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海を越えた梢の花とウィルバートン家の呪い  作者: 高台苺苺
第2章 ブライダルシャワーは金の雨
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第9話 ジューン・ブライドの花嫁

 走り出した車内でドレスの皺をラーナと二人で気にしながら、斜め前に座るマークに由華里は笑い掛ける。再び胸を突き上げる不可思議な物を抑え、マークも笑みを返す。


「お綺麗ですよ」

「ありがとう」


 と、由華里は嬉しそうに微笑みながら、ベールの中で胸に手を当てた。


「本当は心臓がバクバクなの。階段を降りる時もこけたりしないかヒヤヒヤしたわ。それに、お父さんがガチガチになっちゃって、教会に遅刻するんじゃないかとホント心配よ!」


 由華里は固まったままの横に座る泰蔵をちらりと見て、可笑しそうに肩を竦めてみせた。マークは苦笑した。


「由華里様、しゃべると台無しですよ」


「本当ですわ!!少しは初々しい花嫁らしく慎ましやかにを口を閉じられたら如何ですか?!」


 同意の声を挙げて、ラーナは由華里のドレスの裾を直した。


「まあ!ラーナは結婚式の時に緊張過ぎて饒舌になったりしなかったの?」


「私はこのような盛大で伝統的な結婚式はあげておりませんから、饒舌にはなりませんでしたわ」


「ウエディングドレス着なかったの?」


「着ました。私達夫婦と双方の両親に仲のいい友人と知人をお招きした内輪の結婚式でしたのでごく普通の…

 私の結婚式の事などどうでもいいのです!!動かないで!いじらないで!由華里様!あくびしないで!!!」


 まるで母親の様にお小言並べるラーナと、それを右から左に聞き流す由華里に、華代は私は出る幕はないわねとおかしそうに手の内で笑った。


 キーキー手直しをするラーナの横で、由華里は泰蔵の方を向いて喋り出した。


「あのね、お父さん…私ね…」


 娘の声に泰蔵は手で制し、


「何も言うな」

 と、由華里の手を握りしめた。


「お父さん、あのね」

「だから言うな」 


 やがて美しい緑に囲まれた壮麗なゴシック式の教会が見えてくると、泰蔵は姿勢をただし、車内は不思議な静寂に包まれた。また何か言おうとした由華里をとめ、泰蔵はうんうんと何度も頷き、そのまま目を閉じてしまった。


 その瞼が微かに震えているのを見て、由華里は慌てて天井を見上げた。ラーナがそっとハンカチで目頭を押さえるようにと差出し、リムジンはゆっくりと教会の敷地内に入った。



 緊張と言う物は、突然襲ってくるのね…と、由華里は我ながら冷静に判断している自分を苦笑した。車から降り、控室に入り、協会側らの式の説明を聞き、ラーナ達が最後の仕上げをしていく。


 なんだか逃げ出したい気分が不意に襲い、足が少し震えた。 ガチガチに緊張していた泰蔵は、今は不思議な程に落ち着いて、前の樫の重厚なドアを見つめている。


 その父親の横顔を見ていると、不思議と由華里も落ち着いてきて、二人はドアの方を向きながら静かに微笑んでいた。


 そんな親子を見ながら、ラーナはサファイアの腕時計を見ると、可愛いピンクのドレスのフラワーガール」が花篭を受け取り控室に来た。きゃあきゃあと可愛い声を上げながら、花嫁にハグとキスをしていく。その可愛い光景に一瞬で空気が柔らかくなる。


 続いてメイズ・オブ・オナーを引き受けたアニカが、鮮やかな同じドレスを着たブライズ・メイドの由華里のスイスの女学院時代の友人達を引き連れてきた。


「まるで引率の先生ね」と、ラーナは可笑しそうにアニカに囁いた。


 国際色豊かな友人達は、次々に由華里に祝福の抱擁を交わしていく。最後にアニカと抱擁を交わし、由華里はしげしげとモデルの様なアニカを見つめた。


「アニカ!とても素敵!そのドレス!まるでアニカの為に誂え得たみたいよ!」


「ありがとうございます由華里様。ですが、本日一番美しく輝かれているのは、由華里様です。真珠…お似合いですよ」


 さりげないアニカの言葉に、由華里は緊張が解けるのを感じ微笑み返した。

 その美しさに、マークはドキリとして視線を慌てて外した。


 なんなんだ自分はさっきから?


