第40話 プロポーズ
アニカの凄まじいスピードとアクロバティック並みの運転で、成田空港には通常の半分の時間で着いた。
そして空港駐車場に白いコルベットを停めると、アニカは颯爽と降り立ち周囲の目を集める。
即座に後部座席のドアを開けると、寝不足と足の痛みと運転酔いでグロッキーの由華里を降り立たせた。
「アニカ…気持ち悪い…」
「大丈夫です!直ぐにラウンジですわ!」
キャスーンがいそいそと花瓶を取り出し、ハイ!と渡してくる。腰に手を当ててびしっ!とアニカが言う。
―1万ドルです!
アニカのその言葉に、無情にもシャキッとする自分を呪いたくなる由華里だった。
キャスーンにアニカもそれぞれの物を抱えると、由華里を挟んでそのまま空港内に引っ張って行く。
もう何がなんだかわからない!
訳が分からない!
大きな絵画を抱えた長身のプラチナブロンド美人に、銀製の籠と燭台を握りしめたふわふわとした上品な老女と、高価そうなラリックの花瓶を抱えた由華里の姿は空港内で目を引き、まるでモーゼが海を割くように人々は道を開けていく。
そして気づけば、何時の間か空港職員が数名が回りを取り囲み先導し追随した。
なんだか物々しいなあと思いながら、どこをどう歩いた訳が分からない内に、職員が一つのドアを開けた。
由華里はその中に、まさしく勢いよく放り込まれた。
「由華里さん!?」
仰天する聞きなれた声に、由華里は顔を挙げた。
そこは見るからにVIP専用の広い豪奢な待合室だった。バックには大きな窓ガラスがあり、行き交う飛行機が壮大なパノラマの絵となっている。
その窓の前の真っ白なソファーからアーネストが驚いた顔で立ち上がった。デニス、ウイル、ニックも一斉に立ち上がり
「おおおー!」
っと、拍手喝采をし、それにアニカが大袈裟にお辞儀をして応える。アニカは大きな額絵を小脇に挟みながら、ドアの前で勇ましく仁王立ちした。
「アーネスト様!出血大サービスで!大切な忘れ物をお持ちいたしました!この私の苦労に!絶っ対に!!報いてくださいませ!」
行くわよっ!と叫んで、アニカはニック達を部屋から追い出し、ドアを勢いよく閉めた。
が、直ぐにドアを開けると、
「キャスーン様からです!」
と、叫んで、小さな箱を放り投げ、それをアーネストが受け止めた。
二人きりになった部屋で、由華里は茫然とアーネストを見上げた。
「こ…こんにちは…」
間抜けな挨拶だと由華里は恥ずかしくなった。それでも、もう一度彼の顔を見れたのがこんなに嬉しいなんてと、悲しい思いに心が乱れた。
アーネストはただ由華里を見つめるばかりだ。
そうね。彼はもう結論を出したんだもの。
何時までも気持ちを引きずらないのよね。
由華里は自嘲気味に笑った。
「あの…忘れ物って…木暮の忘れ物だったの?」
由華里が差し出すラリックのクリスタルの花瓶を見て、由華里を見て、そして突然アーネストは腹を抱えて爆笑しだした。
笑って笑いすぎて涙が出るまで笑い続けるアーネストの姿に、なんだか由華里はむかついてきた。
もう!!一体どういう事!?
憤慨する由華里に、
「花瓶を置いたら如何ですか?」
と、アーネストは優しく言う。
言われたままに由華里は1万ドルの花瓶をテーブルにそっと置いた。
「ああ!もう!!!貴女と言う方は!折角、自由にしてさしあげたのに、こんな所まで来てしまうとは!」
可笑しそうに言うアーネストの言葉に、由華里はなんだかブチ切そうになった。
「来たんじゃないわ!連れてこられたのよ!!いきなり!誘拐みたいに!!今朝起きたらアニカが当たり前の様にあのマンションのリビングにいたのよ!合鍵持っていたなんてしらなかったわ!!
大体!私が知らない内に、医者を呼んで私を診察したなんてどーー言う事!?
私!そんな事OKしていないわよ!!
おまけに時間がないからと!いきなりこんな服に着替えさせられて!しかもこんな花瓶を持たされて!車に叩き込まれて!
