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前編

「特級聖女ユリアとの婚約を破棄する!」

 

 王子殿下の怒声が王宮の大広間に響き渡りました。

 婚約式のためにやってきた正装の貴族たちは、顔を見合わせて沈黙しています。


 私は、玉座の上の殿下を見上げました。


 カレリア国では、特級聖女は第一王子と結婚するならわしですが、殿下とふれ合うことはありません。しとねを共にすると、聖女の力を失うからです。

 第二妃が実質的な妃殿下となり、後継者を作ります。


 なので、婚約破棄されても、私には何の変化もありません。妃殿下の栄誉はなくなりましたが、聖女である私には地位など必要ありません。


「殿下、理由を、そのう、お聞かせ願えませんか? ユリア殿は災害派遣や疫病対策、紛争時後方医療支援で活躍されています。ユリア殿のがんばりを、殿下もご存じでいらっしゃるはずです」


 宰相がおずおずと進言しました。


「ユリアの占いは、一度も当たったことがないではないか!?」


「占いではありません! 預言です。訂正してください!」


 私は叫びました。占いは吉凶を判断するので、外れてもかまいませんが、預言は神から預かる言葉です。預言ができるのは特級聖女の私だけ。


 預言は絶対に成就します。

 だから私は、小さな事故を起こすことで大きな災害を回避するように努めてきました。


 王宮の火事の預言は、王宮の廊下で紙を燃やすことで成就し、大火災にならずにすみます。

 疫病の預言は、私が水を被って風邪を引くことで、皆が病気にならずにすみます。


「当たらぬ預言など役に立たぬ」


「私が預言回避行動をとってきたのです」


「偽聖女のぶんざいで、私と婚約しようなどとけがらわしい!」


 私はため息をつきました。まったく会話が成り立ちません。

 殿下が怒ってるのには理由があります。


 王宮の床が抜けるという預言を回避するため、ついさっき、魔法で小さな穴を開けたところ、その穴に殿下がつまずいてしまわれたのです。そのさい、靴が脱げて、上げ底がわかったばかりか、かつらが落ちてしまいました。


 私は見ないフリをしましたが、殿下は顔を真っ赤にして怒っておられます。恥を掻かされたと思っているのでしょう。


「王都からの追放を申し渡す」


「!? 神殿から出て行けというのですかっ!?」


 私は絶句しました。聖女は何人もいますが、特級聖女は私だけです。私が抜けたら、神殿の聖女力は半分以下に落ちるはず。殿下はいったいどうなさるおつもりなのでしょう。


「殿下、それはあんまりです。ユリア殿をハグレ聖女になさるのですか?」


 宰相が言いますが、殿下の怒りは納まりません。


「当然だ。偽聖女のおまえには、神殿に戻る資格はなかろう。今、この瞬間から、神殿に入ることはまかりならぬ」


 引き継ぎさえもさせないつもりなのですね。むかむかが募ります。

 私はささやかにやり返すことにしました。


「王子殿下、恐れながら申し上げます。そのおぐし、頭皮の病でいらっしゃいますね。特級聖女の医療魔法で癒やすことができますのに」


 私は手のひらから魔法の粒子を出し、殿下の横に立っている禿頭の護衛兵に医療魔法を放ちました。

 彼はたちまちのうちに髪がふさふさとして、十歳ほども若返ります。護衛兵は不思議そうに髪をいじっています。

 

 大広間の貴族たちの間に、おおっと感心のため息が渡っていきます。


「ですが、ハグレ聖女には頭皮の医療魔法はできません。残念です」


「えっ? そ、そのっ」


 殿下が玉座から腰をあげ、おろおろした声をあげました。

 貴族のみなさんが顔を見合わせています。


「ハゲ?」


 誰かがつぶやいた声がくっきりと聞こえてきました。

 笑いをこらえている気配がします。がたっと音がして、殿下の上げ底靴が落ちました。


 ころんころんと音を立て、玉座の下へと転がっていき、上げ底を上にして止まりました。

 誰かがぷっと吹き出すと、もうだめでした。大広間は笑いの渦に包まれます。


「笑うなっ! 笑うなぁっ!!」

 殿下が怒っています。


「失礼します」


 私はざまあみろという気分で、妃殿下のおじぎ(カーテシー)をしてから、大広間を出ていきました。婚約式のために礼儀作法を練習したのですが、もう二度とカーテシーをすることはないでしょう。


「ユリアさん」


 廊下を歩く私の背中に、聞き慣れた声がかかりました。


「アイザック。何か用かしら」


 足を止めて振り向くと、彼は、黒い瞳をきらきらさせて私を見つめていました。

 がっしりした身体に、正装の騎士服を纏った彼はりりしくて、廊下を歩く宮女が、憧れの視線で見つめています。黒髪黒瞳に、濃紺の騎士服がよく似合っています。


「大変だったね」


 私はふふっと笑いました。

 アイザックは災害派遣や紛争時後方医療支援、疫病対策で、私の護衛騎士でした。血と泥と臓物にまみれて働く私に、「大変だったね、お茶でも飲むかい?」とねぎらってくれるときと、同じ口調だったからです。


 こんなに一生懸命やってきたのに、壊れるときは一瞬です。


「そうね。大変だったわ」


「このあとどうするの?」


 ハグレ聖女になった私は、どうすればいいのでしょうか?


「温泉に行きたいわ。おいしいものを食べてゆっくりしたい」


 ずっと働いてきたので、のんびりしたいです。自由を楽しもうと思います。


「だったらさ、俺の領地においでよ。俺の田舎は温泉もあるし、料理もうまいぜ。俺も任期が今日で終わりだからさ」


 そうでした。今日は儀式日で、午前中は騎士や王宮管理の就任式と退団式でした。そして午後は私の婚約式の予定だったのです。


「お金がないの。聖女は無報酬なんだもの」


「……そうだったんだ? 知らなかった!」


 お金の代わりに、神殿で衣食住を与えられ、聖女様だと敬われ、妃殿下という地位と栄誉があるのです。まあ、ついさっき、婚約破棄されたのですが。


「金なんていらないよ。俺と結婚しよう」


 アイザックはいったい何を言っているのでしょうか? 

 正気ですか?

(続く)

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