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海を越えた梢の花とウィルバートン家の呪い  作者: 高台苺苺
第一章 梢の花は海を越えて富豪と家出
22/90

第22話 宇宙で一番相性の悪い男

 東京駅前の雑踏をMビルに向かい歩いていた由華里は、突然腕をつかまれ振り向いた。そこには父親の泰蔵が独断で決めた元婚約者の田口崇史が立っていた。


 彼は小雨の中で荒く息を吐きながら、由華里を凝視している。


「由華里さん…」


 反射的に由華里はその手を払いのけた。


「由華里さん?」


 田口が何かを言い出す前に、身を翻すように由華里は走りだした。

 すれ違人々を押しのけるように走る由華里の後ろで田口が何かを叫んだ。


 イヤダ…


「由華里さん!危ない!」


 突然目の前に青いスカイラインが迫り、けたたましいクラクションと共に急ブレーキををかけた。

 息を飲む由華里を、瞬間に強い力が腕を掴んで歩道に引き戻した。

 田口かと思い驚いて見上げると、見知らぬ男性が冷静な顔で由華里を見下ろしていた。


 誰?


 彼は由華里を歩道に立たせ、パパパパパッと身体の無事を確認するように軽く前進を叩くと、冷静な笑顔でにっこりと微笑んだ。


「いきなり歩道に出たら危ないですよ?」


 その力強い冷静さに誰かをだぶらせながら、由華里は真っ赤になった。


「あ…ありがとうございます。あの…」


 なんだか小さな子供の様な感じで、由華里は恥ずかしくなった。なんでいきなり車道に飛び出したりしたのかしらと滅茶苦茶恥ずかしくなった。


「由華里さん!!」


 人々を掻き分け駆け寄る田口に振り向いた間に、助けてくれた人物は人混みに消えていた。


「由華里さん!!大丈夫ですか!?」

 駆け寄る田口崇史に、由華里は気まずそうに目線を外した。


「大丈夫です。ご心配おかけしました。その…ごめんなさい」


 いろんな事を込めて…。

 田口は少し悲しげに由華里を見おろした。


「とにかく…この雨だ…どこかに入りましょう」


 由華里が何か言う前に、彼は強引に腕を掴んだまま近くのビルの喫茶店に入った。そして二人である事を告げると、強引に手を掴んで案内された席に座らせた。

 酷く不快な気持ちで由華里は嘆息した。


 相変わらずなのね。


 由華里は腕時計で時間を確認した。

 待ち合わせの時間まであと40分以上ある。Mビルにはここから1分もかからない。

 10分か最大でも20分程度で話をして行けば、身支度時間を含めても間に合うだろう。


 ここで会ったのも何かの因縁。

 ここではっきりさせよう。


 由華里は心を決めて座り直した。

 田口は椅子にどっかりと座ると、由華里に聞きもせずに勝手に紅茶とコーヒーを頼み由華里に向き直った。


「お久しぶりです…」

「お久しぶりです…あの…田口さん」


 彼は出された檸檬水を一気に飲むと、にかっ!と笑った。その笑顔に由華里は気圧されて言葉を止めた。


「スーツ姿の由華里さんを拝見するのは久しぶりですね」


 唐突な田口の言葉に、なんだか由華里はまずい所を見られたような気がして言葉をまた詰まらせた。

「これは…」

「お聞きしています。現在、お父上のお知り合いの方の元で臨時の秘書をなさっていると。今日はお仕事で?」


 ふうと、由華里は溜息を着く。

 相変わらず父親の泰蔵から全部自分の情報が筒抜けなのだ。

 そして相変わらずこちらの事などお構いなしで自分のペースで話すんだから…。


「ええそうです。この後、2時20…10分にはMビルの待機室にいないといけないのであまり時間がないのです。なので…あの!この間の事ですが!!」


 がばっ!と、田口がいきなりテーブルにその大きな身体を捻じ曲げるようには頭を下げ、由華里はぎょっと思わずのけ反った。


 何!?


 紅茶とコーヒーを運んできたウエイトレスもびっくりした顔で固まっている。 


 慌てて由華里は田口の肩を叩き、彼を起こさせた。コーヒーと紅茶が置かれると、また田口はコーヒーを半分ほど一気に飲む。


 熱くないのかしら?


 唖然と見る由華里そっちのけで、田口はそのまま勢いよく喋り出した、


「この間の事は…僕の方から謝罪します!あの時、由華里さんに殴り倒されて、初めて事態を知った僕が馬鹿でした!

