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海を越えた梢の花とウィルバートン家の呪い  作者: 高台苺苺
第一章 梢の花は海を越えて富豪と家出
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第2話 家を出たら見知らぬ男に捕まった

駅前の往来の激しい通路のど真ん中。

 大の大人3人が、キャリーケースの取っ手をつかんでにらみ合う異様な光景。

 流石に無関心に通り過ぎる通行人も視線を向け始めた。


「失礼ですが、ユカリのお知り合いですか?」


 見知らぬ男性が厳とした声で言うと、反射的に勧誘女性が、ぱっ!と手を離した。 

 瞬時に彼はバックを軽々と持ち上げ運ぶと、先程の大きなベンツの後部座席に放り込んみ、次に由華里ゆかりの肩を掴んで、助手席に乗り込ませる。


 あまりの素早さに、由華里は唖然としているしかなかった。

 しかも自分の名前を呼んで肩を掴んだと言うことは知り合いの筈なのに、全く見覚えがない。

 こんなオーラの強いハンサムは、流石に記憶していると思うけど!?


 この人!?誰???

 

 彼は勧誘女性に向き直ると、威圧感を強めて言う。

「申し訳ないのですが、私も彼女も急ぎます。後でご連絡を取らせましょうか?

 それとも?」


 それとも?の語気を強めると、勧誘女性は慌てて人ごみの中に消えて行った。

 満足げに彼は笑い、そして流れるような動作で運転席に乗り込んだ。


「行ってしまいましたね」


 彼はおかしそうに笑いながら言い、車をスタートさせ、緩やかに車の流れに乗った。

 遠ざかる駅を後ろに見ながら、由華里はホッとしたような、茫然としたような気が抜けた感じで、革張りのシートにへたりと凭れこんだ。


 とにかく駅から離れられて良かった。一時はどうなるかと思った…。

 こんなスタートもスタートにもならい駅前で、家族や近隣の知人や誰かに気付かれたら、きっと計画は頓挫していた。


 よかった!!


 じゃない!!違う!!

 この人!誰!?


 暫く虚脱感に襲われていた由華里は、はっと!したように自分を助けてくれた男性に顔を向けた。


 上品で育ちの良さそうな物腰。着ている服もシンプルだが、上質なフィットしたものを着こなしている。

 整った顔立ちで、優しい光を帯びた茶色…金茶?の瞳。


 不思議な虹彩。

 その瞳がちらりと由華里を見た。


「私の顔に何かついていますか?」


 おかしそうに言う言葉も優しげでどこかホッとする響きがある。由華里もつられてにっこり笑った。

 不思議、女子校育ちなので男性は苦手なほうなんだけど?


 由華里は丁寧に頭を下げて、お礼を言った。


「失礼いたしました。少し驚いてしまって。それより助けていただいてありがとうございます。助かりました」


「お役にたててよかったです」


「ところで…あの…」


 由華里は彼に名前を不愉快にさせずにどう聞こうか考えながら、視線を彼の顔から下の方を向けて目を見張った。

 二人の間にあるリアセンターコンソールの中に、名刺が大量に無造作に置かれている!

 きちんとした第一印象の彼にしては、その乱雑さにどこか違和感があるが、由華里は「助かった!!」と、胸をなでおろして、輝く笑顔で顔を上げた。


木暮 雅人(こぐれ まさと)さん?ですよね?失礼ながら、どこでお会いしたのは度忘れしてしまって…」


 一瞬、奇妙な間が車の中に流れた。

 次の瞬間に、ブッ!!と、彼は可笑しそうに口元を歪めて慌てて左手で笑いを堪えた。


「私、何か変な事を言いました?」

「ああ!!失礼!失礼!ハハハハ…いや、その…」


 彼はちらりと由華里を見て、そしてその視線の先を見て、ははあと、納得したような声を上げおかしそうに笑った。


「ユカリさん、私達は初対面ですよ」


 木暮雅人の予想外の返答に、由華里は「へ?」と、間抜けな声を上げた。


「は?え?でも…私の名前を…」


 木暮雅人は後部座席のキャリーケースを後ろ向きに指さした。


「ユカリさん、貴女はあのキャリーケースで海外旅行に行かれた事がおありですね? 

 貴女のフルネームが、航空会社のタグにデカデカと書かれていますよ?

