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海を越えた梢の花とウィルバートン家の呪い  作者: 高台苺苺
第一章 梢の花は海を越えて富豪と家出
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第27話 母の愛

 家出5日目。


 由華里は足の痛みで目が覚めた。


 ぼんやりとホテルの天井を見上げ、少し体を動かすと体中からぴしぴきと痛みが走り呻いた。

 なんだかすこしだるい。熱がでたのかな?額に手を当てると、ひやりとした何かが触れて目を開けた。


「どこか痛むの?」


 そう優しい声でのぞき込む黒い瞳に、由華里は思わず泣きそうな気分になった。


「お母さん・・・来ていたの?」


「ええ。朝一でね。佐藤さんに送っていただいたわ」


「ありがとう・・・」


 華代はいいのよと優しく微笑み、由華里の額の汗を拭う。

 そして後ろを振り返り、控えていたクラリサとマギーに「お水を」と言う。二人は直ぐに銀のトレーに乗ったグラスを運んできて、介助しながら由華里をベットの上に起き上がらせた。


 冷たい水を飲んで由華里は、はあ・・・と一人心地ついて笑う。


「お父さんは?」


 華代は肩を竦める。

「お仕事ですよ」


 まあ・・・そうだろうなと由華里は苦笑する。


「お父様は心配していないわけではないのよ?夕べの木暮さんからのお電話にとても安堵されていましたもの。みんな心配したのよ」


「心配をかけて、本当にごめんなさい」


「由華里が悪いわけではないじゃない。謝ることはないわ。でも本当に貴女は運が強いから・・・あんな大惨事に巻き込まれても捻挫と打撲で済んで本当によかった・・・。木暮さんから連絡を受けた時は寿命が縮みましたけどね」


 華代の目に少し光り物が浮かび、すっと優雅な手つきでそれを拭い微笑む。


「いつ来たの?」


「気が急いて、ご迷惑とは思いましたけど、早朝にね」


「まあ」


「丁度、お医者様が往診にいらしていてね。点滴に痛み止めとか入れていたので、痛みはかなり軽減されるけど、暫くは安静にして歩かないようにとの事よ」


「昨日診察して貰ったのに、また往診を頼んでくれたのね」


「木暮さんもアニカさん達もとても心配なさっていていたわよ。何度も何度も謝罪されてね。木暮さん達が原因ではないのでと、私も何度も言いましたけど・・・貴女が事件に巻き込まれたことが相当ショックだったみたいよ。

 数日のお付き合いなのにこんなに気にかけていただいて、由華里は幸せね」


 そして、華代はつい、と、視線を窓の方に向けると、ふふふふと笑う


 窓際に置かれたテーブルの上に、花が生けられた大きな花瓶が置かれていたのが目に飛び込んできた。窓を覆い隠さんばかりの色とりどりの花々に仰天した。


「え!何!?もの凄いお花!」


 由華里は溢れんばかりの花をしげしげ眺めた。クラリサがサイドテーブルに置かれていた手紙を手渡してくれた。Wの蝋印が押されている。


 「W?」


 首を傾げて、同じく渡された銀のナイフで封を開くと、木暮からの手紙が入っていた。

 昨日の謝罪と、今日はゆっくりしているようにとの念押しだった。由華里は苦笑した。

 子供じゃないんだから、なんだか過保護ねえと苦笑しつつ、でもなんだか暖かい気持ちになりつつ、手紙をしまった。


「そういえば、木暮さん達はどうしたのかしら?昨日からの様子だと、直ぐにでも部屋に来るかと思ったのに」


 まあ!と、華代は呆れた顔をして、細い細工のされたミキモトの腕時計を見せた。


「11時!?ええええ!?私、そんなに寝ていたの!?」


「そうね。疲れとか色々でしょう。お薬も効いていたのかもしれないし、起こさなかったのよ。木暮さん達はとっくにお仕事に出ていらっしゃいます」


 あちゃーと由華里は顔に手を当てた。


「私、昨日のトラブルとこの怪我で解雇だと思っていたのよ。だけど木暮さん達の厚意でこのまま臨時秘書を続けても良いと言われて・・・ちゃんとお仕事しますと言ったのに。大失敗だわ」


