プロローグ
「アース! 強化だ!! さっさとそのチビに指示しろ!!」
輝ける剣を構えながら叫ぶのは、剣の勇者の称号を得た選ばれし存在。
世界が脅威に陥る時、神々は才能ある者達に勇者の称号を与える。
目の前に居る男チャールは、その勇者の称号のひとつを授かった一人。剣を使えば一流。剣の能力が極限まで上がる。
「誰がチビよ! いっつもいっつも!! ねえ、アース! なんとか言ってよ!!」
不機嫌そうに僕に訴えてくるのは、僕こと召喚士アースが召喚した妖精ティナ。成人男性の顔ぐらいの大きさの身長。妖精と言えば羽が生えているイメージがあるけど、ティナにはない。
どういう原理で浮いているのか彼女自身もわからないようで、お洒落が好きのようだけど、僕の稼ぎを気にして我慢している節がある。
今着ている服は、最初から着ていた服で、どこかお姫様を連想するような真っ白なドレスだ。
「あはは。と、とりあえずチャールのことを強化してくれないか?」
僕は、苦笑いをしながら召喚士としてティナにお願いをする。
「むう! アースに感謝しなさいよ! 本当に!! 〈ブースト〉!!!」
納得がいかないと言った感じだけど、ティナは彼女が使える強化魔法〈ブースト〉をチャールに使う。
「やっとか! おせぇんだよ!! はあ!!」
身体能力が上がったチャールは、手に持った聖剣を魔物の軍勢へと振るった。
その一撃は強力で、何百と居た魔物の軍勢を一掃した。
「はっ! 数だけは凄かったが、所詮は雑魚の集まりだったってことだな!」
「あっ、こっちは終わったのね。さすがチャール」
「おう! マーシャ! そっちも終わったみたいだな!」
戦いが終わり、近寄って来たのは魔法使いの少女マーシャと戦士ブライだった。
「見てたぜぇ! やっぱ剣の勇者の一撃はすげぇな! あれだけの魔物を一掃するんだからな!!」
更にもう一人、聖女シャルが居る。彼女は今、共に戦ってくれていた他の者達の治療をしている。
僕達は、魔王が世界を闇で染めるために造った闇のダンジョンを攻略している。
普通のダンジョンと違い、魔物の強さは尋常ではない。
だけど、闇のダンジョンをそのまま放置していると世界が闇に浸食されてしまう。だからこそ、僕達は命をかけて闇のダンジョン攻略に挑んでいる。
「だけど、やっぱり闇のダンジョンの影響は出てるわね。なんだかいつもより魔物達が凶悪って感じだし」
「ああ。しょーじきめんどうだぜ」
「まあ、俺が他の勇者達よりも先に魔王を倒してやるよ!」
「さっすがー!」
「頼もしい限りだぜ!」
戦いが終わり、三人は楽しそうに笑う。
僕は、それを離れた場所から見詰めていた。すると、まだ不機嫌そうな表情をしているティナが近づいてきてぶつくさと呟く。
「まったく何よ。さっきの一撃は、私の力……ううん、アースのおかげなのに!」
「僕の力じゃないよ」
「もー! アースは謙虚過ぎるのよ!! 元々私を召喚したのはアースなのよ? アースがいなかったら、私もここに居ないんだから!」
「うんうん。元気づけてくれるんだな、ティナ。ありがとう」
「べ、別に! 私は本当のことを言っただけだし!」
確かに、僕はティナを召喚した。
けど、ティナだけなんだ。
僕は召喚士としてチャールのパーティーに参加しているけど、いまだにティナ以外召喚できていない。僕とチャールは幼馴染で、一緒に冒険者として故郷を出た。
元々僕は剣士だった。けど、ある日のことチャールが剣の勇者の称号を授かったのきっかけにティナを召喚したんだ。そこから、僕は剣士というよりもさっきのように後方から支援をする立ち位置になった。
「よう、アース」
「チャール」
「街に帰ったら、お前に話すことがある」
「……わかった」
・・・・
現在拠点としている街ティランズ。
僕は、そこにある一番大きな宿屋に居る。帰る前にチャールから言われていた話というものを聞くためだ。
「ねえ、アース。あいつとの約束なんて放っておきましょうよ!」
「だめだよ。チャールはパーティーのリーダーだし。大事な話みたいだから」
「もう……」
ティナはチャールが嫌いみたいだ。いつもいつもチビと呼び強化魔法を使えと命令をするからだろう。チャールほどじゃないけど、マーシャやブライのことも嫌っている。
唯一仲良く? しているのはシャルだけかも。
「チャール。僕だ」
とある一室の前に来た僕はノックをし呼びかける。
「おう、入れ」
チャールの許しを得てから、僕は部屋の中へと入る。
そこには、チャールだけじゃなく、マーシャとブライも居た。
「二人も居たんだ」
「おう。重要な話だからな」
「そうそう。重要な話、ね」
「……シャルはいないんだね」
これだけ集まっているのに、シャルだけが居ない。
「シャルは、教会の方に行っているんだ。まあ、後で来るはずだ」
「……それで、話っていうのは?」
僕は椅子に座らずにチャールへ問いかける。
「ああ。それな。まあ、長々と話すこともない。……アース。お前は、今日でパーティーから抜けてもらう」
「……」
なんとなく、察してはいた。
だけど、こうやってチャールの口から直接聞くと……あぁ、やっぱりそうだったか、と。
「あ、あんた! アースの幼馴染なんでしょ! 今までずっと一緒に戦ってきたんじゃないの!?」
「本当にうるさい妖精だな。あぁそうだよ。だからなんだ? 俺は剣の勇者だ。そして、世界を救わなくちゃならない。そのためには、もっと強い仲間が必要なんだ。……わかるよな? アース」
チャールの言葉に僕は、何かを言おうとするもぐっと言葉を飲み込んだ。
そして、静かに踵を返す。
「アース!?」
「さすが幼馴染だ」
「あ、あんたねぇ!!」
「良いんだ、ティナ。僕がこの中で一番弱いのは事実なんだから」
今にも飛び掛かりそうなティナを僕は静止する。
「ふふ。わかってるじゃない。まあ、そこの妖精は少し役に立ってたけどね」
「お前がもっと色んなの召喚してればな」
「ブライの言う通りだ。あっ、ちなみにお前に代わる仲間はすでに決めてある。もちろん、お前と同じ召喚士だ。お前と違って本職のな」
本職の召喚士、か。やっぱりチャールは、僕のことをパーティーが追い出すことを前々から計画していたんだな。
「あんた! 私の強化魔法がなくなっても戦えるの!?」
「馬鹿か? 強化魔法なんて俺自身もできる。お前に使わせていたのは、やることがないと可哀そうという幼馴染の優しさだ」
「な、なにが優しさよ!! どーせ馬鹿にしてたんでしょ!!」
確かに、チャール自身も強化魔法を使える。誰かがわざわざ使わなくても良かったんだ。
「これはパーティー全員の総意なんだ。今更覆すことはできない」
「じゃあ、シャルも?」
「もちろん」
彼女とは一番付き合いは短いけど、一番仲が良かったと思っていた。やっぱり彼女も、僕は世界を救う勇者パーティーにはふさわしくないと思っていたのかもな。
「……わかった。それじゃあ、世界を頼んだよ」
「ああ、この剣の勇者に任せておけ」
「行こう。ティナ」
「うぅ!! ばーか!! ばーか!!!」
自分の不甲斐なさを悔いながら、世界が平和になるように願いながら、僕は部屋から出て行った。