ」
ノールはレイナウトの肩をつかみ、真っすぐ見つめる。
「だから、終わらせられるあなたに動いてもらいたいのよ。お願い。この国がこれ以上衰退する前に、戦を止めてくれる?」
もともと人が死ぬ戦を嫌がっていたレイナウトには、祖母の頼みを深く理解できなくとも、断る気持ちは微塵もなく、わかったと力強く頷いて見せた。これにノールは安堵の笑みを浮かべる。
「ありがとう。……では、着替えて出ましょう」
レイナウトは衣装部屋へ行き、ノールに手伝ってもらいながら外出着に着替えた。そして手を引かれ、音を立てないよう部屋の外へ出た。
「私の後にお続きください」
廊下には腰に剣を提げた見知らぬ男性がいて、険しい顔で二人にそう言った。不安な目を向けたレイナウトにノールは優しく言う。
「大丈夫よ。信頼できる侍従で、私達を守ってくれるから」
武装した侍従に付き従い、二人は暗い廊下を静かに進んだ。誰にも言わず、しかもいてはいけないノールと一緒にいるところなど、見つかれば騒ぎになるとドキドキしながら歩くレイナウトだったが、廊下には意外なほど兵士の姿がなかった。夜は警備で巡回兵がいるはずなのだが、どういうわけか進む廊下には見当たらない。
そう不思議に思っていると、前方に人影が立っていた。そしてこちらに気付くと近付いて来て、先を行く侍従と言葉を交わし、並んで歩き出した。どうやら仲間らしい。ノールも特に何も言わず、城外に出るまでに仲間は四人に増えていた。見つからないよう正門は避け、狭い通用口などを通って城の裏側へ出た。灯りがないと真っ暗で足下すら見えなかったが、合流した仲間の一人が持っていたランプに火をつけると、ほのかに周囲の草むらや木々が浮かび上がった。
「この先の道に馬車が待っているわ。そこまで歩きましょう」
ノールはそわそわするレイナウトに言い、引き続き手を引いて歩き出す。その周りを四人の武装した仲間が警戒する足取りで進む。と、その時だった。
ガサガサと音を立てて草むらから何かが飛び出して来た。
「なっ……待ち伏せ、されたのか……!」
侍従は腰の剣をつかみ、現れた姿を睨んだ。出て来たのは王国軍の兵士だった。それも一人ではなく、六人いる。後ずさり、逃げ道を探そうと背後を見やって、侍従はさらに驚く。後ろにも兵士の姿があった。しかも同じく六人……ノール達は前後を挟み打ちにされていた。
「くそっ、どういうことだ。城内には協力者がいたはずだぞ。なぜばれている」
「裏切られたのかもしれない。もしくは、我々の動きが知られていたか……」
侍従達四人は明らかに取り乱していた。ここで見つかることは想定していなかったのだろう。すると背後から現れた兵士の一人が前に出て来て言った。
「我らが王国の宝であるレイナウト王子を誘拐するとは、大胆不敵、命知らずなことをする輩がいたものだな。しかもよく見れば、国外追放されたはずの者までいる」
ジロリと見られたノールは、レイナウトを抱き締めて不快な眼差しを向ける。
「ノール皇后陛下に、そのような無礼な口を――」
「現在、我らが王国に皇后陛下と呼ばれるお方は存在しない。もう以前に国王陛下によって追い出されてしまったからな。その者は、ただの犯罪人だ」
「何を……!」
「よって、貴様らを王子誘拐の罪で連行する。ただちに武器を捨て、大人しく我々に従え」
「従うと、本気で思って言っているのか……?」
侍従達四人は揃って剣を引き抜いた。相手は十二人と多勢で勝ち目はない。だがここで服従するわけにもいかなかった。どちらを選んでも地獄……ならば力尽くで切り抜けるという一縷の望みに賭けてみるしかなかった。
「貴様らこそ、たった四人で我々王国軍兵士をどうにかできると思っているのか? まあ、抵抗するなら、こちらも手っ取り早い方法が取れて助かるがな」
それを合図のように、兵士達も一斉に剣を抜いて構えた。木々が囲む冷たい空気の中に、男達の殺気が入り混じる――殺し合いが始まりそうな気配に、レイナウトはたまらず声を上げた。
「や、やめて! 僕は――」
