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海を越えた梢の花とウィルバートン家の呪い  作者: 高台苺苺
第3章 いつもと同じ朝を貴方達と共に・・・
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第1話 すれ違う二人

朝露を含んだ木々の葉が朝日に照らされ、森のリスがエサを探しに動き回り、鳥達も様々な歌を歌いながら飛んでいく。

 NY郊外の高級住宅地の一角。まるで国立公園の様に広がる大邸宅ウィルバートン邸では、家中の者が起き忙しく動き始めていた。


 スタッフ専用の食堂には香ばしい香りとコーヒーの香りが漂い、三々五々に食事を取りに集まり、そして慌ただしく仕事場に向かう。


 朝早くから掃除機を掛ける者、花瓶の花を生けかえる者、パンを口に咥えてジャケットの袖に腕をつっこみながら走る者、ポットにコーヒーを詰め込み、まだ寒い朝の戸外に出る者。大勢の人々の日常が始まっていた。


 が、白と黒のモザイク模様の床に敷かれたローズ・ピンクの絨毯の上を、バタバタ走りまわる由華里・ウィルバートン専属秘書、ラーナ・キーソンと、同じく専属ボディーガードのマーク・スタンナーは朝から屋敷中を駆け回っていた。


「いたか!?」

「いないわよ!!どうしてしっかり見張っていないのよ!!」


 苛立ちマークの向う脛を怒鳴り蹴り上げようとしたラーナの足を軽々と避け、マークは廊下の窓を開けて辺りを見渡す。


「見張ろうにも寝室から居なくなったんだから無理だろう!」

「ドアにへばり着いて見張りなさいよ!」


 そんな無茶なと、マークは肩を竦める。通り掛かるメイドを呼び止め、由華里の姿を見なかったか尋ねた。

 メイド達は東の温室の方を指差した。


「ありがとう!」


 マークはウインクして窓から外に飛び降りて走り出した。


「ちょっ!!ちょっとマーク!!見つけたら直ぐにアーネスト様の所に!!」

「わかっている!」


 叫んで、マークは近道に灌木を飛び越えてあっと言う間に見えなくなった。ふうとため息を着いて、ラーナは窓を閉じた。マークに任せておけば大丈夫だろう。


 マークは朝露を含んだ林を抜け、白い大理石を敷き詰めた小道に出ると足を緩めた。向こうの方から歩いてくる人影に、ほっとしたように笑い手を挙げた。


「由華里様!」


 薄いラベンダー色の暖かなワンピースに軽いコートを羽織った由華里・ウィルバートンが、朝の風にスカートを翻し、俯きながら歩いていた。


 綺麗な艶のある黒髪は三つ編みに編み込まれ、頭にいつものように巻きつけられている。自分でまたセットしたなと、マークは苦笑した。

 彼女の後ろに組んだ手には、早咲きの赤いチューリップを握りしめていた。温室?それとも屋敷から一番遠い花畑に行っていたのか?不意に由華里が顔を挙げ、マークに気づいて黒い瞳を笑わせた。


「マーク!おはよう?どうしたの?」


 息せき切りながら駆け寄るマークに、由華里は優しく微笑みかけながら見上げる。


 この弱弱しげな少女のような女性が、あの世界屈指の大財閥ウィルバートンCEO、魔王と呼ばれているアーネスト・ウィルバートンの妻とは誰も思わないだろう。


「どうしたもこうもありませんよ!今日はアーネスト様が早くに出社されるので、朝食のお時間を早めていたでしょう?アーネスト様がお待ちですよ?」


 ああ!と、由華里は困った顔をした。


「そうだったわね…ごめんね。急いで行くわ。」


 少し急ぎ足になりながら、ふうとため息をつく由華里を見おろしながら、彼は心配そうに尋ねる。


「どうされましたか?お元気が無いようですが?」


 由華里の歩調に合わせて横に並ぶマークに、なんでもないと、由華里は首を振る。彼は少し冗談交じりに言う。


「アーネスト様と喧嘩でも?」

「いいえ。最近は喧嘩するほど一緒にいられないもの」

「最近…お二人ともお忙しいですからね。ですがパーティー等でいつもご一緒に…」

「パーティーは…仕事みたいなものだから…」


 言ってはっとしたように顔を挙げ、なんでもないと笑った顔を向けた。そして急がなくっちゃと、由華里は走り出した。


 屋敷に入ると同時に仁王立のラーナに捕まり、朝食用の服に着替えさせられた。小粒の真珠のネックレスを由華里の首に填めるラーナを見上げ、別にさっきのでもいいのにとぼやくと、そんな訳には参りません!と一喝された。


