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海を越えた梢の花とウィルバートン家の呪い  作者: 高台苺苺
第3章 いつもと同じ朝を貴方達と共に・・・
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第4話 小さな奇跡の村


 リザは可愛いパッチワークの熊お並べて自慢気に言う。


 「街の教会や孤児院や小学校への寄付集めに、こう言う物も作って売るの。キーナの街には手先の器用な人が多くてね。女性もだけど、男性でも。ユカリはどう?」


 うーんと由華里は唸る。自慢じゃないがそういう系は苦手だ。リザは直ぐに理解して、気にしないでと笑った。


「ユカリ、あんた今週は暇?」

「今週?」


 ふと、アーネストが今週は屋敷でのんびりしていろと言っていたのを思い出した。


「ええ。暇よ。来週から忙しくなるから、今はオフね」


「良かった。じゃあさ、このフェスティバルの手伝いをしに来ない?なんだか、あんたは取り澄ましたマダム達とは随分違うし、私達…気が合いそうじゃない?それとも、こういうボランティアは嫌い?」

「ボランティア?」


 由華里は突然目の前が開けたような新鮮な感覚を感じた。

 そうか!これはボランティアなんだ!由華里も上流社交界のマダム達も、当然沢山のボランティアに参加したり寄付をしている。それと同じのだ。

 週末に来ないかと言われた瞬間は、どうウィルバートン夫人としてつじつまを合わせようか思案しだした自分がいたが、これは、ウィルバートン夫人として相応しくない行為ではないとリザが結論つけてくれたのだ。

 由華里は急に胸がドキドキワクワク高鳴って来た。こんな気分、久しぶりだわ!


「ええ!いいわよリザ!私にできることなら手伝わせて!!」


 ブーッ!!と、マークはいきなりコーヒーを吐き出し、汚いわね!!と、女性二人の顰蹙を買ったが、そんなの無視してマークは仰天して立ち上がり大声で叫んだ。


「由華里様!!冗談じゃないですよ!!そんなこと、アー…!!」


 マークの口に指を当てて、黙ってと言うように由華里は睨んだ。


「コ・グ・レ!に!ちゃんと許可とるから?いいでしょ?」


 何がコグレだ!!…と、マークは叫びたい言葉を飲み込んで胸の中でぼやいた。だが、久しぶりに頬を紅潮させて嬉しそうな顔をする由華里に、決まり文句でいつもいう言葉を飲み込んだ。


 仕方ないか…。


「わかりました。いいですよ。ですが!!ちゃんと!必ず!今日帰宅したら直ぐに!!コ・グ・レ様にお話しをして許可をいただいてください!でないと、僕は明日から運転をしませんからね!」


「わかったわよ!いちいちうるさいわねっ!子供じゃないんだから、そんなに言い含めて言わなくてもいいでしょう!?」


 途端に、二人の後ろからゲラゲラ笑う声が響いてきた。振り返ると、ガベック神父と男性達が二人の話を聞いていたらしく、大笑いをしていた。そして、「お目付け役とは上手い言い方だ!」と、また腹を抱えて笑った。


「何を笑っているの?」 


 その声に誘われたように、次々と女性陣達がテントの下に集まり、コーヒー缶に小銭を投げ入れると、セルフでコーヒーを注ぎ、由華里達の周りに座って、ドンドンと切り分けたパイが乗った紙皿を由華里の前に置いた。


「何?また寄付のパイ?でも私はこんなに食べれないわ」

 女性達はゲラゲラ笑った。

「これは試作パイよ。日曜のコンテストに出すのに焼いたの。みんな味見してみて!はい、ユカリとマークはこれね」


 レモン、ラズベリー、アップル、クランブル、ブルーベリー、ミンス・ミント、ミートパイがどんどん重なる。由華里は怪訝な顔をした。ブルーベリーパイを一切れ切って、由華里に差し出した女性が笑って言う。


「あんたちゃんと旦那さんに食べさせてもらってるの?ガリガリじゃない?フェスティバルまでに少しは太ってきなさいな。こんなんじゃ、誰もあんたからコーヒーを買ってくれないわ」