 内心の動揺を見透かされないように平静を保つマークの側に、アニカ達がやってくると、にこやかに右手を差出笑った。


「由華里様付きボディーガードのマーク・スタンナ―ね。宜しく。アニカ・オーウエンよ」


 アニカと握手を交わしながら、マークは不思議そうに尋ねた。


「ウイルバートン財閥の中枢を司る、4人の忠実なるブレーンの一人ですね。そんな貴女がどうして、メイズ・オブ・オナーを?」


「あら!当然でしょう!?私はお二人が出会わられた瞬間から、お二人を見守っていたんですからね!最後までお二人を見守るこの役目は当然よ!あんたにも渡さないわよ!」


 いりませんよと、マークは苦笑する。


「キーソン夫人も「その場」に居合わせたのですか?」


 まさかとラーナは肩を竦める。


「私は由華里様がアメリカにいらした後にお会いしたのよ。そうね…」


 腕時計で時間を確認して、ラーナは背もたれに凭れて足を組んだ。


「簡単に説明しましょうか?」

「手短に」 


「OK。私は4か月前に突然、ウィルバートンから内々にオファーを受けたの。ウィルバートンとは全く関係性はなかったので驚いたわ。しかも報酬、待遇等、当時勤務していた会社の会長秘書より法外な金額で更に驚いたわ。ただ…確証はないのにいつでも秘書につけるように、当時の仕事を辞めて身辺整理をしてほしいと言われたのには戸惑ったわねえ。今思えば、確かにそれは正しい指示なんだけど、当時は意味がわからなかった」


「でも辞めたんだ」


「もちろん!こんなチャンスにトライしないわけないじゃない。由華里様に直接会えたのは最終審査の時よ。しかも!いきなり今日の何時までにウィルバートン邸に集合!事前連絡なしよ!結局10人しか集合できなかった。しかもそこでいきなりアーネスト様から、あの広大なウィルバートン邸のどこかにいる面識もない由華里様を時間内に連れてこいという無茶ゲーよ!」


「ハハハハハ!いきなりアーネスト様からの指示?そりゃあ、そこで萎縮してリタイアした者もいたんじゃないか?」


「あら鋭いわね、3人程動けなくなったわよ」


 アニカがおかしそうに笑いながら、マークとハイタッチする。


「あなたもその審査にいたんですか?」


「当たり前でしょう。ラーナが決まるまでは私が臨時専属秘書をしていたのよ!」


 自慢げに腰に手を当て胸を張るアニカに、ラーナとマークはおかしそうに笑う。ちらりと由華里と泰蔵を見ると、何か懐かしそうな顔で話し込んでいるのが見えた。


「私は事前に貰った由華里様の簡単な情報や、自力で集めた情報をもとに・・温室に向かったの。何故かそこにいるような気がしてね」


「温室がお好きなんだな」


「温室と言うか、トッドが好きなのよ。彼は唯一由華里様を特別視も特別扱いもしないし、しかも孫扱いでしょう?居心地がいいみたいなのよね」


「僕も会ったが…彼は由華里様が誰かを認識していないだろう?いいのか?」


 アニカとラーナは顔を見合わせ、おかしそうに笑い頷く。


「アーネスト様が許可しているのでいいのよ。そのうち嫌でもわかるでしょうし。それでもトッドは変わらない気がするわね。わかるでしょ?」


 ああ、と マークは苦笑気味に笑う。


「それで無事に見つけたんだ?」


「ええ!拍子抜けるほどのんびりと、トッドと温室のお花の手入れをしていたわよ。私が呼びに来たこともなんの疑いもなく納得してね、すんなりついてきて…


 それで…思ったのよ。いくらウィルバートン邸内とはいえ、なんて無防備であぶなっかしい人なんだろう。この私がそばにいて、ちゃんとお守りしないと!って…。不思議よね。そう思わせる何かが彼女にはあるのよね。


 で!無事にアーネスト様のもとに届けて、審査はクリア!それが3か月前かしら?