気づいたら成田よ!?
私、恵比寿のマンションにいたのよ!!!
訳が分からないのはこっちの方よ!どうなってるの!?」
キーキー怒り出す由華里を、アーネストが抱きしめると、いきなり優しく唇を重ねて来た。
由華里は、びっくりしたまま…
そのまま…
瞳を閉じた。
そして思い出した。
覚えている。
あの夜…足の身体の痛みに耐えながら、繰り返し思い起こす恐怖に怯えながらの浅い眠りの由華里に、
彼はキスをした。
優しいキス。
そのキスに安心して…
由華里は深い眠りに着いたんだ。
覚えている…。
眠りにつく最後まで…
目覚める少し前まで…
この手が不安に震える自分の手をずっと握りしめていてくれた。
側に居てくれた。
気付いていた…
だけど怖くて気づかないようにしていた。
そう…この香りと腕の中なら安心だと…
わかっていた。
だから…本当は…彼の側にいたかった。
ずっと…
永遠に…。
彼は顔を離すと、茫然としている由華里を優しい目で見おろして苦笑した。
「今日はグーで殴らないんですね?」
耳まで真っ赤になって、由華里はふて腐れた顔をした。
「殴るも何も…訳が分かんない…」
彼は強く由華里を抱きしめる。
「アニカが私の大切な忘れ物を届けてくれ、私は受け取りました。もう離しません」
「ラリックの花瓶?そんなに好きな花瓶なの?」
呆れたようにアーネストは言う。
「花瓶じゃありませんよ。貴女です。由華里さん」
由華里はまじまじとアーネストを見上げた。
「私?」
「そうです」
「なぜ?」
アーネストは困った様に笑う。そしてヤレヤレとぼやくと、いきなり彼は床に膝まつき由華里の手を取り、真っ直ぐに由華里の目を見上げた。
真剣な瞳で。
「由華里さん。私は世界中で貴女だけを愛している。
初めて出会った瞬間から貴女だけを愛し、貴女だけが欲しかった。
だから貴女をずっと掴まえ離さずにいた。
私達の生きてきた世界は全く違う。
貴女が私の側にいるだけで…貴女は無数の者から命を狙われる事になるでしょう。
ですが私が守ります!
必ず貴女の事を全身全霊、私の全てを掛けて貴女を必ず守る!
だから…私の生きる世界で、
私と同じウイルバートンの名を名乗り、
共に人生を歩んでほしい。
永遠に。
ずっと一緒に。
由華里さん、私の妻になってください」
由華里はぽかんとアーネストを見下ろした。
「は?」
「は?じゃありません。こういう時の返事は一つでしょう?」
「は?」
アーネストは溜息を着いて立ち上がると、さっきアニカが投げた箱からビロードの箱を取り出し、そこから大粒のダイヤの着いた輝くプラチナの指輪を取り出し、由華里の左の薬指に填めた。
「凄い!あつらえたみたいにぴったりですね」
由華里は指を広げて不思議そうに指輪を見る。
物凄いダイヤだ。
高級宝飾店のさらにその奥から、選ばれた人にしか出されない物だという事は由華里にでもわかる。
それがなんで自分に指で輝いているんだろう?
二日酔いとアニカの運転酔いと、アーネストの唐突なキスでグルグルの頭が、必死に答えを出そうとするが、なんだか色んな事がいっぱいで訳が分からない。
その呆然としている由華里を抱きしめ、もう一度優しい長いキスをする。
そして、ぼーっとしている由華里の頬をパンパンと軽く叩いてアーネストは言う。
「私達の婚約成立です。振袖は着ていないけど、十分でしょう。由華里さん?聞いていますか?」
しばし軽く叩かれた両頬を手で押さえながら、由華里は唖然とアーネストを見上げた。
「婚約?」
「そうです」
「誰と誰の?」
「私と、貴女のです。指輪、填めましたよ?」
いきなり由華里は、がっ!と左薬指の指輪を外そうとした。
が!がっちりはまり込んで梃子でも外れない!
昨日お別れしたのに、今日はプロポーズでしかもがっちり外れない婚約指輪をはめられた由華里。
はめられました。アニカとブレーンとキャスーンとアーネストに。
でも、彼女の出す答えは?