上げた途端、ノールはレイナウトの頭を抱えるようにしてその場にうずくまった。その直後、誰かが切りかかる声を上げると、皆が動き始めた。剣がこすれる音、バタバタと走る音、何かが地面に倒れる音……レイナウトはそれらをノールの腕の中で聞いていた。どうなっているのか見ようとしても、ノールは頑なに腕の中から解放してくれない。やがてうめき声が聞こえ、乱れた呼吸が聞こえた。何人も動き回る気配はなくなり、次第に静かになっていく。
「ノール様……申し訳、ございま、せん……」
側から苦しそうな声がして、ノールの腕からやっと力が抜けた。レイナウトはその腕越しに周囲の様子を見た。兵士達が剣を片手に立っている足下に、侍従達四人がバラバラの場所で倒れていた。うつ伏せで動かない者もいれば、首を赤く染めて夜空を見続けている者もいる。そしてすぐ横を見れば、侍従が口から血を流して倒れていた。浅い呼吸を繰り返していたが、それもやがて止まった。守ってくれる者は全員殺されてしまった。それを知り、ノールは近付いて来た兵士を見上げる。
「……私を、殺すの?」
「王子を返してくれれば、この場では殺さない」
「結局殺すというの? 王妃である、この私を……!」
「だから、そんな存在は我らが王国にはいない。おられるのは次期国王のレイナウト王子だけだ。……さあ、王子を渡せ」
兵士が肩をつかむと、ノールは身を揺らしてそれを振り払う。
「触らないでちょうだい! 一兵士の分際で!」
「勘違いもいい加減にしろ。お前はもう王妃でもなければ、王家の者でもないし、この国の人間でもないのだ。逆らうのなら――」
「殺されて、たまるものですか……!」
ノールは突如立ち上がると、レイナウトの手を引いて駆け出した。その無意味な抵抗に兵士は突っ立ったまま溜息を吐く。
「仕方のない……」
呟いて兵士は前方にいた仲間に目で指示する。ドレスを揺らして逃げるノールの背後に迫った兵士は、剣を振り上げると躊躇なくその背に切り付けた。
「あぁっ……」
短い悲鳴を上げてノールは倒れ込む。
「お祖母様!」
つないでいた手が離れたレイナウトは慌てて近寄るが、それをさえぎるように切り付けた兵士が立ちはだかると、うつ伏せで動けないノールの背中に追い打ちをかけるがごとく、剣を垂直に突き立てた。
「うっ、ぐ……」
「なっ、何するんだ! やめてよ! お祖母様を傷付けないで!」
あまりの光景に泣きわめきながら兵士を止めようとするが、後ろから別の兵士に身体をつかまれ、レイナウトは動けない。その間も剣は祖母の背中に刺さり続け、ノールは低いうめき声を上げる。が、だんだんと小さくなると、声は途絶えて手足も動かなくなった。それを確認すると兵士はようやく剣を引き抜いた。
「……王子誘拐実行犯、全員片付けました」
「よし」
十二人の兵士達は剣を納めると、涙を滲ませるレイナウトの前に並んだ。そしてノールを切り付ける指示を出した隊長らしき兵士が言う。
「レイナウト様、お部屋へお送りいたしますので戻りましょう。これでひとまず危険は――」
「お祖母様を置いて行けない……」
「こやつらのことは我々にお任せください。レイナウト様はお部屋で休まれて――」
「何でこんなことしたの……ひどいよ。ひどすぎるよ……」
動かなくなったノールを見つめながら、レイナウトはまた大粒の涙を流し始める。その姿に隊長は顔に困惑を浮かべて膝を折り、泣く王子を見据えた。
「騙されてはいけません。確かにこの者は、レイナウト様のお祖母様だったのでしょうが、今や犯罪人なのです。こうしてレイナウト様を誘拐しようとしたことが何よりの証拠です」
「お祖母様は誘拐なんてしてない……戦を、止めようとしただけだよ……」
「止めようと、レイナウト様をどこへお連れしようとしていたのですか?」
「……ダーメル、王国……」
隊長は険しい表情で小さく息を吐く。
「やはりそうでしたか……この者は、我らが王国まで裏切ろうとしていた」
「そんなんじゃない。裏切ってないよ。戦を止めたいから僕を――」
「それは表向きの理由でしょう。実際は、レイナウト様を人質として誘拐し、こちらに降伏でも迫るつもりだったのです。おそらくこの者は、追放処分を機にダーメル王国という敵側についたのでしょう。王国人だった誇りも何もかもを捨てて」
「嘘だ……お祖母様は、そんなことしてないよ……」
