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海を越えた梢の花とウィルバートン家の呪い  作者: 高台苺苺
第一章 梢の花は海を越えて富豪と家出
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第39話 失った物の大きさに気づく

 家出6日目。


 起き上がると既に日は高く時計はam9;00を指示していた。見慣れない部屋を見渡し、しばし由華里は混乱した。


 ああ…そうか…そうだ、ここは木暮が与えてくれた安全な住処なんだっけ。


 そして夕べは明け方まで「サヨナラ会だ!!」と、ヤケクソに叫んだアニカ達に捕まって、明け方まで酒盛りに付き合わされたんだ。

 アニカ達が田口さんをたたき出した後に。


 あの蟒蛇達…どれだけ飲んだのかしら?


 シャンパン7本にワインを6本を空け、ブランデーを渡されて、木暮に止められたけどやけになって一気飲みした所までは…覚えているんだけど…。


 由華里はガンガンする頭を押さえて、フラフラとバスルームに向かった。

 足が鉛の様に重いし滅茶苦茶痛い。


 バスルームには足を保護するカバーが白い籐籠の中に綺麗に積み上げられており、さらに繊細なレリーフが刻印された銀のお盆の上に、医者から処方された薬とミネラルウオーターが、まるでこの事態を予測したかの様に置かれていた。


 由華里はひくついた。


 相変わらず先読みが凄いというか用意周到と言うか。とりあえず由華里は処方された薬をありがたく飲み、足カバーをつけた。


 大理石の床を歩きながら、一人で自由にできるのは久しぶりだなあと苦笑する。

 毎朝クラリサ達と繰り広げたバスルーム争奪戦が懐かしい気がする。


 ピカピカに磨き上げられた曇り一つないコックを捻れば、繊細なシャワーが降り注ぐ。どこからか自動で静かなクラッシックが流れてくる。


 連動しているのかしら?それとも誰かが設定した?前の住民?


 色々考えながら、由華里は顔からシャワーを浴びて人心地着いた。

 

 でも何故か涙がこぼれてくる。

 後から後から。


 何が悲しくて苦しいのかわからない程、止まらない。

  由華里はシャワーの下に座り込むと泣き続けた。


 なんだっけ?何か大事な事を忘れている気がする。


―由華里は何時も大切な事を見落としてばかり…


 華代の言葉が胸を深く抉る。足の痛みよりも深く深く身体を切り刻むような痛みが走る。


 本当ねお母さん…私…何か大切な物を無くしてしまったわ。

 大事な大事な…やっと見つけた大切な物を…なくしてしまった。

 もう…この手につかむ事は永遠にできない…。


 私は馬鹿だ!大馬鹿だ!!!


 由華里は黒い滑り止め機能付きの大理石の床に両手を着いて号泣しつづけた。


 泣いて泣いて泣き疲れて、シャワーを止めて着替えてリビングに行くと、


 アニカが立っていた。



 美しいプラチナブロンドの髪を朝日に輝かせ、北欧の神話に出てくる戦いの女神の様に勇ましく輝いて笑っていた。


 由華里はポカンとした。


「アニカ?」


 アニカは笑う。そしてドイツ語で言う。


―凄い顔ですよ?由華里様。


 アニカは由華里の顔にぐいっと冷たい氷枕を押し付けた。由華里はドイツ語で返す。


―あ…ありがとう?…ええっと?え?なんでここにいるの?


―そんな事より、由華里様、ほら!レモン水を飲んで!


 イタリア語で言うアニカは、ぐいっと冷たいグラスを押し付ける。言われるままにレモン水を飲み干し、はーっと溜息ついてまじまじとアニカを見る。


―アニカ?あれだけ飲んだのに気持ち悪くないの?


―あれくらい飲んだ量には入りませんよ?


