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天才が神に愛された天才を見た日

作者: 碧い高鷲

その少年はバレーボールの天才だった。それは、リベロとして。レセプション、ディグ、どれをとっても一級品だった。その実力は、世代別の代表に呼ばれるほどだった。未来の日本代表の守護神として、彼の名前は有名になった。


 その少年は青年となり、東京の強豪校のスタメンとして活躍していた。高校一年生ながらに、上級生の鋭いスパイクをあげる姿から、観客は「天才ってああいうやつのことをいうのか」と思った。会場中に響くスパイク音の後に続く爽快なレシーブ音は、観客を魅了した。


 春高バレー 東京都予選 男子 第一回戦


 注目されるのは、天才と名高いリベロ。試合開始前のスパイク練習中、天才少年は相手校のスパイカーを見ていた。


「大したことなさそうだな……」


 その天才は純粋にそう思っていた。ソレは、傲慢である。しかし慢心しているわけでも、油断しているわけでもない。ただ変えられない事実として、認識しているだけだった。今相手校が打っているスパイク全てを、あげることができるという事実。綺麗にセッターへおくるという事実だけが、彼の中であった。

 ふと、相手校のリベロが目についた。明らかに運動してないような、華奢な体。長年外に出てないと思われる、白い肌。あんな貧相な身体で怪我しないだろうか、と彼が心配するほどだった。

 彼の高校は強豪校である。そんな全国のバレーボーラーの中で、特に強いスパイカーが残っている。生半可な選手だと、怪我をしてしまう。相手選手には抱くべきではない、憐憫の感情がそこにあった。

 

 試合が始まった。相手校のサーブから始まるようだ。それに相対するサーブレシーブフォーメーションは、異様であった。ど真ん中に天才を置き、それ以外のスパイカーはいつでも打てるというような体勢をしている。レセプションの構えではなく。つまり、たった一人だけでコート全体を守ろうとするというのだ。はっきり言って、無謀である。片面9✖︎9の面積をカバーするというのだから。

 けれど、観客の誰もがその光景を観て、笑わない。滑稽だと、嘲笑しない。なぜならば、それは無謀なことだと思ってないからだ。たった一人の天才がいるから、それは当たり前のこととなるのだ。

 サーブが放たれる。無回転で、よくブレた。けれど、天才の圧倒的な反射神経で拾われる。「うぉ……」観客から、感嘆のため息が出る。

 レシーブしたボールは、綺麗にセッターへかえる。こうなったら、中々に止めることができない。

 長身のセンターがAクイックに入る。レフトには強豪校に相応しい、エースが待っている。さらにセッターは前衛であり、ツーアタックも警戒しなければならない。

 予想通り、相手のブロックは大いに乱れた。平行気味の速いトスが、レフトへ送られる。相手ブロックは、レフトに一枚。「あぁ、これは決まったな」ここにいる選手、観客、全ての人がそう思った。

 強豪校のエースが、痛快なスパイクを放つ。高く跳び上がり、背中を大きく反って、弓みたいなスパイクを。

 ボールが破裂するのではないか、と疑うようなスパイク音が会場中に響く。骨を震わす。

 あとは、ボールがコートに叩きつけられるだけだった。


 けれど、そうはならなかった。


 「え」


 思わず、天才は声を漏らした。あのスパイクが、綺麗にあげられたのだ。

 拾ったのは相手校のリベロ。素早くボールの落下地点に入り、全身でボールの勢いを殺した。スパイクレシーブとは思えないほどの静けさで。卵をそっと包むように。

 チャンスボールを返したかのようなボールの緩やかさで、セッターにかえった。そして、相手校のスパイクが放たれる。自チームにボールが叩きつけられる。

 言葉を失っていた。観客も、強豪校の監督、選手。そして、この天才も。

 天才は、全身を震わせながら髪を掴む。揺れる目先に、あのリベロがいる。華奢で小さくて、とてもスポーツマンとは思えない。部屋の中でゲームをしてる方が、よっぽど似合う。

 けれど、彼は、きっと、


 「天才だ……」


 そう呟いていた。

 自分に幾度となく降り注いだ言葉。その言葉を、初めて他人に使った。

 彼は、バレーボールの神に愛されてる。生まれた時からきっと、リベロとして、バレーボーラーとして、定められている。


 今まで天才と言われ続けられた天才は思い出す。U-18の国際大会。彼も呼ばれた。その時、初めて世界を見た。感じた。受けた。

 その試合、ボールを拾いに拾った。それが評価された。けれど、彼自身は感じていた。

 ここが限界だと。あの、世界基準のスパイクをあげられる気がしなかった。日本ではいないような、パワー。これから、このような、いやこれ以上のスパイカーがゴロゴロいる。そうしたら、たまらなく怖くなったのだ。

 けれど、あのリベロならあげられる。自分にはあげられないけれど、あのリベロならあげられる。それは、そういう事実として、認識していた。

 どこかで、パキッという音がした。

 多分、それは心が折れた音だった。


 気づいたら、海辺にいた。自分は何をしているのだろうと思った。走ってきたからか、全身汗だくで、非常に喉が渇いていた。スポーツドリンクを買って、砂浜に座る。近くで、30代くらいの大人四人がビーチバレーボールをしていた。ほんと、お遊びみたいに、楽しそうに。スパイクを拾えなくても笑って、点数とか気にせずに、純粋にボールに触れる一回一回を楽しんでいた。


 春高バレー 東京都予選 男子 第一回戦


 僕たちは、負けた。春高バレー優勝候補である、強豪校が。予選、一回戦で敗北。

 3セットに及ぶ激闘だった。こちらのチームは、天才と名高いリベロを中心に、何回も、何回もボールを拾った。強打も軟打もフェイントも。

 しかし、何回も拾うということは、バレーボールにおいては、相手もボールを落としていないということだ。

 相手校のボールが落ちないのは、あのリベロがいたからだ。どこへ打っても、彼がいる。ありえない予測と反射神経でボールの下に入り込む。そして、あの天性のしなやかさ。どんなに強烈なボールも、完全にボールを殺していた。

 同じリベロとして、完敗だった。

 試合後に、様々なところからインタビューされたが、言うことは一つだけだった。


「神に愛された天才を見た」

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