第24話 診察と検査終了
携帯電話に出た華代は由華里の元気な声を聴いた途端、ひとしきり何か叫んで怒鳴って怒って、最後には泣き出した。
由華里が巻き込まれた「丸の内の事件」はニュースにネットで拡散され、大騒動になっていた。
華代達はまさか由華里が巻き込まれているとは思ってもなくそのニュースとを見ていた所へ、青天の霹靂のように連絡が来て仰天したという。
すぐに病院に駆け付けたいという華代に、木暮から検査が終わるまでは会えないので、自宅で待機していてくれとお願いされ、華代はまんじりともせず検査が終わるのを待ってたと涙ながらに言う。
由華里は心配をかけた事を何度も謝り、大丈夫だからと経緯を話して聞かせて、延々とお小言を聞いて、また謝り状態を説明し、やっと華代を落ち着かせさせた。
「うん、うん、心配かけてごめんなさい。うん、うん、大丈夫だから。直ぐに木暮さん達がK病院に運んでくれて、人間ドック並みの凄い検査したの。
ええ、打撲と擦り傷とかだけだから。
左足首も凄い腫れたけど、骨は折れていないそうよ。
無理はできないけどね。痛み止めも打っているから、今はそんなに痛くないの。
うん、うん。ええ、ありがとう。はい、心配かけてごめんなさい。
うん、木暮さんも話したがっているから、
代わるわね」
由華里はVIPフロアの自分の部屋のベットのそばに立つ木暮に、急いで携帯電話を渡した。
彼は沈痛な面持ちで電話に出ると、謝罪の言葉から話し出した。
「木暮さんが謝る必要ないのに」
そう呟く由華里に、木暮は苦笑しながら、口に指を当てて静かにと合図をした。
由華里は口ちゃっくして、背もたれとの間の沢山のクッションにもたれた。
「由華里様、足をもう少しあげましょうか?」
部屋を出て行く木暮の後ろ姿を見ていると、アニカが暖かい紅茶を差し出しながら、医師の指示でクッションで高くしている足を心配そうにみた。
「ありがとう。大丈夫よ」
紅茶ははちみつの甘い香りがする。甘い紅茶を飲んで、ほっと由華里は吐息を着いた。そして、しゅんとした。
「ごめんなさい。皆さんにご心配をおかけしました。私のせいで沢山のお仕事をキャンセルされたのではないのですか?」
アニカは静かに微笑み首を振る。
「由華里様が心配されることではございません。お気になさらず」
丸の内で白昼堂々発生した刃物振り回しの事件は、由華里が木暮達に救出され脱出した後に駆け付けた警官達により、犯人が取り押さえられて収束したとのことだった。
数名の者が切り付けられ、パニックになった人達の一部が車道に飛び出し車にひかれた等、多数の重軽傷者は出たが、幸いなことに死者は出なかったらしい。
由華里はあのまま都内の病院に運び込まれ、徹底的にそれこそ人間ドックのように隅々まで検査をされた。
(なんで血液検査に婦人科系のも検査するのかよくわからなかったが)
そして、日付が変わる前に全ての検査結果が超スピードで出された。
(どんだけ病院に圧力を掛けたのか?無理難題を言ったのか?金をかけたのか?)
ヒールのある靴で足を捻ったところの打撲なのでかなり腫れたが、骨や筋等には問題ないとのこと。
体中に軽症の打撲と擦過傷はあるが、こちらはコート等服がガードになったため、傷も残らず完治するだろうとのことだった。
全身スキャンで内臓もどこも損傷はない。
その結果に全員が安堵したが、一番安堵していたのは、木暮雅人だった。
彼はその結果を由華里とアニカと共に聞きながら、感極まったように由華里を抱きしめた。その手が震えていることに、由華里は気づいて驚いた。
病院側は経過観察の為にも入院を勧めてきたが、ケガをした被害者達の一部が運び込まれていたので、それを嗅ぎつけたマスコミが押し寄せる前に、ホテルに戻る方がいいだろうという判断でホテルに戻った。
最初は嫌々使っていた部屋だが、こうして戻るとここなら絶対な安全安心感がありほっとする自分に由華里は苦笑した。
「どこか痛みますか?」
「ううん。薬が効いているし…まだ興奮状態だから大丈夫。それより、母達への連絡や指示に、各所への手続き等を任せてしまって本当にありがとう」
「大したことはありません。警察の調書も由華里様は被害者の一人なのですから、簡単に済んでよかったです。ただ…病院に駆け付けたい、付き添いたいと強く望まれた華代様には…自宅待機をお願いいたしまして申し訳なかったです」
「仕方ないわよ。大混乱している病院に母がきても、動転するばかりだったでしょうし。ああ、それで、明日…違う、今日ね、今日の午後にでも様子を見に来るそうよ」
「平野専務は?」
由華里はふっと軽く笑った。
「お父さんは通常通りに仕事に行くそうよ。私が無事なら問題ないって」
「左様ですか…。こちからも平野専務にはまたご連絡しておきます」
「ありがとう」
由華里は少し疲れを感じ、瞼を閉じた。興奮していたせいか、痛みも疲れもあまり感じていなかったけど、お母さんの声を聞いた途端に緊張の糸が切れたのか、どっと疲れが出た。
「お休みにななられますか?」
「うん…でもその前に木暮さんに謝罪したいし」
「由華里様が謝る必要はございません」
「でも、最初の指示通りにタクシーで来ていれば、あそこまで巻き込まれなかったと思う。反省しています」
アニカは少しだけ苦笑した。
「そうですね。次回はホテル指定のタクシーを利用して行動してください。日本の公共機関の優秀さは理解していますが…駅から目的地までの間に、今回のように何が起こるか予測できませんので」
「そうね…まさか日本でこんなことが身近で起きるとは思わなかったわ」
不意にアニカの表情が硬くなった。
「アニカ…どうかしたの?」
「え?何か?」
「病院に行く車の中から、なんか態度が変よ?動揺して混乱してるのなら」
由華里は英語に替えた。
―英語でもいいのよ?
アニカはおかしそうに笑った。
―確かに混乱はしていますが、私達は事態を冷静に受け止め理解しております。なので日本語でも英語でも…なんなら『イタリア語でもOKですわよ?』
最後をイタリア語に替えて茶目っ気に言うアニカに、由華里は少し安堵して微笑んだ。だが、アニカは真面目な顔で言う。
―ですが、もうお遊びは終わりです、由華里様。私達は油断しすぎました。こうなる事は予測していたのにも関わらず、こんな事態を招き、あまつさえ由華里様にお怪我をさせてしまいました。
これは…私達の落ち度です。
―アニカ達の落ち度の訳ないじゃない。あんな暴漢が現れるのなんて誰も予測できないし、それに…どちらかと言えば…暴徒化した人達を、私が上手く避けられなかったせいじゃない。悪いのは不注意だった私のせいで、
―違います!!
蒼白な顔でアニカは膝の上の両手を握りしめた。
驚く顔の由華里に、ハッとしてぎこちない笑いを浮かべた。本当に、自分よりアニカの方がショックが大きいみたいだと、由華里は心配になった。
そして更に動揺している男が入ってきた。
実はウィルバートングループ経営の総合病院で徹底的に検査を受けていた由華里。幸いなことに大きなケガはありませんでしたが、周囲の落ち込みは大変なものです。ここから話が変わります。




