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同一世界観で書いた話

一人と一匹、長閑歩き

作者: 瓶覗

 届けた荷物と引き換えに、新しく別の荷物を受け取って家の前から離れる。

 受け取った箱に届け先と送り主を書いた紙を張り付けて、小脇に抱えて宿を目指す。

 横を機嫌よく歩いている大きな犬が時々こちらを振り返るので、見つめ返して小道を進んだ。


 宿に部屋を取って、荷物を下ろしてベッドに腰かける。

 人の良い宿の主人は犬が中に入るのを嫌がらなかったので、ベッドのすぐ傍には機嫌よく尻尾を振りながら、お行儀よく座っている犬がいる。


「さて、詰め直すか」

「わふ」


 呟いた言葉に返事が返ってきたので、頭を撫で繰り回しておく。

 ひとしきり撫でて満足したところで、受け取った箱を荷物の中に追加する。

 背負うと頭の高さを優に超える背負子には、既に荷物が大量に積まれていた。


 重さと大きさと、後はまぁ、余裕があれば届け先も加味して乗せる場所を選び、決まったら固定する。

 作業が終わるまで、横で大人しくしていた犬の頭を再度撫でる。


 ピンと立った耳と、きりりとした瞳がこちらを向いた。

 渓流のような爽やかな色味の毛並みと、同じ色の瞳。

 大体いつも一日歩き通しだから、身体は筋肉質で引き締まっている。


「ルシー……お前は本当に美犬イケメンだなぁ」

「わふ」


 宿の中だからか、返事の音量は小さ目だ。

 この犬、ルシーと出会ったのは、まだルシーが子犬だったころだ。

 その頃から荷運びをしていた自分に、何故だか子犬だったルシーがついてきた。


 そのうち飽きるだろうと思っていたのにずっと付いてくるものだから、途中から気にして、気付いたらどこへでも一緒に行く相棒になっていたのだ。

 賢い子だから困ることも無いし、それまで話し相手もいない一人きりの荷運びだったのが思ったよりも退屈だったのか、置いていく気にはなれなかった。


「さて……明日は野営だろうし、今日早めに寝よう」

「ワン」


 返ってきたいい返事にルシーの頭を撫でて、荷物の中から着替えとその他要る物を持って風呂を借りに行く。

 ルシーは部屋で待っているらしいので、さっさと浴びて戻ってくることにした。





 翌朝、日が昇ったばかりの頃に宿を出る。

 宿屋の主人から手紙の配達を頼まれたので、向かう先が一つ増えた。


「よし、行こう」

「ワンッ」


 まだ村人も寝静まっているだろう時間だが、ルシーは既に元気いっぱいだ。

 荷物を背負い直して、少し先を行くルシーを追いかけた。

 背負子には荷物が大量に積まれているが、重さは見た目に反してずっと軽い。


 この背負子には風魔法の魔法陣が彫り込んであり、荷物の重さを半分以上軽減してくれているのだ。

 買う時はそれなりに気合を入れる必要があった、大事な商売道具である。

 そんなものが買えるくらいには、長く荷運びをやっている。


 行動範囲は、四、五、六大陸の三つだが、だからこそ顔見知りもそこそこいる。

 楽ではないが、好きな仕事だ。



 村を出てから、野営を数日。途中から小川を遡る道を選び、川の中を上機嫌に進むルシーを眺めながら歩いて、次の目的地だった村が見えてきた。

 大陸の端、外海に面するこの村に訪れる人は多くない。


 そもそも国や街であれば荷物を運ぶ馬車も多いが、こういった村に行く荷運びは限られているのだ。

 だからこそやっている仕事でもあるし、この村にも過去何度も足を運んでいる。


 そんな、そこそこ見慣れた村に、不釣り合いな巨大な馬車が止まっているのが見えた。

 その馬車にも見覚えがある。

 毎度毎度別の場所で見かける馬車だ。


「ルシー」

「わふ」

「行ってきていいぞ」


 足にピッタリ寄り添うように立っていたルシーに声を掛けると、嬉しそうに尻尾を振りながら馬車の方へ駆けて行った。

 元々なつっこい子だから、昔構ってくれた人を覚えているのだろう。


「やあ」


 なんて考えながらルシーの後をのんびり追いかけて村に入ると、横から声を掛けられた。

 声の方へ顔を向けると、自分より低い位置に少女のようなあどけなさが残る顔がある。

 けれど、その眼は少女というには世界のあらゆるものを見てきた鋭い眼だ。


「どうも。奇遇ですね」

「そうだねぇ。ボクたちも昨日着いたところなんだよ」


 あの巨大な馬車、アジサシという旅商人たちの店なのだが、その店主であるこの少女とも顔見知りだった。

 街で見かけたり、買い物をするだけなら向こうの記憶には残らなかっただろうが、こうして辺境の村でも何度か顔を合わせるうちに覚えられたようなのだ。


 覚えられた要因は、恐らくもう一つ。

 今は店になっている馬車の近くで他の人に構ってもらっているルシーの存在が大きいのだろう。

 なにせルシーはなつっこい上に美犬イケメンだ。自分を覚えていなくてもルシーを覚えている人もいるくらいには、記憶に残りやすい。


 なんて、ルシーの事を考えていたのが伝わってしまったのか、それとも構ってもらって満足したのか、ルシーが足元に戻ってきた。

 もういいの、と声を掛けたらいい返事が返ってきたので、とりあえずこちらも仕事をすることにする。


 預かってきた荷物を渡して、手紙も何通かあったので一軒一軒届けて回り、また別の荷物を受け取ったり手紙の代筆をしたりして、それなりに時間が経ってからようやく一通りの仕事が終わった。

