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海を越えた梢の花とウィルバートン家の呪い  作者: 高台苺苺
第一章 梢の花は海を越えて富豪と家出
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第13話 深夜の二人だけの会話

 誰!?誰もいないと思ったのに。


 由華里ゆかりはそろそろとそばに寄った。


 革張りの深いアームチェアーに身を沈め、右手で頭を支えながら、無表情な瞳で木暮こぐれが眼下の光の海を見ていた。


 違う。どこか遠くの果てを見ている。


 由華里は彼が見ている眼下の光の海の果てを見た。


 光は遠くまで続き、やがて吸い込まれるように真っ暗な果てに消えていく。

 なんだか怖い風景だ。


 また彼を見る。

 ふと、彼が具合が悪いような感じを受けて、由華里はそろりと右手を彼の額に当てた。瞬間!彼の瞳が鋭く上がり、由華里の手首を物凄い勢いで掴み彼の前に引き釣り出すように引っ張った。


 倒れ込みながら声もなく驚く由華里を、木暮雅人はぎょっ!として慌てて由華里を抱き留めた。


 そして一瞬でその固い表情をほどいた。


「由華里さん!!驚きました!」


「ごめんなさい。なんか具合が悪そうに見えたので。熱でもあるかと思って」


 木暮は可笑しそうに笑うと、隣のオットマンを叩いた。由華里は素直に座った。


「目が覚めたのですか?」


「はい。木暮さんは?」


「ああ…私はいつもこんな感じですよ」


 こんな感じ?


「眠らないの?」

「眠りますよ。必要最低限の睡眠はとります」


 由華里は眉根を寄せた。その表情に驚いて、どうしました?と、木暮は身を起こした。


「何か気に障る事をいいましたか?」


「そういう言い方、私は嫌いだわ。なんだか人生をつまらなく生きているようで」


 彼はおかしそうに笑いながら由華里のむすっとした顔を見ると、テーブルの上のデキャンターから香りのいいブランデーを注ぐと由華里に渡した。

 強いお酒はあまり好きじゃない=美味しいと思えたことがないので、由華里は一瞬躊躇したが、「一口だけね…」と、口にして、まあ!と顔を笑わせた。


「美味しい!」


 木暮はその笑顔を見ながら嬉しそうに笑う。


「貴女は常に人生を楽しんでいるように見えますね」


「能天気だとでもいいたいの?」


 ハハハハハと彼はおかしそうに笑う。その声が心地よくリビング中に響き由華里も少し態度を軟化させて微笑んだ。


「貴女は…貴女の存在自体で随分と救われる人がいる事が分かりませんか?」


「え?それはどういうこと?そんな事を言われたのは初めてです?木暮さんって時々謎かけみたいな事を言うわよね?」


 ブッと木暮は吹き出した。


「貴女は…いつでも幸せを周りにふりまいている。無条件に。

 そんな事は中々出来る事では無いし、意識的にできるものではない。天性のものです。

 そして、その幸せに触れて幸せになれる者が多いと言う事です」


「??褒めて貰っているのはわかりますが、どうでしょう?わかりません。

 父には良く、考えなしの能天気だと言われますけど」


「お父様は…さぞかし貴女を大切に大切に箱にしまっていたのでしょう」


 途端に顔を暗くする由華里に木暮は、静かに微笑んだ。


「睡眠も、大切な人生の一部ですか?」

 話しの矛先が変わり、ほっとしたように由華里は頷いた。


「当然じゃない。人生楽しく生きる為には、たっぷりと寝る事も大切なの」


 木暮は可笑しそうに瞳を笑わせた。


「誰の名言ですか?」


「私のおばあ様。母方の」


「素敵なおばあ様ですね。お会いしてみたいです」


 由華里は少し悲しげに微笑んだ。


「おばあ様は私が小学生の頃に亡くなったわ」


「…それは…失礼をしました。どんな方でしたか?」


 そう言う由華里の手を彼は優しく握る。その手をしげしげ見下ろした。


 変なの。別に嫌じゃないのね、私。

 こういうの苦手だったんだけど。


 由華里は彼に笑い掛けると、彼も笑う。優しい目で。それだけでとても心が落ち着く。


「おばあ様はとても素敵な方だったわ。常に新しいことにチャレンジして前向きで、いつも微笑んでいて優しくて、芯が通った強さがって、怒るときはきちんと怒って教えてくれる方。