 由華里は大きく目を見開いた。


「私、コーヒーを売るの?」

「そうよ!若い綺麗な女性がにっこり笑って、観光客にバンバン、コーヒーとクッキーを売ってもらうわ!」

「私、手伝っていいのね!?」


 当たり前でしょ?と彼等は笑う。


「リザの友人なんでしょ?」

 リザは茶目っ気のある顔で笑うと、そうよ!と由華里の肩を抱き寄せて笑った。


「ユカリとマークはアタシの友達!」

 一同はどっと笑い、驚いている由華里に、さあさあとパイを勧める。


「あたしのブルーベリーは美味しいのよ!昨年のコンテストで2位だったの!」

「一位はあたしのレモン・パイよ!」


 由華里は嬉しそうに笑い、パイを頬張った。素朴で甘い優しい味に、なんだか目頭が熱くなってきた。賑やかな声につられて、次々とお客がテントに入ってくる。そうだと、由華里はバスケットを開いて中から、大きなパイを取り出した。


「うちのコックが作ったパイなの。アップル・パイ。これもみんなでいただかない?他にもサンドイッチとか色々あるのよ。おにぎりとかもあるの。可愛い花寿司もよ」


 いいわね!と、一同は籠から次々とサンドイッチやフルーツや花鮨を取り出し、紙皿に分けて配った。美しく詰められたまるで高級グローサリーの様なランチボックスに、街の人達は凄い!を連発し、どんどん入ってくる観光客達にもどんどん渡す。


そして一口、メイルのパイを食べた一同は、うっと詰まったように固まった。そして、深いため息を着いて由華里に言った。


「ユカリ…コンテストの当日にこのパイを持ってくるのも、あんたの所のコックが来るのも禁止だ。これじゃあ!票は全部あんたの所のコックが総ざらいじゃないか!!」

 そして、村中に響き渡る声で、ゲラゲラと笑いだした。


 パイをみんなで食べた後、リザが由華里達に「村を案内するわ」と言い祭りの会場から連れ出した。少し離れた丘まで3人は他愛のない話しをしながら歩き、そしてそこから一望できる村を見渡した。


 こじんまりした村は周りに広がる牧草地帯や農場で酪農や農業をする物、マンハッタンに仕事で出る者と二分されていると言う。そのどちらも上手くここに定住し、この街は比較的上手くいていると説明する。

 そして村の中心に立つ教会の尖塔を指差し、リザは広げた両手にすっぽり入る小さな村を愛おし気に見て言う。


「本当はもう村ではなく町の大きさではないくらいに人口が増えたので、正式にはキーナ町なの。でもね、私達は親しみを込めてキーナ村と呼んでいるのよ。その方がなんだか親近感がわかない?」

 と、自慢げに言う。由華里はリザの話に頷きながら、その小さな町を愛おしげに見つめた。


「素敵な村ね」

「そうね。マンハッタンなんかに近いけどこういう牧歌なまま残っているのは奇跡に近いと言われているわ」


「奇跡の村」

 そんな感じがする。由華里は微笑んだ。


「結構周りには開発された高級住宅街が多いせいか、治安もいいのよ。考えたら、その高級住宅街に囲まれたようにこの村がある感じね。知っていた?この村のあそこの川から…あっちの遠くに見える住宅街の間に広がる森は、全部ウィルバートン財閥グループの物なのよ」


「え?」


 由華里はギクリとした。そこはまさしく由華里達がピクニックをしようとしていた方角だった。


「何かの開発で、数年前にグループがここら辺一体を買い占めてね…当時はかなり反発があったんだけど…なんだかその開発がここ数年止まったままなのよ。お蔭でここら辺の自然がそのまま残され、観光的にこの村も救われているのよ」


「…どうして…開発が停まったのかしら?」


「さあ?金持ちの考える事はわかんないわね」


「あちらの森は?あちらの森もウィルバートンの?」


 由華里は自分達がピクニックをしようとした原っぱのと逆の方を指差した。


「違うわ。あっちはB社の。確か何かの工場が建つと言っているけど頓挫しているのよ。どうもウィルバートンが買収を仕掛けているとか聞いたわ。もしかしたら、あの区域も全部買い占めてから、ここら辺の開発を進めるのかもね。そうするとこの村はウィルバートングループの所有の土地の中にすっぽり入るから…」


