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スイーツが食べたい2


そして一週間も経たないうちに、カリーヌはアリゼの元に資料を持ってくる。


「コーンラウアについて、うちに販売用の資料が残ってました。実物はやっぱり、手に入りにくいみたいです」


その販売用の資料には、元々家畜用のコーンの利用方法として考えられたということや、料理のとろみ付けや揚げ物を作る時の衣として使われていることが書かれていた。


そしてこれを見ながら、『やっぱり!』と思ったのだ。このコーンラウアは、前世の世界でいうコーンスターチだなと。



「作り方は……なるほどね」

出来るまでの主な工程は三つ。


侵浸──トウモロコシをふやかす

粉砕──砕いてでんぶんを取り出しやすくする

分離──でんぷんとその他に分ける


とりあえず砕いて大量の水ででんぷんを洗い出して、でんぷんとその他を時間をかけて分けるということが書かれてある。



「カリーヌ」

「はい」

「手伝って貰えないかしら?」


勢い良く立ち上がったアリゼは、カリーヌの手を引く。


「お嬢様?あの……」

「多分じゃがいもでも出来ると思うの」


アリゼは思い出していたのだ。

前世の世界で、村のお年寄りの人が傷んだじゃがいもをつかって、片栗粉を作っていたことを。


コーンアウラの精製方法が知りたかったのも、あくまでアリゼにとっては"確認"の為だった。

この世界でも同じようなでんぷんの精製方法が取られているのかということと、作業行程の確認の為だった。




早速キッチンにやってきたアリゼは、じゃがいもを数個拝借させてもらう。


「これをすりおろしてみましょうか」


そしてカリーヌと一緒に、おろしがねですりおろしてみることに。


「お嬢様、大丈夫ですかね…?」

「うん、大丈夫だと思う」


徐々に赤っぽく変色していくが、"あく"なので問題はないはずだ。

そしてすりおろしたものを、布にくるんで水を張ったボールの中に沈めて揉みほぐしていく。



(お、何か『ぽい』のが出てる感じ!)


そしてしばらく置いておくと──白いものが徐々に沈殿していくのがわかった。

後は上澄みを捨てて、綺麗な水で濯いでかき混ぜ、また上澄みを捨てる。

三回繰り返して、三回目は一時間ほど放置してみる。そして上澄みを捨てると──綺麗な白い、ドロっとした液体ができた。


後はこれを、丸一日乾燥させれば完成だ。



そして翌日。

カリーヌだけでなく、噂を聞き付けた使用人がキッチンに集合した。


「おぉー」


昨日のあのドロっとした液体は、乾燥すると見事なサラサラとした粉に変わった。

無事に片栗粉が完成したのだ。


初めて見る粉に、皆が興味津々だ。


「お嬢様、これをどうします?」

「ビスケットを作ろうと思う」

「ビスケットですか!?」


ここではビスケット──見た目はクッキーに近いものが多いけれど は長時間保存できるパンみたいなもので、ざっくり説明するならライ麦パンを二度焼きしたものだから固いし甘くもない。だからこの世界のビスケットとは、貧しい人のための栄養補助食品や兵糧という認識だ。



「甘いビスケットを作ろうと思うの」

そう言うと全員が豆鉄砲くらったように驚いていた。



そして皆の協力のもと、ビスケットが作られる。

材料は卵白と蜂蜜、塩、そしてさっき作った片栗粉だ。



まずは卵白に塩を入れて、泡立て器で混ぜる。

しっかりと泡立ってきたら、蜂蜜を入れて角が立つぐらいまで混ぜる。

次は片栗粉を入れて混ぜて、生地を絞り器に入れる。

フライパンの上に適当な大きさに絞り出して、弱火で焼けるまで加熱していく。



これでメレンゲのビスケットが完成だ。


焼き上がったビスケットを、集まった人全員は怪し気な視線で見つめている。



(見た目は、美味しそうなんだけど……)

早く食べてみたいアリゼと違って、皆は初めて見る未知なものに警戒をしているらしい。

アリゼがつまんでパクリと食べると、全員が心配そうに見つめている。



「ど、どうですか……?」

カリーヌが手に汗を握るような顔で、問いかける。

アリゼはなぜか無表情のまま、咀嚼し呑み込んだ。



「やばい………めっちゃ美味しい……!」


アリゼにとっては今の人生、初めてのスイーツ。美味しくないわけがない。むしろ美味しさに固まるほど驚いた。

顔を綻ばせるアリゼを見て、次々に皆がビスケットに手を伸ばす。そして口々に「美味しい!」と騒いだ。



「お嬢様、天才ですね!」

カリーヌに手を取られて、少し照れくさくなる。

回りでは皆、顔を綻ばせながらクッキーを食べている。




と、その時気付いた。

あの人が居ないと。



アリゼは残り少ないビスケットを紙にくるむと、屋敷内を探し回った。

だけど何処にも姿が見えず──ひょっとしてと思い、庭に出た。



「お兄様!」

やっぱりと言うべきだろうか。

温室の中で、ぼうっと立っているクロビスを発見した。

側には……今年も花を付けられなかった、プルメリアの鉢植えがある。



「すごくおいしいものを作りましたの。いかがですか?」


アリゼが近づくと、ようやくほんの少し微笑んだ。

「じゃぁいただくよ」とビスケットを口にする。



「どうですか……?」

クロビスは一口齧ると、残ったビスケットを凝視している。

男だし口に合わなかったのか、と少し焦る


「すごく美味しい」

そう言われて、ようやくアリゼはほっとした。



「どうやって思い付いたんだ?」

「ストルティー帝国の料理の本に、『泡立てた卵白にコーンでできた粉を混ぜて作るオムレツ』というレシピがあったんです。それにヒントを得て、焼いてみたんです」


前世の知識が……と言うのは言えないけれど、アリゼがヒントを得たのはこのオムレツのレシピを見たからだった。

だから一応嘘は言っていない。



「アリゼは本当に天才だな」

そうクスっと笑う顔を見ると、嬉しくなってしまう。

アリゼも微笑み返すが、すぐ側の()()が気になりちらっと見ると、クロビスの顔が真顔に戻った。

あれとは、プルメリアの鉢植えだ。



「今年もダメだったな……と思ってな」


寂しそうに言うクロビスを見ていると、アリゼは自然とクロビスの手を取っていた。



「お兄様、私も協力させてください!絶対に、プルメリアの花を咲かせてみせます!」


アリゼは前世でも育てた記憶がある。

だから絶対にできるはず!やってやろう!という気持ちが芽生えてくる。


クロビスは力強く言うアリゼに押されてたじろぐが──本気度を察すると、顔が綻んだ。



「ありがとう」

そう言って微笑む顔は、すごく綺麗だった。






その時、クロビスはアリゼの顔を見ながら──昔の母親を思い出していた。



「お義母様、私も協力させてください!」


歳を取り、自由が効かなくなった祖母オレーシャを元気付けようと、プルメリアの栽培を引き受けていた。


だから、まさか弱っていた祖母よりも……母の方が、先に亡くなるとは思ってもみなかったし、続くように祖母も亡くなるとは思ってもみなかった。


プルメリアは、クロビスにとっては"孤独"を象徴するもの。

だけどその孤独こそが、二人が生きた証だった。


ずっと一人で、プルメリアを背負っていく。

その覚悟はあった。

だけどアリゼとだったら……二人で分け会うのも悪くはないなと、思ったのだ。

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