 沢山の素敵な事を教えて下さった。

 私も…おばあ様みたいに生き生きと生きてみたいわ」


「私から見ると、貴女も随分と生き生きとされていると思いますよ」


「ありがとう。でも…私は今まで父の敷いたレールの上で生きていましたから。それが息苦しくて自立したくて…両親から離れようとしたんだけど…

 なんだか変なことになってますね」


「自立しているではないですか?お父様のあてがわれた仕事でなく、貴女が引き寄せた仕事をこなしている」


「あなたが、強引に!の間違いではないですか?」


「私は常に色々な事を判断し決断しています。最良な方に。その一つです」


「私が?」


「ですから、貴女を臨時秘書として雇ったことで、相当な人脈が繋がった事を理解できませんか?」


「え?そうですか???」


「勝手に名刺交換もして広げてもいましたけどね」


「まだそれを言うのね。木暮さんってしつこいわね。優しい目をしているのに」


 驚愕した目で木暮雅人が由華里を見た。


「優しい?私が?」

「私、最初に貴方を見たとき、優しい瞳だな~と思ったの」


「驚きました。そんな事を言われたには、両親以外は貴女が初めてですよ」


「え?まさか。恋人…あ!!聞くのを失念していましたが、ご家族、奥様!だったらこうして二人きりは不味いわね!」


 慌てて立ち上がる由華里の手を取り、彼は静かに口元を笑わせ、由華里の手を自分の顔に当てた。


「いませんよ。家族はいません。誰一人」

 冷ややかな言い方に、由華里は戸惑った。


「ごめんなさい。何か悪い事を聞いてしまった?」


 彼の目がちらりと由華里を見て、優しく微笑んだ。


「いいえ。お気になさらないでください。私の一族は確執が多い一族なのです。富が多いとそれだけに無用な争いも多い…わかりますよね?」


「ええ…」


「私に家族と言える者は両親だけでした。一人だけの子供でしたし。ですが…その両親は私が幼少の頃に亡くなりました。事故で」


 はっ!としたように、由華里は木暮の手を取った。


「ごめんなさい。辛い事を思い出させてしまって…」

 彼は慌てる由華里を少し驚いたように見た。本気で心配している様子に、優しく手を握り返す。


「私が悲しい思いをすると心配してくれているのですか?」

「だって…唯一のご家族であるご両親を亡くされた話しなんて、辛すぎるわ」


 自分なら辛すぎる。


「辛い…そうですね。当時の私はまだ幼くて、何が辛くて悲しかったのかが理解できなかった。

 そして、私は…両親の死を悲しむ間もなく、突然受け継いだ巨大な名家の名前と事業を前に途方にくれていました。

 大勢の大人は周囲にいた。

 だが…

 殆どの者は私を救ってはくれなかった。そして同時に多くのものを失った。

 私はその失った物を取り戻す為だけに…今まで生きてきた。

 ただそれだけの為に。

 ずっと…」


 そう言い眼下に広がる摩天楼の光の海の果てを見つめる木暮の目が、酷く悲しげだと由華里は胸がつまされた。その途方もない悲しみと喪失感に、酷く胸が痛くなった。


 ぎゅっと木暮の手を握りしめると、彼が驚いた顔で見てきた。


「由華里さん?まさか…泣いているのですか?」

「泣いてなんかいません」


 ツンと横を向きながら、左手の指で瞼を擦ると、彼は苦笑しながら右手を指しのばして優しく瞼に光る物を拭った。

 少し気まずそうに由華里はお礼を言った。


「済みません。悲しい思いをさせてしまいましたね。お父様にお嬢さんの事は任せてくださいと言ったのに、早々悲しませてしまった」


「ふふふ、父はそんなこと気にしませんよ。仕事一筋ですし。私の事も…」


 いえ、それは言わなくていい。


 そして急に「彼」との一件を思いだし、顔を曇らせた。

 何故ここで「彼」を思い出したのか。その件はもう…終わったことだ。

 少なくとも自分の中では。


「ところで、貴女は?由華里さんこそ、恋人や婚約者等はいないのですか?こうして未婚男性と二人きりでいいのですか?」


 由華里は怪訝な顔をした。