 開発…

 この美しい奇跡の様な街や風景が一変してしまう。無残に。

 由華里はウィルバートンが進めている開発と聞いたせいか、なんだか胸が痛んだ。


「そうすると…ここも随分と変わってしまうわね。素敵な村なのに」

「仕方ないわよ。時代の流れには逆らえないわ」


 リザは苦笑して、ゆっくりと丘を降りだした。由華里は少し遅れながら、マークに囁いた。


「私がピクニックしようとしていた原っぱは…ウィルバートン所有の土地だったの?」

「そうですよ。更に訂正して言えば、あのB社の土地も既にウィルバートンの物です」

「え?」


 マークは立ち止まり、グルリと村を囲む広大な緑の空間を全て指示した。


「全て…ウィルバートンの物です。実を言えばこの街の殆どの土地もウィルバートンの物です」


 由華里は強大な掌の上に包まれる小さなキーナの村を想像し、慄然とした。大きな力の中にぽつんとある小さな村。


 まるで…

 自分みたい…。


 由華里は眉根を寄せた。


「木暮はあの村をどうする気なのかしら?」

「アーネスト様が?ハハハハハ」


 マークはおかしそうに笑うと、由華里の腕を取り草の坂道を降りだした。


「アーネスト様はあんな小さな村の事など知りませんよ。ここはウィルバートン・グループの不動産部が開発をする予定です」


「何に?」

「ニュータウンに」


 ヒュウッと森から吹いてきたまだ肌寒い風に、由華里は身を震わせた。この綺麗な村が…同じ建物が整然と並ぶ無機質なニュータウンになる?


 酷く悲しい気持ちに由華里は心を痛めた。だが、それを停める手立ても何も由華里には無い。


「リザ達は知っているの?」

「まだでしょうね。まだ土地の買収が完全ではないので、開発はまだ始まらない筈です」


「どうしてマークはそんな事を知っているの?」

「ここに来る前に、ここの地理的土地情報を得て置いたんですよ。護衛の為に」


「そんな事も必要なの?」

「当たり前です。見知らぬ土地に無防備に由華里様を連れて行けるわけがないじゃないですか」

「…私の行動は…全部管理されているのね…」


 小さく呟いた由華里の言葉に、マークは「え?」と聞きなおす。当然の事を改めて問いただす自分に、由華里はどきりとして、なんでもないと慌てて首を振った。


「木暮…キーナのボランティアを許してくれるといいけど…」


 マークは渋い顔をした。


「ボディーガードの立場から言わせて頂ければ…できればアーネスト様には反対していただきたいですね。不特定多数の人間が集う場所に、貴女を長時間いさせたくないです。体調も芳しくないし」


 由華里は苦笑して、真っ直ぐに村を見るマークを見上げた。


「体調、体調って…そんなにわたしは具合が悪く見える?」


「見えますよ。リザ達にも言われたじゃないですか。ガリガリだからもう少し太れと」


 そうね…と、由華里は自分の頬に手を当てた。

「もう少し太らないとダメね…甘いお菓子を沢山食べれば太れる?」


「そういう太り方じゃないですよ」

「どういう太り方?」


「それは健康的な食事と規則正しい生活と適度な運動と…」

「マーク…なんだかお母さんみたい」

「はいいっ!?」

「でなければ、ラーナみたい。マーク、最近ラーナに似て来たわね?」


 可笑しそうに笑いながら由華里は腕を外すと、村の入り口で待つリザの所に子供のように駆け出した。その後ろ姿を見ながらマークはぼやくように言った。


「まあね…それで貴女が元気になるなら構いませんよ」


 そして目を細めて笑った。あんなに楽しそうな由華里を見るのは…本当に久しぶりだと思いながら。

 教会の尖塔がキラリと光り、時刻を告げる鐘が軽やかに辺りに響いた。

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