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海を越えた梢の花とウィルバートン家の呪い  作者: 高台苺苺
第一章 梢の花は海を越えて富豪と家出
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第25話 矛盾

 母親の華代との電話を終えて部屋に入ってきた木暮雅人は、先ほど一瞬見せた焦燥感を全く見せず、にこやかに微笑んで由華里を抱きしめてきた。


 ああ、またか。これももう何回目?

 一体何回抱きしめて大丈夫な事を確認すればいいんだろう?


 由華里は苦笑した。


 そして彼は同じことをまた言う。

「本当に無事で…良かった…」


 木暮の瞳は泣きそうなくらい揺らめいて由華里を見る。


 何がそんなに心配なのだろう?

 確かに大きな事件ではあったし巻き込まれたが、自分がターゲットではなかったのだし、大きなケガにもならなかったのに。

 しかも臨時のバイトに、ここまで心配するのが由華里に少し不思議な感じを受けた。


「木暮さん、私は大丈夫です。だからそんなに心配しないでください。なんだか、皆さんの方が私よりショックを受けていない?」


「由華里さんは、もう大丈夫なのですか?」


 少し軽口めいて言う木暮に、由華里はほっとして笑った。


「ええ、大丈夫!お医者様も大丈夫だと言って下さったし」

「本当に…良かった…」


 また抱きしめる木暮に、由華里は戸惑いながらも、少し場を明るくしようと冗談めいて言った。


「私ね、あの時…逃げようとして歩道をちゃんと走っていたのよ。それがどうしていきなり車道に突き飛ばされたのか全然理解できないわ。今考えると、凄い力よね?

 だって、私はつつじの植え込みの歩道側にいたのよ?そこから車道に突き飛ばすなんて。物凄い力じゃない?」


 途端に木暮の顔の血の気が引き、由華里は慌ててた。


「ごめんなさい!違うの!そうじゃやなくて!

 木暮さんが…みんなが助けに来てくれたから、嬉しかったと言いたかったの!怖かったのも吹っ飛んじゃってるし!だからもうそんなに心配しないで?

 落ち込まないで!ね?ね?」


「落ち込んではいませんよ。貴女にケガをさせた事を反省しているのです」


「アニカもさっき言っていたけど、あれは木暮さん達のせいでは全くないじゃない」

「貴女のせいでもない」

「そうね。悪いのは犯人んだし。捕まったからもう大丈夫ですもの」


 笑って言う由華里に、木暮は少し微笑んだが、どうにも引っ掛かる笑いだった。

 事件後の周囲の変化に、由華里は物凄い違和感を感じていた。


 どうしたのだろう?この過保護ぶりは?


「あの…そういえば少し気になる事があるのですが?私、二回、同じ人に助けられたの。あの方はどなたかしら?お礼をちゃんと言いたいし。確か丸の内から病院、そしてホテルまで一緒だったでしょう?もしかして彼は木暮さんのお知り合いですか?」


「彼は由華里さんに付けていたボディーガードです」


 木暮の思いがけない言葉に、由華里はポカンとした。


「ボディーガード?」

「ええ」

「私に?」


「そうです。私達と別行動の時は、彼に貴女の警護をお願いしていました」


 由華里は理解できずに目を瞬いた。


「なぜ?」


 木暮は当然と言うように肩を竦めた。


「貴方は私の……そう…その…えーと…秘書ですから」

「は?」


 なんだか変な言い方をしたと由華里は思った。


「じゃあ、アニカ達もボディーガードを付けているんですか?」


 アニカはいいえと首を振る。


「私達は時と場合によってはセキュリティー課からボディーガードを派遣してもらいます。でも基本は自分の身は自分で守ります。

 それぞれ護衛術や武道を体得しています。

 もちろん、アー…木暮様には常に複数のボディーガドが付いています」


 それは知っている。


「じゃあなぜ私だけ?」


 良くわからないなと、由華里は首を傾げる。


「由華里さんはその…私の臨時秘書ですから。護衛術や武道の体得は採用には含まれていませんので、こちらで補っていたのです。それにアニカ達はブレーンであり、貴女は臨時秘書で立場が違う」


 更によくわからないと言う顔を由華里をした。


「秘書だとボディーガードをつけるのですか?」

「秘書だからでは無く、貴女だからです」

「?」


 余計訳が分からない。由華里は眉根を潜めた。


「では、なぜ私にはボディーガードがついている事を知らせてくれなかったのです?」


「ボディーガードが着くような状態であると知れば…貴女が怖がると判断したからです」


「何を怖がるの?」


「…私の側に…私の秘書をする事をです」


「?ねえ?なんか変ではないですか?

 私もM商社で秘書課で秘書をしていましたから、ボディーガードをつけないといけないような事態がある事は承知しています。

 必要であれば言っていただければ済む話です。

 怖がるとかなんとか…そう言う次元の話ではないと思いますが?」


 アニカは困惑した顔で木暮雅人を見たが、彼は由華里の言葉には全然動じた風も無く肩を竦めた。


「日本ではボディーガードをつけるなどあまり一般的ではないでしょう?」

「だから!そうではなく説明すれば済むことです」

「今言いました」

「!!!」


 あまりにも木暮雅人らしからぬ言動に、由華里は反論しようとして口を開けかけたが、木暮雅人の態度は全てを一蹴しようとしているとしか思えず口を噤んだ。


「わかりました…。でも…まあ…でもいずれにしても…」


 由華里は自嘲気味に笑った。


「私はクビですね。これじゃあ仕事にならないですもの」

「解雇はしません」


 即答する木暮に、由華里は驚いた顔を、冷ややかな目を窓の外に向ける木暮に向けた。


「え?どうしてですか?常識的に考えても今回の事は私の不注意でみなさんに多大な迷惑と損害を与えたことになるんですよ?