 鮮やかなブルーのワンピースを翻して部屋から飛び出してきた由華里を、今度はドアの前の窓のそばで待っていたマークが、「急いで!」とせかす。


 東翼のプライベート・ダイニングのテラスには、既に朝食の用意がなされたテーブルに着席していた夫のアーネスト・ウィルバートンが、読んでいた新聞から顔をあげた。


「おはよう!木暮」


 アーネストにキスをして、由華里は彼の向かいに着席した。直ぐにメイドがオレンジジュースを注いでいく。それを一口飲むと、既にアーネストの食器が片付けられている事に気づいた。


「ごめんね…来るのが遅かったみたいね」


 アーネストは優しく笑い返した。


「いいのですよ。今日は私の都合で早くに朝食をセッティングさせたので」

「お仕事忙しいの?」


 アーネストはにっこりと笑い返す。


「由華里さんがそんな事を心配しなくともいいのです。それより、夕方のレリアス家のパーティーですが」

「ああ、それなんだけど、」


 レリアス家のパーティーに着て行くドレスで迷っていた由華里は、アーネストにどれがいいか聞こうとした。


 が、メイドが香ばしいクロワッサンと、ふわふわのスクランブルエッグとサラダ、スープを由華里の前に並べだしたので、由華里は言葉を止めた。手作りのジャムが数種類並べられ、メイドが下がった所で、由華里は身を乗り出した。


「あのね」

「レリアス家のパーティーですが、今回は私一人で行きます」


 おもわぬアーネストの言葉に、由華里はぽかんとした。


「え?どうして?だって招待状は夫婦連名できていたじゃない?」

「仕事の関連で、アニカが同伴することになりました」

「アニカ?夫婦でいってもアニカが一緒の事もよくあるじゃない?それに…」


「由華里さん」


 バサリと新聞を置き、アーネストは厳とした声で言う。


「仕事関連なのです」


 反論の言葉をいいかけた由華里は息を短く吸い込んで、言葉を飲み込み、視線を外した。


「わかりました。レリアス夫人に宜しくお伝えしておいて」


 ガタンと席を立ち、由華里はテラスを出ようとした。が、紅茶を運んできたメイドと鉢合わせして止まった。メイドは驚いた顔で、手も付けられていない朝食を見て困惑したように言う。


「あの…由華里様…お口にあいませんでしたのでしょうか?」


 しまった…と、由華里は心の中で舌打ちして、慌てて席に戻りにっこりと笑った。


「ううん!早く紅茶が飲みたくて、ちょっと席をたっただけ。今日もメイル達のクロワッサンは美味しいわね」


 そう言い、サクサクのクロワッサンを割り口に放り込んで笑った。メイドは安堵した顔で、「ファーストフラッシュです」と、薔薇のカップに暖かな紅茶を注いだ。

 

 メイドが下がると、はーっとため息を着いて、テーブルの上に突っ伏した。テーブルに置かれた白い小さなチャイナの花瓶に、白いフリージアが生けられていた。


 ああ…もうそんな季節なんだ…。


「由華里さん、お行儀が悪いですよ?」


 まるで子供に説教ね…と、心の中で嘆息しそのままの姿勢でアーネストを見ると、彼は新聞を置き腕時計で時間を確認して立ち上がった。驚いて顔をあげる由華里に、そのままでいいですよとキスをして、しばらく顔を見下ろしていた。