 ユカリ・ヒラノさん?」


 指摘されて振り向いて確認をすると、確かに大きな大文字で「Mis・YUKARI・HIRANO」と書かれているタグがゆらゆら揺れていた。


「私はO市の友人宅を尋ねた後、都心に戻る途中でした。道を間違え、たまたまあの駅前のロータリーに入り込んでいただけなのです。ナビ通りに走っていたのですがね。この国の道は入り組んでいて難しいです。

 で、位置確認と休憩であのロータリーで降りたところ、ユカリさんとあの女性がバックを掴んで対峙して困っている様子でしたので、お声を掛けさせていただきました。

 とても貴女が敵う相手ではなさそうでしたので、知人の振りを致しました。その非礼は…」


 由華里は頭が真っ白になった。

 彼が言う事が事実なら、自分は迂闊にも見知らぬ男の運転する車に乗り込んでいるのだ!!

 何しているの!!私!!


「降ろして」

「へ?」


 今度は木暮雅人が間抜けな声をあげた。


「降ろしてと言っているのよ!!!初対面!?なのに私の名前をタグを見ただけで呼んだ?!あんなに距離離れているのに!?どうやって見たの!!」

「視力はいいので」

「そういう事じゃないでしょう?!私を車に乗せてどうするつもりなの!?降ろして!!いいからここから降ろして!!」


 由華里はとっさにドアのノブに手を掛けて開けようとした。


「Watch out!!!」


 ガッ!と由華里の動きより早く、木暮雅人は由華里の腕を掴むとシートに由華里の体を抑え込んだ。

 途端にハンドルが取られ、カーブを曲がりながら派手なタイヤ音を軋ませ車体が車道からずれた。途端に後続車が激しいクラクションを連打した。


「高速道路!?」


 その時点で、やっと由華里は公道ではなく高速道路を高速移動していることに気付き、真っ青になった。


 木暮雅人は真剣な顔で、巧みなハンドルさばきで車を正常な体勢に戻し、通常の流れに何事もなかったかのように戻した。

 そして深く重い緊張した空気が落ち込む中で、真っ青になり前方を凝視したままの由華里に怒りの声をあげた。


「貴女は!いい歳をしたバカですか!?」


「ご…ごめんなさい。まさか高速道路に乗っていたなんて知らなくて」


「高速道路に乗る前に言いましたよ!?急ぐので高速道路を使いますが、大丈夫ですか?と!!」


「聞いてませんでした!」


 はああーーと木暮雅人は深い嘆息を漏らした。


「ぼーっ!としているからだ!大体!見知らぬ男性の車にいくら助けられたからとほいほい乗り込んで、緊張とか危機感とか貴女はなさすぎる!!

 そんなんだから、ああいう手合いに引っ掛かって逃げられなくなるんだ!!」


 その言い方に由華里はむかっ!!とした。


「確かに私が軽率でした!高速道路でなくても走行中の車のドアを開けるなど、バカな事をしたと反省しています。

 でも!!あなたなんかにそんな事を言われる理由がないわ!

 見知らぬ女性を車に押し込んで!!こんな誘拐紛いの事をしている胡散臭い奴が!!

 何を!偉そうに人の事を叱れるのよ!」


「確かに!一歩間違えれば誘拐と訴えられても仕方ないと、自分でも軽率なバカな行動とは思います。

 でも…後悔はしていません!」


「はあ!?」


「貴女が困っていたからです。

 貴女が…私に…助けを求めていると思ったからです。

 だから…私は自分の行動を後悔しません」


 きっぱりと言う木暮雅人の言葉に、由華里は何故か耳まで真っ赤になった。


「?。顔が赤いですよ?気分でも悪くなられましたか?」


 頓珍漢な心配の言葉を発する彼に、由華里は何故かカチン!ときて「バカ!!」と怒鳴った。


「バカ!?恩人に対してバカですか!?」


 パパパパパー!と背後からクラクションが聞こえ、由華里は思わず振り返る。

 このベンツに負けず劣らないハイクラスの真っ白なBMWが追随していた。

 横にも大型の外国車。前方にもその横にも似たような高級車が取り巻いている。


 由華里は改めて心底ぞっとした。

 あんな大きな高級車や他の車を巻き込んで事故にならなくて本当に良かった!!