 しかもこの足です。

 これでは満足な仕事ができません。私はこれ以上みなさんにご迷惑は掛けられません」


「解雇はしません。秘書の仕事なら、ここでもできます」

「は?」


 由華里は木暮の言葉が理解できずにいた。


「木暮さん?私はたかが臨時のバイト秘書ですよ?私の変わりは他にもいくらでもいます。貴方らしくないじゃないですか?こうい場合こそビジネスライクで処理をしないとダメじゃないですか!!」


「ではお伺いします。貴女はその足で、どう次の就職先を探すのです?自立する為に家を出たのでしょう?ならばここで今まで通りここで仕事をすればいい事だ!」


 木暮の一方的な言い方に、由華里は眉根を潜めた。


「おかしいわよ?」

「おかしくない!」

「おかしいです!木暮さん、貴方はご自分の仰っている矛盾に気づかないんですか?」

「おかしくは無い!!とにかく貴女はその足が治るまでここにいなさい!」


 ガタンと立ち上がり木暮は部屋を出て行ってしまった。

 余りの展開に由華里は唖然とし、アニカに振り返って叫んだ。


「絶対におかしいわよね?!」


 だがアニカも真面目な顔で頭を振る。


「由華里様…アー…木暮様は今回の事に責任を感じていらっしゃるのです。就業時間内に起きた事件に巻き込まれ負傷までなされたのです。

 ですから由華里様の安全を第一に考えて…」


「なぜ?だから!あれは木暮さんの責任じゃないじゃない?偶発的な事件よ?」


 アニカは何かを言かけ、一瞬時口ごもった。


「偶発的であろうとなかろうと…勤務中に起こった事件による負傷です。それに、臨時だからということで、負傷した貴女を切れるほど私達は薄情でもありません」


「それは…」


「今日は大変な一日でしたし、木暮様の仰る通りにその足では何もできません。あの事件に巻き込まれた他の方達も、暫くは静養をするはずです。それと同じことなのです。それがここか、他かなかだけで。ならばここでも構わないではないかという事です」


「家に…帰る事も出来ないの?」


「ここの方が安全です。ここならマスコミもシャットアウトできます。このままご自宅に戻れば…」


 アニカは室内のテレビをつけると今日の事件のニュースを流す番組を写した。

 そこには被害に遭った人々がマスコミから容赦なく囲まれ質問されている。

 中には自宅にまで押しかけられ、自宅前や室内でインタビューを受けている人もいる。


 アニカは憂慮の溜息を着いた。


「お父様の平野氏のお立場からも考えますと…由華里様が事件で怪我を追った事は格好の取材ネタになりますね?ゴシップ記事の記者達が大勢、ご自宅に押しかけるのは不本意でございましょう?」


 由華里は深くため息を着いた。アニカの言う通りだ。


「わかりました…確かにそうです。ではご厚意に甘えさせていただいて…暫くこちらで御厄介になります。

 でも!!ならば私の出来る範囲で何かお仕事はさせてください」


 アニカは困ったような顔で見る。


「由華里様はまず、足を治す為にここで大人しくする事を心がけてくださいませ。その方が私達も安心して仕事ができますわ」


 くすくす冗談めいて言うアニカに、由華里は降参した。


「わかった!もう何が何でもみんなで私をここに置いておきたいのね?」


「はい。そうしていただけますと、私どもも安心できます」


 はーと溜息をついて由華里は不承不承頷いた。アニカはやっと安堵の笑みをみせて微笑んだ。


「分かった…。それとね…あのアニカ…あのね…さっきは上手く言えなかったのだけれど…その木暮さんにも伝えて。

 今日は本当にごめんなさい。

 それと…ありがとう。

 みんながとても心配してくれて、その…


 凄く…嬉しかった」



 由華里の感謝の笑顔に、強張っていたアニカの笑顔も和らいだ。彼女は立ち上がり、由華里をぎゅっと抱きしめた。何か爽やかで上品な香水の香りがする。由華里はふふっと笑った。


「みんな素敵な香りがするのね」


 アニカはにこりと微笑んだ。


「由華里様も素敵な香りがいたしますよ?」


「私?私は強制的にシャワーを浴びさせられた後だから、石鹸の香りしかしないわよ?」


 くんくん腕の匂いを嗅ぐ由華里に、アニカは優しく微笑んで言う。


「いいえ…甘い…花の香り。心地よい春に咲く薔薇のようなたおやかな香りが致します」



 誰もがを引き寄せる花の香り。

 今が盛りと咲き誇る華やかな薔薇の香り。

 優しい…凍てつく冬に心を閉ざした人々の心を解かす…

 春の魔法のような香り。


 アニカは微笑む。


 その香りがどんなに心寂しい者には心欲する物なのか…

 貴女は全く理解していない。

 その価値も。


 アニカはその花の香りがする由華里におやすみなさいと微笑み、部屋を出た。

事件後に周囲の態度が変化したことに戸惑う由華里。ウィルバートンの呪いで由華里が命を狙われたことに気付き、対応を急ぐアーネスト達。ですが…

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