「何を言っているの。昨日の今日でまだ貴女は安静なのよ?お仕事はそれからでしょう。今何をしても中途半端になりますよ?」


「それもそうね・・・」


 由華里はがっかりと肩を落とした。


「とにかく。今日は大人しく寝ていなさい。皆さんもその方が安心します。さて?少しは食事をとらないとね。どうする?起きる?ここでいただく?」


 由華里はうーんと考えて、少し体を動かす。先程のような痛みはもう来ない。之ならいけそうだ。

 由華里はにっこり笑い、みんなの手助けをかりながらベットからでると、車椅子に乗り食堂に向かった。


 軽いランチをとり、VIPフロアを見て回り、リビングからの風景に感嘆しつつ由華里と話したり、クラリサ達と話したりして、色々納得した華代は家に戻ると言った。


 夕べの連絡からあまり睡眠をとっていないようで、あくびを優雅に飲み込んで、少し疲れた顔で微笑む。


「みなさんによくしていただいているようだし、お母さんがここにいても何もできなさそうだから、家に戻るわ。何かあったらまた連絡をちょうだい。

 くれぐれも皆さんにご迷惑をおかけしないように自重しなさいね」


「はいはい。子供じゃないんだから分かっています」


 華代は車椅子の由華里に少しかがみ込んで声を潜めて言う。


「例のアパートメントの事ですけどね」

「あ!そういえば」


「あちらさんには怪我をして入居が遅れるとはお伝えしているわ。貴女が頼んだ家具も搬入済だし、契約も済んでいるので問題ないそうよ。だけど・・・暫くはここにいたほうが安全だし、お母さん達も心配がないわ。

 暫くは・・・こちらにお世話になりなさい」


「いいの?」


「良いも何も・・・仕方ないじゃない」


 華代は苦笑し、由華里は少しがっかりした顔をして頷いた。確かにこの足ではどうにもできない。



 華代は由華里に再度大人しくしているように言い、クラリサ達に由華里をお願いしますと挨拶をして、専用エレベーターで降りていってしまった。


 一人、リビングに残された由華里は、しんとしたVIPフロアを見回し、妙にさみしいような気分になった。

 見えるわけもないと分かりながらも、リビングの壁一面の巨大窓の外から下を見下ろすが、昨日のアニカのマスコミが…と言う言葉を思いだし窓から離れた。


 由華里はふと、夕べ華代と話した後、携帯電話を確認していなのに気づいて探した。

 携帯電話は自分の部屋のあの馬鹿でかい花瓶の横に置かれていた。ここに置いたっけ?と思いながらも、まあいいかと、中を開く。


 メールとSNSのメッセージが数件。

 電話は入っていない。

 メールとメッセージを開くと、華代と友人からの安否確認や他愛ない内容だった。


 仕事でもしようかと支給されたパソコンや資料を探すがない。

 クラリサ達に聞いたら、由華里が仕事をしないようにとアニカ達が関連の物を全て回収していったと聞かされた。仕方ない。


 昨日の事件の情報を得ようと、TVや携帯電話でネット等のニュースを調べる。どれも昨日の事件を大きく報道していて、なんだかいたたまれない気分になり、消す。


 リビングのテーブルの上には、誰かが買い揃えたらしい最新雑誌が置かれていた。マギー達が運んでくる飲み物を飲みながら、ぱらぱらみていたが、全然頭に入ってこない。


 つまらない…。


 自分で車椅子を操作して自分の部屋に戻る。大きな花に目が行き、ふと、それに隠れるように部屋の隅に松葉杖が置かれているのに気づいた。


「松葉杖でもいいのかしら?」


 夕べは松葉づえで歩けたし…と、由華里はネットで松葉杖の使い方を検索し、見よう見まねで立ってみた。


 立てるじゃない!!!


