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海を越えた梢の花とウィルバートン家の呪い  作者: 高台苺苺
第一章 梢の花は海を越えて富豪と家出
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第5話 パーティーに出ろ?

 どれくらいお喋りしたのだろうか、アニカが不意に何かに気づいたように、すっと細い腕の巻かれたアンティークな細工の銀時計を見おろした。


「ああ!私、失敗しましたわ!」


 今度は日本語だ!

 喋れるんじゃない!!

 それでも自分の母国語なのでほっとしながらも、由華里は心配そうに聞く。


「どうかしたの?」


「私はこれから仕事で別の者と会わなくてはならないのですが、アー…木暮様にお渡ししておく書類を忘れていました!誰か届けないと!由華里、もしよかったら届けてくださらない?今ならまだ間に合いますから。」


 また唐突な話しの展開に、由華里はぽかんとした。


「木暮さんが帰ってきてからじゃダメなの?」

「ダメです!!ただ届けるだけですわ!それだけでいいのです!でないと私!解雇されるかもしれません!」


 はあああと、由華里はため息をついた。

 どうもアニカのテンポに乗せられている気がするし、何か思惑を感じる。

 でもこちらがいくら断ってもてこでも引く気はないさそうだ。大体、何故自分を行かせたがるのかはわからないけど…・


 仕方ない、届けるだけなら別にいいか…。


「木暮さんに渡せばいいだけね?それでアニカのミスは帳消しになるのかしら?」


 女神のように美しいアニカの顔が晴れ渡る青空の様にぱあああっ!と輝いた。


「なります!」

「…わかった。じゃあ、届けてあげるわ。木暮さんはどこに行かれたの?このホテルの会場じゃないわよね?」


 このホテルなら、スタッフに言づけて渡せばいいだけの話だ。

 アニカはにやりと笑い、由華里を立ち上がらせると腕を掴んで廊下を急ぎ足で歩き、一室を開けて中に有無を言わさず押し込んだ。


「会場はローブデコルテ着用です!準備は整っていますので、着替えて!急いで!下に車を待たせておきますから!」


「ローブデコルテ!?私、そんなドレス持ってきていないわ!」


「大丈夫です!」


 バタンとドアを閉められ、由華里は唖然としながら振り返った。

 そこには、いかにも一流というオーラーを醸し出す美容師的な男女がにこやかに立っていた。そのやる気満々オーラに由華里はたじろいた。


「えっと…あの??」


「平野由華里様ですね。ワタクシ、ケン・オーキドと申します。ヘア、メイクをさせていただきます。よろしく」

「私はタカコ・アマノと申します。ドレスを担当させていただきます」


 二人はあっけにとられる由華里に手を差し出し、ぎゅうぎゅう握りしめる。

 そしてタカコはパパパパパと由華里を採寸し、ぐるりと一周して頭の天辺か足先まで見ると、決めたわ!と叫んで、大きな孔雀の絵の書かれた螺鈿細工の衝立の向こうに消えた。

 ちらりと見えたその先にはずらりと色とりどりのドレスが並んでいるのが見えた。


「あれは誰のドレス?アニカの?」


 驚く由華里の肩を掴んで、ケン・オーキドはどこかの楽屋にでもあるかのような巨大な鏡の前に座らせた。スタッフがザザザっと並ぶと、最新美容室の器具を並べていく。

 目を丸くしている由華里を、茶色いあごひげをなでつけながらケンは険しい瞳で見つめていく。

 そして深く頷くと、「シャンプーからよ!」と叫ぶ。


「あの…私…このままでも大丈…」


 ぴゆっ!と細い指を由華里の口に当てて、ケンは首を振る。

 そしてバババババッと真っ白なケープをかけられ、あっという間に三つ編みを頭の上に結い上げた髪をほどかれていく。

 慌ただしく動き出す一同を見回しながら、由華里は嫌な冷や汗をかいた。


 私…どうなるの!?


