第一話「深夜のドブ川に出現する河童」
うちの裏のドブ川には、河童が生息している。
厳密には生息しているというよりも、深夜になると出現すると言った方が正しい。
田舎ではあるが、それなりに民家が密集していて、それなりに大勢の人が暮らしている。だが私以外、河童の存在に誰も気づいていないのだ。不思議である。
深夜の二時くらいになると、毎日のように決まってバシャバシャとうちの裏にあるドブ川を走りまわる足音が聞こえるのだ。
私が思うに、明らかに魚の動きから発生するような音ではない。
魚が跳ねたときなどにも水の音は聞こえるが、そういった音ではないと思うのだ。
もっとこう、チャプチャプ、ピチャピチャといった子どもが長靴で歩きまわるような音。例えるならば、二足歩行を彷彿とさせるような音だ。
あの不規則な音は、少なくとも生命体であることは間違いない。
徐々に音が小さくなっていく様は、その生命体がその場から離れていっている証拠である。
あの足音のようなものが遠ざかっていくスピードから逆算して考えるに、絶対にそこそこ巨大な生命体が走り去っていく音にしか聞こえない。
少なくとも、この時点で何らかの意思を持った生命体が、そこに蠢いていることだけは間違いないはずなのだ。
ある日、魚に詳しい友人に、このことを話してみたことがある。
その友人いわく。恐らく産卵の時期で魚がたくさん来ていたのだろうと────。
だが何度も言うように、あれは絶対に魚ではない。私の推測では絶対に魚ではないのだ。
実際に見たわけではないが、魚が発生させる音とは到底思えない。
さらにいえば、裏のドブ川は大雨の時期は水が溜まることもあるが、基本的には干からびていることがほとんどであり、普段は黒く汚いヘドロ状の物質でいっぱいの典型的なドブなのだ。
私が思うに、魚が生息するには酷ではないかと感じるほどに汚い。
外が明るくなり、私が生命活動をしているなかで、ふと思い出してうらのドブ川を覗く。
すると大抵うらのドブ川は干からびているか、ほとんど水が流れていないのだ。
こんな状態で魚が産卵に訪れるなど、見当違いもいいところだろう。
毎晩深夜になると、絶対に魚以外の何者かがその姿を現し、あそこで足音を立てているに違いないのだ。そうだとしか思えない。
先ほどは『毎日』と言ったが、少し誇張しすぎたかもしれない。実際には毎日発生しているというわけではなく、気がつくと発生しているという感じである。当然だが時間的に自分が寝ていれば気づかない。
だが一度気になると、毎日のように何者かが裏のドブ川を徘徊しているのが手に取るようにわかる。
間違いなく人間的なサイズの何かが、うちの裏のドブ川で水しぶきを立てながら走りまわっているのだ。
深夜、足音が発生したときに、外に出て音の発生源を確認してみたことはない。
もちろん足音が発生していないときも、時間的に外には出たことはない。
なぜならば家に鍵がかかっており、同居人が寝ているため、物音を発生させることが忍びないからだ。
だから足音の発生源はいまだに謎である。
深夜になると頻繁に聞こえてくる足音。その謎を解明したいと思いながら、今日も私は布団の中で河童の足音らしき音をBGMに天井を眺めている。
結論から言えば、それが河童かどうかは確かに私の狂言でしかないが、何らかの生命体がそのドブ川に生息しているということはだけは事実であり、それはいまだに謎に包まれているということも間違いないのである。