 意外と簡単に痛みもそんなに無く立てた事に驚く。車椅子を当然のように指定してきたら、歩けないかと思い込んでいた。

 

 数歩歩く。

 少しよろけるが問題ない。

 由華里はコツコツと厚い絨毯の上を慎重に歩いてみた。


 ついでに廊下にでる。廊下はシンと静まり返り、なんだか誰も居ないような感じだ。


 それに今日は不思議な事に、いつも非常階段や、エレベーターホールのドアの前で仁王立ちしているボディーガード達の姿も無かった。木暮に着いて出ているのだろうか?


 由華里はエレベーターの前に立ちボタンを押した。チン!と、簡単にドアが開いた。

 

 乗る。

 誰も止めない。


 エレベータの停止ボタンを押したまま辺りを伺う。メイドは使用人出入り口からどこかに行ったのか気配が無い。


「誰もいないのかしら?珍しい。うーん・・・ホテル内なら歩いても平気よね?」


 由華里は気分転換に下に行こうと思い、クローゼットを開けると、あのボロボロになったコートと同じメーカーの同じ色のコートが既に掛けられていた。スーツも同じデザインの新品がかけられている。


「凄い。昨日の今日でどうやってそろえたのかしら?」


 由華里は感嘆しながら、コートを羽織り、携帯電話と財布を肩掛けできるショルダーポーチに入れてエレベータに戻った。


 やはり誰もいない。 


-大人しくしていなさい


 華代の言葉が頭によぎったが、ホテル内ならそんなに危なくないだろうと由華里は階下のボタンを押した。


 順調にエントランスまで出る。

 フロアには雑多な人々が行き交い、ざわざわとしている。人の多い方を避け、モダンな日本的な飾りの並ぶ廊下を歩いていると、他のビルやホテルと繋がるコネクト通路で外に出てぽかんとした。


「こんな所に繋がっているのね」


 冷たい風にぶるっと身を震わせ、由華里は周囲を見る。

 昨日、丸の内であんな陰惨な事件があったとは思えない程に、人々は気軽に行き交っている。平和だ。


 ふと下の道路を見ると、タクシー乗り場が見え、黒い車体の高いロンドンタクシーに似たタクシーが何台も停車しているのが見えた。


 不意に、由華里は自分のマンションをみたくなった。


 少しだけなら・・・いいわよね?直ぐ戻ってくればいいし。


 由華里は直ぐそばにあった外エレベーターで降りると、タクシーに乗り込んだ。行く先を運転手に伝え、タクシーはゆっくりと恵比須のマンションに向けて走り出した。


―ここで大人しくしていると…約束をしてください。


 由華里はズキンと胸に鈍い痛みが刺さるのを感じた。

 あの時の木暮の真剣な声、顔、目。確かにあの時は彼の気迫に約束をしたし守る気でいた。


 だけど…いつもと変わりない平和な東京の街並みや、行き交う人々を見ていると、夕べの彼の心配はやっぱり過剰じゃないかと思った。


 確かにアメリカでは、ああいう事は良く起こることで、彼の言う通り用心することには間違いがないのかもしれない。

 

だけど、ここは日本だし。アメリカじゃないし。


 それに…少しだけ自分のマンションに行くだけの話。

 もう家具も搬入しているはずだし…少し確認をするだけだし…

 別にいつまでもあそこに拘束されている理由は無いし。

 アニカの心配していたマスコミもいなかったし。


 ふふふっと由華里はゆき過ぎる街並みを見ながら笑った。


 心配性なのよね、みんな。

 大丈夫。

 少しマンションを確認して、それからまたホテルに戻ればいい

 大丈夫。

 もうあんな事件は起きないわ。


 由華里は安堵したように行き過ぎる街並を見ながら、背もたれに深く身を沈めた。

母親の華代が心配して駆け付けてくれました。実は由華里が寝ている間に、アーネストと色々話をしています。それは今は内緒です。そして安全大国日本で育った由華里は、昨日の今日で危機感ゼロに戻り、無謀な行動に出ます。

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