「ならば、なぜダーメル王国へ行こうとしたのでしょうか。犯罪人とは言え、元は王家の人間なのです。そんな者が戦をしているダーメルへ行けば、ただちに捕まることになります。最悪、命を奪われることも考えられるというのに。避けるべき場所へおもむこうとした理由、それはダーメル王国と通じていたからに他なりません。命の保証がなされていたからです」
ダーメル王国と通じる――レイナウトはノールの言葉を思い出す。ダーメル王家と通じる者と連絡を取っていると、部屋では確かにそう言っていた。
「でも、お祖母様、友達だって……」
「その友達と結託し、王子、あなたを誘拐しようとしたのです」
レイナウトは呆然と隊長を見つめる。
「……お祖母様は、僕に、嘘をついたの?」
「レイナウト様に不審を持たれないよう、戦を止めることを口実にしたのでしょう。正義感と慈しみのお心を持たれるレイナウト様ならば、拒否はされないと踏んだのかもしれません」
聞かされる言葉はどれも真実みがあって、レイナウトは頭がクラクラしていた。もし本当ならノールは孫を騙して誘拐した王国の裏切り者になる。だがいくら隊長の言葉に説得力があっても、レイナウトの心はまだ半信半疑だった。家族を、夫のヴェンデルを思い遣っていたノールが、王国と孫を裏切る行為などするのだろうか。昼食会をしていた姿と、隊長が示した現状の姿は、レイナウトの中ではあまりにかけ離れて一致させるのが難しかった。
「……やっぱり、信じられないよ」
脳裏に残る、部屋で話していた真面目な顔……レイナウトにはあれが嘘をついていた顔にはやはり思えなかった。ノールは真剣に、心から戦を止めたがっていたのではないだろうか。王国を裏切るどころか、この先を深く憂えて……。
「信じ難きことであっても、この者が誘拐を実行したことは事実なのです。しかもダーメル王国とつながっている……これは由々しきことです」
隊長は鋭くした眼差しを向けると、レイナウトをじっと見つめて言う。
「現在、この国には王がおらず、兵も民もより所を失い、不安定な日々を送っております。士気は上がらず、決まるべきことも決まらない。ですが、それらは新国王が玉座に就かれれば、ただちに解決されることでしょう。我らを導いてくださる王……その存在が目に見えるだけでも、ダーメルの勢いをくじくことはできるはず」
見つめる隊長の眼差しに熱がこもる。
「一兵士の立場から申し上げるのは過ぎたことではございますが、けれどお願い申し上げます。王位を継がれ、新国王として、このジュスクムント王国をお導きください! 我らが生まれ生きて行く地を、レイナウト様のご威光でお守りください!」
願いの圧にレイナウトは後ずさりしたいのを抑えて言う。
「導くとか、守るとか、わかんないよ……母上もお祖父様も、誰もいないのに……」
「まさか、レイナウト様まで王国をお見捨てになることはございませんよね? 我らを導けるのはもうレイナウト様しかおられないのです。道半ばで倒れられたヴェンデル陛下の無念を、どうか晴らしていただきたい」
「お祖父様の、無念……?」
「はい。陛下はこの国をダーメルから守るため、ご体調もいとわず、連日会議に出られておりました。すべては王国の平和と繁栄のため……レイナウト様が進まれる将来の安寧を思い、行動されておりました。ですがそれは叶えられず……陛下は大層ご無念なことでしょう。レイナウト様にはぜひ、王位と共に陛下のご遺志を継いで、王国の平和という願いを叶えていただきたいのです。それは我々も、民も、心待ちにしていることなのです」
「レイナウト様、どうか一日も早く玉座へお就きください!」
「我らのために、どうか!」
他の兵士達にも口々に言われ、レイナウトはただ呆然と聞くしかなかった。九歳の子供に王位や玉座をどうこうしたいという考えは浮かばないし、どうすべきかもわかっていない。だが自分が国王にならなければいけないということだけは何となく理解していた。皆がそう望むのなら、国のためになるのなら――レイナウトはその程度の気持ちだった。
五日後、城内では簡略化された戴冠式がひっそりと行われた。臣下達に言われるがまま王冠を戴いたレイナウトは、公に国王となったのだった。




