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海を越えた梢の花とウィルバートン家の呪い  作者: 高台苺苺
第一章 梢の花は海を越えて富豪と家出
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第33話 あなたと暖かい夕食を

 ホテルに着くと、ロビーでアニカとウイルが驚きの顔で待っていた。


「由華里様!!一体どうなされたんですか?!何かアパートメントで不都合でも?」


 二人をぐいっと押しのけると、由華里はエレベーターホールに向かう。

 

 もう杖で歩くのも面倒くさい。

 歩くなとかなんとか散々言われたけど、今思えば自分の行動制限するために便宜上、過剰に言ったんじゃないの?と、由華里は確信していた。


 全く!!


 エレベーター係は由華里を見ると、当然の様に直通専用エレベーターを開けて待った。


「ありがとう」

 と、笑って中に乗り込むと、彼はにこやかに笑い一礼してドアを閉める。慌ててアニカと鍋を抱えたウイルが乗り込む。


 由華里の尋常じゃない気配に、二人は声を掛けられず、ただオロオロと由華里を見るだけだった。


 VIPフロア階に着くと、ドアの前にデニスとニックが同じように狼狽えた顔で待ち構えていた。

 何か言おうとする二人を無視して、由華里は憤然と木暮の部屋に向かった。そして、ドアの前でウィルに言う。


「鍋を頂戴」


 慌ててウィルは鍋を由華里に渡すと、反対に由華里は杖をウィルに押し付けた。


「ありがとう。今度はこっちを持っていて」


 一同は顔を見まわした。


―鍋?

―鍋って言ったよな?

―鍋でしょう?あれはどう見ても。

―中身は何?!

―知らないよ!


 その時、ドンドンと由華里は木暮の部屋のドアを叩きデニスを見て、

「ドアを開けてくれる?」

と、お願いしてきた。慌ててデニスはドアを開けると、由華里はにっこり笑って鍋を抱えたまま中に入った。


―中身は何!?


 詰め寄るアニカ達にデニスは頭を振る。


―スープだろう?そんな香りがした。


―スープ!?


―スープをどうする気?


―まさかぶちまける気じゃないだろうな!?


 げっ!と叫んで慌てて一同は木暮の部屋を開けようとした。


―待って!


 何かを思い出したように、アニカはドアの前に立ちふさがりニック達を押しとどめた。


―なんだよアニカ!スープぶちまけられた後じゃ間に合わないぞ!


 アニカは楽しそうに笑う。


―いいえ、大丈夫。大丈夫…


 そして焦る彼等の背中を押してリビングに行かせ、明るく笑って言う。


―大丈夫!