 そのあとは…長くなるのでまた今度するわ!とにかく、私達はこれからチームで動かないといけないから、ラーナで結構よ」


「OK、僕もマークで」

「OK、私はアニカで。後で他のブレーンも紹介するわ」


 3人は賑やかに笑うと、式が開始されることを告げに来たスタッフの声に立ち上がり、また緊張し始めている父と娘の所に向かった。


 壮麗な讃美歌の歌声が、控室まで聞こえてきた。

 由華里と泰蔵は礼拝堂の入り口のドアの前に進み、静かにドアが開くのを待つ。泰蔵が肘を挙げ、由華里は白い手袋を填めた腕を滑らうように組む。


 深呼吸を一つし、泰蔵は由華里の手を軽く叩く。

 ゆっくりと開けられたドアから、二人は一歩を踏み出した。遥か彼方の壮麗な祭壇の前で由華里を待つ、アーネストの元に向かって。


 煌びやかな双方の親族や招待客が居並ぶ席の間に、真っ直ぐに敷かれた絨毯の上を進みながら、由華里は真っ直ぐにアーネストを見つめている。


 祭壇の柔らかなステンドグラスの光に包まれた壇上のアーネストも、由華里だけを見つめている。


 真っ直ぐに。


 永遠かと思われる永い道のりを歩き終え、泰蔵は、光の中で威風堂々と立つアーネストに軽く頭を下げ、そして…由華里の手を彼に預けた。


 花嫁側の席に戻った泰蔵の頭は真っ白だった。一つ何かが終わったと、深く息を吸う。光輝く祭壇の前で、手塩にかけて育てた娘が、遠い所に旅立とうとしている。


 いや…とっくに由華里は自分達の腕の中から巣立っていたのだ。それに気づこうとせず、手放したくなくて嫌がる縁談を押し付け…ここにきてまで見苦しく由華里をとどめようとした。愚かなことに…


 いや違う…そうじゃやない…いやそうだ…そうだ…


 厳かに響く神父の声。それに答える、花婿と花嫁の誓いの言葉。真っ白な花々と降り注ぐ光の中で、二人は向き合う。不思議な静寂に満ちた安堵感が辺りを包む。


 音も何もない。

 光の祭壇の前の若い二人だけが、ゆっくりと動く。

 由華里の手袋が外され、細い指に永遠の証が填められていく。

 同じ物がアーネストの指にも。

 そして、ベールがあげられる。


 二人は真っ直ぐに見つめあう。

 初めて出会った時と同じ瞳で、幸せそうに微笑みあう。


 今まで見たことも無い光輝く娘の笑顔に、泰蔵は湧き上がる物を堪えるように目を閉じた。隣の華代が、強く手を握りしめてくる。


 二人の娘は、とっくに遠い世界に飛んで行ってしまっていたのだ。

 自分の力で愛する人を見つけ、

 幸せを見つけ…

 迷わずに未知の世界に飛び込んでいってしまった。


 壇上の二人は笑いあうと、永遠の誓いの口づけを交わす。

 永久に。

 永遠の愛を。


「お父さん」


 割れんばかりの歓声と拍手の中で、華代が泰蔵の手を叩く。泰蔵は我に返った。腕を組む幸せそうな二人が、ゆっくりと泰蔵達の前で頭をさげる。


 笑う由華里のそばに、小さな由華里が立つ。掴まり立ちの由華里、天使の笑顔で両手を広げてゆっくりと泰蔵の方に歩いてくる。幼稚舎、小学部、中等部、高等部と制服をどんどん着替え目まぐるしいスピードで大きくなる。スイスの女子大学に進む由華里、新入社員の由華里、田口とのお見合いの席から…由華里は笑顔を凍らせ…すり抜けるように泰蔵の傍らを走り去りアーネストの元にいる由華里と重なった。



「行ってしまったな…」と、小さく呟く泰蔵の言葉を、華代は優しく微笑み頷き返した。

 「ええ…行ってしまいましたね…」と、更に小さく返事を返し。


 教会前、輝くライスシャワーと花びらの中、幸せに輝く由華里は、自分の腕をしっかりと組んでいるアーネストを見上げる。そして大きく真っ白な薔薇のブーケを青い空に向かって高く高く遠くに放りなげた。


 伸び上がる腕、腕、腕。笑い声。歓声。拍手。大きな拍手。


 小さな由華里は幸せに輝く花嫁となり、真っ直ぐにアーネストの元に走って行ってしまった。

 永遠に。


 泰蔵と華代の元に、幸せな笑い声だけを残して。

やっと結婚式です。淡々と進みますが、一番感無量なのは父親の泰蔵でした。

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