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海を越えた梢の花とウィルバートン家の呪い  作者: 高台苺苺
第一章 梢の花は海を越えて富豪と家出
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第10話 無自覚羊と会議室の狼

 8時の定時報告が始まるというので、部屋で軽く身支度を整え、由華里ゆかりはリビング横の会議室に入った。


 そして、このスケジュールでは確かにCホテルに宿泊していたら、秘書としての仕事は務まらないなと、昨日勝手にホテルをキャンセルしたことを納得している自分になんかむかむかしながら。


 リビング左廊下の最初のドアを開けると、そこは楕円形の大きなテーブルが置かれ、複数の巨大な複数のモニターが置かれた会議場になっていた。


 まるで異世界に入り込んだような錯覚を覚えた。


 室内には既にアニカを始めとする見慣れない数人の日本人スタッフ達が集合していた。

 全員が簡単に自己紹介をして席に着く。

 木暮雅人入室し、直ぐに会議が始まった。

 報告はニューヨークだけでなく、ほぼ全世界から各国言語かっこくげんごを交えながら、世界規模数字の世界が展開していった。


 もう何が何やら。


 彼らが何を話し、何の会話をしているのかちんぷんかんぷんだったし、そのスピードについていくのがやっとの由華里だった。

 

 2時間の会議が終わると、デスクに由華里は突っ伏した。

 とにかくアニカの指示でなんとか仕事をこなしただけだ。

 アニカから会議後に渡されたデーター見ながら、午後の予定を頭の中で総動員し次の行動を計算していると、日本人スタッフの一人が、ジノリのマグカップに入れたコーヒーを差し出した。


「どうぞ、お疲れ様です」


 彼はにっこりと由華里に笑い掛けてきた。


「まあ!ありがとうございます」


 由華里はしゃんと背筋を伸ばしえ笑みを返すと、彼はさらににこにこと感じのいい笑顔で笑った。


「私は織田良仁と、いいます。貴女は昨日、臨時採用された方でしょう?」


 感じのいい笑顔に思わず由華里もにっこり笑い返す。


「ええ。平野由華里です。宜よろしく」

「宜よろしく」


 二人はにこやかに握手を交わした。


「平野さんは前はどこで働いていたの?」


 ジノリのマグカップに入ったコーヒーを由華里は口にし、ほっとした。意外にも手間暇かけて居れたコーヒーの味に、なんだか心がほぐれる気がした。


「以前は、M商事の秘書課にいました」

「M商事?凄いじゃないですか。秘書課という事は…我々はどこかでお会いしていたかもしれませんね?」


「そうですね。織田さんくらいのクラスの方でしたら、私も何度か社内を御案内等をしたかもしれませんね」


「それが、ここで再会できるなんて奇遇だ」


 奇遇?あの木暮雅人の元で急遽働く事の方が、よっぽど奇遇だけど。

 そうね。由華里は可笑しそうに笑った。


「ええそうですね。奇遇ですね。語学力を買われてここにいるのですけど…とても追いつかないわ。専門用語が多くて」


「平野さんなら直ぐに慣れるよ。このまま日本支部で勤務するんだろう?私としては嬉しいな。歓迎だよ」


 日本支部?


「いえ…私は臨時バイトみたいなものだから。どうかしら?」

「バイト?臨時?ハハハハハハハ!またまた冗談を!」


「?冗談じゃないわ。本当に臨時よ。木暮さんの秘書が来るまでの代わり。それに次の仕事が始まるまでの契約だしね」

「次の仕事?」

「はい。来月からですけど」


「何故?このまま日本支部で働けばいいじゃないですか。貴女ならきっとここで大丈夫ですよ」

「え?…でも、木暮さんの下で働くのは少しね…」


 織田は怪訝な顔をした。


「さっきから言っているけど、平野さんは誰の秘書の代打なの?」

「彼よ」


 と、由華里はドアが開け放たれた隣室で、アニカと何か話しこんでいる木暮雅人を見た。

 織田は驚いた顔を向けてきた。


「彼!?彼の下で働くのが嫌だなんて言うのは、貴女くらいですよ!」

「そおなの?まあ、私以外の人には愛想がいいのかしら」

「愛想?」


 素っ頓狂な声を挙げる織田に由華里は怪訝な顔をした。


「ええ…彼は随分と辛辣しんらつで失礼極まりない男でしょ?私はああいう人の下で働くのは嫌だわ」


 織田は戸惑った顔をした。


「僕は…彼とはまともに話をしたことは少ないので…その人となりは良く存じ上げていないが…」


「あら?いつもここでお仕事をするんじゃないの?」


「まさか!彼とは、支社の会議室のモニター越しにが普通だよ!今日は昨夜緊急連絡があり、急遽このホテルのここで会議を開くと聞かされて来たんだ。

 FホテルのトップフロアにこんなVIPフロアがあったなんて知らなかったよ。確かにこのホテルも彼のグループの一つだから専用フロアがあるのは当然かもしれないがスケールが違う。

 驚いたけど、この会議に召集されて参加できたのはとても誇らしい気分だ」


「誇らしい?」


「そうだよ!こんな中枢への立ち入りを許可されただけでなく、日本支社の総トップ達を一同に介して仕事ができて僕は物凄くラッキーだよ!」


 織田の説明に由華里はぽかんとした。


「まあ、そうなの?では…「こういうこと」は初めてなのね?」


 織田は頷いた。


「僕の知る限りではね。彼が自分の宿泊先に仕事を持ち込む事事態があり得ないから。彼はきっちり公私を分けるタイプだ。

 今回は何かシークレット性の高い緊急事態が起こったのだと思ったんだが…

 別段そうでもなさそうだし…なんでここで会議を開くことになったのかな?」


 さあ?と由華里も不可思議な顔をした。


「驚くことばかりだが、それにしてももっと驚いたのは貴女だ」

「私?」

「そうだよ!貴女は平気で彼と話ができるみたいなんだね?」


 由華里は怪訝な顔をした。


「それが驚くことなの??どうしてかしら??かなり偉い人の様だけど、別に怖くはないでしょう」


 更に織田は驚いた顔をした。


「彼が怖くない?」

「え?ええ!?織田さんは怖いの?」


「貴女は彼が誰だか知らないのですか?」

「?木暮雅人さんでしょう?」

「は?」

「だから木暮、雅人さん」


 織田は仰天し、次いで絶句した。


「何を言っているんですか?彼は!世界屈指の大財閥であるアメリカのコングロマリットのウィル…」


「Mr織田!」


 突然の木暮の声に織田は直立不動に立ち上がった。

 何時の間に側に来ていた木暮が、冷ややかな目で織田を一瞥した。

 彼は青くなり、一礼すると、会議室代わりの部屋を出て行った。その突発的な展開に由華里はきょとんとした。


「何?どうしたの?どうして織田さんは出て行ったの?織田さんが何かしたの?」


 何か自分自身だけでなく織田にも失態となる事をしてしまったのかとドギマギする由華里だった。


「なんでもありません。それより、由華里さん直ぐにホテルを出ます。貴女は私の秘書でしょうが!?お喋りしている暇などあったのですから、既に出る準備はできているのでしょうね?」


 と、不機嫌そうに言う木暮の後ろで、アニカがおかしそうにお腹を抑えて壁に手を当てていた。

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