 由華里を椅子に座らせ、てきぱきと足に湿布を貼り手当てをしていく。その手際の良さに由華里は感心して見惚れたながら、ぼそりと呟いた。


「…上司も部下も蟒蛇財閥じゃないの…」


「なにか仰いましたか?」


「なんでもない」


―なんでもないなら、ハイ!次はこちらの椅子に座ってください!


 フランス語で言うアニカは強引に由華里をダイニングの椅子に座らせると、グイグイ顔をマッサージしだした。


―痛っ!痛いアニカ!痛い!!


 バタバタ暴れる由華里を押さえつけて、アニカはマッサージを断行する。


―お静かに!こんなに顔を腫れ上がらせるくらいまで泣いて! これくらい強くマッサージをしないと腫れが引きません!全く!バカじゃありませんか!?


―バカって!!いたっ!痛いってば!!それより!どうしてここにいるの!?どこから入ってきたの!?


 チャラッと、アニカは鍵の束を見せる。


―ここを手配致しましたのは私ですから。合鍵くらい持っています。


―はあ!??


―そんな事はいいですから、野菜ジュースを飲んでください。私が先程作りましたフレッシュなスムージです!


 にゅっと目の前に突き出された緑色の物体。

 だが、それを差し出す女性を、由華里はまじまじと見た。青い瞳のふわふわの白い髪の上品な見知らぬ女性が笑っている。


「どちら様??」 


―キャスーン・マーグリット夫人です。由華里様。キャスーン様、こちらが由華里・平野様です。


「キャスーン・マーグリット夫人?」


 キャスーンはにっこりと笑うと、由華里の左手をぎゅうっと握りしめた。柔らかく暖かな手だった。ふんわりと何か優しい上品な香水の香りがする。


―キャスーンで結構よ。お会いできてうれしいわ、ユカリ。


「こちらこそ…。由華里・平野と申します。で?あの?…だから…どなた??」


―ですからキャスーン・マーグリット夫人です!昨日の夜の便でNYから日本に到着されました。とにかくそのスムージを早く飲んでください。


 匂いを嗅いで、由華里は思い切って飲み込んだ。


「うげ…」

 凄い味だ。吐きそう…。


 悶絶する由華里の髪を、アニカは綺麗に結い上げ、くるくるといつものように頭に巻いていく。その手際の良さに由華里は目を丸くした。


―上手ね?アニカ。


―ありがとうございます。キャスーン様、由華里様の服ですがこのままで宜しいでしょうか?


―ああ、アニカ、それはさっさと脱がせてこちらに着替えさせて。NYから似合いそうな服をいくつか持ってきましたから。サイズは合うはずよ。

 靴はあのベージュにしましょう。あれなら包帯もそんなに目立たないでしょうし、歩きやすいわ。

 アクセサリーは…これね!