「いいのか?こんな勝手な事をして」

 ボディーガードの一人が由華里を部屋に押し込んだアニカに言う。アニカは今閉じたドアを背にして、ふふふっと自信満々に笑って言った。


「ねえ?気づいた?彼女、私がドイツ語に会話を替えたら、戸惑いながらもドイツ語で返してきたわ。フランス語、イタリア語も。私が中国語を喋れないのは悔しいわね。ウィルがいればわかるのに。ローブ・デコルデでと言っても聞き返さなかったわ。ドレス・コードをちゃんと理解しているのよ」


「まあね。確かにそれなりのクラスの女性だとは思う。あの方がここに連れて来たくらいだからな」


 途端にアニカは彼の言葉に眉根を上げた。


「まあ!いつもの女性達と彼女を一緒にしているわね!!」

「違うのか?」


 アニカは可笑しそうに笑った。


「違うわよ!!もう!わからないの?今までの女性達と全ッ然!違うでしょ?」

「…確かに違うが…あの方は気まぐれだし…」


 キッ!とアニカは彼を睨みつけると、有無を言わさぬ強い語気で言った。


「とにかく、彼女を今までの女性同様に扱う事は許しませんよ!」


「その言い方は…まさか…そういうことか?」


「そういう事よ!」


「だが!彼女はあの方を取り巻く女性たちとは真逆じゃないか」


「だからよ!まああ!?わからないの?おバカさんねええ!これだから男ってダメよねえ!絶対に!間違いないじゃないの!」


「その自信はなんだよ?」

「あの方がわざわざ連れて来たのよ!しかもご自身で見つけられて!」


「いつもの気まぐれだと思うぜ。それに、彼女の剣幕から察するに、彼女は「それ」を理解していない。しかもああいう手合いは厄介だぞ?納得させたりするのに手こずるタイプだ。どうやっても無理だろう?」


「無理じゃない!見ていなさいよ!」


「で?さっきから何をプリントアウトしているんだ?その封筒どうするんだ」


 シルバーのノートパソコンをボディーガードと喋りながらも忙しく操作し、大量の資料をプリントアウトすると、満足げに内容をチェックし、上質な書類入れに入れると封をした。


「ふふん!これはね…」


 ドアがノックされ、美容師が顔を出した。美容師は自信満々にアニカを部屋に誘う。アニカは期待を込めてドアの方に行く。


「成果はどう!?ケン!」


「アタシを誰だと思っているのよ!」


 大げさに両腕を天に上げるようにポーズをとるケン。


「その不遜な自信大好きよ!」


 部屋の中に入ったアニカは、部屋の真ん中に緊張した面持ちで立つ由華里を見ると感嘆の声を挙げた。


 由華里はシックな黒のドレスに身を包み、部屋の真ん中にすらりとした姿勢で立っていた。

 シンプルでありながらも上品で豪華な光を輝かせる大粒のダイヤが連なるネックレスが大きく空いた胸元に燦然と輝き、シルクの手袋を填めた細い指の手が遅るそるというように触れている。


 髪型は先程までの三つ編みを大きく頭に巻き付けた髪型から、優雅な形の夜会巻にアップされている。

 先程までの由華里とはまるで別人のようない光り輝くオーラに満ちていた。

 (本人はどうしていいのか戸惑っていたが)


 アニカはその場で「Yes!!」とガッツポーズを取る。ケン達は当然と大きく何度も満足げに頷く。


「一言で言えば、インスピレーションはヘップバーンよ」

「ティファニーね!」

「ローマの休日よ!!」


 アニカは多く笑い、ケン達を抱きしめその労に感謝を示し、そして由華里に聞こえないように感嘆の顔のボディーガードに囁いた。


「どう!申し分ないでしょう!?」

「…ああ…これは驚いた」


「もう間違いないでしょ?わかった?だから大至急、彼等を日本に呼んで頂戴!急いで!!」


 彼は苦笑し、OKと頷いて部屋を出た。アニカはドレスアップした由華里に笑い掛けた。


「さあ!行きましょう!由華里様」


 アニカはさっきプリントアウトしたばかりの書類を袋ごと由華里に押し付けた。


「そんなに大事な書類なの?」


 アニカはもの凄く楽しそうにうんうんと何度も頷き笑う。エレベーターに乗り込むと、嬉しさを堪えきれない様子で由華里を見つめ、もちろん!とまた頷く。


「ええ!!人生で一番大切な!」


 その言葉を聞いて、由華里はアニカから渡された封書をぎゅっと胸に抱きしめた。


 これは責任重大だわ!!


 ホールに着くと、由華里の華やかな姿に振り返り感嘆と羨望の目を送る人々を尻目に、エントランス真ん前に停車していた大きなロールスロイスに由華里を押し込んだ。


 そして満足気にアニカは手を振り、車が見えなくなると、「YES!!」とまた大きくガッツポーズした。

アニカの思惑にどんどん嵌る(追い込まれる)由華里。危機感ゼロ。強引にパーティー会場に送り込まれます。そこで何も知らず待つ者へと。楽しんでいただけたら嬉しいです!

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