 僕は…僕はこの半年間のお付き合いで、由華里さんもこの縁談に承知されていたのだと勘違いしていました。

 なのに…先走って…指輪を強引に渡そうとして…その…」


 その時の事を思いだし、由華里は耳まで真っ赤になった。


 そう、田口はお台場の海岸でいきなりプロポーズをし、由華里の指に強引に婚約指輪を填めようとして抱きしめてキスをしてきたのだ。


 突然の事にパニックになった由華里は、反射的に田口を(グーで)殴り倒し、その反動で田口はバランスを崩して真冬の海に落ちてしまった。

 動転した由華里は、なんとそのまま逃げたのだった。


 私のバカバカバカバカ!!!


 真冬の海の中で茫然と浮かぶ田口の顔を思いだし、羞恥心と一歩間違えば殺人にもなりかねなかった事態の恐怖心等ぐちゃぐちゃの感情がぶり返し、由華里はどう返していいのかわからず下を向いた。


「でも…海に突き落とすまでは…やりすぎというか混乱していたというか…

 本当にごめんなさい!!

 誤って済むことではありませんが!

 その…今更ですが…お風邪など召されませんでしたか?」


 心配して言う由華里に、彼はもう1杯運ばれてきたコーヒーを飲んで、にかっ!と豪快に歯を見せて笑う。


「大丈夫です!これでも僕は大学時代からラグビーをしていて体を鍛えていますし!寒中水泳大会等にも参加していますので、あれくらい問題ありません!」


 にこにこ言う田口崇史に、由華里は唖然とした。


 あれくらい!?大したことない!?

 真冬の海なのに!?


 例え由華里の気持ちをおもんばかり言っているとしても…田口崇史には悪いが、


 ドン引きだとしか思えない!

 

 由華里はなんと返していいのかわからず、店内に視線をさまよわせた。


「それに、僕が強引過ぎました。やりすぎました。その…由華里さんは、結婚前提のお付き合いではなかったのですよね?」


 どうして彼はこういつもド直球に、しかも周囲を気にしないで大声で言うんだろう。チラチラ見る周囲を感じで、由華里は泣きたいほど恥ずかしくなった。

 

 でもここでその羞恥心に負けてはだめだ!

 由華里は顔をあげ、彼をまっすぐにみて言った。


「はい、そうです。最初、父からはあの会食会も「知人の方との会食会」と、だけ説明され参加しました。そのあとから、田口さんとのお誘いが多いので、変だなとは思っていたのですが…。

 お台場の一件で父に問いただしましたら、本当はお見合いの席で、田口さんは結婚前提でお付き合いると。親公認だと言われて…ショックを受けました」


 やっぱりと言う顔で、田口はなんだか複雑そうな顔を歪ませた。


「しかも、今回の縁談には私の気持は考慮には入っていないと…そう言われ…物凄く頭に来て。田口さんが悪い訳ではないのですが、その後どう話していいのかもわからなくて。

 それで…先日は失礼とは思いながらも私の気持を手紙で送らさせていただきました…

 あの…」


 彼は苦笑した。

「読まさせていただきました」


「あの…」

 

 彼は黙ったまま由華里を悲しげに見ている。なんだか由華里は罪人に似た気分で酷く居た堪れない気持ちになった。


「本当にごめんなさい。上司である父の身勝手な話に振り回してしまって。私も、きちんと言っていませんでしたが…田口さん、今回のこのお話は…」


 バッ!と田口は大きな手を広げて由華里の言葉をいきなり遮った。


「いや!!由華里さんが謝る事ではないです。そうです!今回の件は…本当に僕の詰めの甘さというか…不徳の致す所というか!


 確かに、結婚の話は僕と専務との話ではなく、僕と由華里さんとの話であったはずなのです。それを勘違いしていた自分が恥ずかしい。申し訳ない!!」


「田口さん…あの…」


 田口はまたガバッとテーブルすれすれに頭を下げると言った。


「ですから!!この場で!!あの時のあの話は、専務が進めて下さった由華里さんと僕との縁談の話しは!!無かったことにしていただきたい!」


 由華里はぽかんとした。

 

 無かった事?


 え?今まで散々どう彼に理解させるか、父から逃げるしかないのか?散々悩んで苦しんで、とうとう逃げ出したら、あんな変な奴に捕まって散々振り回されて大変な目に遭ったのに!!


 え!?こんなあっさり解決できるの!?