「由華里さん?」

「はい?」


「お顔の色がすぐれませんが…体調は如何ですか?」

「え?ううん。大丈夫よ。元気よ?」

「そうですか…」


 アーネストはまた腕時計で時刻を確認する。


「由華里さん…」

「はい?」


「来週は欠席のできないパーティーが続きます。今週は全ての予定をキャンセルし、ゆっくり屋敷でのんびりとしたらどうですか?」


 由華里は再び驚いた顔を上げた。


「どうして?」

「疲れた顔をしています。そんな顔で公式の場に行くわけにはいかないでしょう?」


 何かが胸の中で小さく細く刺した痛みを感じた。


 ああ、まただ。最近の彼はいつもこの言葉を言う。

 声も表情も優しいが、由華里が公式の場に出るのを嫌がるような事を言う。


 確かに、1年経っても、この上流社会で上手くこなせていないのは、自分自身でよくわかっている。

 でも頑張っているのよ?本当に。なのに、それは理解してもらえないの?


 苛立ちが口を着いて出てしまいそうになる。言葉を選ぶように考えながら、心を落ち着かせてアーネストを見上げた。


「疲れていないわ。大丈夫よ?私は大丈夫。ちゃんとウィルバートン夫人らしく振舞えるわ!これでもこの1年、随分と上手くなったのよ?そう思わない?ね?木暮?」


 アーネストは優しい顔で首を振る。


「由華里さん、そういう事ではなく、貴女の身体の心配をしているのです。大丈夫な顔色ではない。今日はドクターの診察を受けて休みなさい」


 強い言葉を残して、アーネストはオーソンを伴いテラスを出て行った。


 唖然としていた由華里は、急に湧き上がる怒りに皿を持ち上げ!!…ぐっと我慢して皿を置くとナイフとフォークを掴んだ。

 ここで癇癪を起こしたら、この皿の上に盛られた朝食に手を掛けた、全てのスタッフの努力が無駄になる。

 そんな身勝手な事は出来ない…。


 深いため息を着くと、イライラしながら大きな声で言った。


「マーク!!そこにいるんでしょう!?出てきて!私、一人で食事なんてイヤ!ここに座ってよ!」


 半泣きで叫ぶ由華里に、ヤレヤレとマークは椅子を片手で持って現れた。


「毎回毎回、夫婦喧嘩につき合わさないで下さいよ」

「夫婦喧嘩じゃないじゃない!!一方的に木暮が怒って行っただけでしょ!?私はただ!!」


 椅子をアーネストの席の横に置き、メイドにコーヒーを頼んで席に座ると、


「ただ?」


 と、おうむ返しに聞いた。由華里はしょぼんと肩の力を落とした。


「ただ…今日は一緒に居て欲しかっただけなの。木暮…忘れているみたいだから…それなのに、顔色悪いだの医者に掛かれだの…気を使う所が!ち!が!う!で!しょ!?」


「はっきり仰ればよかったのではないですか?今日は、お二人の…」

「言わないで!!」


 バッ!と手を出してマークの言葉を遮る。やれやれと、マークは肩を竦める。


「仕方ないですね~、じゃあ今日は気分転換にドライブにでも行きますか?どうせ午後の予定が無くなったのですからどこでもお連れいたしますよ?」


 ぱっと由華里は顔色を明るくした。


「ホント!?」

「ええ。構いませんよ。ただし」

「ただし?」


 メイドが運んできたコーヒーを飲み、マークはウインクした。


「アーネスト様の仰る通りに午前中はドクターの診断を受けてください。確かに、お顔の色が優れません。それと、その朝食を全部食べ切ってください」


 由華里は苦味潰した顔をした。


 医者!医者!医師!

 最近のウィルバートンの者達は全員そればっかりを言い強制する。


 医者は嫌い!特にあの主治医のDrシェルダンは嫌い。なぜなら注射がへたくそだからだけど、そんなことは誰にも言えない。注射が嫌だなんて子供じゃあるまいし!!!


「由華里様?行きたいんでしょう?」


 涼しげな顔で言うマークを睨み、渋々、由華里は診断を受ける事を承知した。


「その代り!午後はお弁当を持ってピクニックだからね!」


 と、ナイフを振り回し、マークに行儀が悪いと叱られた。まるで子供扱いじゃないのよ!と、由華里はベイクド・トマトにホークを突き立てた。 

結婚式か約1年後です。忙しい生活に少しづつ生活も気持ちもすれ違う二人です。

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