「あら、だって向こうの部屋にはアニカさん達も寝ているし、ボディーガードの人達もいるし大勢のメイドさん達も…いるのよね?」


 そう言えば部屋の数からいうとかなりの人数がいそうなのに、今現在は二人きりなのが不思議だった。


「それに、私は結婚予定も恋人もいません!」

「いない?」

「あら!いるように見えた?」


 彼は優しく笑う。


「ええ…既に婚約でもしているのかと思いました」 


 由華里は眉根を寄せた。


「…していないわ」

「…そうですか。じゃあ、私にも貴女にアプローチする権限はあるのですね?」


「はあ!?」


 由華里は木暮雅人のチャライ発言に唖然と彼を見た。なんだか無性に腹が立つ。


「呆っきれた!あなたは社交辞令的に女性になら誰にでもそんな事を言うの?」


「社交辞令ではありません。私はこういう事はふざけません」

「どうだか!」


 ぷいっ!と横を向く由華里を木暮はおかしそうに笑いながら、顔を自分の方に向けさせた。


「そんなに怒る事ですか?それとも、日本では御両親を介してでないとこういうアプローチもできないとか?」


 由華里は呆れて木暮の不思議な金茶の瞳をまじまじと見た。


「バカバカしい!いつの時代の話しをしているんですか?」


「貴女は…親の意思で結婚をなさるのですか?それとも、自分の意思で?」


「私のパートナーは自分で決めます!そこまで親の言いなりにはなりたくないです!!」


 つい声を大きく叫んでしまった由華里は慌てて辺りを見回し口を押さえた。途端に木暮は大きな声で笑いだす。


「木暮さん!!みんな寝ているんだし!!静かに笑ってよ!!」


 焦る由華里の手を、不意に木暮の由華里の手を握る力が強くなったきがしてドキリとした。 

 彼を見ると真っ直ぐに由華里を見ている。

 また胸が大きくドキンとした。


 あの不思議な色の金茶の瞳が…まるで自分の心を見透かすように見ている。

 自分の心?どんな?


 由華里は慌てて目を逸らし、同時にテーブルに上の書類に気づいた。


「こんな時間までお仕事を?」


 そうですと、彼は少し寂しげに笑った。

「由華里さんが届けてくれた調書の続きが届きましてね。大事な…調書です。とても大事な…」


「そう。じゃあ、お仕事の邪魔をしちゃだめね。行くわ。木暮さんも寝なさいね」


 ハイハイと彼は笑い、スルリと手に触れて行く由華里の長い髪を掴んだ。

 驚いて振り返る由華里に彼は笑う。


「綺麗に巻き上げているから気づかなかった。随分と長いのですね」


 ああ、と由華里は髪をなでつけた。


「いつもは三つ編みで頭にまきつけていますからね」

「長い髪も素敵ですよ」


 由華里は耳まで真っ赤になった。


「お上手なんだから、木暮さんは」


 おやすみなさいと、由華里は部屋に戻ろうとして、少し足を止め、くるりと戻ると、木暮の額にキスをした。驚いたように額に手を当てる彼を、照れたように笑って見おろし言う。


「元気なさそうだから、特別ね!」


 照れくさそうにいい、由華里は部屋にパタパタと軽い足音を残して戻った。


 深く椅子に凭れ、彼は声を出さず、額に手を当てたまま笑った。静かな闇に包まれるリビングに、ほのかに由華里の香りが残っていた。


 花の香り。甘い…春咲はるさきの薔薇ばらの香りだ…。

 額の手を口元に当てると、その手からもほのかに香りがする。

 彼は苦笑した。


「参ったな…」


 そして、静かなリビングで、彼は調書を取り上げた。数枚の写真がテーブルを滑る。

 今と同じ結い上げた髪型で笑う数枚の由華里の写真。父親の泰蔵たいぞう、母親の華代はなよと弟の写真。

 そして、見知らぬ男性と立つ振袖姿ふりそですがたの由華里。

 その男性の大きな右手は、由華里の肩をしっかりと抱いていた。


「田口…田口崇史」


 呟く木暮の声は恐ろしく凍えていた。

距離を縮める二人。そして永遠の因縁のお邪魔虫の田口登場?です。

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