 終わったのでさあ宿に行こうと休憩がてら腰を下ろしていた切り株から立ち上がると、ルシーが何かに反応するようにどこかを向く。


 その方向へ眼を向けると、まだアジサシの店が開いているのが見えた。

 ルシーに目を戻すと、ルシーもこちらを向く。


「……なんか欲しい?」


 返事はない。違うらしい。


「あー……うん、見に行こうか」

「わふ」


 今度は返事があった。ルシーではなく、自分に買い足すものがあるんじゃないかと思っているようだ。

 何かあったかな、と考えながら歩いて寄って行き、見慣れた顔の店番に軽く片手を上げる。

 馬車の壁を開いて店のカウンターにしている関係上、少し位置が高いので被っている編み笠を逆の手で持ち上げた。


「レンさん。こんばんは」

「どうも」

「何かお探しですか?」

「いや、分からんのだけどな、ルシーがいけというから」

「あっはっは、なるほど」


 その後少し、色々と足りなくなっていそうな物を探すのを手伝って貰い、髪紐を二本と靴ひもの替えを買った。

 ルシー用に干し肉を買ったらよだれがダラダラになっていたので、一欠けら先に渡しておく。


「レンさんは次どこへ?」

「次は四の方へ行く。そっちは?」

「僕らは一です。すぐ出るんですか?」

「おぅ、明日、日が出る頃には」

「早いですねぇ」


 話している間にルシーが干し肉を食べ終えていたので、手を振って別れ、宿に向かう。

 ここの宿の店主は顔馴染みで、風呂に入るのが一番最後、お湯を払う前ならいいと言ってくれており、ルシーも風呂に入れられるのだ。


 毛が長くないとはいえ、汚れていない訳ではない。

 洗えば毛艶は良くなるし、香りもよくなるし、洗った後なら宿のベッドで一緒に寝ても文句は言われないのでやらない手はない。


 ルシーも嫌ではないらしく(そもそも水浴びも好きだから、同じ感覚なのかもしれない)大人しく洗われてくれるので、一緒に風呂に入ってしっかり乾かして寝るまでの時間は、滅多に出来ない贅沢のようなものだ。


「さあ、寝ようルシー。明日はまた野営だ」

「わふ」


 しっかり乾いたルシーの頭を撫でてベッドに横になると、すぐに横にルシーが来る。

 いつにもましてツヤツヤになった毛並みを撫でながらルシーを抱え込むと、顎を胸の上に乗せられた。

 程よい重みと暖かさに瞼が降りて、抵抗の余地なく眠りに落ちた。



 翌朝、日が昇った頃に宿を出て、村の入口の方へ向かう。

 途中でアジサシの巨大な馬車を見かけたが、まだほとんどの人は寝ているようだ。

 唯一起きていたのは御者をしている人で、いつも長い外套のフードを目深に被っているから表情は分からない。


 すかさず愛想を振りまきにいったルシーの揺れる尻尾を眺めて、軽く屈んでルシーを撫でてくれているフードの人に目線を移す。

 満足したらしいルシーが戻ってくるのと合わせて視線がこちらに向いたので、軽く会釈をしてルシーを軽く撫でる。


 向こうからも、軽い会釈が返ってきた。

 話したことも無いが、このやり取りはもう何度もやっているのだ。




 そんな調子で村を後にして、ほどほどに日差しが降り注ぐ空の下をのんびりと歩いていたら、ルシーが急に歩みを止めて遠くを睨み始めた。

 どうやら、何かが居るらしい。


「ルシー、どうする?」

「バウッ!」

「はいよ」


 促されて、のんびりついていた杖を短く持ち直す。

 そして、先導するように駆けだしたルシーを追った。

 基本的にはのどかな道中だが、まぁ魔獣やら魔物やら、時には盗賊やらに襲われることもある。


 ルシーの反応からして今回は人ではないようだし、そこそこ走れば追っては来ないだろう。

 ちらちらとこっちを見ているルシーに大丈夫だと合図を出して、荷物を軽く背負い直す。

 この程度でへばるようでは、荷運びなどやっていられない。


「……ルシー、今日は川辺で魚でも取るか」

「ワンッ」


 何となく投げた問いかけに嬉しそうな声が返ってきたので、今日の夕飯が確定した。

 そのまましばらく走って、ルシーが足を止めたので自分も止まる。

 もう追ってきてはいないようなので、ここで一旦休憩だ。


 近くの木陰で水分補給をして、ルシーにも水と干し肉の欠片を渡す。

 お互いの呼吸が落ち着くまで休憩をしたら、背負子を背負い直して杖を静かにつく。


「さて、行くか」

「わんっ」


 朗らかな声と共に、ルシーが歩き出した。

 ちらちらとこちらを振り返る視線に目を合わせながら、機嫌よく揺れる尻尾を追う。

 なんとも長閑な、いつも通りの道中である。


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