「怒っているのかしら…当り前よね?どうしましょう…」


 急に怖さと羞恥と不安がぶり返し、由華里は両手を握りしめて震えた。


「怒ってはいないと思いますよ。あなたの顔を観たかったのでしょう」


「は?何を変な事言うの?それとも、バカな事をしでかした者の顔を観たかったといいたいの?」


「違います。純粋に貴女の顔を観たかったのでしょう。なにせ、」


 木暮雅人はドキリとするほどの魅惑的な笑顔で言う。


「こんな魅力的な女性は見かけませんからね」


「…木暮さん、こんな状況で、よくそんな言葉吐けますね」


「?私は、何か変な事を言いましたか?」


「…もういいです。木暮さんは日本人離れしているというかなんというか…」


 ちゃらい?少し違うわね…と、考える由華里に、彼はおかしそうに声を上げて上機嫌に笑う。


「凄い洞察力だ!私の日本語は完璧だと思っていたのですが!」

「は?」


 ぽかんとする由華里に、彼は明るい笑顔を上機嫌に向けた。


「だから、私は日本人ではありません。後部座席にあるバックに私のパスポートが入っていますから、どうぞ?身元確認の為にも確認してください。そうすれば面識のない胡散臭い男ではなくなりますよね?」


 由華里は絶句し、呆れた。

 パスポートを確認しろ?自分の方こそ危機感ないんじゃないの?!

 由華里は妙な虚脱感に襲われ、はあああと溜息をついた瞬間、不意に前方の見慣れたカーブに目を向け固まった。


「?今度はなんですか?また顔色が変わりましたが?」


「えーと…まあ…先ほどの連続カーブ、私は苦手なんです。左右に何度も細かくカーブするでしょう?

 佐藤さんの運転以外だと、途端に気持ち悪くなるんです」


「サトウさん?」


「父の…いえ、父の会社の運転手さんです。不思議なことにあの方の運転だと酔いません」


「なんとなく理解できます。きっと運転の相性がいいのでしょう。いい運転手を見つけられましたね」


「だから、うちの、じゃなくて、父の会社の専属運転手さんです」


「お父様はどちらの会社に勤務されているのですか?」


 由華里は一瞬返答にどまどった。

 父の事を話してもいいのだろうか?まだこの人が誰かもわからないのに。

 でも…社名言うだけで、そんな簡単に父のことなどわからないだろう。


「M商事です。私も最近までそこの秘書課にいました」


「M商事?…ヒラノ・ユカリ…ヒラノ…平野…ああ!もしかしたら貴方のお父様はM商事平野専務ですか?

 ユカリは彼のお嬢さんなのですね」


 瞬時に父親の事を言い当てた木暮雅人に、由華里は心底仰天した。


 この人!!何者!?


