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海を越えた梢の花とウィルバートン家の呪い  作者: 高台苺苺
第2章 ブライダルシャワーは金の雨
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第20話 そして二人は共に人生を歩いていく


「由華里さん!?」


 由華里は真っ直ぐに前を見て振り返りもせず、ハーバーの方に走って行く。


「由華里さん!」


 追うアーネストよりも早く木々の間を抜けて、由華里は裸足でハーバーの白いデッキを一気に走り抜ける。


 なんて速さだ!

 しかもサルみたいにあんなに身軽に走るなど思いもしなかった。アーネストは少しスピードを挙げて悪態を着いた。あのじゃじゃ馬が!


「由華里さん!!」


 石段の階段の手前で由華里を掴もうとしたが、由華里はひらりと飛び越え、花の生け垣を片足で跳び、バナナの木の葉を振り払い由華里は走った。


「由華…由華里!!くそっ!!」


 アーネストは一気にスピードを挙げると由華里の直ぐ後ろまで追いつき、手を伸ばした。

 ぎょっと振り返り、由華里はいきなり方向転換した。その拍子に足を踏み外し、海沿いの石垣の上からアーネストが手を掴む前に青い海に派手な水しぶきをあげて背中からまっさかさまに落ちた。


「きゃああああああ!!!」

「由華里さん!!」


 海に落ちた由華里は直ぐに浮かび上がってきたが、パニックになりもがきだした。慌ててシャツを脱いでアーネストが飛び込む。


「由華里!こっちへ!」


 手を伸ばすアーネストの首にしがみ付き、由華里はもがく。


「じっと!!しろ!溺れる!!くそっ!!」


 アーネストはいきなり由華里を抱いて海に潜ると、彼女の唇に唇を重ねた。びっくりして由華里は大人しくなる。すかさず水上に上がると、そのまま抱きしめて泳いで石垣の石段の所まで行くと、由華里を先に押し上げ、その横に上がり大きく倒れ込んだ。


 ハアハア息を切らしながら、碧い空と緑の木々の間の花を見上げ、大きく安堵の息を吐くと、隣の由華里が突然大笑いしだした。

 それを唖然と横に見ながら、アーネストは切れそうな声で怒鳴った。


「笑い事じゃないだろう!?危うく二人そろって溺れるところだったんだ!!」

「アハハハハハ、だって木暮の顔…アハハハハハ!物凄い怖い!」


「怖い?!当たり前だ!ハネムーンに来たプライベートアイランドで、新婚夫婦が新婚早々に溺死なんて間抜けな事!あり得ないだろう!!」

「アハハハハハハ!だってしょうがないじゃない。でもあの顔。必死な顔。アハハハハハ!」


「誰のせいです!?」

「私?アハハハごめん、ごめんね。アハハハハハハ」


 はあと、アーネストは溜息をつき立ち上がり、由華里の腕を掴んで立たせた。二人は見つめあい、ぷっと笑いだした。


「こんな全力疾走は学生時代以来だ」

「私は初めてかも」


「貴女がこんなにすばしっこいとは思いませんでしたよ。逃げるのは得意だとは知っていましたがね」

「ま!酷いわ。だって木暮が物凄い怖い顔で追いかけてくるから怖かったんじゃない」


「だから誰のせいです?」

「木暮よ」


「私のせいですか?」

「そうよ。木暮がハネムーンなのに仕事をするからいけないの」


 ヤレヤレとアーネストは苦笑し、由華里にキスをした。


「確かに、私のミスでした。すみません。ですが、貴女もハネムーンなのに、夫以外の男と楽しくするのもルール違反じゃありませんか?」


「男?」


 きょとんとする由華里に、アーネストは噴き出しそうになった。そうか、由華里にとってはマークは「男性=異性」のカテゴリーでは無く、「友人」のカテゴリーになるのだ。

 それは気の毒にと、少し意地悪い思いでアーネストは苦笑した。


「マークや子供達と遊んだ事に焼きもち焼いているの?」


 不思議そうに小首を傾げる由華里に、全く!と苦笑しながらアーネストはきつく抱きしめた。


「そうですよ。ヒヤヒヤしましたよ」

「なぜ?マークはボディーガードじゃない」


 そうですねと…アーネストは少し悲しげに笑う。

 そう、今はね。まだ貴女の中ではそうだろう。そのままでずっといてくれたらいいが…。

 

 果たしてマークはどうなのか?