 由華里は脱力感と共に安堵に苦笑した。


 存外、田口は物わかりが良くていい人なんだ。由華里は無事に縁談が終結した事に、心から安堵しほっとした。そしてにっこり笑うと言った。


「はい!なかったことにしていただけると、私も助かります!ありがとうございます!田口さん!」


 由華里の言葉が終わると同時に、がばっ!と田口は顔を挙げて、いきなり由華里の手を握りしめてきた。

 仰天する由華里の目を真っ直ぐに見て田口は喫茶店中に響く大声で叫んだ。


「そして!もう一度ここから!!僕との結婚を前提としたお付き合いを!改めて考えてください!」


 頭が一瞬にして真っ白になった。

 まるでハンマーでいきなり殴られたような衝撃を受けて、唖然と田口を見下ろした。


 イマ…彼ハ何ヲ言ッタノ?


 愕然とする由華里を尻目に、彼は饒舌に興奮気味に喋る喋る。


「そうです!専務からの話と言う事ではなく!一男女として!華里さん!改めて僕との結婚を考えてください!あの電光石火で僕を殴り海に蹴り落とした貴女の凄さに、僕は!!惚れ直しました!!」


 この人…頭…おかしいんじゃない?


 怒りと共に喉まで出かかった言葉を、ここは公共の場だと飲み込んで、由華里は必至で断る言葉を探した。

 だが、田口はそれを封じるかのように、がっとレシートを取ると立ち上がった。


「今日はお会いできて良かった!Mビルで待ち合わせですよね!もうそろそろ時間だ!お送りします!僕達の事は、また改めて専務と専務夫人にごあいさつにお伺いしますので、今日はここで!これは僕が払います」


 由華里の言葉も聞かずに、田口はレジに行ってしまった。一口も飲んでいない紅茶を見おろし、ワナワナと由華里は震えた。


 何!?あいつ!?どうしてこうなるの!?

 たった今、この話は無い事にって言ったじゃない!!

 結婚の意思が無いから殴り倒して海に叩き込んだんだと理解したんじゃないの?


 まさか!!!


 あれが私の彼に対する愛情表現だとか!?

 照れ隠しだとか!?

 訳わかんない解釈してしまっているということ!?


 あり得る!!


 由華里は田口への憤りで頭が真っ白になりそうだった。


 何時もそうだ!

 父の泰蔵も田口も!

 いつも自分の意見なんか聞いてくれない!

 いつも平行線!


 いつもいつも自分達の思い通りにしようと、

 私の意見も気持ちも全く無視して、

 がんじらがめに縛りつけてくる!

 私の人生も心も全部全部自分勝手に縛り付ける!


 もう!!沢山だわ!!


 由華里は立ち上がり自分の紅茶代を、キャッシャーで清算している田口の後ろから多めにレジ台に乱雑に置くと、彼が何かを言う前に店を猛然と出た。


 外はまだ小雨が降っているが構わなかった。歩道を大股に猛然とMビルに向かって歩き出した。


「由華里さん!」


 後ろで田口が何かを叫んでいるのを無視し、小雨が降る人混みの中を勢いよく走り出した。


 濡れても構わない!頭にくる!本当にもう!!

 今日から新しいスタートのはずなのに!!

 最低っ!!!


 駅を出るまではあんなに順調で全てが上手く行く感じだったのに!

 ああもう!!なんでこんな所で!

 こんな天気の日にあんな奴に掴まっちゃったんだろう!


 同じ掴まるのでもまだ!!


 由華里は人混みを抜けて走る足を緩めて、ぎょっとした。突然浮かんだ顔に、耳まで真っ赤になった。


 なんでここで!!木暮の顔が出てくるのよ!!バカじゃないの!!


 由華里は誰に対しての怒りだかなんだかわからない気持ちを抑え込んで、むかむかしながら色とりどりの傘が咲き乱れる歩道をMビルに向かった。


 とにかく待ち合わせ時間までにいかないと!!こんな事をしていられない!!

 だが、突然、行き交う人々が何かに弾かれたように、一斉に由華里の後方の方を向いた。


 何?


 立ち止まり振り返る由華里の耳に凄まじい悲鳴と怒号が飛び込んできた。

田口は悪い人では決してないのですが、猪突猛進と言うか人の話を聞かないタイプなので、由華里とは相性が最悪です。でもそれすらも田口は気づかないので、最悪倍増。そしてついに…呪いが発動します。

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