 間接照明だけの淡い室内の中に入ると、光の海を背にした木暮が驚愕の顔を向けてきた。

 ああ…本当にこんな贅沢な背景が似合う人なんだと由華里は苦笑した。


「持って!!」


 ぐいっ!と由華里は鍋を前に突き出した。


「え?」

 訳が分からないと言う顔の木暮に、由華里はむすっとしたようにまた言う。


「いいから持ってよ!重いの!私、足がまだ痛いんだから!!」


「はあ?持つのは構いませんが…どうされたのですか?」


 由華里は微笑んだ。


「約束したでしょう?デイナーを一緒にとると」


 木暮の目が真っ直ぐに由華里を見る。その目を真っ直ぐに見つめ返して、由華里はまた微笑む。


「私、した約束は必ず守るの。どんなことでも」


 そして微笑む。初めて出会った時と同じ目で。


 そうどんなことでも。自分の事は自分で納得いくまでする。もう流されない。他人に決めさせない。これは自分の人生だから。誰にも流されたくない。


 自分の気持を…もう誤魔化したくない。


 木暮は可笑しそうに由華里と鍋を見た。


「約束を守るために、シチューを抱えて…ここまで来たのですか?その足で?大嫌いな私の所へ?あれだけ大喧嘩したのにですか?」


 由華里は耳まで真っ赤になった。


「ああいえばこういう。そ!じゃあいいわ!帰る!!」


 くるりと振り返る由華里の腕を、木暮が掴む。由華里が振り返ると、彼は鍋を取りテーブルに置いた。


「これでいいですか?」

「いいわ」


 由華里は包を開くとレードルと白い磁器のコーヒーカップを取り出した。怪訝な顔の木暮に、気まずそうに説明した。


「慣れないキッチンだから…その…お皿とかスプーンとか見つけている暇がなかったの」


 木暮は可笑しそうに噴き出した。


「そうだ!私の携帯電話の履歴を消したでしょう!?」


 突き出されたレードルをひっこめさせて、木暮は平然と言う。


「しました」


 予測していた答えとはいえ、当然のように悪びれも無く言う木暮に呆れた。


「人の携帯電話を勝手に見て!消して!平然としているなんて!あり得ないでしょう!?プライバシーの侵害だわ!犯罪行為よ!!」


「貴女が休んでいるのに、しつこく連絡をしてくる男を庇うのですか?」


「そっち!?そっちに話しを転換するの!?そうじゃないでしょう!?プライバシーとか権利とか!!ああ!もう信じられない!!いい?二度と私の携帯電話をのぞかないで!今度したら!」


 木暮は可笑しそうにおうむ返しに聞く。


「今度したら?」


 痛そうに腕をさする木暮を見て、由華里は気まずそうに目を逸らす。


「歯型…つきました?」

「つきました。流石に自分で手当てをいたしましたよ」

「みせて」

「大丈夫です」

「いいから!!」


 彼は苦笑し、立ち上がるとマホガニーの大きな作り付けの棚から白い箱を取り出し由華里に渡す。

 不格好にまかれた包帯を取り、そこに見事な赤黒い歯型を見て、由華里は一瞬目を閉じてた。


 穴があったら入りたい!!!


「でも謝らないわよ!私が悪いのではなくて木暮が悪いんだもの!」

「木暮?ですか?」


 てきぱきと手当をしながら胸を張り言う。


「そうよ!あなたはもう私の上司じゃないんだし、あんな失礼な事をして!!呼びすてで十分よ!」


「私も…謝りませんよ」


 真っ直ぐに見て言う木暮に、由華里は不思議と怒りが湧いてこなかった。


 変なの。  


 急に勢いを削がれた感じで、由華里は包帯を綺麗にまいた。


「お上手ですね」


「弟がやんちゃで。忙しい両親の代わりによく面倒みていたの。これくらい慣れっこよ」


「弟さんはK大学生ですね」


「はいはい、みんなお見通しよね?そうよ。でも今は弟の話じゃないの。ハイ」


 カップにシチューを注ぐと突き出した。それを苦笑しながら受け取り、木暮は椅子をひいて由華里を座らせ、真向かいに座った。


「ありがとうございます」


 一口、口にして彼は少し驚いたように由華里を見て、幸せそうに優しく微笑んだ。


「美味しいです。それに…温かいのですね…」


 由華里はきょとんとした。


「温かいに決まっている?じゃない?」

「私は…こういう温かいスープをいただいた記憶がありませんので…」


 由華里は怪訝な顔をした。


「物理的に暖かいスープは常に飲んでいます。そうではなく…ごく普通の愛情の籠った料理を食べた記憶がないということです。いえ、食べた記憶はあるが…その記憶を消すくらいに暖かいと感じる物を食べた記憶がない…感じられないのです」


 由華里は思わず手を伸ばして彼の手を握りしめた。

 彼は優しく笑みを返し、スープを美味しそうに飲み干すと、嬉しそうな顔で笑った。


「大変美味しかったです。ありがとうございます」


「どういたしまして。これで私の約束はクリアね。手作りはNOとは言ってはいなかったからOKよね?」


「ハハハハハ。貴女は全く。ええ、いいでしょう。これで約束はクリアです」


「よかった!まだ沢山あるから、夜食にでも明日の朝にでも食べてね。お口に会えばみんなにもおすそ分けしてあげて」


「ハイハイ。皆喜ぶでしょう。ありがたくいただかせていただきます」


 二人は見つめあい、幸せそうに微笑む。

 そして彼は不意にその笑みを金茶の不思議な瞳から消して静かに言う。


「由華里さん、貴女がここに来たのは、なぜ貴女が命を二度も狙われたか、なぜ…貴女をここに拘束し続けたのか…その説明を聞きにきたのでしょう?」


 ビジネスライクな口調だ。

 由華里は静かな気持ちで感じていた。


 彼は何かをもう決めている。決めた後だ。

 そう感じた由華里を見透かすように、あの金茶の不思議な色の瞳が由華里の黒い瞳を真っ直ぐに見る。

 由華里も静かな思いで見返す。


「ええ」


「では…説明をしましょう。貴女には聞く権利がある」

中途半端は嫌だと、アーネストの所に乗り込む由華里。最初の約束の「由華里の奢るディナー」を果たします。そして、本当の事を聞くために彼に向き合います。どういう結末になろうとも。

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