 アーネストは自分で仕掛けたゲームだと言うのに、それに既に心を揺さぶられている事を不甲斐なく思った。こんな事でいちいち動揺していては持たないぞと自嘲しながら。


 アーネストの胸に顔を押し付けて由華里はおかしそうに笑う。


「私達…びしょ濡れね」

「確かに…そうだ…」


 アーネストは山の位置から今いる位置を確認して、こちらですと由華里の手を握りしめて歩き出した。

 緑の木々の間に伸びる白い道を暫く歩くと、海に突き出した突端に建つ可愛い小屋が現れた。


 中は小さなバンガローだった。

 シャワーに小さなカウンター付きキッチンがあり、何も遮るもののない海に向かう窓に向かい、大きなソファーが一つだけ置かれている。

 ソファーの前に敷かれた白いラグの毛が、海からの風に揺れていた。由華里はそのテラスからの美しい光景に歓声を挙げた。


「素敵ね!!ここは何?」


「単なるコテージですよ。こういうコテージが、あちこちに点在しているので、好きな所で好きな光景を楽しみながら、いくらでものんびりと過ごせますよ」


「凄い!どのくらいあるの?」


「さあ?以前来た時は2ツくらいでしたが…ハネムーンで利用する為に改修させたら数を増やしたらしいですよ。探検しますか?」


「する!でもその前に…着替えたいわ。べたべた」


 アーネストは笑いながらクローゼットを開けた。


「着替えもありますよ…確か」


 アーネストはクローゼットからバスタオルを取り出し、女性物の服と一緒に由華里に放り投げた。


「シャワー、お先にどうぞ」


 服を受け取り、暫く由華里は考えていた。


「木暮…」


 ミニキッチンの冷蔵庫からワインを取り出したアーネストは、顔を上げた。少し照れたように由華里が言う。


「あのね…洗ってあげる」

「は?」


 由華里は全身真っ赤になって、タオル越しにアーネストを見て言う。


「髪…洗ってあげる…だから…」


 由華里の言わんとしている事を理解し、アーネストはワインをカウンターに置くと由華里の前に立った。


「時々、びっくりするくらい大胆な事を仰るんですね」


 由華里はぷん!と横を向く。

 その顔を自分の方に向けて、アーネストは優しく笑う。

 由華里も笑う。幸せそうに。


 二人は抱き合うと強く唇を重ねて、その場に倒れ込んだ。




 潮の香りと静かな打ち寄せる波音。海から吹く風が、目の前の長い黒髪を静かに揺らしている。


 もう夕暮れだ。


 赤く染まる海を背景に、瞳を閉じて寝息を立ている由華里の顔は、海の輝きよりも綺麗だとアーネストは幸せに微笑んだ。

 この世の何者よりも美しい。だけど、少し陽に焼けた感じがする。

 ああ、帰ったらラーナが激怒するなと、アーネストは肩や背中の白い水着のあとをなぞりながら可笑しそうに笑った。


 彼の笑う気配に気づき、由華里は瞳を開く。少し濡れたような瞳に、突き上がる熱い思でアーネストは抱きしめる。強く。由華里の手をしっかりと握りしめて。何度も何度も抱きしめる。


 この手を離さない。絶対に。離さない。


 由華里は瞳を開いて微笑む。彼の瞼に鼻筋にキスをし、強く抱きしめ返して微笑む。


 天井の窓から星が見えるのに気付いて、バスタオルを掴むとゆっくり起き上がる。その手をアーネストが掴む。由華里は笑う。


「お水…」


 彼も笑う。


「取りに行く間に、また寝てしまうんではないですか?」

「じゃあワインにする」

「全部飲んでしまったじゃないですか」


 そうか…と由華里は笑う。


「お腹すいたね」

「戻りますか?」


 小首を傾げて、うんと、頷く。アーネストは大きく腕を伸ばして抱き寄せると、もう一度強く抱きしめる。


 外に出ると、辺りはすっかり夜の帳に落ち、微かな虫の声と波の音しか聞こえなかった。

 木々の葉が黒々と浮かび上がり、大きく風に揺れる。由華里はアーネストの手を握りしめた。


「怖いですか?」


 見下ろすアーネストに、由華里は首を振る。


「木暮が一緒だから平気」


 そして寄り添うように身体をくっつけると顔を上げて微笑み、頭を胸に押し当てて言う。


「手を…手を離さないでね。この手を離さないで…。このままずっと…歩いていきたいから」


 由華里の細い指を絡ませ、アーネストは強く握りしめる。


「離しません…絶対に…」


 幸せそうに笑う由華里の肩を抱き寄せ、二人は満点の星空の下、白々とした細い道を歩く。手を握りしめあい…寄り添いながら。

 このままずっと、ずっとこうして手を取りあい歩いていく。


 どこまでも。


 木暮がいるなら怖くない。

 どんな試練にも耐えて見せる。

 大丈夫。絶対に。

 彼が笑ってくれるならどんなことも…


 平気…。


 由華里が笑ってそばにいてくれるなら…どんなことでもする。

 どんな誹りを受けようともどんな手段を使っても護ってみせる。

 必ず。

 彼女の笑顔を殺させはしない。

 彼女を奪わせはしない。


 誰からも。

 絶対に奪わせない。


 そう…この手を…離さない。

 手を取りあい共に進んで行く。


 どこまでもどこまで。

 手をつないだまま。


 永遠の道を…この手を絶対に離さず…ずっと一緒に…。


 歩いていく。

ずっといつまでも。永遠に。

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