第12話 光の海に見とれる
パーティーが終了し、今日は木暮雅人と、アニカの3人でホテルに戻る事になった。
その帰りのロールスロイスの中で、木暮雅人は目の前の由華里ゆかりをジロリと不機嫌な顔で一瞥した。
「今日は随分と華やかな取り巻きに囲まれていたようですね」
由華里は怪訝な顔をした。
「華やかな一団に囲まれていたのは、木暮さん、あなたでしょう?私はお仕事していただけです」
「随分と男性達から声を掛けられたようですが?と、言っているのです」
「はあ??情報交換していただけですけど?」
「情報交換で、美味しいレストランやバーの誘いは不必要でしょう」
まっ!と、由華里は隣に座るアニカをチクったわね!と、じろっと睨んだ。
アニカは涼しい顔で肩を竦めた。
「そういう形からアプローチする人もいますよ。あしらい方法は色々学びましたので、対処済みですし問題ありません」
「あります」
「ありません!」
言い合いを始めようとした二人の間に、「まあまあ!」と、アニカが慌てて入る。
「お二人ともそこまでで。まずは、由華里様はただの秘書ではありませんのでお立場を理解していただかないと」
「わかっています。臨時秘書の立場ですもの。わきまえています」
「そうじゃありません」
「じゃあ、何を怒っているんです?」
「まあまあ、お二人とも。ですからこれから気分転換に、T区にありますスカイラウンジのバーに行きませんか?」
「3人で?これから?」
「いいえ。お二人で、私はホテルに戻りますので、楽しんできてください」
由華里はぽかんとし、ついで驚いた顔でいきなり車内で立ち上がった。
「意味がわかりません!!」
いきなり立ち上がった由華里はイヤと言うほど頭を天井にぶつけて呻いて蹲った。
「由華里さん!」「由華里様!!」
悶絶する由華里を慌てて二人が介抱しだし、そして木暮はおかしそうにゲラゲラ笑いだした。
「私は絶対に行きませんからね!!何故、私達二人なんですか?誰かに見られたらどんな醜聞流されると考えないのですか!!」
「ハイハイ…分かりました。そう言い出したら貴女は梃子でも言う事を聞きませんからね」
「なんですって!?」
また憤り立ち上がる由華里は頭をぶつけ、涙目で木暮に抱き停められた。だが木暮は何がおかしいのかおかしそうに笑い続ける。その機嫌にいい笑い声を聞きながら、由華里は心の中で悪態を着いた。
もう!散々だわ!!
結局、3人はそのままホテルに戻り、エレベーターホール兼リビングルームで解散し、それぞれの部屋に戻った。
そして部屋に入ると同時に、クラリサとマギーがニコリで出迎えてきた。
流石にくたくたに疲れていたので、反論する気力もなく、由華里はそのまま二人に捕まり着替えに入った。
夜半。ふと由華里は目を覚ました。
書類に目を通しているうちにデスクで寝てしまったようだ。時計を見ると深夜の2時だ。
何か飲みたくなり、立ち上がった。するりと肩からガウンが滑り落ちる。クラリサかマギーが掛けてくれたらしい。
ガウンを羽織り直し、そっと廊下を伺ったが誰もいない。非常階段ドアの前にも誰もいない。
しんと静まり返った廊下に滑りでると、ダイニングと併設されているミニ・キッチンに向かった。部屋にもミニ冷蔵庫があり飲み物は置かれているが、マギーが作ってくれたフルーツ・アイスティーを飲みたかった。凄く美味しかったから。
誰もいない静かなキッチンでバカラのグラスにアイスティーを注ぎ、ふうとため息ついて、ダイニングを抜けてリビングに行くと、部屋いっぱいの巨大なガラス窓の向こうに、宝石箱をひっくり返したような東京の街が光輝いていた。
凄い。
由華里は窓の傍まで行き、足元に広がる街を見降ろした。足が竦みそうな小さな地上の光景に思わずにじり下がる。
非現実的な光景。
でもこういう光景を毎日見ている世界の人もいるんだと考えた時に、木暮雅人の顔が浮かんだ。
そう、彼はこういう世界の上で生きている。そして改めて住む世界が物凄く違うのだと実感した。
彼の住む世界。
そういえば織田さんが言っていた。途中まで言い掛けていたけど、世界屈指の大財閥アメリカのコングロマリットのウィル…とか何とか言っていた。
コングロマリットは沢山ある。巨大な財閥や企業や銀行。
世界中を牛耳るすべてがあそこに集中している。
大きな力。
計り知れない巨大な力…。
―由華里様はただの秘書ではありませんのでお立場を理解していただかないと。
ふと、アニカの言葉を思いだし、再び由華里は今自分が何かとてつもなく大きな掌てのひらの上に立たされている錯覚を覚え、身震いした。
何だろうこの感覚…。
怖い。
その力の上では自分がとても小さい事も、今こうしてここにいるのも、大方はその世界観の違う木暮雅人の気まぐれなのだと理解している。
自分には何もない事を、ただの親の縁故や親の力で生きてきたという事を、嫌というほど自覚している。
だから彼が自分をそばに置くのは、単なる気まぐれ。
マスコット代わりの様に、少し毛色の変わったものを置いているだけ。
わかっている…そんなこと…よく理解している。
由華里は自嘲気味に笑った。
でも、それでも構わない。
チャンスがあるのならそれに乗りたい。
掴みたい。
あの父の元を離れて生きていくと言う事はそう言う事なのだから…。
どんなことでもしないといけない。
その覚悟を決めて家を出たのだから…。
由華里は嫌な顔をするガラスに写る自分の顔に苦笑して思う。
だからと言って、景色のいいバーで二人きりでお酒を飲むのは変じゃないの!
デートじゃあるまいし!景色のいい所でお酒なら、ここからでも十分じゃないの!
と、周囲を見回し、次いで、ハッとした。
東側の窓に向いたアームチェアーから延びる足に気づいたからだった。