「ああ、警戒しないでください。私も企業経営していましてね、M商事は取引相手の一つなのです」


「へえ」

「‥‥今、私の事を胡散臭いと思いましたね?」

「いいえ」


 思ったけど。


「とにかく佐藤さん以外の運転で気分が悪くならなかったのは初めてなので驚いた。ただそれだけです」


「では、私達の相性もいいんですね」

「は!?」


「私の運転で気持ち悪くならなかったのですから、そうじゃないですか?」

「!!そっち!?」

「え?どっちですか?」


 慌ててナビを確認する彼に、「違う、違う」と、由華里はおかしそうに笑った。なんだか会話が時々かみ合わないのは、ネイティブではないからかと納得した。


「木暮さんは運転はお上手ですね。先ほどの危険回避も凄かったし。運転をよくされるの?」

「いいえ」

「え?」


「私にも「サトウさん」がいましてね、自国では彼等が運転しますので、私はほとんどしません。

 海外でオフの時はこうして気分転換に運転はすることもたまにありますね。

 ただ、今日は本当に特別で、O市の友人が…」


 途端に由華里は神妙な顔をして姿勢を正した。


「どうされました?また顔色が変わりましたが?気持ち悪くなられましたか?」

「違うわ。木暮さん…黙って運転しましょうよ」

「え?」


「だって!!あまり運転もしない人が!外国で!しかも走行車線が逆の国での運転だなんて!私の運転並みに危険じゃないの!」


 真っ青になって叫ぶ由華里に、木暮雅人はまた凄まじく爆笑し危うくハンドルが少しずれ、車体が揺らいで由華里が悲鳴を挙げた。


「木暮さん!!」

「ハハハハハ!!大・・・大丈夫!これくらい大丈夫です。ハハハハハ!!」

「木暮さん!!笑いすぎ!!」


 パパパパーと、背後のBMWがクラクションを鳴らして追い越していった。


「ほら!!怒っていますよ!!」

「追い越すと合図しただけでしょう」


 彼は曖昧に笑って肩を竦めた。


「ところで、ユカリさん、先ほどの話の続きですが」

「どの話し?」

「高速に乗った理由です」

「ああ」


「私は宿泊先のFホテルに着替えに戻りたいのです。パーティーに出席しないといけないので。

 本来ならあの後、ユカリさんの行かれる先に降ろして差し上げるのが筋ですが、ぼーっとされていたので聞けませんでした」


「ハイハイ、すみません。いいですよ。Fホテルなら場所もわかりますし、駅までシャトルバスもあるし。それに5星のちゃんとしたホテルだから、安全ですしね」


 そうでうですねと、彼は嫌味に気づかず納得する。


「駅というと、やはりどこかご旅行の予定だったのですか?」


 由華里は首を軽く横に振った。


「いいえ…友達の家に結婚祝いを届けに行きます」

「おめでとうございます」

「ありがとうございます。でも私ではないですよ?」

「わかってます」


 二人は明るく笑いあった。


「そのあとは?ご自宅に?ご自宅は新宿なのですか?」


 しつこいなあと由華里は苦笑した。


「いえ…遅くなるので…そのまま友人宅に泊まる予定で」

「では夜にまた会えますね」

「会いません。私達はほFホテルまでの道連れなだけですし、会う理由がないです」

「あります。今回の救助と運転のお礼が欲しいです」


「まああ!!図々しい!」

「そうですか?」


 由華里は苦笑した。


「確かに、助けていただいて、送っていただいて、ご迷惑をおかけしたのだから謝礼が必要ですよね」

「先に言いますが、金銭等望んでいませんからね」


 由華里はおかしそうに笑う。


「ハイハイ、では何がいいですか?」


「そうですね…ディナー!!そう!ディナーをご一緒してください!

 そこで日本の事をイロイロ教えてください。それがいい!」


「ディナーだけ?それだけでいいの?では食事は何料理がいいですか?空いている日は今わかれば、すぐ予約しましょう」


 由華里は秘書時代の癖で、直ぐにパッドを取り出し予約サイトを開いた。

 木暮雅人はにこやかに笑うと軽く横に首を振り、車を走行車線から滑らかに出口に向かう車線に変更した。


「私があとでお知らせします。予約もさせます」

「でも」

「そうしてください」


 少し悲しげに言う木暮雅人の言葉と表情に、由華里は何か言葉が詰まって反論できなかった。


 なんだろう??この…気持ち。


 車窓はあっと言う間に街中の風景に変わった。

 由華里は高層ビル群を見上げながら、少し寂しく感じる自分に驚いていた。


 寂しい?なぜ?

 なにがこんなに胸を突くような寂しさを感じるのかしら…。

 家を出て遠く離れたと言う気がしたから?


 それとも…


 ちらりと由華里は上機嫌でハンドルを切ながら運転をする、木暮雅人の端正な横顔を見た。

 そしてまさかねと、前を向いた。

車はゆっくりとFホテルのエントランスロータリーに入り、停車した。ドアマンが直ぐに運転席と助手席のドアを開ける。降り立つ由華里の腕を自然に取り、木暮雅人はキーをドアマンに預けるとホテルの中に入った。


 そのまま真っ直ぐにエレベーターホールへ行く。


 直ぐに開いたエレベーターに小暮雅人は当然の様に由華里を伴い乗り込んだ。

 同時に数人の男性達も乗り込んできたことで、由華里ははっ!として慌てて降りた。


「ユカリさん?」


 驚き腕を掴む木暮雅人に、由華里も驚いて振り返る。


「どうされましたか?」

「え?だって…私はここまで送っていただくだけでしたでしょう?」

「え?」

「え?」


 ああ!と、今度は木暮雅人が気づいたように額を軽く叩いて笑った。


「そうでした!」

「そうですよ?」


「じゃあ、お部屋でお茶でも飲んで行って下さい」

「は??」

「は?」

「なぜ?」


 おうむ返しにする由華里に、ああ…と木暮雅人は考え込む。彼はニッコリ笑うと、由華里の腕を掴んで強引にエレベーターに引き込むと同時にドアが閉まった。


「先ほども説明しましたが、時間がありません。なので、先に部屋に行きます。そこでお待ちください。紅茶?コーヒー?スイーツでもなんでもありますから遠慮なさらずに」


「は!?」


 エレベーターの中に、由華里の素っ頓狂な声が響いた。

家を出た途端に、いきなり怪しい男に捕まった由華里。危機感ゼロ。名前もいきなり間違えます。さて、彼から逃げられるのか?楽しんでいただけると嬉しいです!

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