 何時の間に部屋にずらりと並べられている洋服。

 テーブルの上には物凄い量のアクセサリー。

 床には所狭しと並べている靴の山から幾つか選び出してキャスーンは満足そうに頷くと、今度は寝室に引っ張って行く。


「ねえアニカ!だからいきなりここに押しかけてきて!一体なんなの!?どうしたの!?」


「御起床の時間をとっくにオーバーしておりますから、由華里様のお支度に参りました。クラリサとマギーは一足先に目的地に行かせて準備をさせていますので私が来ました」


「だから何故なの?」


 怪訝な顔の由華里を寝室の鏡の前に立たせると、いきなり服を脱がしにかかるアニカに由華里は悲鳴を挙げた。


「待って!イヤ!自分で着替えるわ!!」

 由華里はずり降ろされそうな下着を死守して喚いた。少しつまらなさそうにアニカは渋々手を離した。


「そうですか?でもその足ですので…御無理を無さらないで下さいませ。それと!下着から全部こちらにお着替えくださいね!」


 アニカはパーテーションに着替えの服をかけ、下着の入った白いレースで飾られた籠を渡す。由華里は足をかばいながら椅子に座り、急いで着替えだした。


「アニカ!いい加減ここに何をしに来たのか教えてよ!」


 アニカは高らかに笑う。

「決まっています!忘れ物を取りにきたんです!」


「忘れ物?」

「そうです!大きな荷物を忘れたので取りに来ました!」


「ここに?だって!ここは昨日貴女が用意したばかりの部屋でしょ?何を忘れたの?それに今日は貴方達、ニューヨークに帰るんでしょう?こんなところにいていいの?」


「そうですよ!だから時間が無いので急いでください!」


 パーテーションの中にアニカが入ってくると、手早くアクセサリーをつける手助けをし、由華里の全身を確認した。由華里は憤然と言う。


「どうして私まで急がないといけないのよ!!」


「大きな荷物と言いましたでしょう!?由華里様にも手伝っていただかないと困るのです」


「私は足を怪我しているのよ!!それに今日は病院に行かないと!」


「ああ大丈夫です。由華里様が御就寝の間に診察を済まさせておりますから」


「はいっ!?」


「足は順調に回復しているようですよ?夕べはお酒を過ごされたので、恐らく痛みが出るだろうと言う事なので、痛み止めも点滴で打ってありますのでご安心を」


「ご安心をって何?!一体いつお医者さんを呼んだの?!」


「由華里様?天下のウィルバートン財閥を舐めてくださってはこまりますわ。ウィルバートングループは主要各国の全て都市にグループ系列の総合病院を展開しております。先日、由華里様が搬送されましたM総合病院もそうですよ」


「え!?あの馬鹿でかい病院が!?」


「もちろんです。ああ。まあそう言う事はおいおいお勉強していただくとして…まずは身支度を整えていただかないと!さ!こちらに来て下さいませ!本当に時間がないんです!」


 はあ?っと、首を傾げる由華里の腕を掴むようにしてリビングに戻ると、いきなりキャスーンが大きなクリスタルの花瓶をアニカに投げた。

 それを動ぜず受け取ると、アニカはそれを由華里に押し付けた。


「由華里様はそれをお持ちください。ラリックの花瓶です。1万ドルはいたしますから割らないでください」


「1万ドル!!」

 由華里は慌ててしっかりと抱きかかえた。


 マーグリットはテーブルの上に乗っていた銀の大きな果物籠を果物を全部どかして持つと、ついでに銀の燭台も持った。

 アニカは適当な感じで、大きなアートの絵を外して持つ。


「それが忘れ物なの!?この花瓶も?」

「そうです!」

「ケースは?ケースがあるでしょう!?このままじゃ割っちゃうわ」

「探している時間がありません」


 アニカは高らかに笑いながら、由華里の腕を取りゆっくりと玄関に向かい、エレベーターに押し込み、地下の駐車場ボタンを押す。


「車まで持って行けばいいの?」

「ええそうですよ!」


 アニカは、チン!と地下に着くと真っ白なスポーツカーの前まで連れて行った。


「私のコルベットです!スピードがでるので、ガンガン成田に向かいますわよ!!」

「成田!?」


 絶句する由華里を後部座席に押し込み、キャスーンを乗せ、果物籠と燭台を受け取り大きな額絵と一緒にトランクに押し込むと、運転席に乗り込んだ。


「1万ドルの花瓶!ぞんざいすぎない!?」


 アニカは、凄まじい音を立ててエンジンを吹かすと、にっこり微笑んで後部座席の由華里を見た。


「シートベルトを締めて下さいませ。行きますよ!」


 きゃあきゃあと楽しそうにキャスーンはシートベルトを締め、由華里も慌てて締めた。コルベットは凄まじい音を立てて急発車し、恵比寿の街から高速道路の入り口に向かい爆走しだした。


 由華里は訳も分からず凄まじい悲鳴を後部座席で上げた。

しんみりと別れたはずが…アニカが新居にいます。そして怒涛の様に由華里を成田に引っ張っていきます。マーグリット夫人とは?誰でしょう~?

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